#38:なんで、そうなるわけ?
「でっ、どうだったわけ?」
リハビリ練習の後、午後から、家に遊びに来てた鮎美ちゃんから発せられたその言葉に、俺は…
「どうって言われても、このありさまで…」
左足首に貼っていた湿布に指を差しながらそう答えると、初めて鮎美ちゃんと会ったことをふと思い出し、思わず笑ってしまった。
「真結花、何がおかしいわけ?」
確かあの時、階段で転んで、脚に青あざつくっちゃったんだよね。俺、また同じことやってるよ。
「うん、あいかわらず、自分でもドジだなって思っちゃって」
「まっ、そうかもねぇー。運動神経いいくせに、そうゆうドジなところがあるんだよね、今の真結花には」
よし、とりあえず、話題をはぐらかすことができたようだ。
「ところでさぁー、今から何して遊ぶ?」
「その前に、ちょっと待ったぁー。何か、お忘れになっていませんか? ま・ゆ・か・さん?」
イタズラぽい表情で、俺の顔を見つめてくる鮎美ちゃん。
「わたし、鮎美ちゃんと、何か約束してたっけ?」
ワザと、ボケてみた。
「そう逃げますか? じゃあ、ハッキリ言っちゃう。喜多村くんに告白されたの? されなかったの? どっち!」
やっぱ、そうだよねぇー。鮎美ちゃんが、アポ無しでいきなり遊びに来た理由って、それしか考えられなかったわけで…
「こっ、告白、されたんだけど…」
うわっ、自分で言ってて、超恥ずかしい。
「それで?」
「それでって?」
「ったく、じれったいわねぇー。だから、その後、どう答えたのってこと!」
「実は… その…」
あぁ、言いにくいよなぁー、敵前逃亡しちゃったってこと。
「まさか、断ったりしてないでしょうね? どうなのっ!」
鮎美ちゃんが、俺の顔を睨みつける。
「何も、答えてないの…」
「何も、答えてないって、どうゆうことよ! ちゃんと、説明しなさいっ!」
まるで、お姉さんにでも叱られているようだ。
「金曜日の放課後まで考えさせてって、答えたの」
「ったく、これだもんねぇー、真結花は」
今度は、がっかりした様子で、呆れ顔を見せる鮎美ちゃん。
「心の準備が、何もできてなかったの」
「真結花、心の準備って、そんなの、今まで十分あったじゃん。何で今更、逃げる必要があるわけ? どうせ、付き合うことになるのにさ」
鮎美ちゃん、はなっから確定路線って決め付けてるだよねぇー。でもねぇー。
「そうなんだけど… いざ、目の前の現実になると、急に怖くなっちゃって…」
というより、迷いがあるんだよね。ホントに、付き合っても大丈夫なんだろうか?ってね。
「はぁーっ、真結花の恋愛免疫の無さは、筋金入りのようだわね。まっ、そんなの、最初っから分かってたことだけどさぁー」
「でも、あっさりOK出しちゃうってのも、軽い子のように思われない?」
少しぐらい、相手をじらしてもいいんじゃない? ホンキ度を確かめるためにもさ。
「それは、時と場合によるわね。真結花の場合、お互いの気持ちは既に分かってたわけでしょ? 後は、それこそ、念押しする程度の話だったわけだしさぁ」
確かに… そうだったんだけどさぁ、でもねぇー。
「じゃあ、わたし、どうすればいいのなぁ? 鮎美ちゃん」
「そんなの、答えは決まってるじゃん。今から喜多村くんに電話して、好きですっ! 付き合って下さいっ! って言っちゃえー!」
そんなの、鮎美ちゃんだから言えるわけで…
「えぇーっ! そんなの、恥ずかし過ぎて、ムリだよぉー」
とてもじゃないけど… そんな度胸、あるわけないじゃん。
「そう言うと思ったわよ。真結花に初めっからそんな勇気があるなら、とっくに言ってるはずだもんねぇー」
さすが、鮎美ちゃん。よくお分かりのようで。
「それじゃあ、どうすればいいわけ? わたしは」
「うぅーん。そうねぇー、あっ!」
鮎美ちゃん、何かひらめいたようだ。それと同時に、イタズラっぽい笑顔を向けて来た。
鮎美ちゃんのその笑顔、何度も見てるわけだけど、いい事があったためしはない。なんだか、イヤな予感がするんだけど…
「何か、いいアイデア、浮かんだの?」
「うん。歌に想いを乗せて、告白ってのはどお? 題して『スキスキ、すっき! 愛してるっ!』大作戦!」
はぁーっ、やっぱり… 他人事だと思って!
「なに、ソレ? 意味、わかんないよ、鮎美ちゃん」
「わかんない? 真結花の大好きな、『おかユナ』の曲で告白したらどお?って提案してみたんだけど… そっか、覚えてないんだよね? 真結花は」
「『おかユナ』って?」
「それそれっ!」
鮎美ちゃんが、本棚の隅っこの方に入れてあった数枚のCDに指を差した。
こんなところに、CD置いてあったんだ? 取り出してみると、
「『おかユナ』って、『丘田ユウナ』のこと?」
「そっ! 真結花はそのアーティスト、お気に入りだったのよねぇー。『おかユナ』の曲を聞くと、元気が出て来るって言ってたし」
ふぅーん、そうなんだ? まっ、それはいいとして、
「ところで、その… なんとか作戦っていうのは?」
「真結花、喜多村くんに面と向かって、告白するの、恥ずかしいわけでしょ? だったらさぁー、お酒の勢いってわけじゃないんだけど、歌の勢いに任せて告白したら面白そう! って思ったわけ」
結局、鮎美ちゃん、人をおもちゃにしたいんだ? 単に… 面白がってるだけじゃん。
「……」
「どうしたの? 真結花、ぶーたれた顔、しちゃってさぁ」
そりゃ、ぶーたれた顔にもなるでしょ。そんな罰ゲームのようなこと、ホンキでやらされるっていうんならさ。まさかと思うけど… ホンキじゃないよね? 鮎美ちゃん?
「えっ? それって、冗談だよね?」
「冗談で言ってると、思った?」
えっ! マジだったわけ?
「じゃあ、ホンキってこと?」
「そっ! 私、久しぶりに真結花の歌声、聞きたくなっちゃたんだよね」
はぁー? なんですかぁー? それは。もしかして…
「じゃあ、その告白の場に、つまり… カラオケBOXに、鮎美ちゃんも同席ってこと?」
「そうだよ? ちゃんと、二人の見届け人がいるでしょ?」
あのさぁー、鮎美ちゃん。結婚式の仲人じゃあないんだからさぁ。
「イヤっ! そんなの、絶対にイヤっ!」
そんな、生き恥を晒すような行為、どうせ、みんなのネタになるだけじゃん。
「えぇーっ! いいアイデアと思ったのにぃー。じゃあさぁ、他になにかいい手があるわけ? 真結花には」
「えっとぉー、それは…」
そんなぁー、急に言われても…
「じゃあ、今直ぐ、喜多村くんに電話で告白する?」
ちょっと、ちょっと、待ってよ、鮎美ちゃん。
「それも…」
「あぁん、もうっ! どっちかにしないと、絶交だからねっ!」
「そんなぁー、それは、ひどいんじゃあない?」
「私は、真結花の為にと思って、言ってあげてるんだよ! それを、ひどい! だなんてっ!」
「わたしが、怒らせちゃったんなら、ごめんなさい」
鮎美ちゃんは、急に立ち上がると、
「私、気分が悪いから、もう帰るっ!」
「あっ、待ってぇー、鮎美ちゃん。だから、ごめんって」
鮎美ちゃんが部屋を出ようとした、まさにそのとき、突然、麻弥がノックも無しに部屋に入ってきて、
「なんの騒ぎ? おねぇちゃん達、喧嘩でもしたの?」
「そうなの、麻弥ちゃん。真結花、私の言うことにちっとも耳を貸さないんだもの。私、ちょっと、かぁーっとなっちゃってさぁ、久しぶりに真結花と喧嘩しちゃったわけ。心配しないで、麻弥ちゃん。こんなことで、真結花との親友関係が壊れるような仲じゃないし、大丈夫だからさ」
それにしても、グッドタイミング! 麻弥ちゃん。
「もぉー、おねぇちゃんが悪いんでしょ? ちゃんと、鮎美ねぇさんに謝って!」
えっ! いつの間に、俺が悪者にされているわけ? しかも、麻弥まで鮎美ちゃんの味方?
「でも… 鮎美ちゃんが、余りにもゴーインだから…」
「今の真結花にはね、これくらい言っとかないと、ちっとも、自分から動こうとしないんだもの」
「それって、喜多村くんのこと? 鮎美ねぇさん?」
「そっ! 私がさぁ、歌で愛の告白してみたらどお? って真結花に提案したらさぁ、もぉーイヤがってさぁ」
「ソレ、面白そう! やればいいじゃん、おねぇちゃん」
麻弥まで、何を言い出すんだよ。カンベンして欲しいよ。
「よし、多数決で決まりね。善は急げよ! さっ、今からカラオケBOXにゴー!」
鮎美ちゃんはそう言うと、俺の左手首を掴み、ゴーインに引っ張ってきた。
「ちょっと、待って、待ってよ鮎美ちゃん。多数決ってなによ?」
「私と、麻弥ちゃんが賛成、真結花が反対。つまり、2対1で真結花の負けってことだけど? だよねぇー、麻弥ちゃん?」
鮎美ちゃんが、麻弥にウインクを投げかけると、
「うん、そうだよ。つまり、おねぇちゃんの負けってこと。もう観念したらどう?」
もっ、もしかして… 初めっから、この二人にはめられたのか?
「麻弥まで、何言ってるのよ。だいだい、歌なんて、歌えるわけないじゃん。全然、覚えてないんだし」
その… “おかユナ”って、アーティスト? そんなの、全然知らないし、歌も聴いたことがないよ。
「だから、その為に練習しにいこっ! って言ってるでしょ!」
へっ? なんで、そうなるわけ? カラオケBOX行くことが、もう大前提になってるよ。
「ねぇ、鮎美ねぇさん。麻弥も、一緒に行っていい?」
「大歓迎! 人数多い方が楽しいし」
鮎美ちゃん、結局、なんだかんだ理由付けて、単に、カラオケBOXに行きたいだけじゃん。
「もぉー、わかったわよ。カラオケBOXに、行くだけなんだからねっ!」
ったく、しょうがないなぁー。ここまで来て、断れる雰囲気じゃないし。
「久しぶりに、おねぇちゃんの歌声が聴けるんだぁー、麻弥、楽しみ」
「そうなのよ! 麻弥ちゃん。私も、真結花の歌声に癒されたいって、思ってたとこ」
ソレって、いったい… どうゆうこと?
「わたしって、もしかして… 歌、上手いの?」
「うん、そうだよ。真結花は覚えてないんだよね? 中学3年のときの、文化祭のカラオケ大会のこと。なんて言うのかなぁー、すっごく声に透明感があって、キレイな声だったのね。優勝は逃したけど、準優勝だったの」
「そうそう、おねぇちゃんに、そんな伝説があったんだよね」
麻弥、伝説って… そんな大げさな。
「まっ、とにかく、歌も体と同様になまってないのか? 確認しないとね」
「はぁーっ、正直、全然、乗り気しないんだけど…」
「いいからいいから、おねぇちゃん。歌ってるうちに、気分乗ってくるはずだから。ねっ! 鮎美ねぇさん?」
「そういうこと!」
なんだか、ヘンな事に巻き込まれてしまった様子の真結花。
果たして、この結末はいかに…
次回につづく。