#37:ついに… 来たっ!
「ふうーっ」
顔をかすめる風が、少しひんやりとして心地良かった。少し、気分が落ち着いたような気がした。
どうやら、さっき、トイレでバシャバシャと顔を洗ってきたのは正解だったらしい。
「木下さーん、こっちにおいでよー」
喜多村くんが、遠くで呼んでる。
もう大丈夫かな? でも、まだ少しドキドキしてる。
よし、もうこうなったら開き直り。もし、喜多村くんから告られたら告られたで、そんときは、出たとこ勝負ってことで。
小走りで、喜多村くんと小学生4人の集まっていたところに行くと、
「あっ、もしかして、あの時の、犬の散歩に来てたおねぇちゃん?」
「君は確か… サッカーボール返した時の男の子?」
「うん、そうだよ。ぼく聡太」
「はじめまして、聡太くん。わたしは、真結花。よろしくね」
「なぁーんだ? この子と知り合いだったの? 木下さん」
「うぅうん、知り合いっていっても、以前にこの公園で偶然会っただけだから」
「他の子、紹介するよ。じゃあ、君から名前、言ってくれるかな?」
「ぼくは、直弥」
「ぼく、圭悟」
「私、瑠菜」
「えっ? 女の子?」
ショートカットだし、ボーイッシュな格好で帽子も被ってたから、可愛らしい感じの男の子だと思ってた。
「そうだよ、木下さん。僕も、初めは騙されちゃった」
「瑠菜、いっつもこんな格好だし、たまに男の子に間違われちゃうんだよなぁ」
聡太くんがそう言うと、瑠菜ちゃんは、
「別にいいじゃん、私はこの方が動き易いんだからさぁ」
なんだか、この子、俺にどことなく似てるような気が…
「瑠菜ちゃん、もしかして… 長かった髪、切ったの?」
確か、あの時、長い髪の女の子が居たような気が…
「うん、そうだよ。長いと、サッカーするとき、いちいち髪を結ぶの面倒なんだもん。真結花おねぇちゃんは、髪、伸ばしてるんだ?」
「うん」
この子見てると、なぜだか、懐かしいような気がするんだよね。どうしてだろ…
「ねぇ、泰介おにいちゃんと、真結花おねぇちゃんって恋人同士なの?」
瑠菜ちゃんが、俺と喜多村くんを交互に見ながら、真顔で聞いてきた。
ったく、最近の子は…
「えっ? それは、その…、何て言えばいいのかなぁ」
もうぉー、せっかく気分が落ち着いてきたのに… またこのハートに火をつける気? この子は。
「そうだよ。ねっ? 木下さん」
涼しい顔して、さらりと答える喜多村くん。なにそれ? それって、遠回しな告白ってこと?
「そんなことより、サッカーしようよ。わたし、サッカーの練習するためにココに来たんだから」
喜多村くんの言葉を無視してそう言うと、喜多村くんは少ししょんぼりした感じで、
「そうだね。じゃあ、これだけ人数いるからさぁ、何かゲームしようか?」
喜多村くんの提案で、リフティングで、地面にボールを落とさないようにパスを回すゲームは楽しかった。小学生相手といっても、みんな、ボールさばきは上手くて脱帽って感じだった。
この子達、同じ少年サッカークラブの仲良し4人組で、よくこの公園に来てサッカーして遊んでいるんだとか。どうりで上手いはずだよ。
まぁ、そこまではよかったんだ。その後の、1対1でボールを奪い合うゲームが悪かった。すばしっこくて、体の小さい小学生相手に、以外にも悪戦苦闘、ちょっとホンキになり過ぎて、変な体勢のまま左足首を捻ってしまい、軽い捻挫を負ってしまった。
情けないことに、今、喜多村くんの背中でおんぶされている。さすがに恥ずかしくて、最初は嫌がってたんだけどさ。
捻った左足首、それほど大した痛みじゃなんだけど、喜多村くんが、ケガを悪化させると不味いって言うし、そのまま歩いて帰るのはどうしてもダメって、強く言うもんだから…
サッカーでは足の軽いケガが、大きなケガに繋がることがよくあるんだってさ。
喜多村くんいわく、足首の痛みを庇おうとして、脚の他の所に変な負担が掛って、別のケガをするっていうことがよくあるんだとか。軽いケガなら、テーピングすれば、多少カバーできるらしいけど。
喜多村くん、こんなことになるなら、そのテープ、持ってくれば良かったって後悔してた。
最後には、サッカークラブに復帰するなら、どんな小さな足のケガも甘くみちゃいけないってダメ押し言われたもんだから、仕方なく、こうしておぶんされながら帰宅しているわけだけど。
こんな姿、恥ずかし過ぎて、絶対に家族や友達には見られたくないよなぁ。だってさぁ、いいお笑いネタにされそうだもん。
でも、こうやって喜多村くんの背中に乗っていると、恥ずかしいんだけど、どこか懐かしいような、嬉しいようなヘンな気分。
「ごめんね、喜多村くん。迷惑掛けちゃって、重いんでしょ?」
俺を背中におんぶしている上、リュックを二つも胸に掛けてるわけだし。
「うぅうん、軽いよ、木下さんは。僕の方こそ、ごめんって謝らなくっちゃ。木下さんに無理させちゃったわけだし」
「どうして? 喜多村くんは悪くないよ、悪いのは私の方。小学生相手に、ちょっと、熱くなっちゃったのが悪いんだよね。私って、単純だから」
「そうそう、最近の小学生ってサッカー上手いよなぁ、僕もボヤボヤしてらんないやって思ったよ。将来、あの子達が大きくなったらね、いいライバルになってたりするかもね」
「喜多村くんは、将来、プロを目指しているの?」
「なれればいいよね、プロに。僕、木下さんみたいに上手くないから、もっと努力しないとさ。今はプロなんて、ほど遠い夢だけどね」
「今の私、サッカー、上手くなんかないよ?」
「木下さんは覚えていないかもしれないけどさ、U-17の候補選手だったんだよ?」
「その話、昨日、偶然だったんだけど、初めて聞いたんだよね。でも、実感なんてもの、全然ないんだよねぇー。だってさぁ、今、このありさまだし、わたしこそ、U-17に選ばれるなんて、夢のような話だよ?」
「確かに、今の状態じゃあダメかもしれないけど、リハビリ練習続けてさぁ、サッカークラブに復帰して、サッカーの感覚を取りも戻せば、きっと、U-17に選ばれると思うよ」
「ホントに、そう思う?」
「うん。だってさぁ、この前の放課後、木下さんがゴール向かってボールを蹴ったこと、あったでしょ? あのときのループシュートを見たとき、ビビって来たんだよね。夕焼け空に、ボールがキレイな弧を描いて、まるでゴールに吸い込まれるように入った光景、今でも目に焼き付いてるよ。おかげで、僕の心にも、君が焼き付いちゃったんだよね。この責任、取ってくれないかなぁ」
「へっ? 責任って… その… なに?」
これって、もしかして… ついにキタぁー! ってヤツ? まさかと思うけど… こんなヘンなシュチュエーションで?
「あっ、あのさぁ、木下さん」
うわっ、喜多村の声、緊張してる。こりゃマジかも。どうしよう? こんな急に… 心の準備、何もできてないのに… あぁ、めっちゃドキドキしてきたっ!
「なっ、なに? 喜多村くん」
「こんなこと、面と向かって言うの、恥ずかしくってさぁ、こんな体勢で悪いんだけど…」
やっぱ、そうなわけ? うーん、マイッタ。どう答えよう? どう答えればいいのか…
「どうしたの?」
早く、答え、考えなきゃ。コ・タ・エ!
「うん。僕と、付き合ってくれないかなぁ」
つっ、ついに、でっ、でたぁー。喜多村くんに、告られちゃった。
「……」
あぁー、頭ん中、パニクって、結局、何もいい答えが浮かんでこない。
「どうしたの? 木下さん? 押し黙っちゃってさぁ。急で、ビックリした?」
「ごっ、ごめんなさい…」
「えっ? それって、ダメってこと? 他に… 好きな男子がいるの?」
「あっ、イヤ、その… わたしが直ぐに答えなくて、ごめんなさいってこと」
しまった。いつもの、ごめんなさい癖がでちゃった。ヘンな誤解させちゃったよ。
「はぁーっ、ビックリしたなぁ、もう。心臓に悪いよ。じゃあ、今度はちゃんと、答えてくれる?」
ここまできて、今更、逃げられないよね? でも… やっぱ、
「あのさぁ、喜多村くん」
「なに?」
「今直ぐに、答えなきゃ、ダメ?」
あっ、結局、逃げてるじゃん、俺って。
「それって、悩んでくれているってこと?」
そうなんですよ。分かってくれてるじゃん。さすが、喜多村くん。
「うん、まぁ、その… そういうわけで…」
答えなんて… 心の叫びに耳を傾ければ、もうとっくに出てるはずなんだけど…
「じゃあ、期待しても、いいんだよね?」
でもさぁ、今は気持ちを固めるためにも、
「えっ? とっ、とにかく、今は、考える時間が欲しいの」
だってさぁ、一度踏み出したら、もう後戻りできないんだよ?
「じゃあ、答え、いつまで待てばいいのかなぁ、僕は」
そうだよねぇー、やっぱ。
「えっとぉー、じゃあ、今週の金曜日の放課後。それまで、待っててくれる?」
将来、結婚する相手なのかも知れないわけだしさぁ。じっくりと、考えさせて欲しいわけですよ。って、そこまで考えるのは、少し大げさ?
「はぁーっ、それまで、僕は一週間、飼い殺し状態ってわけかぁ。君も、罪だよねぇー」
いや、何も、そこまで言わなくても… でも、それだけ、真剣ってこと?
「ごめんね、喜多村くん。今は… こんな答えしかできなくって」
答え、っていうか、本当に決心できるのかなぁ? 金曜日までさぁ。
「じゃあ、答え、金曜日まで待ってるから」
ほんと、ごめん。直ぐに答えてあげられなくって。
「うん」
もう、約束したんだから、ハッキリと、気持ちに答えなきゃ。今度は、絶対に逃げないから…
ついさっきまで、二人を包み込んでいた緊張感が、俺の答えで一気に切れたのか? 今度は、しらけて気まずい雰囲気に包まれてしまったようで、自宅に着くまでの間、それっきり、喜多村くんとの会話が途絶えてしまった。
ごめん、喜多村くん。期待させるだけさせといて、おあずけって、目の前にご馳走ちらつかせて、食べれないのと同じことだよね。自分が、もし喜多村くんの立場だったら、気になって落ち着かない日々が続くんだろうなぁ。
そう思うと、喜多村くんに、少し可哀そうな事をしてしまったのかも。
自分でも、わかってんだけど、“恋愛”というものが目の前の現実になろうとすると、一歩前に踏み出す勇気が出なくて、もう、ここから逃げてしまいたい! という思いに支配されてしまう。
かといって、それを失うのも絶対イヤ!っていう、心の底から湧いてくる強い思いもあって、なんとも矛盾したフクザツな感情に包まれしまうわけで、自分でももどかしくって… どうしたらいいのかわかんないわけで…
結局、答えを先延ばしにしたものの、喜多村くんの気持ちに、ちゃんと真正面から答えなきゃいけないのは変わらないわけなんだけどさぁ。
とにかく、今は、一時的な感情に流されてたり、自分をごまかさないで、リセットされた素直な気持ちになりたい。
冷静な頭ん中で、本当の自分の気持ちをもう一度、見つめ直したい。
目前で逃げ出した真結花、おあずけされちゃった喜多村くん。
さて、この二人、いったいどうなることやら。
次回につづく。