#35:わたしだって… かまって欲しいの
「ハイ、これ、パパから」
夕食後、俺は、テーブルの下に隠していた紙袋をママに手渡した。
「なに?」
「それねぇー、パパからのサプライズなの。麻弥も、パパにしてはやるじゃんって思ったよ」
「そう。開けても、いいかしら?」
「どうぞ、どうぞ、ご遠慮なく」
俺は、両手を差し出してそう答えると、ママは、驚いた様子で、
「あらっ。パパにしては、センスいいわねぇー、このエナメルショルダー」
そう、パパが麻弥と俺にプレゼントしてくれたエナメルショルダーの色違いで、ブラック地に、角にゴールドのパイピングがあしらわれ、同じくゴールドのスポーツメーカーロゴが刺繍されたもの。
ちなみに、俺のはホワイト地のものだった。
「うん、麻弥は、ママに似合っていると思うよ、そのエナメルショルダー」
「このデザイン、ちょっと、若過ぎない?」
「大丈夫、ママは実年齢より若く見えるし」
「もぉー、真結花、ママをからかわないでよ」
なんか、ママ、少し照れてるみたい。
「そんなことないと思うけど… だって、麻弥の中学の入学式のとき、友達から、麻弥のママって、歳の離れたおねぇさんみたいだねって言われて、嬉しかったもん」
「もぉー、麻弥まで。あらっ、これ、なにかしら?」
ママが、紙袋から洋封筒を取り出した。
「それって、パパからのラブレターじゃないの?」
ママとパパ、お熱いみたいだし。
「パパにしては、洒落たことするわねぇー。麻弥、ちょっと驚き」
「ねぇねぇ、ママ。その手紙、開けて、読んでみて」
パパがママに宛てた手紙に、いったい何て書いてあるのか? すっごく気になって聞いてみた。
すると、ママは、人指し指を口の前にかざし、しっー!っといったポーズを取り、
「ダぁーメ。これは、大人だけのヒ・ミ・ツ」
「ママのケチっ!」
「もしかして、おねぇちゃん、ママに嫉妬してるんじゃない?」
「なっ、何言ってるわけ? 麻弥は」
「やっぱ、図星。おねぇちゃんって、パパっ子だもんねぇー」
うっ、どうしてだろう? 麻弥に、何も言い返せない。
「さっ、二人共、お喋りはそれくらいにして、早くお風呂入りなさい。真結花は、明日、早いんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、おねぇちゃん。久しぶりにさぁ、一緒にお風呂に入ろうよ」
「えっ? ごめん、それはムリ」
「なんで?」
「なんでって言われても、麻弥。ダメなものはダメっ」
いくら妹でも、それは恥ずかし過ぎる。それだけは、カンベンして欲しい。ママと一緒に入ったときも、目のやり場に困って、恥ずかしかったんだからさ。
「どうしたの? 真結花。麻弥と一緒に入ればいいじゃない。その方が、ママも早くお風呂に入れるし、助かるわ」
ママにそう言われてしまうと、反論する理由が…
「そうだよ。じゃあ、麻弥と一緒にお風呂に入ろっ、おねぇちゃん」
理由… あった!
「えっ? でも、今日は色々と疲れたし、お風呂ぐらい、ひとりでゆっくりしたいなって。わたし、最後でいいよ。先に麻弥とママで、一緒に入ればいいじゃん」
「そう、わかったわ。じゃあ、麻弥、ママと一緒に入りましょ」
ふぅーっ。なんとか、切り抜けられた。
「うん。せっかくおねぇちゃんと、一緒に入れると思ったのに…」
「ごめんね、麻弥。また今度ってことで」
と言ったものの、麻弥、ごめん。たぶん、その今度は無いと思うから。
「麻弥、さっきの真結花、何かヘンだったわね?」
「やっぱ、ママもそう思う? 頑なに、麻弥と一緒にお風呂入るの、拒否ってたし」
「デリケートなお年頃のようね、真結花は。麻弥だって、いつまでこうやってママと一緒に、お風呂に入ってくれるのかなぁ?」
「さぁー? でも、今は… 別にイヤじゃないよ、麻弥は」
「でも、麻弥だって、いつかは、嫌がるお年頃になっちゃうんだろうなぁー」
「そうだとしても、たまには一緒に入ってあげるよ、ママ」
「麻弥は優しい子ね。ところで、麻弥、今日の真結花、体調とか大丈夫だった?」
「うん、それは問題なかったんだけど、ちょっとトラブルがあったから、精神的に疲れてるのかも」
「トラブルって?」
「迷子に遭遇したのと、おねぇちゃんが、知らない男の子達に絡まれちゃった」
「その男の子達に絡まれたっていうの、真結花は、大丈夫だったの?」
「うん、警備員さんに助けてもらったから。でも、おねぇちゃん、その後も元気そうだったし、そのこと、全然気にしてないような感じだったんだけど、パパや麻弥に心配掛けないように、気を使ってたんだと思うの。帰りの車の中、疲れたようにぐったりしてたし」
「そう、真結花は怖い目にあったのね? このことがきっかけで、男性恐怖症とかに、ならなければいいんだけど…」
「それは、大丈夫じゃない? だって、おねぇちゃん、その後もパパと普通に接してたもん。本当に男性恐怖症とかになったら、パパだって拒否るはずじゃない?」
「そうだといいんだけど… そうゆう精神的なものって、後から影響が出てくるものなのよね。真結花が事故に遭ったときもそうだったの」
「もぉー、最近のママは、いっつも、おねぇちゃん、おねぇちゃん、おねぇちゃんばっかり。おねぇちゃんのことで、心配し過ぎ。ママの頭ん中は、おねぇちゃんのことでいっぱいで、麻弥は、ママにとってはどうでもいいんだ?」
「そんなことないわよ。真結花も、麻弥も、ママにとって大切な子供なんだから」
「だったら、ママ、麻弥にもかまってよ!」
「ごめんなさいね、麻弥。最近、ママが真結花ばかり気にしてて、麻弥は少し寂しかったのよね」
「ごめんなさい、ママ。麻弥も言い過ぎちゃった。ちょっと、おねぇちゃんに嫉妬してたの」
「そう。それに気付かないママも、悪いの。だから、麻弥は、何も気にしなくてもいいから、ねっ」
「うん」
「さぁーてっと、そろそろ、お風呂にでも入ろっかな?」
プルルル… プルルル… プルルル…
だれ? あっ、喜多村くんからだっ!
「はい、もしもし、喜多村くん?」
『木下さん? ごめん、遅くに電話して』
「どうしたの?」
『明日のリハビリ練習のことんだけど、体の方、大丈夫なのかなって思ってさ』
「うん、大丈夫だよ、熱はウソみたいに下がって、もう体調は万全だし」
『そう、それならいいんだ』
「用事って、それだけ?」
『うん、まあそうなんだけど、こないだダビングしてあげたDVDって、もう見た?』
「DVDって?」
『ほらっ、サッカー女子日本代表の試合を撮ったやつ』
「あっ、ごめんなさい。見るの、すっかり忘れてた。この後、見てみるね」
『あっ、いいよ、無理して今から見なくても。明日は練習だし、早く寝た方がいいからさ』
「うん」
『じゃあ、明日、木下さんの家まで迎えに行くから』
「うん、待ってる」
『じゃあ、電話、切るね。おやすみ、木下さん』
「おやすみなさい、喜多村くん」
しまったぁーっ! 喜多村くんにダビングしてもらってたDVD見るの、すっかり忘れてた。サッカーのイメージトレーニングにいいよって、言われてたのに… 今からお風呂にも入らなきゃいけないし、睡眠不足だと明日の練習に影響が出るし、やっぱ、見るのは止めておいた方がいいよね。
プルルル… プルルル… プルルル…
なに? また、喜多村くん?
「もしもし、喜多村くん?」
『キタムラって、誰だよ?』
喜多村くんじゃない? 慌てて電話取ったもんだから。もしかして、間違い電話?
「あなたは、誰ですか?」
『誰って、俺だよ、俺』
俺って誰だよ? もしかして、これって、オレオレ詐欺?
『声、覚えてねぇのかよ、つれねぇーよなぁ』
「間違い電話だったら、切りますけど…」
『おぉーっと、待った、待った。隆史だよ、隆史。昼間、会っただろ?』
あっちゃー、着信拒否設定しとくの、すっかり忘れてたよ。あのナンパしてきた二人の片割れか。
「それで、わたしに、いったい何の用なんですか?」
少し、語気を強めて言ってみた。ここで、下手に出ると、いいように付け込まれるだけだ。
『用事って程の事じゃあないんだけどさ、君の声が聞きたくなってさ』
「じゃあ、もう切りますね」
更に、冷たく突き放す。
『おいおい、やけに冷てぇーよなぁ、俺の事、嫌いか?』
「嫌いです。人の電話番号盗むなんて、人間としてサイテー」
相手を怒らせてしまうかもしれないけど、この際、構わない。
『ハッキリ言ってくれるよなぁー、でもそう言われると、余計に燃えてくるんだよなぁ』
えっ? 逆効果だった?
「自分で勝手に燃えてください。わたしには、関係ありません!」
いい加減、ウザいんだけど…
『昼間と違って、やけに強気だよな? そうゆう強気な女、好きだぜぇ』
そりゃあ、相手がここに居るわけじゃないからね。いくらでも強気で言えるし。
「わたしは、あなたのこと、大っ嫌い!」
思いっきり、大声でそう言った後、電話を切った。
はぁースッキリした。おっと、電話とメール、直ぐに着信拒否設定しとかなきゃ。
カチャ。
「おねぇちゃん、どうしたの? 大声なんか出したりして」
麻弥が驚いたような表情で、ドアから顔を出してきた。
「あっ、ごめん。さっきまで、友達から借りたDVD見てて、興奮して、つい」
「そう、ならいいんだけどさ。おねぇちゃん、早くお風呂入んないと、冷めちゃうよ?」
「うん、ありがとう。直ぐに入るから」
そう言うと、麻弥は、それ以上突っ込むこともなく、自分の部屋に引き揚げていった。
昼間の件で、俺の携帯のアドレス帳には、勝手に“隆史”という名が登録されていたわけだけど、なんかトラぶったときの為に、残しておこう。相手の電話番号がわかっていれば、もしものとき、被害届も出せるだろうし。
まっ、取りあえず、この件は一件落着? といっても、油断は出来ないかも。最近、ストーカー被害も増えているようだし、まさかとは思うけど、外出したときはヘンな人に後を付けられていないか、注意しないとね。用心にこしたことはないだろうし。
さてと、明日の事もあるし、さっさとお風呂に入って、寝ちゃおうっと。
どうやら、昼間に真結花を襲った災難は、取りあえず片付いたようですね。
麻弥は、日頃のママへの不満が、一気に爆発しちゃったみたいです。
次回につづく。