#34:希望の種
「真結花、麻弥、悪いなぁ。ちょっと、遅くなったな」
パパ、手土産でも沢山買い込んだのか? 両手に沢山の紙袋をぶら下げてた。それで、こんなに遅くなったわけ?
「もうぉーパパぁ~、ちょっとどころじゃないよ。どんだけ待ったと思ってるわけ?」
思いっきりふくれっ面をして、文句を言ってみた。
「そうだよ、パパ。おねぇちゃん、危ないとこだったんだから」
「麻弥、真結花が危なかったって、どういうことだ? それに、この子は誰だ?」
「まっ、わたしの話は置いといて、この子、ゆうとくんって名前で、おにいちゃん探してるの」
「迷子ってわけか?」
「だから、パパが帰って来たら、一緒に迷子センターに行こうって。ねっ、ゆうとくん」
「うん。あぁーっ!」
ゆうとくんが、パパの顔に指をさし、突然、驚いたような声を上げた。
「どうしたの? ゆうとくん」
「日本代表の木下選手!」
「ゆうとくんといったね、確かに以前はそうだったんだよ。でも、今は元サッカー選手だから、そう大騒ぎしないでくれるかな?」
「うん。わかった」
「へぇーっ、パパって、小さい子にも人気があるんだ? 麻弥、以外で驚いちゃった」
パパってそんなに有名なのかなぁ? なんか、いまひとつ、ピーンっとこないっていうか。
「ゆうとくん、パパって、そんなに有名なサッカー選手だったの?」
「えっ? おねぇちゃんが、知らないのぉ? 『蒼の鉄壁』って言われてたのに」
「まぁ、それも、昔の話だよ。ゆうとくん、君は、サッカーをやってるのかい?」
「うん。おにいちゃんも、サッカーやってるんだぁー」
「へぇー、それでパパのこと、知ってたんだぁ。麻弥、サッカーには余り詳しくないから、パパにそんなあだ名があったなんて、全然知らなかったよ」
「おぉーい。ゆうとぉー」
その声に振り向くと、帽子を被った男の子が走って来ていた。
「おにーちゃーん」
思わず、ダッと掛け出すゆうとくん。
「散々探したぞ、心配掛けやがって、このっ! いったい、何処に居たんだよ?」
「あのおねぇちゃん達と、一緒にいたんだぁー」
ゆうとくんが振り向きながらそう言うと、そのお兄ちゃんもこちらを窺うように視線を送ってきた。
その瞬間、あれっ? もしかして? と思ってたら、
「あれっ、なんで木下がココに居るわけ?」
「やっぱ、友田くんだったんだ」
でも、兄弟にしては、似てないよね。
「ふぅーん、この人が、噂の友田くんって人なんだ?」
この子は… 木下の妹? にてしても、姉妹そろってカワイイよなぁ。そして… この人が、木下のお父さん?
「あぁーっ! 木下選手!」
友田くん、ゆうとくん同様にパパを見て驚いてる。
やっぱ、パパってサッカー通の間じゃあ、結構有名人だったんだ?
「なんだ? 真結花、知り合いだったのか? もしかして、この子が真結花の彼氏なのか?」
「違うよぉー、パパぁ。おねぇちゃんの彼氏は、もっとカッコイイんだからぁー」
なにぃーっ! 木下に、やっぱ彼氏がいたのかぁー、ショック!
どうりで最近、しおらしくなって、妙に女っぽくなってきてたと思ってたら…
「もぉー、麻弥ったら、そんな言い方したら、友田くんに失礼でしょ!」
はぁーっ、否定もしないってことは、木下にはやっぱり…
「あっ、大丈夫。俺、気にしてないから。どうも、弟がお世話になり、ありがとうございました」
友田くんはスポーツマンらしく帽子を取ると、パパに向かって深々と頭を下げてお礼を言った。
「あっ、いや、私はついさっきここに来たばかりで、何もしてないから。お礼なら、娘達に言ってくれないか?」
「ほらっ、ゆうと、お礼」
友田くんが、ゆうとくんの後頭部を軽く右手で押すと、
「まゆかおねぇちゃん、まみおねぇちゃん、ありがとう。楽しかったよ」
「じゃあ、ゆうとくん、気をつけて帰ってね」
「麻弥、寂しいなぁ、ほんと、弟ができたみたで楽しかったよ。あっ、ゆうとくん、忘れ物」
麻弥は、ベンチに置き忘れていたぬいぐるみを、ゆうとくんに手渡した。
「ありがとう、まみおねぇちゃん」
「じゃあ、木下、俺達、もう帰るから。弟が世話になって助かったよ。じゃあ、また学校で」
「うん、じゃあね」
友田くんは、軽く手を上げると、ゆうとくんの手を取って行ってしまった。
友田くん、なんだか少し、元気がなさそうな気がしたんだけど…
「よし、じゃあ、我々も、そろそろ帰るとするか? もう十分遊んだんだろ? 真結花、麻弥」
「あっ、帰る前に、ちっとだけいい? パパぁ」
「どうしたんだ? 麻弥」
「あぁーれっ!」
麻弥が指さす方向を見ると、その圧倒されるような派手さ加減に、おののいた様子のパパは、
「おいおい、この歳であんなとこに入るのは、さすがに恥ずかしいぞ、麻弥」
「だってぇー、もう当分パパと会えないじゃん。だから、記念に、ねっ!」
「頼む、カンベンしてくれないか? 麻弥」
「ダぁーメっ!」
「なぁ、真結花。何とかしてくれよ~」
頼りなさそうな声で、助けを求めてくるパパ。
じゃあ、そのご要望に答えまして、
「別に、いいんじゃない? プリクラぐらい。パパがひとりで入るわけじゃないんだし。ファミリーならOKって書いてるじゃん」
パパにトドメの一撃を加えると、さすがにパパは白旗を上げたようで、頭をがっくりと下げ、
「今回だけだからなっ、麻弥」
そう言って、ワガママな娘達の、ささやかな願いを聞き入れてくれたようだ。
でもさぁ、パパって口でイヤイヤって言ってても、実は内心では嬉しかったりして。パパって不器用で、照れ屋さんみたいだしさぁ。
「ただいまぁー」
ドアを開けると、Yukiがしっぽを振って玄関でお出迎えしてくれていた。
「Yuki、お利口さんにしてた?」
Yukiの頭を撫でてやると、嬉しそうな表情で答えてくれた。やっぱ、動物って癒されるよなぁ。
「ねぇ、おねぇちゃん、ママは?」
麻弥が、少し開けた玄関のドアから顔を出して聞いてきた。
「まだ、帰って来てないみない」
「そう。もう17時前なのになぁ。もう少ししたら、パパ、向こうに行っちゃうのに…」
「わたしが悪いの…」
「えっ? なんで?」
「だって、わたしが昨日、熱なんて出してなかったら、今頃、家族全員で楽しかったはずなのに…」
「またおねぇちゃんの、ネガティブモードが出たぁー。もうぉー、それは仕方ないじゃない。ママも居ないんだし、最後ぐらい、家ん中が辛気臭くならないように、パパに娘達のめいっぱいの笑顔、見せて送ろうよ」
「うん、そうだね。もう当分、パパに会えないんだし」
「おぉーい、真結花、麻弥。荷物運ぶの、手伝ってくれぇー」
まだ駐車場に居た、パパから声がした。
「あっ、はぁーい」
「はぁーい、パパぁ~」
リビングのソファーに腰を下ろすと、一気に疲れが出たようで、背もたれに、背中をべったり預けるようにもたれかかった。
「ふうーっ、疲れたぁー。やっぱ、家が一番落ち着くよ」
「まっ、おねぇちゃん、久しぶりだったもんね。あれだけ人が居る所に出掛けたんだし、あんなトラブルもあったんだもん。精神的に、疲れたんじゃない?」
「そうかも」
パパが、さっき運んだ紙袋を二つ持ってくると、
「はい、真結花、麻弥」
と言ってパパから紙袋を手渡されると、
「んっ? 何なの?」
と返した俺の薄い反応とは違い、麻弥はニコっとして、
「これって、サプライズってこと? パパにしては、気が利いているわねぇー」
「そうか? まぁ、お土産、買ってこなった埋め合わせと思ってくれれば、それでいいさ」
「開けても、いい?」
「あぁ」
麻弥は、はやる気持ちを抑えるかのように、紙袋から取り出した包みを外すと、
「うあぁー、超かわいいっ! 麻弥、こうゆうショルダーバッグ、欲しかったんだぁー」
それは、薄いピンクのエナメルショルダーで、角にあしらわれた黒いパイピングと、スポーツメーカーのロゴがシルバーで刺繍されいて、すっごくオシャレなものだった。
「気に入ってくれて、嬉しいよ。麻弥が、そんなに喜ぶなんて、思ってもいなかったよ」
「ありがとう。パパ、大好きっ!」
麻弥にそんなことを言われ、なんだか、照れてる様子のパパ。
「真結花は、開けないのか?」
「うん、楽しみは、後で取って置くから」
たぶん、同じショルダーの色違いじゃないのかなぁ? なにも、ここで、わざわざ開けなくてもって。
「そっかぁ」
しまったぁ! やっぱ、素直に開けとけばよかったかなぁ?
パパ、大はしゃぎな反応の麻弥とは対照的な、俺の反応の薄さに、なんだかガックリって感じだし。
ちょっと、パパ、持ち上げとかないと、いけないかな?
「それって、パパが選んだの? すっごく、センスがいいと思って」
麻弥のエナメルショルダーに指をさしながら聞くと、
「あぁ、実を言うと… そのバッグ、お店の若い女性店員相談して、選んでもらったものなんだよ」
あちゃー、余計なこと、聞いちゃった?
「ふぅーん、そうなんだ?」
「じゃあ、麻弥からも、パパにプレゼント。ハイ、これっ。おねぇちゃんにも、ハイ」
麻弥がバッグから取り出して、パパと俺に渡したものは、家族三人で撮ったプリクラだった。
「おっ、結構、キレイに撮れてるもんだなぁ」
「パパぁ。寂しくなったら、それを見て、麻弥とおねぇちゃんを思い出して、泣いてねっ!」
「麻弥、パパがこんなもので泣くわけ、ないだろう?」
「とかなんとか言って、向こうに行ったらパパ、こっそりとこのプリクラ見て、泣いてたりして」
「真結花、残念ながら、それはないだろうなぁ。向こうに行ったら、サッカーのことで、頭がいっぱいだろうし」
「またまたぁ、やせ我慢、しなくてもいいんだよ? パパぁ。寂しくなったら、いつでも麻弥に、電話してねっ」
「ったく、お前たち、そろいにそろって… おっと、こんなことしてる場合じゃない。そろそろ、荷物まとめないとな」
照れ隠しなのか? パパはそう言うと、残っていた紙袋を持って二階の寝室へ行ってしまった。
トントン。
「真結花、部屋に入ってもいいかい?」
「いいよ、パパ」
何やら、また紙袋を持ってパパが部屋に入って来た。
「もうそろそろ、家を出ようと思うんだ。その前に、真結花に渡して置きたいものがあってね」
「えっ、もう行っちゃうの? じゃあ駅まで、麻弥と一緒に見送りに行くよ」
「いや、いいよ、真結花。別れが辛くなって、パパ、泣いちゃうかもしれないしさ」
「えっ! パパが泣いちゃうって? ホントかなぁー、さっきはそんなこと、言ってなかったじゃん」
「あぁ、そうなんだが、歳のせいなのかなぁ? 最近、どうも涙腺弱いみたいなんだな、パパは。真結花は覚えていないかもしれないけど、前回、空港で家族全員に見送られたとき、ちょっと心に込み上げるものがあって、ウルウルきちゃってね。涙を必死でこらえてたんだよ」
「へぇー、なんだか以外」
パパは紙袋から、包装用紙に包まれた箱を取り出し、
「じゃあ、これを渡しておくよ」
と言って、何やらまたプレゼントを手渡された。
「えっ? さっき、プレゼント貰ったばっかりなのに」
「あぁ、これは、真結花だけの特別なプレゼント。だから、麻弥には黙っておいてくれよ?」
「うん、別にいいけど。コレ、なに? 開けていい?」
「あぁ」
包装用紙を丁寧に取り外すと、それはスパイクシューズだった。
「気に入ってくれたかな? ちょっと気が早いけど、サッカークラブの復帰祝いだ。真結花がサッカークラブに復帰できた時、新たな気持ちで履いてくれればと思ってね」
「……」
「どうした? 真結花。どこか、具合でも悪いのか?」
俺は、暫く俯いたまま、顔を上げることが出来なかった。急に涙が溢れ出したからからだ。泣いた顔なんてパパには見せたくなかったし、泣いた顔でパパを見送りたくはなかった。涙を手の甲で拭い、パパを見上げた。
「ごめんなさい、パパ。このスパイクシューズ、本当に履けるようになれるのかなって思ったら、急に悲しくなっちゃって泣いちゃった。ホントは、笑顔でパパを見送らなきゃいけないのにね」
「真結花は、周りの期待のためだけに、サッカーに復帰しようと思っているのか? そう思っているのなら、大間違いだ」
なんか、パパ、少し怒ってる。
「パパ…」
「じゃあ、真結花は、勉強は誰のためにしてると思っているんだ? 親や周りの期待に答えるためだけか? 違うだろう? 自分への、将来の投資のためだろう?」
「うん」
「それなら、答えは自ずと出ているはずだ。もし、真結花がサッカーを続けたくないと言うのなら、パパはそれを止めはしない。サッカーを続けろと、無理強いもしない。決めるのは、真結花、お前自身の心だ。どうする? サッカー止めて、普通の女の子になるか?」
最後の、『普通の女の子になるか?』っていうパパの言葉に、なんか、カチンって来た!
「パパ、わたし、サッカー続ける。どうしても続けたい、このままで、終わりたくない!」
「そうか、真結花の気持ちはわかった。じゃあ、真結花に、別れの言葉として、この言葉を贈ろう。『いつも、心に希望の種を持って、それを育て続けること』これは、パパが学生時代、恩師から言われた言葉だ」
「いつも、心に希望の種を持って、それを育て続けること? 希望の種って?」
「じゃあ、真結花。植物の種を芽吹かせるには、何が必要だと思う?」
「えっと、土と水と養分かなぁ」
「その通り。同じ様に希望の種を芽吹かせるためには、それを育てるための情熱、環境と時間、努力が必要なんだよ。将来、自分がこうなりたいっていう希望や夢、そのビジョンを持って、心の中でその情熱を暖め続けるんだ。そして、それを実行するための環境と時間を作って、それに向けて具体的にコツコツと、地道に努力し続けるってことかな」
「ふぅーん」
「そうやって地道に努力していれば、やがて自信という名の根を張る。そこから野心という芽が生えてきたら、今度は夢という花を咲かせるために、自分にどんなエネルギーが必要なのか、何が足りないのか、捜すんだ。そして、更なる努力を積み重ね、それを自分の物にする。でも、それはそう簡単には見つからないだろうし、紆余曲折、挫折することもあるだろう。苦しんだ分だけ、成功した時の達成感や喜びは、何ものにも代えがたい、素晴らしい人生の記憶として、心に刻まれるんだ。これは、パパが現役時代に得て来た経験なんだ」
「へぇー、パパもプロサッカー選手になるために、随分と苦労したんだ?」
「そうさ。でも、口ではなんとでも言える。どのプロの世界でも、現実は非常に厳しくてハードルも高い。誰しも、努力すれば必ずプロになれるというわけではないし、例えプロになったとしても、自分が思い描いていた夢が叶とも、成功を収めるとも限らない。最後には、持って生まれた才能やセンス、運、そして恩師、仲間、良きライバル、協力者との出会いといった人の縁、そういった、努力だけでは越えられない、高いハードルが待ち受けているからね」
「じゃあ、才能やセンスの無い普通の人が、プロの世界目指そうなんて夢、持たない方がいいんだ?」
「そうやって、はなっから無理だと決めつけてしまうのは良くないな、真結花。何事も努力しないで始めから出来ないと諦めるよりも、努力した方がいいに決まっている。失敗してもその経験を生かして努力を積み重ねていけば、少なくとも一歩ずつ、夢に近付いて行くことは出来るんじゃないかな」
「やっぱ、一に努力、二に努力かぁ」
「ただ、いくら努力しても、人にはそれぞれ限界があるんだ。努力だけではどうしても越えられない壁を感じたとき、別の選択肢を考えなきゃいけない。プロがダメなら裏方でそれを支える仕事とか、アマチュアとして、趣味で楽しむとかね。パパが、現役引退した理由もそれなんだ。人生、若いうちに、自分の可能性を知るために、興味を持った事や好きな事にチャレンジするべきだとパパは思う。何事もやってみなくちゃ分からない。どうせ夢や希望なんて叶いやしないって、最初から諦めてたら、これしてもダメだろう、あれしてもダメだろう、何してもダメだろう、って思うようになって、何も努力しない、何のリスクも冒さない、流されるだけの人間になってしまう。ハッキリ言って、そんな人生、面白くないぞ、真結花。だから、真結花。とにかく、失敗を恐れず、とことんサッカーをやってみることだ。それから、答えを出してもいいんじゃないのか?」
「そうだね、パパ。少し勇気が出てきたよ。ありがとう!」
「パパには、こんな言葉しか掛けられないが、頑張れよ! 真結花」
「うん。パパも、向こうで頑張ってねっ!」
「ありがとう、真結花。じゃあ、もう行くよ」
「あっ、待って! パパ」
「どうした? 真結花」
「最後に、パパと握手してもいい?」
「あぁ、構わないけど、どうしたんだ?」
少し、照れ臭そうな感じのパパ。
「パパの手から、少しでも勇気を貰っておこうと思って」
「ヘンなこと、言うよなぁ、真結花は。じゃあ」
パパがそう言って、右手を差し出してきたので、俺は両手でパパの大きな手を挟み込むように、思いっきりギュッと力を入れて握ってみた。
「おい、真結花、力、入れ過ぎだぞ。もう、いいだろ?」
「うん。じゃあ、パパ、元気でねっ!」
「あぁ、真結花も元気でなっ! 今度会える日を楽しみに待ってる」
パパはそう言うと、部屋を出て行き、隣の部屋に居た麻弥にも別れの言葉を掛けた後、本当に行ってしまった。
あぁーあ、本当にパパが居なくなっちゃったよ。なんか、心にぽっかりと穴があいたような感じ…
でも、パパから、沢山の勇気を貰ったような気がして、正直なところ、余り気乗りしていなかった明日のリハビリ練習、ガンバルぞっ! っていう意欲に満ち溢れていた。
どうやら、父親との別れの言葉が、真結花とって、
サッカー復帰へのカンフル剤となったようですね。
次回につづく。