#32:わたしが… アイドル?
「うわっ、すごっ。ねぇ、麻弥、これで三つ目だよ。そんなにぬいぐるみ取っちゃってさぁ、いったいどうすんの? 麻弥の部屋ってさぁ、もう既にぬいぐるみでいっぱいじゃん」
「大丈夫、大丈夫。増えて来たら友達にあげたり、バザーに出したりしてるから」
「あっ、そっ。ところでさぁ、麻弥」
「んっ、なに? おねぇちゃん」
「クレーンゲームって、何がそんなに楽しいの?」
「うぅーん、もちろん、景品取るのが最終目的なんだけど、自分が狙った通り取れるか取れないかっていうスリル感とドキドキ感っていうか。そうそう、フィッシングやってる人の感覚って、こんな感じなのかなって。ちょっと違うかもしれないけど」
「ふぅーん、そうなんだ?」
それにしても、麻弥、クレーンゲームに慣れてるのか、ホント、上手いよなぁ~。俺なんて全然ダメ。一つも景品取れやしない。だから、こうやって麻弥のクレーンゲームを楽しんでるところ、ぼーっと見てるだけなんだけどさぁ、麻弥の楽しそうにしてるニコニコ顔見てるだけで飽きないっていうか、癒されるっていうか。
あぁ、こうやって姉妹で仲良く遊んでいると、何だかほのぼのしてて、いいなぁーってしみじみ思っちゃうわけで…
そういや、気持ちが落ち込んでたとき、いつも麻弥に慰めてもらったり、励まされてたり、癒されてたり、麻弥から元気貰ってたんだっけ。麻弥、いつもありがとね。
こんなこと、面と向かって口に出して言うの、照れ臭くってさぁ、カンベン。麻弥、感謝してますから。
「んっ? どうしたの? おねぇちゃん」
「えっ? 何でもないよ?」
「だってさぁー、さっきから麻弥の顔、じーっと見てるしぃ」
「あぁ、ゲームに夢中になってる麻弥の楽しそうな顔見てるとさぁ、なんだか微笑ましくって」
「それって、麻弥が幼稚ってこと?」
「そうじゃなくて、心がほっこりするって感じ?」
「なにそれ? 昨日からおねぇちゃん、何かヘン」
「そお?」
「ねぇ、おねぇちゃん。そういえば、パパは?」
「何か買い物する用事あるから、ここで遊んで待ってるようにって。麻弥、ゲームに夢中になってたし」
「そうなんだ? 麻弥、全然気付かなかった」
「それより、麻弥。お持ち帰り袋、もういっぱいみたいだし、そのへんで止めたら?」
「そうだよね。ちょっと、調子が良かったもんで、ついハリきり過ぎちゃった」
「そろそろ休憩しようよ、麻弥。喉も乾いたことだし」
「うん」
休憩コーナーでジュースを買って、麻弥と二人っきりでベンチに腰掛けると、何だか急に気恥かしいような気分に襲われた。
こうやって、改まったカタチで二人っきりになると、いったい何を話したらいいのやら。
そういや、あの事故以来、麻弥と一緒に外出して遊んだことがない。これが初めてなんだ?
家に居る時って、必ずって言っていいほど、麻弥の方から話題振って来てたんだっけ? そのことにふと気付くと、話題の引き出しの少なさ無さに、一瞬、愕然としてしまった。こんなことじゃ、先が思いやられる。デートなんて、できるの? って誰とだよ? なーんて考えてたら、麻弥が切り出してきた。
「おねぇちゃんとこうやって遊ぶの、ホント久しぶりだよね。あっ、ごめん、覚えてないんだっけ」
「いいよ、別に、大丈夫だから」
「それと、お昼前に麻弥が言ったこと、ごめんね、おねぇちゃん」
「気にしてないから」
「ウソ! 気にしてるから怒ったんでしょ?」
「ホントのこと言うと、自信がないんだよねぇー、ちゃんと、サッカーできるのかなってね」
「やっぱ、おねぇちゃんらしくないなぁー。こんなこと言うと、ショックかもしんないけど、以前のおねぇちゃんって麻弥の前で弱音なんて吐いたこと、殆どなかったし、例え何かに失敗したとしても、物事ポジティブに考えてたよ。失敗しない人は、何も挑戦しない人だって」
「そっかぁー。そんときのわたしと、今のわたし、やっぱ全然違うのかな? 麻弥から見ても」
「うん、そうだね。でも、今のおねぇちゃん、麻弥に優しくなったし、好きだよ。でもね、もう少し、自分に自信を持った方がいいと思うの」
「自信、そうなんだよねぇー。自信ってどうやったら持てるのかなぁ?」
「少しずつ、一歩ずつ、努力を積み重ねるしかなんじゃないのかなぁ。努力の積み重ねが、自信に繋がって行くんだと思うけど」
そういや、里子ちゃんにも同じこと、言われてた。
「そっかぁー、やっぱ、努力の積み重ねかぁー。さっきの麻弥のクレーンゲーム、正に努力の積み重ねだもんね」
「そうだよ。麻弥だってクレーンゲーム、最初は失敗が多くて悔しかったんだから。人間、失敗しないと、努力して成長しないんだから」
「そうだね」
うぅーん、またしても、麻弥に励まされてしまった。
それにしても、麻弥、ママに似て、ほんとシッカリしてるよなぁー。我が妹ながら、関心するよ。
「ねぇ、おねぇちゃん」
「なに?」
「さっきからさぁー、あの男の子、気にはなってたんだけど、何か人を探しているような感じ。もしかして、迷子じゃないのかなぁ?」
麻弥が、小学校低学年ぐらいの男の子に指をさしながらそう言った。
「あの男の子?」
「うん」
「じゃあ、声、掛けてみる?」
「おねぇちゃんがね」
「わたし?」
「そっ、おねぇちゃんなんだし」
「だよねぇー、じゃあ、行ってくるね」
「うん。がんばってね!」
いったい、何をがんばるってわけ? 麻弥。意味不明。
「ねぇ、ぼく。もしかして、誰か探してるの?」
男の子の警戒を避けるため、中腰になり、目線を合わせながら、できる限り優しく話しかけてみた。
「おねぇちゃんは、だれ?」
やっぱ、警戒はするよね。知らない人に声掛けられるわけだし。
「おねぇちゃんは、まゆかっていうの。ぼくの名前、教えてくれないかな?」
「ぼくは、ゆうとだよ」
「そっ、ゆうとくんは、今、誰か探してる?」
「うん、おにいちゃん」
「おにいちゃんと、はぐれちゃったの?」
「うん。ぼくがトイレに行ってる間に、おにいちゃんが居なくなちゃたんだ」
「じゃあ、おねぇちゃんと一緒に、迷子センターにいこっ」
「ヤダっ! そんな所、行きたくない!」
「どうして?」
「だって、ぼく、もう小学三年生だよ」
背も低いし、てっきり、もう少し幼いのかと思ってた。
「じゃあさぁ、あっちに女の子が座ってるベンチがあるでしょ? あそこでおにいちゃんが帰って来るの、一緒に待たない?」
「うん、いいよ」
ほっ。とりあえず、この子の身柄は確保。指でOKサインを麻弥に送る。
このくらいの男の子って、なんか扱いが難しそうだよなぁー。麻弥が『がんばってね!』って言った意味がようやく分かったような気がした。
「じゃあ、向こうにいこっ」
そう言って左手を男の子に差し出すと、恥ずかしそうに握ってきたので、その小さな手をそっと包み込むように軽く握り返し、麻弥が待つベンチに向かって歩き出した。
男の子の手は柔らかくて暖かくて心地がよく、妙な安心感があった。
これって、もしかして、母性本能ってヤツなんだろうか?
「おねぇちゃんって、いい匂いがするんだね」
「えっ? そお?」
「うん。ママとは違ういい匂い」
男の子が、急にヘンな事を言い出したので、ビックリした。
「えっと、ゆうとくん。この子は妹のまみっていうの」
「こんにちは、ゆうとくん」
「こっ、こんにちは、まみおねぇちゃん」
ゆうとくん、やっぱ緊張しているのか? 恥ずかしそうな感じ。
まっ、年上の知らない女の子達に囲まれるわけだし、緊張するのは当たり前かな。
麻弥にゆうとくんの事情を説明した後、ゆうとくんを左端に、真ん中に麻弥、右端に俺という配置でベンチに座り直した。麻弥の方が年も近いし、二人でゆうとくんをサンドイッチするカタチで座ると、ゆうとくんが更に緊張するだろうし。
「ゆうとくん、喉、乾いてない?」
「だいじょうぶだよ、まみおねぇちゃん」
「そう」
「まみおねぇちゃんって、クレーンゲーム、得意なんだ?」
ゆうとくんは、麻弥の足元に置いてあった、ぬいぐるみでパンパンになったお持ち帰り袋に興味を示したようだ。
「まあね。いっぱい取っちゃったもんだから、ひとつだけ、気に入ったヤツ、あげよっか?」
「いいの? まみおねぇちゃん」
「うん、いいよ」
麻弥はそう言うと、お持ち帰り袋をゆうとくんに差し出した。ゆうとくんは、まるで宝探しのようにお持ち帰り袋の中を手でまさぐり、何所かのサッカーチームのユニフォームを着た、くまさんのぬいぐるみをひとつ取り出すと、
「これ、もらってもいい?」
「うん」
「ありがとう、まみおねぇちゃん」
やっぱ、ゆうとくんの隣に麻弥を座らせたのは正解だった。俺よりも、麻弥の方が話し易い雰囲気があるんだろうと思う。それに、俺には不安で緊張してる小さな男の子を和ませる術なんて、持ち合わせているはずはないだろうし、何を話したらいいのやら、さっぱりだ。
「ねぇ、おねぇちゃんたちって、もしかしてアイドルとかモデルなの?」
ゆうとくんが、急に突拍子ない事を言い出したため、驚いた。だけど、邪険な態度を取るわけにもいかない。
「残念だけど、おねぇちゃんたちは、アイドルとかモデルじゃないの、普通の人だから。ねっ、麻弥」
「そうなんだけど、どうして、そう思ったのかなぁ? ゆうとくんは」
「だって、おねぇちゃんたち、かわいいんだもん」
ゆうとくんはそう言うと、少し顔を赤らめながら、俯いてしまった。
そんなゆうとくんの姿を見ると、こっちも、こそばゆいような、恥ずかしいキモチに襲われる。
「それにしても、ゆうとくんのおにいちゃん、中々現れないね」
俺は、場の気まずい雰囲気を少し変えようと、話題を変えてみた。
「そうだよねぇー、ウチのパパも、麻弥たちほっぽいて、いったい何にしてんだろっ」
麻弥もそれに続く。
「おねぇちゃんたちも、はぐれちゃったの?」
「うぅうん、違うよ。パパは買い物に出掛けてて、おねぇちゃんたちはココで待ってるの」
そう答えると、ゆうとくんはマジマジと俺の顔を見つめてきた。いったい、なんなんだろう?
「あっー!」
ゆうとくんが、俺の顔に指をさし、急に大きな声を張り上げた。
「どうしたの? ゆうとくん」
「まゆかおねぇちゃんの顔、どっかで見たような気がしてたと思ったら、まゆかおねぇちゃんの雑誌の切り抜き写真、おにいちゃんの部屋の壁に貼ってあったよ。やっぱ、まゆかおねぇちゃんってアイドルなんだぁー」
「しーっ、声が大きいよ、ゆうとくん。誰かに聞かれたら、ヘンに思われちゃうじゃない。だ・か・ら、さっきも言ったでしょ? わたしはアイドルでもなんでもないの。ただの普通の人なんだから」
「えぇーっ! うそだぁー。だったら、なんで雑誌にまゆかおねぇちゃんの写真が載ってるの?」
「えっと、たぶん、その雑誌に載ってた人とわたしの顔、似てたんじゃない? ほらっ! 他人の空似ってあるでしょ?」
うぅーん、俺によく似たタレントさんでもいるのかなぁ。ゆうとくん、どうやら俺がその人だと思い込んじゃってるみたいだ。
さっきまでの俺とゆうとくんとのやり取りが、余程可笑しいのか? 麻弥は笑いをこらえきれず、クスクス笑っている。
「ウソっ! ぼく、信じないもん! まゆかおねぇちゃんは、ゼッタイにアイドルだもん!」
麻弥、頼むよぉー、そうやって笑ってないで、助け舟だしてくれよぉ~って思ってたら、通じたのか、
「流石ね、ゆうとくん。おねぇちゃんのウソ、見事に暴いたようね。そうなの、何を隠そうおねぇちゃんはアイドルなの」
「やっぱり、そうなんだ」
『何を言ってんの、麻弥は』っと小声で言うと、麻弥は『いいから任せて』っと返してきた。
「だから、ゆうとくん。ここに居る人達に気付かれると騒ぎになっちゃうから、アイドルだってこと、ヒミツにしてくれないかな?」
「ぼくたちだけのヒミツ?」
「そう、私達だけのヒミツ。約束してくれるかな? ゆうとくん」
「うん、わかったよ、まみおねぇちゃん」
「ありがとうね、ゆうとくん」
麻弥はそう言うと、こっちに向かってウインクし、上手くいったでしょ? という合図を送ってきた。
うぅーん、麻弥は幼い子の扱いに慣れているんだ? 将来、保母さんにでもなれるんじゃない?
それにしても、俺がアイドルだってさ。笑っちゃうよなぁ~。いったい何がどうなれば、そうゆう勘違いが起こるわけ? そういや、ゆうとくんは雑誌の切り抜きがどうのこうの言ってたけど、そんなに似てるタレントさんがいるのかなぁ~、気になるよなぁ。
でもさぁ、本当にそんなに似てるとしたら、今頃、そのタレントさん本人と勘違いされて、人だかりができてさぁ、大騒ぎになってるはずだもんな。そうなってないってことは、やっぱ、全然似てないのか、大して有名な人じゃないってことなんだろう。幼い子の言うことだし、当てにはなんないや。真に受ける方もどうかしてると思うけどさ。ゆうとくんの緊張もほぐれたようだし、まっ、いっか。
それにしても、ゆうとくんのおにいちゃん、現れないよなぁ~、パパも何してんだか。
「ねぇ、おねぇちゃん」
「えっ?」
「どうしたの? ぼーっとして。考えごと?」
「うん、まぁ、これからどうしようかなってね。いつまで待てばいいのかなって」
「じゃあさぁ、おねぇちゃん。ゆうとくんと、ちょっと遊んでくるからさぁ、何か動きがあったら携帯で呼び出してよ」
「いいけど、麻弥まで迷子になんないでよ?」
「大丈夫、携帯持ってんだし」
「そうだよね」
「ゆうとくん、おにいちゃんが帰ってくるまでさぁ、おにいちゃんと居た場所で、おねぇちゃんとゲームしない? もしかしたら、おにいちゃんが現れるかも」
「うん、いいよ」
ゆうとくんがそう言うと、麻弥はゆうとくんの手を取って、ゲームコーナーの方に行ってしまった。
そっかぁ、パパも携帯持ってんだし、いざとなれば呼び出せばいいし、パパは気にしなくてもいいや。今頃気が付くなんてね。それよりも、ゆうとくんのおにいちゃんだよなぁ。パパが戻って来ても現れなかったら、やっぱ迷子センターに行くしかないよなぁ。
迷子という、ちょっとしたハプニングに遭遇した真結花達ですが、
この後、いったいどうなることやら…
次回につづく。