#30:わたしって、愛されて… いるんですよね?
「おねぇちゃん、あっさだよぉー」
「うぅーん、麻弥、もうちょっと…」
「だぁーめ! おふとん、剥いじゃうよ?」
「ちょっと、頭痛がするし、熱っぽいの」
「ホントにぃ? 仮病じゃないの?」
「うん、ホント。今日、ガッコ、休もうかなぁ」
「おねぇちゃん、ちょっと待っててね」
麻弥はそう言うと、暫くして体温計を持って来て、
「じゃあ、コレ」
「うん」
ピィー、ピィー、ピィー!
という電子音と共に、腋に挟んでた体温計を麻弥に渡す。
「あちゃあ~、ホントだ、38度もあるよ。風邪でも引いたのかなぁ。今日はガッコ、休まなきゃね」
「麻弥、ごめん、鮎美ちゃんにガッコ休むって連絡しといてくれる?」
「うん。じゃあ、ママにも仕事、休んでもらおっか?」
「えっ? いいよ、だってパパが家にいるじゃん」
「パパ、早朝から出かけたよ。なんでも、今日一日、お世話になった知人に挨拶周りして来るって。こっちに居られるのも、明日までだしさぁ」
「そうなの?」
「うん。だから、家に病人のおねぇちゃん一人、ほっぽくわけにもいかないしさぁ」
「大丈夫だよ、これくらい」
俺はそう言うと、気だるい体に渾身の力を入れ、無理やり上体を起こし、ベッドから脚を下ろすと、よろけながらもなんとか立ち上がった。立てよ、立ってくれよ! って心でつぶやきながら…
「ほら。ねっ!」
そう言った瞬間、目の前が真っ白になり、立ち眩みしたのを悟る。次の瞬間には、両手を床についてしゃがみ込んでいた。
「おねぇちゃん、ヘンに強がらないの! 全然大丈夫じゃないじゃない。倒れて、床に頭でも打ったらどうするのよ! 麻弥の言うこと、素直に聞くの! そういう意固地なところ、おねぇちゃんの悪いところよ!」
「ごめん、麻弥。またママに迷惑掛けちゃうって思うと…」
「迷惑掛けてもいいの。家族なんだし、親が病人の子供の面倒見るのは、当たり前のことじゃない!」
「そっ、そうだよね。遠慮しなくても、いいんだよね?」
「なに他人行儀みたいなこと言ってるの? 今日のおねぇちゃん、何だかヘンだよ?」
「そっかなぁ?」
「とにかく、おねぇちゃんは今日は一日、安静にしてシッカリと体力を回復させること。じゃないと、明日のパパとの約束も、明後日の喜多村くんとの約束も、ぜぇーんぶ、キャンセルになっちゃうよ? それでも、いいの? おねぇちゃんは?」
「いいわけない、いいわけないに決まってるじゃん。そんなの、あんまりだよぉー、ひどすぎるよぉー」
俺は床に這いつくばったまま、ほとんど、半泣き状態だった。なんでこんな時に限って、体が言うこと聞いてくれないんだろうか? 自分の体を恨むしかなかった。
「だったら、ほらっ、大人しくベッドで寝てなきゃ。治るものも、治らなくなっちゃうよ」
「うん」
麻弥に両腋を抱えてもらいながら立ち上がり、ベッドに再び潜り込むと、言いようの無い悔しさと悲しさからこらえきれず、涙がこぼれてしまった。
「おねぇちゃんの悲しいキモチはわかるけど、泣いても仕方ないよ。たぶん、風邪じゃなくて、おねぇちゃんの持病じゃないかな? 喉とか鼻とか、大丈夫なんでしょ?」
「うん、そうだね。そうみたい…」
この発熱と頭痛症状、暫く収まってたはずなのに… また、再発したのだろうか…
「じゃあ、おねぇちゃん。後はママにバトンタッチしておくから、大人しく寝てるのよ。わかった?」
「うん。麻弥、ありがとう」
「そう、素直になればいいの。おねぇちゃんは、もっと家族を頼ったり、甘えたりしてもいいんだよ? 姉だからもっとしっかりしなきゃとか、みんなに迷惑掛けちゃうとか思って、ガマンしなくてもいいんだから、ねっ!」
「うん」
なんだかさぁ、またしても麻弥に慰められてしまったよ。しかも、俺の思ってたこと、ズバズバ言っちゃってくれるしさぁ。あぁ、俺ってどうしようもなく情けない。情けなくて仕方がない。
でもさぁ、結局人間って、直接的にしろ、間接的にしろ、誰かのお世話になってるわけだし、必ず誰かと関わり合って生きてる。誰にも迷惑掛けないで生きて行くなんて、それこそ、無人島で独りで生きてくとか以外、考えられないわけだし。人間、独りでは、そんなに強く生きられないもんなぁ。死ぬまで孤独感をごまかすために、他人と関わったり、夢中になれるもの見つけて、一生懸命生きているっていうか…
あっ、また何真剣に考えてんだろっ、俺って。最近、人生の意味について色々考えちゃってる。そんなこと考えることさえ、意味がないことかもしれないのに… ちょっと、最近、疲れてちゃってるのかなぁ。また、無意識のうちに、ストレス溜めこんじゃってて、それで熱が出たとか。
そうだよ、きっと体が受け止められるストレスのキャパを超えてんだ。この熱や頭痛は、そのアラームなんだよ。これ以上、何事も思いつめたりしちゃいけないよっていう。もっと、肩の力を抜いて生きなきゃいけないよなぁ。
トントン。
「はぁーい」
「真結花、部屋、入るよ?」
カチャ。
「あれっ? 鮎美ちゃん、ガッコはいいの?」
「ふふんっ、まだ時間、余裕で大丈夫よ。真結花のカワイイ寝顔、写メに納めてからガッコ行こうと思ってたんだけど、起きてたんだ?」
「なに、それっ?」
カシャ。
「といいつつ、真結花のカワイイ表情、げっとぉー。しかも、プリティーなパジャマ姿という、超レアなプレミア特典のオマケ付きだし。この写メ、うちのクラスの男子諸君に見せたら、絶対に萌え死にそうね。ふふっ、真結花のちょっと火照った顔がエッチぃ感じ?」
「えぇーっ、そんなぁー。人が熱出して寝込んでるっていうのに、その写メなんか撮って、みんなの晒しものにしようなんて… やめてよぉー、鮎美ちゃん」
「あはっ、あいかわらず真に受けるわねぇー、真結花ってさぁ。ホント、面白いわっ。そんなの、冗談に決まってるじゃん。真結花の顔、見れたことだし、そろそろ、ガッコ行くね。じゃあ、ガッコ帰り、また寄るからさっ、シッカリと静養しおくように! じゃあねぇー」
「いってらっしゃい」
はぁ? いったい、何しに来たんだろ? 鮎美ちゃんってさぁ。にしても、鮎美ちゃんって、いっつもあんな調子だし、毎日元気で楽しそうだし、いいよなぁ~。鮎美ちゃんに悩みなんてもの、あるんだろうか? 同じ人間なんだし、きっと、苦しい事や悲しい事もあるよね? それを、ただ表に出さないだけでさぁ。
それってスゴクない? 鮎美ちゃんって精神的に強いよなぁ。俺も、そういう精神的な強さ、見習わなきゃ。
「真結花、はいっ、あぁーん」
ママが、特製の卵おじやをスプーンでひと口すくい、ベッドの上で上体を起こしていた俺の口元まで運んできた。
「ママ、子供じゃなんだし、自分で食べれるから」
「あらっ、真結花はいつから大人になったのかしら? お赤飯でも炊かないといけなかったかしら?」
「えっとぉー、そういうことじゃなくってさぁ、すっごく恥ずかしいから、その幼児みたいな扱い、やめて欲しいの」
「そう、それは残念ねぇ。こうやって病気の真結花の看病してると、真結花の幼かった頃、ふと思い出したのよねぇー、あの頃の真結花は、もっと素直で、いい子だったのに… ママ、なんか悲しいなぁ~」
「ハイハイ、わかったから、ママ」
そう言うと、俺は大きく口を開けた。
「どぉ? お味はの方は?」
「うん、すっごく美味しいよ、ママ」
「そう、それはよかったわ。じゃあ、もうひと口、あぁーん」
「もぉー、ママったら、一度付き合ってあげたんだから、もういいでしょ?」
「そうねぇー、ちょっとママも、昔を思い出したりして、はしゃぎ過ぎちゃったかしら?
熱いから、気を付けて食べるのよ」
「うん、言われなくてもわかってるから。それより、ママ、ありがとう」
「どうしたの? 真結花、改まっちゃって」
「ママ、今日、わたしのためにお仕事、休んでくれたんでしょ? だから、ありがとうって」
「なに真結花? そんな照れ臭いような事、言っちゃって」
「日頃の感謝の気持ちを込めて、ママにありがとうって言いたかったの」
「そっ、じゃあ、おじや、残さず食べてね」
「うん」
そう言うと、ママは、本当に照れ臭かったのか? そそくさと部屋を出て行ってしまった。部屋を出て行くママの横顔を一瞬見たとき、瞳が潤んでいたように見えたけど、気のせいだったのかなぁ。
今の俺にとって、助けてくれた人達やお世話になった人達に出来る恩返しって、“ありがとう”っていう感謝のキモチ、これをハッキリと言葉にして、素直に伝えることしか出来ないんだよね。
今頃になってそれに気付くなんて、俺って、ホント、バカ。大バカだよね。今思えば、いっつも、家族や友人に対して“ごめんなさい”って、謝ってばかり言ってたような気がする。
ほんと、言葉に発しないと本当の“キモチ”って、相手には伝わらないんだよ。自信の無さから、いっつも、ごまかしてばかりで、逃げてばかりで、自分のキモチにウソついて、きちんと真正面から自分に向き合ってなくて、その場のキモチに押し流されてばかりいて… もういい加減、そういうのから卒業しなきゃいけない時期かもなぁ。
そうじゃないと、いつまでたっても成長がないじゃないか。明日を変えるなら、今日から態度を改めないと。イヤ、今から。なーんて、エラそうなこと、頭ん中で考えてもさぁ、いざとなると、コレが中々実行出来ないんだよねぇー。はぁーっ、正に自己矛盾ってヤツ?
「んっ?」
昼食を終え、一休みしていると、携帯のメール着信音が連続して鳴り響いた。いったい、なんなんだ? そういえば、学校じゃあ今頃、お昼休みだよなぁ。
携帯の着信メールを確認してみると、えっと、鮎美ちゃんに、智絵ちゃん、杏菜ちゃんに、莉沙子ちゃん。それから、喜多村くん? なんじゃこりゃあーっ? もしかして、メールで集団のイタズラ?
はっ! 一瞬、イヤな予感が頭を横切った。まさかと思うけど、たぶん、そのまさかに違いない。うーん、鮎美ちゃんの奴めぇー、やっぱ、人を晒しものにしたなぁー。イタズラにも限度ってもんがあるでしょうがぁー。今度ばかりは許せない。それ相応の代償は払ってもらわないと、到底気が済まない。
とにかく、メールの内容、確認しなきゃ。まずは、一番気になる“喜多村くん”
『柚木さんに見せてもらった木下さんの写メ、めっちゃカワイかったよ。それから明後日の約束、ムリそうだったら連絡して。お大事にね』って? 一瞬にして、かぁーと、一気に顔が熱くなったような気がした。せっかく熱が下がり始めてたのに、また熱が上がっちゃうじゃないか。それにしても、何で杏菜ちゃんが今朝の写メ、持ってるワケ? さては、鮎美ちゃんがばらまいた?
“鮎美ちゃん”のメールを確認すると、
『ごめん、真結花。今朝の真結花の写メ、お昼休みにこっそり見てたら、杏菜に見つかっちゃってさぁ、杏菜に私の携帯奪われちゃって、仲間うちにたらいまわしされちゃった。お詫びにスイーツ、お見舞いの手土産に持って行くからさぁ、カンベンしてよね。写メはばらまいてないから、安心して』
確かに、杏菜ちゃんのやりそうなことだと思った。でもさぁ、元々は今朝、おもしろ半分に写メを撮った鮎美ちゃんが悪いんだよね。はぁーっ、見られちゃったものは仕方ない。別に、裸を見られたわけじゃないんだし、こんなことぐらいでブリブリ怒るのも大人げないちゃあ、大人げないし。まっ、いっか。
他の子のメール、内容確認しなくてもさぁ、もう書いてあること、だいたい予想がつくし、見たくもないよなぁ。えぇーい。削除しちゃえ!
「はぁーっ、これでスッキリ、ってなわけない!」
真結花は、身近にいる人を大切にすること、
みんなから愛されていること、身を持って思い知らされたようですね。
次回につづく。