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#3:どうしよう?

 誰かが亡くなって悲しみ、いくら気落ちしていても、お腹はだけは減る。人間とは現金なものだ。

俺には少し少ないと思われた朝食だったが、この体の胃が小さいのか? 空腹は十分に満たされた。


 空腹も満たされたことだし、さてと、これから家族が面会に来ると言っていたな。

いったい誰が来るんだろう? まぁ、この場合、面会に来るのは母親なんだろうな?

 しかし、面会に来た母親に対して、この娘はどうゆう反応をし、どうゆう顔を見せるのだろうか?

果たして、俺にそんな自然な演技が出来るのだろうか?

そう思うと急に不安になってきた。


 さっきまでは、この娘と初対面の人達だったからいいものの…

一難去って、又一難ってわけか。

 えぇーい、こうなりゃあ、出たとこ勝負しかないよな。

いくら考えてみても雲をつかむような話で、この娘の母親とどう接すればいいのか、なんていうマニュアルも無いし、母親の顔も全く浮かんで来ないしわけだし。


 そう思っていたら、何処か遠くで、かすかに携帯電話の着信音が鳴り響いている事に気が付いた。

俺は慌てて、ベッドを抜け出し、先ほど荷物が閉まってあると言われた棚の扉を開けて、スポーツバッグを取り出してみた。

バッグの中を探ってみたが、携帯電話は直ぐに見つからない。

少し焦ったが、ようやくバッグの外側のポケットに携帯電話が入っているのを見つけた。


 携帯電話の画面を覗くと、着信履歴に“ゆうこママ”と書かれていた。

思った通り、この娘の母親が面会に来るようだ。

電話に出なかった為、伝言メッセージが入っていた。

俺は、早速再生してみた。


『もしもし、まゆか? 今、電話に出れないの? ママ凄く心配したのよ!

でも、まゆかが無事で本当によかった。今はホッとしているわ。

昨晩あんな事故に遭って、まゆかの意識が戻らないって病院で聞いていたの。

今朝になって、まゆかが意識を取り戻したって連絡があって、

今、慌ててそっちへ向かっている最中なの。

でも、さっき、ちょっとした事故渋滞があって、少し到着が遅れそうだわ。

この調子だと、たぶん…後30分ぐらいで着くと思うけど。

それまで少し待ってて。じゃあ、電話切るわね』


「はぁーっ」


 俺は、今までいっぱい溜めていたのか、一気に深いため息を吐き出した。

いよいよ、次の頭の痛い問題が迫って来ているって事か。

今は10時過ぎだから、遅くても11時前には来るのか。


 自分が愛情込めて育てた子供に、親の記憶が無いと知ったら、親は凄く悲しむだろうなぁ。

なんとなく話を合わせてみたり、知っているかのような態度を取ったところで、実の親なんだから、

そんな安っぽい俺の演技なんて、簡単に見抜くだろうし、娘の心理的な異変には直ぐに気が付くだろう。

この娘の親には可愛そうだが、仕方が無い、ここも“記憶喪失”を押し通す以外に手はなさそうだ。


 携帯電話をベッドの枕元に置くと、ふぅーっと、もう一度深い溜息を付き、

両手で頭を抱えながらベッドに体を横にしてうずくまるように寝転んだ。

その直後、再び携帯電話が鳴りだし、俺は、ビクッとした。

慌てて上体を起こし、携帯電話の画面を睨み付けると、今度は新着メールが届いていた。


 そういえば、この病院は携帯電話を使ってもいいのかな?さっきは気にせず使ってしまったが。

この病室は個室だし、他人の迷惑になるわけでもないから使ってもいいよね?

俺はひとり自分勝手に解釈し、この娘を知る手がかりになるかも知れないと思い、

恐そる恐そる直近のメールを開いて見た。


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XX/24/ 10:11

Fom 鮎美

Sub まゆまゆ もう大丈夫なの?

今朝早くまゆまゆのお母さんから連絡があったの。

まゆまゆが駅で事故にあって、未だに意識が無いって聞いたとき、

胸が張り裂けそうで、居ても立ってもいられなかったわ。

ついさっき、まゆまゆがようやく意識を取り戻したって聞いて、

やっと気持ちが落ち着いたの。

何より本当に無事でよかったわ。

本当なら、今からでもすっ飛んでお見舞いに行きたいところなんだけど、

午後から精密検査があるって聞いたから、

智絵達と明日お見舞いに行くね!

そうだ、快気祝いにまゆまゆの愛しの♡友田君♡も誘っちゃおかなー。

だ・か・ら、しおらしく、可愛らしくするのよ!

じゃないと、天に変わってお仕置よ♪ わかったわね。

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XX/24/ 0:23

Fom 里子

Sub お疲れ!

今日はお疲れ。ってもう今日じゃないか。

もうすぐ練習試合があるからって

最近ちょっと練習キツくない?

先輩達の目、妙に気合入ってギラギラしているし。

まゆかはいいよねぇー。

めっちゃドリブルが上手いし、

1年生なのに、もうレギュラー扱いみたいだし。

今度マンツーマンで教えてくんない?

おっと、そういえば今度、

代表の強化試合があるんだけどさぁ。

チケット取れそうだから、いつものメンバーで

見に行かない? 返事待ってるから。

それじゃあ、おやすみなさーい。

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 げっ! この娘の友達が明日お見舞いにくんの?

まだ心の準備とか全然出来てないし、この娘の事、もっと色々知りたいこともあるのにーっ!

しかも、意味ありげな、友田君って、これってもしかしてこの娘の彼氏???

あーっ、そんなの、いったいどう対応すればいいんだよぉー。

益々頭痛くなってきた。

しかし、冷静に考えると今日は土曜日で、明日は日曜日だもんな。

学校が休みなんだから、友達がお見舞いに来ても何もおかしくはないんだ。


 しかし、この娘、何の部活してんの? ドリブルってことは、バスケ?

まさかサッカー? んなわけないよね?

でも、こんな細っこい小さな体で、よくそんな激しいスポーツなんかしてるよなぁ。

俺は改めてこの体の手足をマジマジと眺めてみた。

そういや、さっき携帯探していたスポーツバッグの中に運動靴を入れているような巾着袋があったな。


 こいつは困った話だぞ。俺って、スポーツ経験なんてあったんだろうか?

もし仮に、あったとしても、学生時代の体育でふざけた球遊び程度のもんだろうな。

しかも、この娘がレギュラー扱いだって? こいつはもうお手上かも。

当分は事故に遭った事を理由に部活を避けられるかもしれないが、いつまでも誤魔化すことは出来ない。

そもそも、記憶も無いことだし、大恥をかく前に、退部届を出すのが得策だな。

うん、それがいい。

俺は腕組みしながらひとりで納得し、やることも無いので再びベッドに寝っころがって暫くの間、

暇潰しに携帯電話をイジッていた。


すると、突如、病室のドアが開き、


「まゆか!」


 俺は、ビクッとして反射的に上体を起こした。

余りにも心の準備が何も出来て無かった俺は、一瞬ぽかーんと、

呆気に取られた間抜けな顔をしていたに違いない。


「おねぇちゃん!」


 えっ! この娘に妹が居たの? そんなの聞いて無いよ。

ってか、兄弟や姉妹がいるなんて、まるで想定していなかったんですけど…


 母親が小走りに目の前に迫って来たと思ったら、急に俺の首に抱きついた。

香水とシャンプーが入り混じったじったような甘い匂いと髪の毛が俺の鼻をくすぐり、

一瞬ポーっとしてたら、妹も“おねぇちゃん!”と再び俺を呼び、俺の左腕に纏わり付いた。


「真結花、本当に無事でよかったわ、本当に。先ほど先生から聞いたわよ。

真結花に事故以前の記憶が無いって本当なの?」


「あっ、うっ、うん」


 俺は申し訳無さそうに頷き、項垂れるしかなかった。

母親は、抱いていた首を放して俺の両肩に両手を置き、

真正面から目線を合わせて俺の顔を真剣な表情で見つめていた。

それに答えるように、俺も改めて、母親の顔をマジマジと見つめ返した。

この娘の母親はこの娘の年齢からすると、恐らく30歳半ばと思うけど、

スタイルも良く、色白で綺麗な黒髪で、

見た目も若くて、この娘の面影がある美人だった。


「ママの顔も覚えてないの?」

「ねぇ、おねぇちゃん、麻弥(まみ)の顔は?」

まだ中学生だと思われる、ツインテールに結ばれた黒髪の可愛らしい顔が、

俺の顔を下から覗きこんだ。


「ごっ、ごめんなさい。今は、今は何も思い出せないの」

そう言った直後、意識したわけでも無いのに俺の瞳は急に潤み出し、またしても涙が頬を伝っていた。

まったく、今日、俺はいったい何度泣いているんだろう。


「いいの、いいのよ、真結花、今は思い出せなくても。

これからゆっくりと記憶を取り戻せばいいんだから。取り戻す時間はこれからもあるわ。

もし、真結花が何も思い出せなくても、ママは、真結花のママなんだから、何も心配しなくていいのよ」

「そうよ、おねぇちゃん。麻弥だっておねぇちゃんの妹なんだから、困った事があったら力になるし、

何でも言ってね」

そう言って、妹は右手を曲げて力こぶを作る真似を見せた。


 この妹の名前は“まみ”っていうのか。

母親が“木下ゆうこ”で、妹が“木下まみ”ね。


「お母さん、まみちゃん、ありがとう」

涙は止まるところか、益々溢れ出しそうな勢いだった。

「あらあら、そんなに泣いてちゃあ、その可愛いお顔が台無しねぇ」

そう言って、母親はバックからハンカチを取り出して俺の涙を拭ってくれた。

「結んでいた髪、といたのね。綺麗な髪がボサボサね」

「えっ? そういえばいつの間に?」

俺は昨日見たこの娘の後ろ姿を思い出し、思わず右手で後ろ髪を撫でてみた。

「梳いてあげる」

そう言って母親は、またもやバックから取り出したコンパクトな櫛で髪を梳いてくれた。

お母さんのバッグは、なんでも出てくるみたいだな。


「お母さん、まみちゃん、午後までの少しの時間だけ、ひとりにしてもらえませんか?

ちょっと、朝から色々とあったせいで、今も頭の中が混乱していて、気持ちを少し落ち着かせたいの」


「そう、わかったわ。もうお昼前だし、ママは麻弥とランチと洒落込みましょうかね」

「麻弥もそれに賛成! ちょうどお腹減ってきたとこだし、もう少しガマンしてたら

お腹がぐぅーって鳴って、恥ずかしいとこだったよぉー」

そう言いながら、妹は両手の人指し指でお腹を指した。

俺は、そのおどけた妹の仕草にくすっと一瞬笑ってしまった。


「こぉらっ、今、一瞬笑ったわねぇー」

妹は、ぷぅっーと頬をふくらませ、右手で拳を作り、殴るような真似を見せた。

面白い表情をしていた妹にまたぷっと笑ってしまった。


「ねぇ、おねぇちゃん」

「んっ? なに? まみちゃん」

「さっきから少し気になっていたんだけどさぁー。その麻弥ちゃんっていう呼び方。

慣れてないから、なんだかくすぐったいのよねぇー。麻弥でいいよ」

「そうよ、真結花。ママのこともお母さんじゃなくて、ママでいいわよ」

「わかったわ。今からそう呼ぶわ、ママ、まみ」

「そう、それでいいのよ。真結花はいつもそう呼んでたから」

「麻弥もそう呼んでくれた方が、おねぇちゃんらしいと思うよ」

「ママ達、もうそろそろ行くわね。午後までひとりで大丈夫ね?」

「うん」

「13時前にはここに戻ってくるから、それまで無理せずに大人しくしているのよ」

「はい」

「じゃあーねぇー。おねぇーちゃん♪」

「うん」

妹は右手を軽くひらひらと振りながら、母親と病室を出て行った。


「ふぅーっ」


 彼女達が部屋を出た後、俺は、ようやく安堵の溜息を付いた。

あぁーもぉーホント疲れた、精神的にも肉体的にも疲れたよ。

初対面の人に対して、常に気を張り詰めた、こうゆう緊張状態ってのは心身共によろしくない。

 とりあえず、この場はグダグダだったが、なんとか無難に凌ぎ切ることができたのは幸いだった。

やっぱ、女の涙っていうのは強力な武器だと思う。

俺は意識して泣いたわけでもないのに…

でもその涙のおかげで助かったんだから、今は感謝しなきゃ。


 いや、でもこんな事ぐらいでいちいちホッとなんかしてられないよ。

頭の痛い問題はこれからも山ほど出てくるだろうし、

この程度のことでこんな調子じゃあ、先が思いやられるな。


 何よりも大きな問題は、明日だよ、明日。

この娘の友達がお見舞いにくるんだよなぁ~。

今から考えるだけでも、あぁー、憂鬱だ。


 今日は疲れたし、もうその事については考えないようにしよう。なるようになるさ。

そう思わないと今の状況じゃあ、やってられないよ。

今までに経験したことの無い大役(自分じゃ無い他人に成りきる)を終えて一気に気が抜けた俺は、

ぐったりとベットに伏せた。


 この日は、午後にお母さんと妹が病院に戻って来た後、俺は精密検査を受けた。

右肘には打撲による外傷はあったが、脳内には特に異常が無い事が分かり、ホッとした。

 担当医の山崎先生に「もう一日様子を見て、月曜日に退院してはどうか?」と言われたが、

俺のわがままで「体に異常がないのなら、今、直ぐにでも退院したいんですけど」と言ったら、

山崎先生は「じゃあ、今から退院ってのは難しいから、明日の午前中に退院させよう」と言って、

何とか明日には退院できることになった。


 俺は、どうしても、明日、お見舞いに来るこの娘の友達に会いたくなかった。

今の精神状態のままで、この娘の友達に会う勇気が無いし、余りにも精神的な負担が大き過ぎる。

遅かれ早かれ、ここを退院して学校に行くようになったら、嫌でも会わなくてはならないが、

今はとにかく精神的に疲れているので、一日でも先延ばしにしたい。


 俺は、お母さんに頼んで、明日、お見舞いに来る予定のこの娘の一番の友達と思われる

“鮎美”っていう娘に、明日退院することになったからお見舞いを断って欲しいと伝えた。

本当は、俺自身がメールで返信して断れば済むことだが、

今日一日、色々あったから、本当に疲れていて、その気力さえ湧かない。


 お母さんは「明日午前中に迎えに来るわね」と言って、妹と一緒に夕方には自宅に帰って行った。

俺は、夕食に出された病院食を半分ぐらい残して、疲れ切った心身を少しでも休める為に早めに就寝した。

 

 そういや、この娘に父親は居るのだろうか?

精神的な余裕が無くて聞きそびれてしまったが、もし他界や離婚していたら聞くのも気が引けるし、

向こうから話を振ってくるまでは、父親の事には触れないことにしよう。

そう思いながら、俺はいつの間にか眠りについた。


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