#28:ユメのつぼみ、ヒラくトキ。(前篇)
「真結花、今日、ちょっと話したいことがあるんだけどさぁ、一緒に帰らない?」
「えっ、どうしたの? 鮎美ちゃん。試験も終わったことだし、今日から部活じゃないの?」
「うん、今日はいいの。ちょっとね、真結花に相談に乗って欲しいことがあるの」
あれっ? なんか、鮎美ちゃんの顔が少し赤いぞぉ? いったい、どうしたんだろう?
鮎美ちゃんの話って、いったいなんだろう? 今日の鮎美ちゃん、いつもの調子じゃないし、なんだか雰囲気が違う。目の前に公園が見えてくると、鮎美ちゃんが、
「ねぇ、そこのベンチに座らない?」
鮎美ちゃんは、公園のベンチを指さした。
ベンチに腰を下ろすと、鮎美ちゃんが話しを切り出した。
「あのさぁー、さっき、相談に乗って欲しいって言ったじゃん?」
「うん。その相談したい事って、なに?」
「うん、実は、こんな事言ってもいいのかなぁ? 真結花に」
「どうしたの? 鮎美ちゃん。何か悩み事でもあるの? 遠慮なく言ってよ」
「真結花。絶対、私の事、嫌わないって約束してくれる?」
鮎美ちゃん、明らかにいつもと雰囲気が違う。表情がめっちゃ真剣。よほど、深刻な悩みなのかなぁ。
「わたし達、親友でしょ。鮎美ちゃんを嫌うわけないじゃない。約束もなにもないよ。だから、言ってよ」
「わかったわ。じゃあ、言うわね」
「うん」
「今まで黙ってて、ごめんね。実は、私、真結花のこと、前からずっと好きだったの!」
「えっ? なに、いまさら改まって言ってんの? わたしも鮎美ちゃんの事、好きだよ?」
「だから、友達としての好きじゃなくて、恋愛対象として真結花のことが好きなの。だから、恋人として付き合ってくれないかな?」
「えぇーっ! どうしちゃったの? 鮎美ちゃん? 彼氏がいるじゃない」
「実は、彼氏とはもう別れたの。だって、真結花への想いを貫きたいから…」
「そんなぁー、ごめん、鮎美ちゃん。わたし、喜多村くんの事が好きなの。だから、鮎美ちゃんのわたしを想う気持ちは素直に嬉しいけど、その想いは受けられないの」
「どうしてもダメなの? 真結花」
「ごめんなさい、鮎美ちゃん」
「じゃあ、私達、絶交ね!」
「そんなぁー、これからもお友達でいてよ。鮎美ちゃん」
「ダメっ! 私、そんなの、耐えられないもの!」
「鮎美ちゃん、泣いてるの?」
「ごっ、ごめんなさい、私、真結花に迷惑掛けるつもりはなかったの。でも、どうしても真結花への想いを抑えられなくって。この想い、真結花なら受け止めてくれるかもしれないって、淡い期待があったの。でも、真結花には、喜多村くんがいるのよね。私、フラれちゃった」
そう言うと、鮎美ちゃんが、急に立ち上がった。
「本当にごめんね、鮎美ちゃん。わたし達、これからもお友達よね?」
「さよなら、真結花。今まで、本当にありがとう」
「あっ、まってー、鮎美ちゃーん!」
うあぁー、俺は、鮎美ちゃんを深く傷付けてしまった。
これから、いったい、どうすればいいんだよー。もう、鮎美ちゃんとは友達でいれないの? うぇーん、悲しいよー。心がジンジン痛いよー。もう、胸が張り裂けちゃいそうだよー。
バサっ。
「ふぅー。また夢かぁ。よかったー、ホっ」
しかし、なんちゅう恐ろしい夢を見たんだよ、俺って。少し寝汗、かいちゃった。あぁ、今思いだしても、ゾクっとくる。でもさぁ、妙に映像が鮮明で、リアルだったんだけど…
もしかして、これに似たような出来事を過去に体験してたとか? 相手が鮎美ちゃんじゃなくて、他の子だったのかな? 何かのきっかけで、記憶が蘇って夢に出できたとか?
たぶん、昨日、鮎美ちゃんにイタズラでキスなんか迫られたもんだから、その出来事と過去の記憶が、夢の中でくっついたのかも? もし、本当に過去の記憶だとしたらさぁ、相手はいったい誰なんだろう? 気になるよなぁ。
まっ、いっか。どうせ夢だし、真剣に考えたところで、どうにもならないことだし、気にするほどでもないや。さっ、顔でも洗って、気分かえよっと。
洗面所で顔を洗って、タオルで顔を拭いていると、麻弥が現れ、
「あれっ? おねぇちゃん、今日はひとりで起きたんだ? エライわねぇー」
さすがに、寝起きの悪い俺でも起きるって、あんな悪夢見たら。にしても、麻弥、その、まるで幼子のような扱い、ヤメぃ!
「たまには、わたしも自分で起きるわよ。いつも、麻弥のお世話にはならないわ」
「ふふん、どうかしら? 今朝は、悪い夢でも見たんでしょ?」
「えっ? 何でそのこと、知ってるわけ?」
「だってさぁ、今朝、おねぇちゃんの『鮎美ちゃーん!』って叫ぶ寝言、聞こえたよ?」
「あっ、そう。そっ、それは、朝からお騒がせしちゃったわね」
くっ、寝言、言ってたの? 俺って。それを麻弥に聞かれてたなんて、もうー、超サイアク! 顔から火が出るほど、めっちゃ恥ずかしい!
「どうしたの? おねぇちゃん? 顔、赤くしちゃってさぁ」
「麻弥に寝言聞かれて、恥ずかしかっただけ。もう、その話はいいからさぁ。さっ、朝ごはん、朝ごはん」
「ふぅーん、でも、なんかアヤシイなぁ」
「もういいじゃない。麻弥も他人に寝言なんて聞かれたら、恥ずかしいでしょ?」
「わかったわ。もう詮索しないから。ところでさぁー、おねぇちゃんにお願いがあるんだけどなぁ~」
「なに? そのお願いって、麻弥」
「今月お小遣い、ピンチなんだぁー。少し、貸してくれないかなぁ? ねぇ、おねぇちゃん、おねが~い」
あの麻弥が、両手を合わせて俺に頼んでる。雨でも降るんじゃないの? こんな事、今まであった? イヤ、俺の知る限り、こんな事は今回が初めてだ。
ふふーんっ。ここは、姉として、懐の深いところを見せ付ける絶好のチャーンス! ここで、麻弥に、貸しを作って置くっていうのもいいね。いつもヤラレっぱなしだし、麻弥の弱みを握っておくっていうのも悪くないね。
「無駄遣いでもしたの?」
「こないだの日曜日にさぁ、友達とちょっと遠出しちゃったもんだから、出費が増えちゃったんだよね」
「そう。カワイイ妹の頼みだし、少しぐらいなら貸してあげていいわよ。ただし、来月、ちゃんと返すこと。いくら、姉妹といっても、人に借りたものは、きちんと返す。それが、礼儀ってものよ」
「ホント? ちゃんと返すから。ありがとうー。おねぇーさまぁー、だぁーい好きっ!」
そう言うと同時に、麻弥が抱きついて来た。
わっ! ついに、麻弥にも抱きつかれちゃったよ。麻弥も、やっぱ、女の子独特の甘ぁ~い香りがするんだ? あぁ、こうやって、麻弥の香りや体の暖かさが伝わってくると、なんだかスッゴく癒されるって感じ。ずっと、こうしていたい。こんなこと、感じるの、今回が初めてだよ。
ついに、禁断の扉が開かれちゃった? って、んなわけないか? 単なる、姉妹のスキンシップだって。あっ、もしかして、これが母性本能ってやつなのも。
「ちょっと、麻弥、いきなり抱きつかないの。びっくりするじゃない」
「へへっ、うれしくって、つい」
ったく麻弥って、ほんとゲンキンな子だよなぁ~。こうゆう時だけ、妹モード全開で、可愛らしくデレデレ甘えてくるんだからさぁ。普段は、少し突き放すような感じなのにぃ。
正に、これがツンデレってヤツ? でもさぁ、やっぱ、麻弥って、カワイイ。
ふふっ、おねぇちゃんって、麻弥の思ってた通りの反応だったわ。以前のおねぇちゃんだったら、お小遣い貸して欲しいなんて言ったら、絶対、
『麻弥。わたしにそうやって甘えないの! 計画的に、お小遣い使わない麻弥が悪いんでしょ。自業自得よ!』
なぁーんて言われて、冷たくあしらわれるとこだったよ。そうゆう男の子っぽいおねぇちゃんも好きだったけど、今の、女の子女の子してるおねぇちゃんも好きっ。
だってさぁ、おねぇちゃんに抱きついても、『もう、麻弥はウザい!』とか言って冷たくされなかったし、麻弥にスッゴく優しくなったもん。
麻弥としては、こっちのおねぇちゃんの方がいいのかも。この際、もっと思いっきり、おねぇちゃんに甘えちゃおっかなぁ~。なぁーんて思っちゃたりして。
俺は、いつものように鮎美ちゃんと登校したわけだけど、
今朝、あんな夢なんか見ちゃったもんだから、どうも鮎美ちゃんと目を合わせるのが気恥かしい。
「ねぇ、どうしたの? 真結花。さっきから目線合わせてくれないし、なんかモジモジしちゃって、おかしいわよ?」
「えっ? そう? そんなことないよ」
ヤバっ、やっぱ俺って、表情や態度に出やすいんだよなぁ。喜怒哀楽がわかり易いっていうか、単純っていうか、
直ぐに周りに心情を感づかれちゃう。
鮎美ちゃんだけじゃなくて、ママもそうだし、麻弥、里子ちゃんだってそう。まぁ、女性ってカンが鋭いっていうのもあるけど。
「ウソっ。あっ! 昨日のこと、まだ気にしてるわけ?」
「うん、まぁ、そうかな?」
ホントは、そうじゃなんだけどね。
「なぁーんだ、そんなの、全然気にしなくていいから。ただのおふざけよ。私にそっちの気は全然ないからさぁ、そう避けなくてもいいじゃん」
とはいいつつも、昨日の真結花って、余りにもカワイかったから、こっちも、ちょっとドキっとしちゃったんだけどさぁ。
「うん」
学校に着くと、手紙らしきものが、俺の下駄箱の中に入っていた。
「あれっ? 何これ?」
「んっ? どうしたの? 真結花」
“真結花様へ”と書かれた、その手紙を鮎美ちゃんに見せた。
「もしかして、ラブレターじゃないの? それって。真結花もやるわねぇー、ちょっと見せて」
んっ? これって、どう見ても女の子の字よねぇ~。ふぅーん、どうしたものかな? 真結花って、事故以前は男の子っぽい感じだったし、女の子にも受けがよさそうだったしねぇ~。単なるファンレターなら問題ないけど、イタズラや、そっち系の子の恋文だと厄介よね。
さて、どうやって対処しようかなぁ~。ムシしとく?
「どうしたの? 鮎美ちゃん? 考え込んじゃって」
「うん、ちょっと引っかかってね。イタズラかもしれないし、この手紙、私に預けてくれない?」
「別にかまわないよ。そんなのもらっても、困るもん、わたし」
「そうよねぇ~。真結花には愛しの喜多村くんが居るもんねぇ~」
「そんなこと、こんな所で言わないでよ。誰かに聞かれたら、恥ずかしいじゃない!」
「いいじゃん、ホントのことでしょ?」
「えっと、それは、その…」
「もう、真結花って、純情よね。ホント、カワイイんだから」
鮎美ちゃんにそんなこと言われて、俺は顔が少し熱くなってしまった。
鮎美ちゃんのイタズラがきっかけで、記憶がフラッシュバックした様子の真結花。
この出来事の意味するものとは…
次回につづく。