#27:こころのカギ。
それにしてもさぁ、鮎美ちゃんのイタズラには正直、マイッタよ。あんなことして、面白がってるんだから。危うく、ファーストキスを奪われそうになっちゃったし。
でも、自分でも、鮎美ちゃんならいいって、思ってたし、まんざらでもないような気が… あぁー、ダメダメ、そんな事考えてちゃ。アブノーマルな世界に行っちゃいそうで、怖いよ。
やっぱ、女の子なんだし、男の子を好きになってもいいんだよね? う~ん、でも、やっぱり、よくわかんないよ。今の自分の気持ち、フラフラしてて。
今、あれこれ考えたって、何の答えも出ないし、このまま、心の欲求のまま、自然な気持ちに任せた方がいいのかな?
そうやって、考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか、自宅に着いていた。家のドアのカギを開けようとしたら、キーが空回りした。
あれ? なんで家のカギ、掛ってないの? おっかしいなぁー、こんな時間に誰か、家に居るのかなぁ。ママ? それとも麻弥? でも、不用心だなぁー、いつも、家に居てもカギ掛けてるはずなのに。はっ! もしかしたら! 嫌な予感がした。
ガチャ。
俺は、注意深く、ドアをゆっくりと少しだけ開け、ドアの隙間から玄関を覗いて見た。玄関には、男性用と思われる、かなりくたびれた様子の、大きな小汚いスニーカーが無造作に脱ぎ捨てられてあった。
えっ? もしかして、空き巣? ドロボーに入られてる? ホント、ここ最近って物騒だし、空き巣の話も良く聞く。困ったよ。こんな小さくてか弱い体じゃ、体の大きな男性に対して、たちうちできないよ。
更に、玄関を見渡して見ると、傘立てが目に入った。そうだ、あの傘を武器にすればいいじゃん。意を決し、玄関のドアをゆっくり開け、ドアを閉じた瞬間、“ガチャ”と音がしてしまった。
しまった! そう思った瞬間、愛犬Yukiが玄関に小走りで現れ、
「わんっ! わんっ!」
「しっー! やっぱり、ドロボーが居るのね、Yuki。あなたは無事でよかったわ」
そう言った後、玄関に通学カバンを置いて、フックに掛けてあった、Yukiの散歩用のリードを取った。ドロボー退治の前に、Yukiをどうにかしないと。
俺は、Yukiを抱き、一旦、外に出ると、Yukiに散歩用のリードを付けて、庭の物干し竿のポールにYukiを繋いだ。
「ごめんね、Yuki。ちょっとの間だけ、ここで、辛抱しててね」
そう言って再び、玄関に戻ると、傘立てに、立ててあった、パパ用と思われた大きな傘を手にした。そして、ドアのカギは締めないことにした。ドロボーを傘で攻撃し、外に追い出す作戦だからだ。
俺は、傘を手にしたまま、廊下をそれこそ、ドロボーのように、抜き足差し足忍び足で、音を立てないように細心の注意を払い、リビングの入り口の手前で立ち止まった。壁に背中を付けて、リビングを覗いて見る。
さっき、庭からこっそり、リビングを覗いて見たけど、誰も居なかったんだよね。あれっ? やっぱり誰も居ない? そう思った瞬間、バスルームの方からシャワーの音と男性の鼻歌のような声が聞こえた。
なにっ? 人ん家にドロボーに入って、シャワーまで浴びてんの? どうゆう神経してるわけ? このドロボーさんは。
バスルームにターゲットを絞り、ドロボーが着替えて、脱衣所から出てくる所を狙い撃ちすることに決めた。さすがに、裸のままではこっちも目のやり場に困る。
俺は、傘を両手に握ったまま、脱衣所の、扉の横の壁に張り付いた。その瞬間、
カチャ。
「ふぅー。いい湯だった。生き返った気分だ」
ドロボーがバスルームを出て、ごそごそと着替えている音がする。もうすぐ出てくるはずだ。あぁ、心臓がバクバクする。手に汗までかいてるよ。
カチャ。
今だ!
「えぇーい」
バチンッ!
「イテッ、うわっ! びっくりした!」
「へっ? もしかして、パパ?」
「真結花、帰ってたのか?」
「パパ、それはこっちのセリフよ!」
「しかし、なんだ? いきなりそんな物騒な物振り回して来て」
「ごめんなさい。てっきり、ドロボーかと思って。パパ、大丈夫?」
「あぁ、ちょっとイタかったけど、大したことないよ、腕に当たっただけだから。それより、ドロボーってなんだい?」
「ホントにごめんなさい。帰って来たら、ドアにカギが掛ってなかったし、玄関に小汚い男性のスニーカーが無造作に脱ぎ捨ててあったもんだから、てっきり、空き巣にでも入られたのかと思っちゃって。最近、物騒だし」
「そうか、ママには今日帰るって、メールで連絡しておいたんだけどな」
「わたし、何も聞いてないよ。ママから」
「そっかぁー。もしかしたら、時差の関係かな? それとも、ママは忙しくてメールを読んでないのかもしれないな。まっ、それはいいとして、今日は学校早いんだな? 真結花」
「うん、今日は試験最終日で、午前中までだったから」
「そうか。ところで、もうお昼にしないか? 真結花」
「わたし、今日は、ママに昼食用意しなくてもいいって言っちゃった。だから、お昼っていっても、カップ麺とかレトルト食品ぐらいしかないよ?」
「さっき、宅配ピザが届いたから、一緒に食べよう。一人じゃあちょっと、量が多いかもしれないって思ってたところだから」
「うん」
二人でダイニングテーブルの椅子に座ると、
「わんっ! わんっ!」
庭に通じるガラス戸から、Yukiが吠えている姿が見えた。
「あっ! いっけな~い。すっかり、Yukiのこと、忘れてた」
「真結花、なんでYukiが庭に居るんだい?」
「ドロボー退治するのに、Yukiが居ると邪魔になると思って」
「パパがドロボーさんか、ははっ」
「だから、ごめんなさいって、言ってるじゃない。パパ」
「あぁ、ちょっと、おかしくて、つい。さっき、真結花が小汚いスニーカーって言ってたのを思い出してさぁ。そういえばさぁ、よく考えてみたら、向こうに行ってから、ずっと同じスニーカーを履いてたからな。それより、真結花。Yukiが物欲しそうに、ずっとこっち見てるぞ。かわいそうだから、早く家の中に入れてあげたらどうだい?」
「うん」
Yukiを家の中に入れた後、二人でピザを食べてたら、パパが聞いてきた。
「真結花、学校の方は上手くやってるのか?」
「うん、まあ、なんとか」
真結花、事故に遭った後、記憶喪失になって、精神状態も不安定だって言ってたよな? 憂子は。
そんな感じはしないけどなぁ。元気そうだし、真結花と暫く会ってないからそう感じるのか?
「サッカーの方はどうだい?」
「今は、まだお休みしてるの。でも、日曜日からは、お友達と一緒にリハビリ練習始める予定なの」
「そうか、実は、パパも真結花の今後の事が心配で、家に帰る前に、真結花のサッカークラブには顔を出したんだ。監督とは、現役時代にチームメイトとして戦った旧知の仲なんだ。彼には復帰に時間が掛っても、真結花を頼むと言っておいた。彼もそれは承知で、ケガをしたとでも思って待っていると、快く言ってくれたよ。だから、今は、そう焦らなくてもいいぞ、真結花。ゆっくりと、やればいい。健康が一番なんだから、無理をしてはいけないよ」
「うん。ところで、パパは、今まで何処に行ってたの?」
「あぁ、家族には悪いと思ってる。欧州にサッカーのコーチライセンスを取りに行ってたんだ。現役を引退したからには、別の就職先を見つけなきゃいけないからね。そこで、帰って来て早々で悪いんだが、次の就職先が九州なんだ。一時期所属してたクラブが2部に落ちてしまって、そこから監督として誘われているんだ。それで、日曜日には向こうに着いていないといけないんだ。だから、家族と過ごせるのも土曜日の夕方までってこと。また、暫くは会えなくなる」
「えっ? 帰って来たばかりなのに、もう行っちゃうの? パパ。なんか寂しいなぁ」
パパの顔、こうやって、改めてマジマジ見てると、どこかで見たことあるなぁ~って思ってたら、パパの若い頃の写真、顔が似てるってわけじゃあないけど、どことなく喜多村くんの雰囲気に似てる。そっか! だから、喜多村くんのことが気になったんだ!
でも、なぜだろう? パパとは初対面のはずなのに、ママや麻弥と初対面した時のように緊張してないよ。極自然に話せてる。昔からパパのこと、大好きだった記憶があるから? パパっ子だって、麻弥が言ってたもんな。それって、ファザコンなのかなぁ?
「んっ? どうしたんだい? 真結花。そんなにじっと見て。パパの顔に、何か付いてるのかい?」
「うぅうん。パパが学校の友達にどことなく似てると思って、つい」
「そうかぁ、どんな子なのか見てみたいなぁ」
「残念ね。実は、今度の日曜日にその子と練習することになってんだぁー。パパは、日曜日にはもう家に居ないでしょ?」
「そっかぁー、それは残念だなぁ。ところで、真結花は今度の土曜日、予定は空いているかい?」
「うん、空いてるよ」
「そうか、じゃあ、麻弥も連れて、久しぶりに遊びに行くか!」
「うん、いいよ。何処に行く?」
「そうだなぁー。真結花は日曜日にリハビリ練習の予定があるんだろ? 遠出すると疲れるだろうし、駅の近くの大型ショッピングモールにあった、アミューズメント施設が新装開店してたな、久しぶりにそこに行くか!」
「うん」
「じゃあ、休みだけど、朝、ちゃんと起きれるかい? 真結花」
「うん、多分。余り自信はないけど、自分で起きれなかったら、麻弥に起こしてもらうから」
「そうか、寝起きの悪い日は、いつも麻弥に起こしてもらってたもんな、真結花は」
真結花、本当に記憶喪失なのか? 憂子は、事故に遭った直後は、余所余所しくて、別人のようだったと言っていた。今日、真結花と会話してみても、いつものように自然だったし、少し会わないうちに、大人しくなって、女の子らしくなったようには感じたが…
特段、変わった様子は見受けられなかったけどなぁ。俺が鈍いだけか? あの事故から、もう一カ月近くも経つのか… 真結花は、何か記憶を少し取り戻したのか? それとも、心境に変化でもあったのか? いずれにしても、憂子に聞いてみないと、その辺のことはハッキリしないな。でも、真結花、なんだか元気そうだし、心配する程でもなかったような気もするけど。
イヤイヤ、そうゆう油断が子供の純粋な心を傷付ける結果になるんだ。あの日のように… 俺は、親としては失格だよな。憂子は、真結花の事で大変だったっていうのに、俺は自分のことで手いっぱいで、憂子や真結花に何もしてあげられなかった。せめて、土曜日までは、家族に尽くそう。また、暫く会えなくなるんだから。
「ただいまぁー」
「おかえり、麻弥」
「あれっ、パパ、帰ってたの? 麻弥、何も聞いてないよ」
「あぁ、ごめん、ママには連絡しといたんだけど、どうも、伝わってなかったようでさぁ」
「まっ、いっか。ところで、お土産は?」
「あっ、ごめん。バタバタしてて、すっかり忘れてた」
「えぇーっ、ひっどーい。なにそれ? 今まで、家族ほっぽいて、この仕打ち。それはないんじゃない?」
「この埋め合わせは必ずするからさ、キゲン、直してくれよ、なぁ麻弥」
「ったく、しょうがないわねぇー、パパっていっつもこうなんだから。パパからサッカー取り上げたら、何も残んないじゃない?」
「相変わらず、手厳しいよなぁ、麻弥は。段々と、ママに似てきたな」
「そお? ところで、パパ。その埋め合わせっていうの、久しぶりに家族全員そろったわけだし、小旅行っていうのはどう?」
「ごめん、パパが家に居られるのも、この土曜日の夕方までなんだよ。次の就職先が決まっててね、今度は九州に行かなきゃいけないんだ」
「もぉー、帰って来たと思ったら、こうなんだもんなぁー。パパって、いつだってそう。また単身赴任になるのね。なんかさぁー、パパって、転勤の多いサラリーマンと変わんないじゃないのって思っちゃう。まっ、職業柄、仕方ないと思うけどさぁ、もうちょっと、家族に気を使ってくれても、いいんじゃない?」
「いつも、家族には悪いなって思ってる。その埋め合わせっていうのもなんだけど、麻弥、今度の土曜日、予定空いてるかい? 真結花も連れて、遊びに行こうと思っているんだけどさ」
「うん、大丈夫だよ。ところでさぁパパ、おねぇちゃんと話したんでしょ? おねぇちゃんの様子、どうだった?」
「う~ん、少し大人しくなって、女の子らしくなったよう気がしたけど、以前とさほど、変わったような感じはしなかったけどなぁ」
「ふぅ~ん。いくらにぶいパパでも、少しはわかるんだ? でもさぁ、おねぇちゃんがなんで急に女の子らしくなったのか? パパにわかる?」
「やっぱ、あの事故がきっかけなのか? 麻弥。記憶を失ったせいで、真結花の性格が変わったのか?」
「ブブーっ、不正解。やっぱ、パパってニブっ。確かに、記憶を失ったこと、それも多少影響があったかもしれないけど、おねぇちゃんに好きな人ができたの」
「えっ! そうなのか? あの真結花が… 子供だとばかり思ってたが、そうか、もうそうゆう年頃か…」
「パパ、その相手、気になる?」
「そりゃ、気にならないわけ、ないだろう? その相手、もしかして、真結花が一緒にリハビリ練習するって言ってた、友達なのか?」
「そうよ。でも安心して、パパ。おねぇちゃんのカレシ、サッカーも上手いみたいだしさぁ、パパに似てて、ニブイ人みたいだし」
「そっかぁー。それにしても、パパってそんなにニブイのか?」
「うん、モチロン。パパ、その自覚がないようじゃあ、もう重症よ!」
「お休みなさーい、パパ」
「あぁ、お休み、真結花」
今日は、突然だったけど、パパに会えてなんか嬉しかった。夕食は、家族4人そろって和気あいあいとした、和やかな雰囲気で楽しかったし。そうそう、やっぱママが一番喜んでたかな。久しぶりにパパに会えたわけだし。もう、パパとママってラブラブって感じでさぁ、見てて、こっちが恥ずかしかったぐらいだったし。もしかして、今晩、二人で激しく燃えあがっちゃたりして。うあぁー、何エッチな妄想してんだろ、俺って。鮎美ちゃんに、あんなイタズラされてから、ちっとおかしいぞっ。
でもさぁ、この暖かな、家族4人で暮らす束の間の幸せも、今週の土曜日で終わっちゃうと思うと、なぜだか無性にもの悲しく感じてしまう。
パパともっと一緒に居たい、サッカーも教えて欲しい、なぜだか、そんな欲求が心からふつふつと沸いて出てくるみたいなんだ。これって、もしかして、過去の記憶が呼び出されているのかなぁ。
そんなことを思いつつ、久しぶりに安らかな気持ちに包まれていた俺は、いつの間にか眠りについていた。
突然、父親と初対面することになった真結花。
父親の前では、不思議と自然に振る舞えた様子ですが…
次回につづく。