#26:甘ぁ~い放課後
キン~コン~カン~コーン♪
「ふぅー、つかれたぁ~。やっと終わったよ、中間考査」
智絵ちゃんの勉強会が無かったら、正直、ヤバかったかも。自分では結構答えられたと思うんだけどなぁ。さぁ、後は、鬼が出るか蛇が出るかってとこだね。
「ねぇ、真結花。試験も終わったことだし、駅前のスイーツでも食べにいかない? 疲れた時は、甘い物が体にいいって言うしさぁ」
鮎美ちゃんが、席を立ち、俺の後ろから声を掛けてきた。
「そうだね。もうお昼前だし、ちょうど小腹減ってたところだし。他のみんなは?」
「うん、一応声掛けてみたけど、何かみんな用事あるみたい。智絵は何かピアノレッスンがあるって言ってたし」
「智絵ちゃんって、音大にでも進むのかな?」
「確か、小学校の先生か、音楽の先生になりたいって、言ってたような気がするけど」
「へぇー、もう進路、決めてるんだ。わたしなんて、今が精一杯で、まだそんな先のこと、全然考えてないよ。鮎美ちゃんはもう決めてるの? 進路」
「う~ん、高校卒業したら、美容師専門学校にでも行こうかなって、おぼろげながら考えてるんだけど。真結花のママ見てたらさぁ、カッコイイなって憧れちゃってさぁ。私って、親みたいにさぁ、普通の会社勤めって、なんだか合わないのかなってね」
「へぇー、鮎美ちゃんも、将来の事、ちゃんと考えてるんだ。何だかわたしだけ、おいてけぼりって感じ」
「真結花、そう落ち込みなさんなって、まだ1年生じゃん。進路なんて、これからゆっくり考えたらいいんだからさぁ」
横に立っていた鮎美ちゃんが、俺の左肩を摩りながら、慰めるように言ってくれた。
みんな、将来のビジョンがしっかりしてるよなぁー。俺だけ、なんーか、ふわふわしてて、将来進むベき道がまるで見えてないし、この先もどんより曇ってるって感じ。
しかも、恋心みたいな? 自分でもよくわからないものなんかに振り回されて、そんなものなんかにうつつを抜かしてて… ホント、焦っちゃうよなぁー。
みんな、どんどん前に進んでるっていうのに、俺だけ足踏みしたまま、止まってるって感じでさぁ。このまま、流されるままでいいんだろうか?
「ねぇ、真結花。ボーっとしちゃってさぁ、また考え事? 最近多いよ? 何か悩み事あるんだったら遠慮なく言ってよ。いつでも相談乗るし」
「うん、ありがとう。まだ進路決めてないからさぁ、ちょっと、気が焦っちゃって」
「真結花、そうやって考えてばかりでさぁ、立ち止っていても仕方が無いよ。真結花のママが言ってたようにさぁ、迷ってても、とにかく前に踏み出さないと、物事って先に進まないんだからさぁ、ねっ?」
「うん、今、グダグダ考えても意味ないよね?」
「そうそう。じゃあ、気分変えて、あまーいもの、食べに行きますか?」
「うん、いこっ!」
鮎美ちゃんは、甘いものに目が無いようで、目的のスイーツのお店に辿り着くまで、スイーツについて、熱く語ってくれた。お店に着いたまではよかったのだけど…
「げっ! お店ん中、うちの生徒や他校の生徒でいっぱいじゃん、おまけに席待ちで数人並んでるし。このお店って、店舗が狭いから、座席ってそんなに多くないんだよね」
「試験明けだし、同じこと考えてる人がいっぱいいるってことだよね」
「しょうがないなぁー、お持ち帰りにしよっか?」
「うん、いいよ、別に」
ショーウインドーに並ぶカラフルなスイーツたちを見てると、なぜだか心がワクワクして来た。俺って、スイーツなんかに興味あったのかなぁ? やっぱ、気持ちが女の子になって来てる? 女の子って、こうゆう甘いもの、好きだもんなぁ。
ここは、自分の欲求に素直になった方がいいんだよね? グダグダ考え込んでると、またストレス溜めこむだけだしさぁ。
さて、どれにしよっかなぁ~。う~ん、これだけ色々あると迷っちゃうよなぁ~。あっ、このケーキ、見覚えがある。鮎美ちゃんが退院祝いに買ってきてくれたケーキ!
さんざん迷ったあげく、鮮やかな赤い苺が美味しそうに見えたので、苺のティラミスをチョイスした。鮎美ちゃんは、フルーツケーキにしたようだ。
「鮎美ちゃん? もしかして、退院祝いに買ってきてくれたケーキって、このお店で買ったの?」
「ここじゃないけど、同じ系列店だけど。それが、どうかしたの?」
「だって、同じケーキ見つけたから」
俺は、それって、いうふうに指をさした。
「あぁ、あのメロンシフォンケーキね、人気あるみたいで残っているのは珍しいんだけどね。そうだ、買ったスイーツ、私ん家で食べない?」
「いいの? 鮎美ちゃん家におじゃましても」
「遠慮しなくてもいいって、親は仕事だし、誰も家に居ないしさぁ」
「そう、じゃあ遠慮なく」
「おじゃましまーす」
「ただいまぁー。って、言ったところで誰もいないんだけどさぁ」
家に入ると、鮎美ちゃんと俺は、ダイニングテーブルに向かい合わせに座った。俺って、この家にも何度か遊びに来ているんだよなぁ。部屋を見渡してみたが、全然、思い出せない。
「んっ? どうしたの? 真結花。落ち着かない感じで?」
「鮎美ちゃん? わたしって、この家に何度も遊びに来ていたのよね?」
「うん、そうよ。何か思い出したの?」
「ごめん。何か思い出すかなって、部屋を見渡してみたんだけど、やっぱり、無理だったみたい」
「そう。そんなの、気にしなくてもいいからさぁ。それより飲み物、何飲む?」
「何があるの?」
鮎美ちゃんが冷蔵庫を開き、
「えっと、ウーロン茶にスポーツドリンク、ミルクと、オレンジジュース。暖かいものがいいんなら、コーヒー、ココア、紅茶があるけど」
「じゃあ、オレンジジュースで」
鮎美ちゃんから飲み物を受け取り、苺のティラミスをひとくち、口に入れると、口の中に広がる甘さと同時に、ふと、気になった事があったので聞いてみた。
「鮎美ちゃんって、家ではいつもひとりで過ごしているの?」
「うん、そうね。普段はテニス部で部活やってるから、そんなにひとりの時間は長くないと思うけど」
「でも、寂しくないの?」
「小学校高学年くらいからこの調子だから、家の中でひとりで過ごす事は、もう慣れちゃったかな。まぁ、仮に親が家に居たとしても、何だかんだとやかく、煩く言われてウザいだけだし」
「鮎美ちゃんの両親って、厳しいの?」
「私、一人っ子だし、年頃の女の子だから、親は色々と気になるんでしょ? 口出ししたくって、仕方無いんだと思うわ。真結花ん家が羨ましいなぁ。お母さんは優しいし、姉思いの妹が居るしさぁ」
「そんなことないと思うけど。だって、ママや麻弥にも怒られるよ、わたし」
「それは、真結花を愛してるが故の叱咤でしょ? うちのは、半分嫌みや親の偏見だもん。部活を始めたきっかけだって、親に家の中で口出しさせないための口実だったしね。それに、学校終わって、直ぐに家に帰って、暇もてあそぶのもなんだし、部活は時間潰しって感じ。だから、そんなに真剣にやってないよ。体動かしてストレス発散するには、丁度いい趣味って思ってる。だいたい、うちの学校って、至って普通じゃん。進学校でもないし、運動部に特段力が入っているわけでもないしさぁ」
「ふぅーん、そうなんだ。鮎美ちゃんって、ひとりで過ごす事、慣れてるのね。わたしと全然違うんだ? わたしなんてあの事故以来、家にひとりでいると、無性に寂しい気分に襲われちゃうの。こないだの日曜日だってそう。鮎美ちゃんに遊びに来てもらおうと思って、電話掛けたんだけど、繋がらなかったよ? どっか、出かけてたの?」
「うん、まあね」
「もしかして、彼氏と遊びに行ってた?」
「まぁ、随分とご無沙汰してたからね」
「そっ、そう」
鮎美ちゃん? そのご無沙汰って、やっぱアレのこと?
一瞬、鮎美ちゃんのエッチな姿を妄想しまい、思わず赤面してしまった。
「んっ? どうしたの? あっ、なんーか勘違いしてるでしょ? 真結花。顔、赤くしちゃってさぁ。もぉー、エッチなんだから」
「えっ? ちっ、ちがうよ」
やっぱり、鮎美ちゃんに見透かされてしまい、動揺してしまった。
「ふぅーん。あの純情で、うぶな真結花がねぇ。最近、ようやく恋に目覚めたかと思ったら、そうゆう事にも興味が出て来たってわけね?」
「えっ? そんなことないよ」
「そんなのウソ! 正直に言いなさい。みんなやってることなんだから、恥ずかしがらなくてもいいの」
「鮎美ちゃんは、もう経験済みなの?」
「うん。だから、真結花がそうゆう方面で困ったら、いつでも相談に乗るから、ねっ?」
この体で、男の子とあれこれするって? そう思った瞬間、背筋にゾクっと寒気がした。うっわぁーっ! 無い無い、そんなの、ぜっーたい、無い。死んでも無いから。
ふぅー。どうやら、気持ちが女の子になって来ているっていうのは、思いすごしのようだ。うん、そうに違いない。俺は正常。俺は正常。俺は正常。これだけ暗示かけときゃ大丈夫!
「あのー、鮎美ちゃん? そうゆうのは、当分無いと思うんだけど?」
「なに言ってんのよぉー。喜多村くんと、あるかもしれないじゃない」
「えっ? そんなの無い無い。だって、それ以前の話だよ?」
「じゃあ、その時が来て困らないように、練習してみる? 真結花」
「えっ? いったい何の事、言ってるの? 鮎美ちゃん?」
もっ、もしかして、鮎美ちゃんって、そっちの気があるわけ? えぇっー。
でも、彼氏いるじゃん。ってことは、両刀使いってこと? えっ? マジで?
「何って? 真結花。当然、キスの練習よ!」
えっ? やっぱり? そうなの? 鮎美ちゃんって? でも、困ったようなうれしいような、フクザツな気持ちなんだけどさぁ。
あぁー、自分でもどうしたらいいのか? よくわかんない。やっぱり、女の子同士なんだし、それはダメでしょ? いくらなんでも。ふつーに考えたら。
「ごめん、鮎美ちゃん。そうゆの、ムリだから」
「ホント、うぶよねぇ~、真結花って」
「そっ、そんなことないもん」
「じゃあ、やってみる? キス」
「女の子同士なのに、鮎美ちゃんは、抵抗ないの?」
「私は大丈夫だからさぁ、心配しないで。私を信用してよ、ねっ?」
そう言って、鮎美ちゃんは、テーブルに座っていた俺の腕を取って、無理やり立たせると、俺の両肩に両手をがっちりと置き、動けない状態にした。
「鮎美ちゃん? ヤメテ。お願いだから」
鮎美ちゃんは俺の言葉を無視し、ゆっくりと俺の目の前に、顔を近づけて来る。
うあぁー、鮎美ちゃんの、そのトロンとした目でキスを迫る表情、色っぽくて、もう、めっちゃカワイイ~。そんなカワイイ顔で見つめられたら、俺、もう、どうにかなちゃいそう。もう、ダメかも。このまま、どうなってもいいや。
「目、瞑って、真結花」
鮎美ちゃんが甘い声で、優しくささやく。
その言葉にトロけそうになった俺は、鮎美ちゃんに言われるがまま、目を瞑った。
うわぁー、心臓が破裂しそうなほどドキドキする。これって、もしかして? ファーストキス? でも、鮎美ちゃんになら、捧げてもいいかも。
覚悟を決めた、その直後、
おでこにかるーく、ちょっん、っと柔らかいものが当たる感触がした。
へっ? もしかして、おでこにキスしたの? 鮎美ちゃん?
ゆっくりと、目を開けると、さっきまでの色っぽかった表情は何処へやら、今度は悪戯っぽい表情を見せる鮎美ちゃん。
「あはっ、ホンキでキスするとでも思った? 真結花」
ホント、最近の真結花って、超可愛い過ぎ。一瞬、マジでヤバかったよぉ。
ったく、鮎美ちゃんって、冗談がキツイ。
そう、“まんまと引っ掛ってくれて、ありがとう!”って言わんばかりの表情だ。
「もうぉー、ひっどーい。ほんと、イジワルなんだから! 鮎美ちゃんって」
俺は、思いっきり、ふくれっ面で文句を言った。
「ごめん、ごめん。ちょっと、やり過ぎちゃった? でも、その気になってドキドキしてたでしょ?」
実は、私もヤバいくらい、ドキドキしてたのよねぇ。だって、真結花にこんなことするの、今回が初めてだし。
「もう、知らない! 鮎美ちゃんなんて!」
俺は、ワザと怒ったフリして、ぷぃっと、鮎美ちゃんから顔を背けた。ふんっ! これは、イジワルのお返し。
「まぁ、まぁ、今度、好きなスイーツ、おごってあげるから。キゲン、直してよ、ねっ?」
鮎美ちゃんは、許しを乞うように、顔の前で両手を合わせて謝る。
「この仕打ちは、高く付くからね? 鮎美ちゃん?」
「真結花さまぁ~、そこは、予算内で、おねぇが~い」
今度は甘えた声で、両手を合わせながら、ラブリーな表情で鮎美ちゃんが懇願してきた。
正に、女の子の武器をフル動員したその攻撃に、思わず、“鮎美ちゃんカワイイ!”って、不覚にも思ってしまった。
やられっぱなしなのも、しゃくだし、もう少し、懲らしめてやろうと思ってたのにぃ… ホント、ずる賢いというか、調子がいいんだから、鮎美ちゃんって。
「もうぉ、わかったわよ。これくらいでカンベンしてあげる」
「サンキュー、真結花。さすがは心の友!」
ったく鮎美ちゃんって、イタズラっ子なんだからさ。でも、そうゆうところが、またカワイイんだけど。ベっ、別に、恋愛対象として女の子が好きとかそういうことじゃなくて、あくまでお友達としてだから。そう、そうに決まってんじゃん。
でも、俺って、ホントよくわからない。恋愛対象として、男の子が好きなのか? 女の子が好きなのか? どっちも、中途半端というか。
もしかして、俺って、両刀使いなわけ? そっ、そんなことないよね?
鮎美ちゃんの、思わぬイタズラ? に困惑した様子の真結花。
本当にイタズラなのでしょうか? それとも…
次回につづく。