#25:新たな協力者
「ふあーっ、よく寝た。今、何時? げっ! もう11時前じゃん、しまった! ガッコ大遅刻! って、よく考えたら今日は日曜日じゃん。ホッ」
あれっ? 今日は麻弥が起こしに来なかったんだ?
トントン。
「麻弥、居るの?」
「……」
カチャ。
「あれ? 麻弥、居ないの?」
リビングに降りてみたけど、誰も居ない様子で、愛犬Yukiだけが俺に近付いて来た。
「ねぇ、Yuki、ママは? って聞いても、Yukiにわかるわけ、ないよねぇ~」
どうやら、ママも居ない様子だった。
ふと、ダイニングテーブルを見ると、ラップに包まれたサンドイッチのお皿と、メモらしきものがあった。
「昼食、用意してくれてたんだ。っていうか、これって、もしかして朝食? ちょっと寝過ぎたみたいだしさぁ。それにしても、朝食にしては量が多いような?」
メモを取り上げてみると、
「なになに、いつ起きるかわかんないから、サンドイッチは多めに作っておいたって? それから、ママはお仕事で17時頃まで帰って来ない? でっ、麻弥は友達と遊びに出かけたのか。ふんふん、そんで、留守中、Yukiの世話を俺にお願い、ってか。はいはい、わかりました」
しっかし、久しぶりに家でひとりになってみると、すっごく寂しいような気がする。Yukiは居るんだけどさぁ。ガッコ休んでたときも、家にひとりっていうのはあったけど、丸一日誰も居ないっていうのは初めてかなぁ?
さて、今日は、どうしよっか? 試験勉強は、昨日、智絵ちゃん家でやったばかりだし、勉強する気にはならないし、かといって、家でひとり過ごすのも、なんかめっちゃ寂しいし。そうだ! 鮎美ちゃんに、家に遊びに来てもらおっか?
『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が切られている為、かかりません』
「あれっ? 圏外? どこかに出かけてるのかなぁ? なぁーんだ、当てが外れちゃったよ」
う~ん。どうするかなぁ~。あっ! そうだ、里子ちゃん。里子ちゃんに一度会ってみよう! 俺が学校休んでいる間、電話やメールではやり取りしてたけど、まだ一度も顔を合わせて会ってないし。よしっ! 決めた!
プルルル… プルルル… プツッ。
『はい、もしもしぃー、まゆちゃん?』
「うん。里子ちゃん、ご無沙汰。元気してる?」
『そっちこそ、どうなの? 学校の方。もう大丈夫なの?』
「うん、先週の月曜日から復帰したから」
『そう、でっ、今日はどうしたの?』
「うん、今日は、誰も家に居ないの。それで寂しくて、里子ちゃんに電話掛けちゃった」
『そうなんだ? 悩み事や相談ならいつでもしてよ、私、力になるから』
「ありがとう。相談じゃなんだけど、もし、都合が良ければ、今日、会わない?」
『うん、いいよ。別に、今日は予定とか入ってないし』
「ねぇ、里子ちゃんって、わたしん家って知ってるの?」
『うん、何度か遊びに行ったことあるよ。心配しなくても大丈夫だから』
「そう、じゃあ、家に来てくれるかな? 何時頃になるの?」
『そうねぇー、もうお昼前だし、14時頃でもいいかな?』
「うん、いいよ」
『そう、じゃあ、また後で』
「あっ、待って! わたし、急に家に来てなんて、ワガママな事言っちゃって、ごめんなさい。里子ちゃんには、今までも、迷惑ばっか掛けちゃってるようだし」
『そんなことないって、友達なんだからさぁ、気にしなくていいよ、まゆちゃん。そういう気にし過ぎなところ、今のまゆちゃんの悪い所だわ。直した方がいいよ。じゃないと、またストレス溜めこんじゃって、病気になっちゃうよ』
「ありがとう、里子ちゃん。じゃあ、後でね」
『うん、じゃあ電話切るね』
よかったぁー、里子ちゃんの都合が良くて。里子ちゃんの当てが外れたら、今日はひとりでどう過ごそうかなって、思ってたし。
ピンポン~♪
「はぁーい」
『里子だよ』
ガチャ。
「まゆちゃん、ほんと、ひさしぶりー」
そう言って、里子ちゃんがいきなり俺の正面から抱きついた。直ぐに放してくれたが、女の子に抱きつかれるのって、やっぱ、まだ恥ずかしい。こうゆうの、もう、慣れちゃったかな? って自分では思ってたけど、やっぱ、慣れない。
こうやって、実際に会うと、里子ちゃんも結構背が高くて、鮎美ちゃんと同じくらいか、それより高いぐらい? スラっとした体形で、茶髪のベリーショート頭やパンツスタイルがカッコ良くて。
あっ! 男装の似合う麗人って、感じがするだけど。なんか、女の子にめっちゃモテそう。
「さぁ、上がって」
「おっじゃましまーす。あっ! Yuki! ひっさしぶり! 元気ぃー? 私も欲しいな~、愛犬」
里子ちゃんがYukiの頭を撫でてる。里子ちゃんも犬、大好きなんだね。
「遠いとこ、わざわざ来てもらって、ごめん」
「なに言ってんの、たかだか、電車で30分ぐらいの距離じゃない」
「そうなの?」
「あっ、ごめん。まゆちゃん、覚えてないんだったね。私ん家来たこと」
「わたし、里子ちゃん家、行ったことあるの?」
「うん、サッカークラブの練習帰りに、何度かね」
「そう、ところでそのサッカークラブの事なんだけど、皆はわたしの今の状態こと、知ってるの?」
「うん、私から監督やメンバー、皆には伝えておいたよ」
「そう、ありがとう。それで、皆の反応はどうなの?」
「うん、監督はさすがに残念がっていたわ。これから、まゆちゃんのレギュラー起用を考えてたみたいだし、それに合わせたフォーメーションとかの新構想も考えてたみたい。メンバーのみんなも、新戦力に期待してたみたいで、がっかりしてた。でも、まゆちゃんは気にしなくていいよ。ヘンなプレッシャー掛けるつもりは全然ないから。今は心身の健康状態を第一に考えて。復帰に時間が掛ってもいいじゃない」
「ありがとう、そのことなんだけど、来週の日曜日から友達と、サッカーのリハビリ練習始めようと思うの」
「そう、それは良い事ね。でも、余り無理はしないでね。ところで、その友達って誰なの?」
「えっと、喜多村くんっていうサッカー部の男の子なんだぁー」
そう言った直後、俺の顔が少し熱くなったような気がした。
「えっ? 喜多村くんって? もしかして、その男の子って、喜多村泰介くん?」
「えっ? 里子ちゃん、喜多村くんのこと、知ってるの?」
「知ってるも何も、中学校の時の、クラスメイトだったもん」
「そうなんだ? 世間って、以外と狭いものね」
「そうかぁー、たいちゃんか。高校に入ってからは、会ってないんだけど、あの子もサッカーやってたから、もしかしてって、思って聞いてみたの」
たいちゃん? 里子ちゃん、クラスメイトって言ったけど、何か妙に親しい感じだよね?
「里子ちゃん、喜多村くんとは、親しかったの?」
「まぁ、そうね。お互いサッカーやってたわけだし、男の子の友達の中では、一番仲は良かったかな?」
えっ? もしかして… 里子ちゃんって、喜多村くんの元カノってこと? それとも、単なる男友達? う~ん、なぜだか、二人のカンケイがすっごく、気になるぅ~ ちょっと聞いてみる? でも… ほんとに元カノだったら、どうすればいいのかなぁ?
「喜多村くんと、デートとか、したり?」
「デート? ふふっ。あれがデートねぇ~、デートと言えば、デートになるのかなぁ? まぁ、都合の合わなくなった友達の替わりに、代表の試合を一緒に見に行ったり、一緒にサッカーの自主練習したりってとこかな? これがデートって言うのなら、余りに色気も何も、ないわよねぇ~」
やっぱ、元カノなの?
「ふぅーん、そうなんだ」
「あっ、もしかして、まゆちゃんって、たいちゃんに、ほの字なわけ?」
「えっ? ちょっと、気になっただけ」
「ウソつかない! まゆちゃんって、さっきから、そわそわしてるし、まゆちゃんがたいちゃんに、気があることぐらい、私にもわかるわよ。大丈夫、私とたいちゃんって、単なる友達関係だったから、まゆちゃんが心配することはないよ」
「えっ? そうなの?」
「ほら、やっぱり。もっと、素直になんなきゃ。たいちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「うっ、うん」
わぁーっ、思わず言っちゃった。
「ところでさぁー、まゆちゃん」
「んっ? なに? 里子ちゃん」
「そのリハビリ練習っていうの、私も協力させてくれない? たいちゃんなら、私も気心が知れてるしさぁ」
「わたしは別にかまわないけど、喜多村くんがどう言うかな?」
「やっぱ、お邪魔虫だった?」
「えっ、そんなことないよ。じゃあ、喜多村くんに話してみるね」
「ありがとう、まゆちゃん。その替わりっていうのもなんだけど、私が二人の愛のキューピット役、やってあげよっか?」
「里子ちゃん、ごめん。まだ、わたし、喜多村くんへのキモチの整理が出来てないの。だから、それまでは、暫く時間が欲しいの」
「そう。じゃあ、私、まゆちゃんとたいちゃんのこと、余計なお節介しないで、暖かく見守ってるから」
「ありがとう。じゃあ、後で喜多村くんに、里子ちゃんもリハビリ練習に参加するって言っておくから」
「じゃあ、そうゆうことで、まゆちゃん、お願いね」
「うん」
里子ちゃんと暫く色々と話しをした後、気晴らしに、二人でYukiを連れて散歩することになった。里子ちゃんは、愛犬が欲しいって言ってたので、Yukiの綱は里子ちゃんが持ってる。
「私、愛犬を連れて散歩っていうの、一度やってみたかたんだぁー。ありがとう、まゆちゃん」
「里子ちゃん家って、犬は飼えないの?」
「うん、うちの母親が犬猫が大の苦手で、全然ダメみたいなの。動物アレルギーっていうのもあるみだし」
「そう、それは仕方がないよね。でも、また里子ちゃんがわたしん家に遊びに来たら、Yukiを散歩に連れて行こうよ」
「ありがとう。まゆちゃんの、その優しい気持ちだけで十分だよ」
「そんなぁー。別に、わたし、ちっとも優しくなんかないよ。ワガママだし、皆に迷惑ばっか掛けているし」
「もうぉー、だから、電話でも言ったけどさぁー、そういう所、良くないよ、今のまゆちゃんって。自分を卑下し過ぎだぞぉー、そんな調子だからストレスで倒れちゃうんだよ。もっと自分に自信を持って、自分を大切にして、素直な気持ちにならなきゃ、ねっ!」
「うん、ありがと。今度から気を付けるね」
里子ちゃんの言うことは、自分でもわかってるつもりなんだけどさぁ、俺の中で、心と体が一致しないっていう問題は、依然として解決してないわけで、それが自信の無さに繋がっているのは確かなことなんだよなぁー。
でも、こんな事、家族や友達、誰にも相談できない。そんな事、言った後の皆の反応が怖いし、今まで少しずつ築いてきた家族関係も友人関係も、全てが一気に壊れてしまうんじゃないかって、考えただけでも恐ろしい。
「まゆちゃん? どうしたの? 何か考え事? さっきから俯いちゃって」
「あっ、ごめんなさい、そう、ちょっと考え事してたの」
「またぁー、ネガティブな事でも考えてたんじゃないの?」
うわぁー、やっぱ見透かされてる。ホント、女の子って、カンが鋭いよなぁー。
「ゴメン。これからのことが不安で仕方無くて」
「そうよね。今のまゆちゃんって、何もかも再スタート切らなきゃいけないものね、これから、ひとつずつ積み上げていって、それを自信に繋げて行くしかないと思うよ。凄く大変な事だと思うけど、頑張って。私も協力するし、応援もするから」
「ぐすっ… ひっく… あっ、ありがとう」
「えっ! 泣いてるの? まゆちゃん」
「ごっ、ごめん。わたしって、ホント、最近泣き虫になっちゃって、涙止められなくって。自分でも情けないって思うの」
「そんなの、気にしなくてもいいよ。女の子は泣きたい時に泣けばいいの、それが一種のストレス発散にもなってるんだから」
「ぐすっ… そうなの?」
「うん、だからそう気にしないの、わかった?」
「うん、ありがとう。里子ちゃん」
里子ちゃんは、夕方には帰って行った。
今日、里子ちゃんに会って、直接、話が出来たのは良かったのかもしれない。また一人、俺を助けてくれる心力強い協力者が増えたのだから。
でも、いいのかな? こんなに皆に甘えちゃっても。ホント、何か恩返しでもしないといけないよね。
プルルル… プルルル… プルルル…
あぁー、心臓のドキドキが止まんない。どうしよう?
プツッ。
『はい、もしもし、木下さん?』
「喜多村くん? ごめんね、急に電話なんかして」
『どうしたの? 木下さんが僕の携帯に電話くれるなんて、初めてだよね? 嬉しいな』
「えっと、来週の日曜日、リハビリ練習のことなんだけど…」
『もしかして、都合が悪くなったとか?』
「うぅうん、そうじゃなくって、その…」
『どうしたの? 何だか言いにくそうだね、何かあったの?』
「喜多村くんって、岡部里子ちゃんっていう子、知ってる?」
『あぁ、さとちゃんね。中学んときの友達だけど、それが、どうしたの?』
さとちゃん? って妙に親しいんだね。里子ちゃんも、喜多村くんのこと、たいちゃんって呼んでた。この二人、やっぱ、付き合ってたのかなぁ?
「その… その里子ちゃんって子なんだけど、実は、わたしと同じサッカークラブに所属してる友達で、今度のリハビリ練習に里子ちゃんも協力したいって、言ってきたんだけど、いいかな?」
『そうなんだ? えっと、木下さんがいいのなら、僕は、別に構わないけど…』
「そう、じゃあ、里子ちゃんも練習に参加してもいいの?」
『うっ、うん、いいよ。用事はそれだけ?』
「うん、それだけ」
『あっ、そうそう。昨日のサッカー女子代表の試合って見た?』
「えっ、ごめん、見てない」
見てないっていうより、試合があることすら、全然知らなかったんだけど。
『そう、見てれば今後、サッカー復帰に向けて、いい刺激材料になるかなって思ってさぁ』
「日本の女子代表って、強いの?」
『あぁ、最近、力付けてきたし、男子より強いよ。僕って、女子サッカーに余り興味を持ってなかったし、甘く見てたんだけど、昨日の試合見てたら、テクニックがある選手もいたし、試合、見てて面白かったよ』
「へぇー、そうなんだ?」
『録画したやつ、ダビングしてあげよっか?』
「えっ、いいの?」
『じゃあ、来週、ダビングしたやつ、学校で渡すよ』
「ありがとう、喜多村くん」
『サッカーの、いいイメージトレーニングになると思うんだ』
「色々、気を使ってもらっちゃって、ごめんね」
『そんなことないよ。長電話も悪いし、そろそろ、電話切るね。じゃあ、おやすみ、木下さん』
「おやすみなさい、喜多村くん」
「はぁーっ」
なんだろ? この脱力感。結構緊張してたけど、何とか喋れたって感じ。と言っても、喜多村くんと里子ちゃんのカンケイのこと、詳しくは聞けなかったんだよね。
あぁー、益々気になってきた。なんで? 里子ちゃんは、ただの友達って言ってたじゃん、気にすることないじゃん、なのに… これって、もしかして嫉妬っていうやつ? マジで? つまり、嫉妬する程、喜多村くんのことが気になってるってことなんだ? あぁー、こりゃ、重症だぁ。
無意識に、里子ちゃんに嫉妬していた様子の真結花。
改めて、喜多村くんへの想いを気付かされたようですね。
次回につづく。