#24:智絵先生勉強会
土曜日の午後、約束していた勉強会に行くため、鮎美ちゃんと一緒に智絵ちゃんの家に向かってた。
とにかく、昨日はサイアクな一日だった。今日は天気もいいことだし、気を取り直した俺は、智絵ちゃんから手渡されていた地図を頼りに、自宅を探してたんだけど…
「この病院の辺りで、間違ってないよね?」
鮎美ちゃんが、確認を入れる。
「うん、この地図だと、この『かすみそう病院』っていうのが目印になってるから、たぶん、この辺に間違いないと思うけど…」
そう思っていると、病院の駐車場があると思われた、病院の裏手の方向に杏菜ちゃんと莉沙子ちゃんの姿が見え、消えていった。
「あっ、杏菜と莉沙子だ。もしかして、病院の裏側の方に家があるんじゃないの?」
鮎美ちゃんがそう言ったので、付いて行ってみると、病院の駐車場の奥の方に、屋根付きの車庫に外車が二台止まっている立派な家があった。
玄関前には、なにやら監視カメラらしきものも設置されてるみたいだ。
「智絵ん家って、病院だったのね。智絵は、どこぞのお嬢様ってことは聞いてたんだけどさ」
「えっ? 智絵ちゃんって、やっぱり、お嬢様なの? どうりで。 でも、なんでまた、お嬢様学校でもないような、進学校でもないような、わたしたちと同じ普通の高校に通っているの?」
「うん、本人の希望みたいよ。なんか、中学校の時は、親が決めたお嬢様女子中学校に通っていたらしくて、色々と堅苦しくって、学校生活が息苦しかったって、言ってたから」
「へぇー、そうなんだ?」
鮎美ちゃんが、インターフォンのボタンを押した。
『はい、どちら様でしょうか?』
恐らく、お母さんが出たようだ。
「あのー、智絵さんのクラスメイトの結城と木下と申します。本日、智絵さんと一緒に勉強する約束をしていまして、訪問させていただきました」
えっ? いったい、どうしちゃったってゆうの? 鮎美ちゃん? 頭、どっかで打った? そんなに改まっちゃってさぁ。声や喋り方がまるでよそゆきモードで、いつもと違ってヘンだよ?
『はい、智絵から聞いていますよ。どうぞ』
玄関に入ると、直ぐに床の大理石が目に飛び込んできた。いかにも高級そうな感じ。智絵ちゃんのお母さんに案内され、智絵ちゃんの部屋に向かう。
しかし、智絵ちゃんのお母さんって、智絵ちゃんに雰囲気が似てて、背も高くてやっぱ美人。一瞬、昔はモデルさんでもやってたんじゃないの? って思ってしまった。
トントン。
「はぁーい」
カチャ。
「智絵、お友達、お連れしたわよ」
「入ってもらって」
智絵ちゃんの部屋をぐるりと見渡すと、我が家のリビングぐらいの広さはあり、おまけにピアノなんか置いてあった。視線を前に戻すと、テーブルを囲むソファーに智絵ちゃんと、既に先に着いていた杏菜ちゃんと莉沙子ちゃんが座って、くつろいでいた。
「後でお飲みもの、お持ちするわね」
そう言って、智絵ちゃんのお母さんは部屋を出た。
「家、ちょっとわかりにくかった?」
智絵ちゃんが聞いてきた。
「うん、そうねぇー、真結花と一緒に迷ってたんだけど、杏菜と莉沙子がこの家に入って行くのを見かけたから、わかったんだけどね」
「そうなの。杏菜ちゃんと、莉沙子ちゃんを見かけなかったら、まだ迷ってたかも」
「杏菜も少し迷ったよ。ねっ、りさりさ」
「うん、病院の駐車場の奥の方に家があったから、本当にこの家でいいのかなって」
「そう、じゃあ、皆そろったことだし、さっそく試験勉強、始めよっか」
そう言って、智絵ちゃん自身が授業で取った、試験範囲の各科目のノートのコピーを皆に配った。
このノートのコピー、いったいどうするんだろう?
試験勉強っていっても、智絵ちゃんのノートのコピーを見ながら、智絵ちゃんが要点を説明して行くだけの簡単なもので、重要な箇所にマーカーで色を付けたり、メモる程度だった。でも、それがスゴク分かりやすくって、正直驚いた。
トントン。
「はぁーい」
カチャ。
「智絵、お飲みもの、持ってきたの。じゃあ、皆さん、ごゆっくりね」
そう言って、ジュースと何か上品な包みに入ったお菓子をテーブルに置いて、智絵ちゃんのお母さんは部屋を出ていった。
「じゃあ、この辺で休憩しよっか」
智絵ちゃんが、勉強会前半戦終了の合図を入れてくれた。
「ねぇ、智絵ちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
俺は先ほど、非常に分かりやすかった智絵ちゃんのノートの内容について、聞いてみたかった。
「んっ? なに? まゆかちゃん」
「あのさぁー、みんな、同じように授業中にノート取ってるはずなんだけど、なんで、智絵ちゃんのノートってこんなに分かりやすいのかなぁ」
「あっ! それ、私も聞こうとしてたところ」
鮎美ちゃんも同じこと、思ってたんだ?
「杏菜も、目から鱗が落っこちた気分なのダぁ」
「そうそう、私もそう思ってたの。智絵さんって、先生になれるんじゃないかしら」
莉沙子ちゃんまで?
「さすが、智絵先生、何か秘策でもあるのよね? 教えなさいよ」
鮎美ちゃんが、切り込む。
「うん、まあねぇー」
かるーく、受け流す智絵ちゃん。
「ともともだけ、ずるぅ~い。杏菜もその奥義、教えて!」
杏菜ちゃんも、駄々をこねだした。
「私もその奥義、知りたいな」
莉沙子ちゃんも、それに乗っかった。
じゃあ、俺も、
「わたしも、その奥義っていうの、詳しく知りたぁーい。ねぇ、教えてくれないかな? 智絵ちゃん」
「もぉーわかった、わかったって。その、みんなの言うように、奥義なんて大それたものじゃないわよ。あのね、ノートの右側と左側を有効に活用するの」
「どうやって? 智絵ちゃん」
思わず、俺は食いついてしまった。
「まぁまぁ、そう焦らないで、まゆかちゃん」
「うん、わかった」
「ノートの左側には、普通に先生が黒板に書いてあるのを写して、先生が黒板に書かずに、何気なく言った重要なことも書き残すの。そして、重要な事柄には、色や記号を付けてマーキングするの。例えば、重要な点にはマーカーで色を付けたり、アンダーライン入れたり、線で囲んだり、疑問点には『?』マークつけたりね。ノートの右側には、ノートの左側に書いた疑問点を自分で後から調べたり、分かりにくかったところには補足を入れたりして復習するの。実は、この復習が重要なの。これを常日頃からやっていれば、試験前になってから慌てて頭に詰め込まなくてもよくなるわよ」
「へぇー。ノート取るのに、そんなコツがあったんだ? 知らなかったわ。さすが、智絵先生!」
うん、確かに、鮎美ちゃんの言う通り。
「スッゴ~イ、そんなワザがあったんだ。杏菜もビックリしちゃった」
うん、俺も驚いた。
「憧れちゃうなぁ、智絵さんって。ホント頭いいから羨ましいな!」
ホント、ホント、莉沙子ちゃんに同感。智絵ちゃんって、容姿端麗、頭も良くて、優しくて、俺も憧れちゃう。
「ねぇ、その奥義って、智絵ちゃんが編み出したの?」
俺は、気になって聞いてみた。
「うぅうん、おにいちゃんから教えてもらったの」
「えっ? 智絵って、おにいちゃんがいたの?」
鮎美ちゃんも知らなかったんだぁ。まぁ、まだ一カ月半そこその付き合いだものね。
そっかぁー、もう来週で5月も終わっちゃうんだよね。あの事故から、もう一カ月近くになろうとしてる。長かったような、短かったような…
「うん、三つ年上で、今、大学生なの。高校生の時に、大学受験の為の秘策、色々研究してたみたい」
「もしかして、医大生なんですか? 智絵さんのお兄さんって」
莉沙子ちゃんが、つっこむ。
「うん、そうよ。卒業したら、この隣の『かすみそう病院』の後を継ぐ修行をするんだって」
どうりで。智絵ちゃんは、頭がいいわけだ。
「スッゴ~イ。ねぇ、ともとも、お兄様の写真見せて!」
「あっ! 私も智絵のおにいちゃんの顔が見たぁーい。真結花も莉沙子も、見たいでしょ? ねっ?」
杏菜ちゃんに続き、鮎美ちゃんまで興味深々って感じ。
「私も、ぜひ、見てみたいなぁ」
莉沙子ちゃんまでも。
「うん、わたしも見てみたいけど」
そんなの、俺も見たいに決まってるじゃん。
「もうー、しょがないなぁー」
智絵ちゃんは、しぶしぶっていう感じで、本棚からアルバムを取り出した。
「ともともぉー、はやくぅー、見せてー!」
ちょっと、食い付き過ぎだよ。杏菜ちゃん!
智絵ちゃんがテーブルの上で、アルバムのあるページを広げてくれた。
「えっと、これが、おにいちゃんよ」
「うわっ、スッゴ~イ、かっこいい!」
杏菜ちゃん、目がキラキラしてる。もう、一目惚れって感じ?
「そうね、確かに、どことなく智絵に雰囲気が似てて、美形よね。もし、智絵が男だったらこんな感じなのかなぁ?」
「うん、凄くモテそうね。智絵さんのお兄さんって」
「うん、わたしも、鮎美ちゃんと莉沙子ちゃんの言う通りだと思うよ。智絵ちゃんのおにいちゃんって、やっぱ、そうとうモテるんでしょ?」
「そうねぇー、バレンタインデーには女の子からチョコいっぱい貰ってたようだわ。おかげで、私がおにいちゃんにあげた義理チョコの価値なんて、ホント、全然無かったわけだしね」
「ねぇ、智絵? こっちの智絵の肩に手を回して微笑んでる、イケメンさんは誰なの?」
「あっ、その人? おにいちゃんの昔馴染みの親友で、同じ大学の人よ。私も親しいの」
「もしかして、ともともの彼氏?」
「えっ? ちっ、違うわよ」
「あっ、赤くなっちゃってカワイイ、智絵って。でも、好きなんでしょ?」
鮎美ちゃんが、つっこんだ。
「うん、いい人よ。でも、私の事なんて意識してないんじゃないのかな?」
「そうかなぁー? ねぇ、ともともぉー、思いきって告っちゃえば?」
うん、そうそう、杏菜ちゃんの言うように、告っちゃえばいいのに。自分のこと棚に上げて、人のこと、そんなエラそうに言えないけど…
「今はまだ、そんな気持ちにはなれないの。今の関係を壊したくないし。それより、ズルイ。私にだけ好きな人の事、話させておいて、そうゆうあんなちゃんは、どうなの?」
「じゃあ、ともともぉ。杏菜も好きな人のことを言うよ! 杏菜をともともお兄様の、お嫁さんにもらって!」
「あんた、いきなり何言ってるわけ? ムリ、絶対ムリだって! ずうずしいのにも程があるわよ、杏菜!」
しっかし、杏菜ちゃんに対して、いつも厳しいツッコミするよねぇ~ 鮎美ちゃんって。まぁ、そんだけ、みんなから愛されて、イジりやすいキャラなんだけど…
「まぁ、まぁ、鮎美ちゃん。お嫁さんにもらってなんて、冗談だよね? 杏菜ちゃん?」
「あゆあゆも、まゆまゆも、ひっどーい。杏菜、冗談じゃないもん! ホンキだもん!」
「ごめんね、あんなちゃん。おにいちゃんには、もういい人が居るみたいなの。大学卒業したら、結婚したいと思っている人が居るって言ってたわ」
「ふぇーん。杏菜、撃沈!」
「まぁ、そんな気を落とさずに、ねっ? 杏菜さん」
すかさず、優しいフォロー入れる莉沙子ちゃん。
「お後がよろしいようで。 ねぇ、智絵、この辺で勉強会、再開しない?」
鮎美ちゃんが、最後に締めた。
「そうね、じゃあ、勉強会、再開ってことで」
勉強会の後半戦を終えた後、息抜きにみんなでトランプで遊んでいたら、杏菜ちゃんと莉沙子ちゃんは、以前より仲良くなった様子だった。
「ねぇ、りさりさ?」
「なに? 杏菜さん?」
「りさりさって、小説が好きなんでしょ? 小説書いてみない?」
「えっ? 突然どうしたの? 杏菜さん?」
「うん、杏菜は漫画・小説同好会の部活に入っているんだぁー。りさりさをスカウトしようと思って」
「えっと、もう真結花さんと一緒に、美術部に入る約束しちゃって…」
「莉沙子ちゃん、小説が好きなんでしょ? わたしに合わせてムリしなくてもいいよ。自分が好きな事をしなよ。美術部っていっても、莉沙子ちゃんは、まだ顔を出してないわけだし、美術部顧問の戸田先生に気が変わったって、言っておくよ?」
「そうそう、人間、好きな事をするのが一番幸せなんだから、ムリしてまで他人に合わせることないと思うわよ」
鮎美ちゃんもフォローする。
「そうよ、自分に自由が一番。もちろん、他人に合わせることも時と場合に応じて必要な事だけど、自分らしさを消してまで、自分の大好きな事、やりたい事を押さえ付ける必要はないの。私だって、親の決めた女子中学校に通ってたんだけど、そこでの学校生活は、色々と規則やしがらみがあって、自分を出せなくて、もううんざりしてたの。だから、もっと自分を出して、自分に正直に生きた方がいいと思うわよ。りさちゃん」
智絵ちゃんの言葉には、妙な説得力があった。
やっぱ、女子中学校で何か色々気苦労があったんだろうね。智絵ちゃんって、ホント、しっかりしてる。それに比べて俺って… 今、自分自身に対して、正直に生きているんだろうか? 自分のことなのに、自分のことがわかんないなんて… あぁ、この先が思いやられる。
「ありがとう、みんな気を使ってくれて。じゃあ、私、漫画・小説同好会に入ろっかな。実は、趣味で小説は書いてて、書きためたものがいくつかあるの。いつか、ネットの小説投稿サイトにでも投稿してみようかなって、思っていたんだけど、勇気がなくって、そのままなの」
「じゃあ、りさりさが小説書いて、杏菜がさし絵描くってのはどう?」
「あっ! それ、いいわね。面白そう。杏菜にも良い所あるじゃん」
珍しく鮎美ちゃんが、杏菜ちゃんをほめてるよ。雨でも降らなきゃいいけど。
「その小説、完成したら、わたしに読ませてくれない?」
俺は、莉沙子ちゃんに聞いてみた。
「うん、いいよ。でも、いつになるのかわからないけど」
「私にも読ませて欲しいな。気長に待ってるから」
智絵ちゃんも興味があるようだ。
「ねぇ、りさりさ? そんな悠長な事、ホンキで思っている? この杏菜様が許すとでも思って? 試験が終わったら、覚悟するのダぁー」
なに? なんなの? 杏菜ちゃん? 目がホンキ。いつもとモードが違うよぉー。
これって、さっき、失恋しちゃったから?
「うあぁー、杏菜さん。お手柔らかにお願いしまーす」
「それから、これから杏菜のことは、『あんりん』って呼んで」
「わかりました。あんりんさん」
「だからぁ、その『さん』っていうの、いらないから」
最近、何かと世間は物騒だし、余り帰宅が遅くなるのもまずいということで、“智絵先生勉強会”は17時にお開きとなり、解散となった。
自宅に帰って早々、俺は、智絵ちゃんに教えてもらったノートを取る“奥義”を麻弥に伝授した。姉としての威厳を取り戻す、絶好のチャンスがようやく到来したのだ。
「おねぇちゃんって、すっごーい。こんなノートの取り方のコツがあったなんて全然知らなかった」
ふっふっーん。どうだ! 見直したか! 尊敬したか! 我が妹よ。
「そうでしょ? 麻弥も来年、高校受験に突入よね? 少しは役に立った?」
そう、麻弥は俺と二つ違いで、今は中学二年生、来年は三年生で高校受験モードに入る。
「うん。おねぇちゃんも、たまにはやるわねぇー」
おぉーっ、麻弥が珍しくほめてくれている。めっちゃうれしい。夢でも見ているのだろうか?
「そお? それほどでもないけど?」
「ところで、おねぇちゃん?」
「んっ? なに? 麻弥」
「ねぇ、誰に教えてもらったの?」
「えっ? その、友達だけど…」
「ふぅーん。やっぱりねぇー。おねぇちゃんがこんなスゴ技、知ってるハズないって、思ってたしぃ」
うっ! なに? 姉をほめておいて、冷たく突き放す、そのツンデレ攻撃。
「もぉー、素直じゃないんだから、麻弥って」
「そっ、そんなことないもん!」
麻弥はぷいっと顔を背けた。
もっ、もしかして反抗期なの? 麻弥って。ママぁー、助けてよぅー。
「ねぇ、わたし、何か悪い事でも言った?」
「もう、知らない! おねぇちゃんなんて!」
麻弥に、何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのか? なぜだか麻弥はスネて、部屋を出て行ってしまった。
ホント、全くワケがわからない、女心って。そんな事もわからないようじゃあ、俺って、女の子としては、まだまだダメだよなぁ~。こんな調子で、恋なんてもの、本当に出来るのかなぁ? あっ、今そんなこと、悠長に考えてる場合じゃない。とにかく目の前の来週の試験、今はこれに集中しなきゃ。赤点取って追試なんてもの、受けたくないしさ。 “恋”の問題、とりあえず後回しってことで。試験が終わったら、心の余裕も出来るだろうし、そんとき、ゆっくり考えればいいや。
女の子として、まだまだ修行が足りない様子の真結花。
どうやら、本人にその自覚はあるようですが…
次回につづく