#22:サイアクな週末
昨日、体育の授業で張り切り過ぎてしまった真結花。
その代償は、意外と大きかったようですが…
「おねぇちゃん、朝よー」
「うっ、うん。ごめん、麻弥、起こしてくれない?」
「どうしたの? おねぇちゃん」
「昨日さぁー、ちょっと体育でハリきり過ぎちゃって。たぶん、筋肉痛だと思うんだけど、脚が痛くって」
「よっと。ホント、大丈夫? おねぇちゃん」
「イタタタっ、うっ、なんか下腹部も痛い」
「ねぇ、おねぇちゃん。もしかして、アノ日じゃない?」
「えっ? マジで? ったく、超サイアク!」
「サプリメントあるから、飲んだ方がいいよ。おねぇちゃんって、重い方だもんね。30分ぐらいで、スーッと楽になると思うよ」
「ありがとう、麻弥」
はぁーっ、月一回の、女の子にしか味わえない忌まわしいイベント。ったく、うっとおしい。
とはいえ、こればっかりは避けられないわけで… こんなの、なかったらいいのにぃー。
ホント、男の子だったら、こんなの無くてラクちんなのにさっ。
あっ、そういえばさぁ、数日前から妙にイライラすることが多かったんだけど、もしかして、コレのせい?
そう、今思い返せば、これは、サイアクな週末へのプレリュードに過ぎないでのであった。
俺は、いつものように鮎美ちゃんと登校していた。
「はぁーっ」
「もしかして、アノ日?」
ピンポン。ご明答です。さすが、鮎美ちゃん。
「うっ、うん。それだけじゃなくて、筋肉痛もあって、ダブルパンチ状態って感じ?」
「まぁ、昨日、急にあれだけ動いたんだから、筋肉痛にもなるわねぇー」
「鮎美ちゃんは、大丈夫なの?」
「ふふんっ。真結花とは鍛え方が違うからね。普段から、テニスで汗流してるし」
「そっかぁー。わたし、全然体動かしてなかったから、そのツケね」
「でもさぁー、サッカー、本格的に再開するんだったら、今のそのなまった筋力と体力じゃあ、全然ダメなんじゃない?」
「そうだよねぇー、せめて、基礎体力ぐらい、つけないとなぁー。昨日のフットサルだって、ちょっと動いただけで、息切れしてたし」
「まっ、そんなに焦んなくてもいいんじゃない? ゆっくりと、マイペースでやればさぁ。無理すると、ケガしちゃって、逆に復帰が遠のくかもしれないわよ」
「そうよね。かなり休んでたんだから、休んだ分ぐらい、時間が掛ってもおかしくないよね?」
「そうそう、焦んないの」
「すみません。ちょっと、お話聞いてもらえませんか?」
「へっ?」
鮎美ちゃんと話し込んでて気付なかったのか? どこから湧いて出て来たのか? 30歳半ばぐらいの、スーツ姿のキャリアウーマンって感じの女性が、いきなり俺に声を掛けてきた。
「今、あなたに、不幸の相が出ているんです。あなたをお見掛けしたところ、どうしても見逃せなくって。このまま放っておくと、大変なことになりますよ?」
「はぁ?」
「お手数はかけません。3分だけ、お時間もらえませんか?」
「私達、これから学校だし、急いでるんで。真結花、いこっ!」
通り過ぎようとすると、その女性が、俺の目の前に立ち塞がった。
「ちょっと待ってください! あなた、幸せになりたくないんですかっ?」
すると、鮎美ちゃんが俺をかばうように前に出て、
「ちょっと、いきなり言いがかり付けてきて、失礼じゃないですか? じゃあ、こちらも言わせてもらいますけど、そう言うあなたは、今、幸せなんですかっ! 朝っぱらから、こんなことしててっ! 人の幸せ心配するより、あなたの自身の幸せ、心配した方がいいんじゃないですかっ? こんなことしてたら、それこそ、あなたが不幸です。行き遅れ女になっちゃいますよっ!」
鮎美ちゃん、すかさず大反撃!
「はっ、はぁ~?」
敵、完全に沈黙。戦意喪失のようです。
「さっ、真結花。あんなのムシして、いこっ!」
「うん。さっきの、いったい何なの?」
「あぁ? どうせ、ワケわかんない、アヤシイ集会の勧誘でしょ? しっかし、まだーあんなこと、やってる人達、いたんだ? もう絶滅品種だと思ってたけど、あんなのに遭遇するのって、ホント、超珍しいわねぇー。別の意味で幸運かも。あぁー、スカッとした。朝から、ストレス解消っ!」
「ねぇ、鮎美ちゃんって、ああゆうアヤシイ人達に、よく声掛けられてたの?」
「まぁーねぇー。ちょっと前までさぁー、街歩いてるとモデルにならない? とか、本屋で立ち読みしてたら、突然、英会話やらない? とか、そうゆう怪しげな勧誘とかぁー、ナンパとかで知らない人達に声掛けられること、いっぱいあったのよねぇー。そんなのいちいち構ってたら、ウザいだけだし、キリがないよ。毅然とした態度で、スパッと断らなきゃ。あっ、真結花も気を付けなきゃダメだよ。今の真結花って、ああゆう奴らのいいカモよ。さっきだってそうだし」
「そうなのかなぁー? それにしても、なんであの女性が独身ってわかったの?」
「あぁ? 左手の薬指、指輪をはめてなかったでしょ?」
「へぇー、鮎美ちゃんって、そうゆの、よく見てるよね。わたし、全然、気付かなかった」
そう、鮎美ちゃんにしても、ママ、麻弥にしても、ほんと観察力が鋭いよねぇー。俺ってウソ付けないのか、直ぐ表情に出やすいらしくって、思ってること、即効でバレちゃうみたいだし。
「そんなことよりさぁー、朝からムダな時間取れられちゃったもんだから、急ぐよっ!」
「あっ、ちょっと待ってよ、鮎美ちゃん。走ると脚痛くて、辛いんだけど」
「甘えてんじゃないのっ。それくらい、ガマンしなさいっ」
うっ、なんか、ビミョーに鮎美ちゃんが冷たいような気が…
遅刻は免れたようだったが、教室に入って机にカバンを置いたとたん、鶴見さんに呼び止められた。
「木下さん、今日は日直でしょ? 朝一番に日誌取りに行かなくちゃダメじゃない。ハイ、これ」
「あっ、ちょっと朝からバタバタしてて、忘れてた。ごめんなさい、鶴見さん。日誌、わざわざ取りに行ってくれてたんだ。ありがとう」
「別に、お礼なんていいわ。木下さん、ちょっと最近、皆からチヤホヤされて、浮かれ過ぎなんじゃない?」
「えっ? そんな、チヤホヤだなんて…」
「ちょっと、話があるの。廊下に出てくれない?」
そう言って、鶴見さんはゴーインに俺の左手首をとり、ぐいっと引っ張ってきた。
廊下に出ると、彼女は突然、
「後からしゃしゃり出てきて、泥棒猫みたいなマネ、やめてよね」
「へっ? 何のこと?」
「木下さん、なにトボけちゃってんの? 喜多村くんのことに、決まってるじゃない!」
「えっ? それって、どういう意味?」
「ったく、カワイ子ぶっちゃってさぁー、どこまでシラを切るつもり? 私、この数日の間、放課後に喜多村くんと一緒に、図書室で勉強してたの。これ、どういう意味だかわかるわよね? そう、確か火曜日だったわ。その日の喜多村くん、何か用事があるからって言って、先に帰っちゃったのよね。その後、私が帰ろうとして校庭に出たら、あなたと喜多村くん、仲良さそうにサッカーなんかしてたわけ。これ、どうゆうこと?」
「どうゆうことって、言われても… ただ、喜多村くんにサッカー教えてもらってただけ。それが、イケないことなの?」
「それって、私に対する宣戦布告ってことよね? わかったわ。じゃあ、あなたと私、どちらが彼のハートを射止めるのか? 勝負しましょうよ。どっちが勝っても、恨みっこなしよ、わかったわね?」
「そんなの、あなたが勝手に決めること? あなたに、わたしの行動を制限する権限なんてないわっ!」
あっ、俺、何ムキになってるわけ?
「ムッカつくわねー。こっちは友好的に、下手に出てたっていうのに、何よっ! その上から目線な言い方!」
バチンっ!
左頬に衝撃が走った。一瞬、何が起こったのかと思うと同時に、左頬がヒリヒリと痛む。
「おっ、なんだ?」
「女同士でケンカか?」
通りすがりの男子生徒達から、そんな声が聞こえてきた。
「ふんっ、いいきみよっ! これは、あなたが私のプライドを傷付けた、バツだからね! 少しは反省しなさいよ!」
「……」
余りにも、突然の出来事だったため、何も言い返せなかった。
「なに? 『ごめんなさい』の、一言も言えないわけ? あなたは?」
ここは、例え俺に非がなくとも、素直に謝っておく方が得策だ。事を丸く収めるためにも…
「ごっ、ごめんなさい。わたし、つい、言い過ぎちゃった。わたしが悪かったの」
前例があるだけに、ここは、相手の怒りを鎮めるためにも、今はグッとガマンの子。
「そう、わかればいいのよ、わかれば。いい? このことは、なかったことにしてよね? お互いのためにもさ」
「うん、わかったわ」
そう言うと、彼女はそそくさと、教室に戻って行った。
「はぁー」
この場は、何とか収まったけど、問題は、これから彼女とどう接すればいいのかってことだよなぁー。ほとぼり冷めるまで、当分、彼女を避けた方がよさそう。
しっかし、あの平手打ち、スッゴク気合入ってたというか、モロに利いたんだけど。まだ、左頬がヒリヒリしてるよ。今日は、俺にとって厄日なのかな? 今朝、アヤシイ女性に言われたことって、もしかして、マジなわけ?
にしても、鶴見さんって、結構美人だからかな? スッゴク気が強くて、プライドが高そうなコだよねぇー。ちょっと、生真面目過ぎるのか、近寄りがたい雰囲気持ってるけど、成績優秀らしいし、面度見もよくて、クラスの皆も、一目置いているって話だけど。
そういえば、彼女が笑っているところって、余り見かけたような気がしない。表情が豊かで、柔和な雰囲気を持つ智絵ちゃんとは、正に対照的な美人だよね。そうそう、今思い出した。鶴見さんは、智絵ちゃんをライバル視してるって、鮎美ちゃんから貰った“まゆか相関図”に書いてあったよ。
まあ、それはいいとして、また地雷踏んじゃったのかなぁー、俺って。はぁー、厄介事がまた一つ増えちゃった。今朝から生理痛と筋肉痛のダブルパンチ状態っていうのもあるけど、それに増して、登校早々、この精神的ダメージはキツイ。週末だっていうのに、今日一日、気分がブルーになりそう。
左頬を手で押さえながら、自分の席に着くと、左斜め後ろに座る鮎美ちゃんが、
「どうしたの? 真結花、左頬、手で押さえちゃって」
うっ、鮎美ちゃんに気付かれた?
「ちょっと、急に歯がシクシクしちゃって」
「ウソっ。真結花、その手、除けてくれないかしら?」
「大丈夫だから、気にしないで」
「気にしないで、って言われても気になるわよ。さっき、一緒に教室出て行った、鶴見さんと何かあったわけ?」
もう、しょうがないなぁー。鮎美ちゃんってホント、お節介さんなんだからさぁ。
「わたしが、悪いの。日直の仕事、忘れてサボっちゃったもんだから」
「それで、鶴見さんにぶたれたってわけ?」
「うん、まぁ。だから、もうこの件はいいから」
「あっ、そう」
真結花、なにか隠しているわね。まっ、言いたくないっていうのなら、ムリには聞かないけど。
鮎美ちゃん、やっぱ俺の言ったウソ、疑ってたけど、これ以上、火種を大きくしたくないからね。
お昼休み、いつもなら、お馴染のメンバーと学食で昼食をとりながら、ワイワイやってるはずなのだが… 今日は違った。食欲も湧かず、気分も優れない。お昼休みの間、保健室のベッドで横になってた。
はぁー、マジでブルー、ブルー、めっちゃブルー。
なんで、今日、こんな目に遭わなくちゃいけないんだろ? 俺。何か、悪いことでもした?
それにしても神様って、なんでこんなにも、イジワルなんだよっ!
「なにかさぁー、まゆかちゃんがここに居ないと、お昼休み、少し寂しいわね」
「やっぱ智絵もそう思う? 真結花って昔っから居るだけで、心が落ち着く不思議なコなんだよねぇー」
「ところでさぁー、さっきから気になってたんだけど、あゆって、いつからお弁当になったの?」
「あぁ、コレ? 真結花のお弁当なの。真結花、食欲が無いらしくって、私に食べてって。智絵みたいに、自分でお弁当なんて作るわけないじゃん。真結花ママのお手製よ」
「そうよねぇー、おかしいなって思ったの」
「まゆまゆ、ほんと大丈夫かなぁ?」
「そうそう、真結花さん、今朝からなんか元気なかったような…」
「莉沙子も気付いてた? 真結花、今日はアノ日らしくって、筋肉痛もあって、気分が悪いって言うからさ、お昼休みは、保健室で休んできなよって言っておいたんだけど… でもねぇー、どうも、それだけじゃなくって、鶴見さんと、なんかあったらしいのねぇー。誰か、何か知ってる?」
「あっ!」
「なにか、知ってるの? あんなちゃん」
「たぶん、喜多村くんのことかも。鶴見さんも、喜多村くんに気があるんじゃないかなぁ? 昨日の放課後、漫画の資料探しに、図書室で本を物色してたんだよねぇー。そしたら、喜多村くんが図書室で勉強してたところに、鶴見さんがやって来てさぁー、なんか、二人で仲好く一緒に勉強してたよ」
「アイツ、ここんところ、図書室で真面目に試験勉強してるって話は耳にしてたけど、女の子とイチャついてたってわけ? 結構優柔不断なヤツよねぇー。私に、真結花を泣かせるようなマネ、しないって約束しておいてさぁー」
「喜多村くん、鮎美さんにそんな約束してたんですか?」
「そうよ。莉沙子は大人しいからさ、ああゆうヤツ好きになったら、振り回されるかもしれないわよ。気を付けないとさ」
「そうなんですか? 私って」
「そうそう、りさりさは、男を甘やかして、ダメにするタイプだぞっ」
「えっ! 私が、ですか?」
「あゆ、喜多村くんって、そうゆう優柔不断な子じゃないと思うんだけど… あの子、誰にでも優しいみたいだし、女の子からしたら、気があるのかもって、勘違いさせちゃうのじゃないかしら?」
「智絵はそう思うんだ? まっ、いずれにしても、困った問題よねぇー、どうすればいいんだろっ。そっか、喜多村くんに、鶴見さんをムシするように、頼めばいいだけじゃん」
「あゆ、誰かが誰かを好きになったとしても、それは自由なわけだし、そこに横槍を入れるっていうのは、とてもいいこととは思えないわね。もし、自分の恋が、関係のない他人に妨害されたりしたら、イヤな感じしない? 私だってまゆかちゃんと喜多村くんの事は、上手くいって欲しいって思っているわ。でも、変に首を突っ込まない方がいいと思うんだけど。話が拗れるだけでは済まない事になるかもしれないし、ここは、暫く、そっと様子見ましょうよ。喜多村くんなら、私達が口出ししなくても、ちゃんとやるんじゃない?」
「智絵がそこまで言うのなら、私も口出ししないで、とりあえず、様子、見とこっか?」
「真結花さん、私達が何もしないで放っておいても、本当に大丈夫なのかな?」
「りさりさ、私達が心配してもしょうがないよ。今は、喜多村くんを信用するしかないんだからさぁ」
はぁー、やっと午後の授業終わった。さっ、今日は体の調子も悪いし、精神的ダメージもあるし、さっさと帰った方がいいね。
「真結花、今日は寄り道しないで、真っすぐ帰ろっ」
「うん。今日は体調も悪いし、そのつもりだったから、鮎美ちゃん」
帰り支度をしてたら、鶴見さんが近付いて来た。
もぉー、今日はカンベンしてよー。今日、まだこれ以上に何か悪い事、あるわけ?
「木下さん、帰宅しようとしてたところ、悪いんだけど、話したいことがあるの。ちょっとだけ、付き合ってくれないかしら?」
「へっ?」
なんだろう? やっぱ、今朝の事、まだ何か続きがあるんだろうね。それ以外に、鶴見さんと話す事ってないじゃん。
「鶴見さん、その話、来週じゃダメなの? 真結花、今日は疲れているようだし」
おっ、鮎美ちゃんが助け舟を出してくれた?
「ほんの少しの時間だけ、木下さんを貸してくれない? 結城さん。来週は試験だし、話できる時間もなさそうなのよね。ねぇ、いいでしょ? 木下さん」
今更逃げてたって仕方ない。ケリつけなきゃいけない問題だし。よし、覚悟決めた。
「うん、わたしはいいよ。ごめん、鮎美ちゃん、先に帰ってて」
「そう、わかったわ。真結花がそう言うんだったら、私は別にいいけど…」
真結花、頑張んなっ! 今、私に出来ることって、心の中で応援することしかないんだけどさ。それにしてもアイツ、私との約束破ったわけだし、お灸をすえとかなきゃいけないわねぇー。
「木下さん、ここじゃなんだから、校舎の裏庭まで来てくれる?」
「うん、いいけど」
そう言った後、校舎の裏庭に着くと、彼女は、
「そこに座って、話しましょうよ」
「うん」
そう言って、二人でベンチに腰掛けると、彼女は突然、
「木下さん、今朝のこと、謝るわ。私、少し、冷静さを失っていたのよね」
「えっ?」
「実はさぁー、私、もうフラれちゃったのよね。お昼休み、勇気だして、喜多村くん呼び出したの。思いきって、彼に私の想いをぶつけてみたわ。そしたら彼に、他に好きな子がいるって言われちゃった。その相手、誰なのかわかる? わかるわよねぇー。当然、彼の口から聞いたわよ、そう、もちろん、あなたのことよ。今朝の勝負、私の負けだわ」
「ごめんなさい、鶴見さん」
「なぜ、あなたが、私に謝る必要があるの? 私は、敗者なのよ。あなたなんかに同情されて、謝って欲しくなんてないわ! それこそ、私に対する侮辱よ!」
しまった、また怒らせちゃった。
「あなたを傷つけてしまって、ごめんなさい… えっ? もしかして、泣いてるの?」
「な、なに言ってるのよ。さっき、風が強かったから、目にゴミが入って痛かっただけよ。喜多村くんって、罪よねぇー。誰にだって優しいんだから。私みたいに『気があるのかしら』って勘違いする被害者、これ以上出さないように、ちゃんと彼のこと、綱付けて捕まえておきなさいよ!」
「……」
「なによ、押し黙っちゃってさぁ。これ、私の命令よ! わかったわねっ! 返事は?」
「はい」
「ヨロシイ。じゃあ、この話しは、これでオシマイ。あなた達、とてもお似合いだわ。でも、あなた達が別れたら、私、いつでも喜多村くん、奪っちゃうつもりだから。そこんとこ、忘れないでよね!」
「鶴見さん、ありがとう」
「さっきも言ったけど、あなたに、お礼なんて言われる筋合いなんてないんだから。勝者が敗者に、『負けてくれてありがとう』なんて、侮辱もいいところだわ。私、あなた達が別れる事、願ってるんだからね!」
「はぁ」
「じゃあ、私、もう帰るわ!」
そう言うと、彼女は立ち上がり、足早に去っていった。
ったく、世話の焼ける二人だわねぇー、グズグズしてんだから。お互い好きなら、さっさと付き合えばいいじゃない。結果的にそうなったとはいえ、なんで私が、わざわざ二人の愛のキューピット役、しなきゃいけないわけ? はぁー、私って、ホントお人好しもいいとこだわっ。バッカみたい。
あーぁ。私、失恋しちゃった。この私が、“失恋”だって? 違うわっ! 彼に、私を見る目がなかっただけよ。そう、そう思わないと、やってられないわっ。
「ただいまー。って、誰もいないのかぁ、今日は早かったし。あっ、いた、Yukiだけど… Yukiは悩みがなさそうで、いいわよねぇー。はぁー、もう~つかれたぁー。ホント、今日一日、サイアクだった」
とりあえず鶴見さんの件、片付いたようだけど、家に着いたとたん、どっと疲が出てきたよ。早くお風呂に入って、気分リフレッシュしたい。そういえば、いつの間にかお風呂好きになっちゃってるよ、俺って。最近、妙に長風呂するようになっちゃったし。これって、益々、女道一直線!って感じになってるんじゃないの?
それに、喜多村くんのこと、どうやら自分でも好きなんだろうっていうのは日増しにわかってきたんだけど、いざ喜多村くんを目の前にすると、どう態度で示せばいいのやら… ホント、このままホンキで好きになっちゃってもいいのかなぁー。禁断の世界に飛び込むみたいで、自分の心がどうなちゃうのかって思うと、いまひとつ、踏み込めないんだよなぁ。でも、喜多村くんとのカンケイ、このままはっきりとさせず、曖昧なまま、何も進展しないのもイヤっていう矛盾した思いも一方ではあるわけで…
あっ! ったく、今の俺って、マジで恋に悩む乙女になっちゃってるじゃん! 今、そんなこと、余裕ぶっこいて考えてる場合じゃないだろっ。結局、この一週間、試験勉強なんてもの、何もしてないじゃないか! 明日の智絵ちゃんとの勉強会で、なんとか授業の遅れを取りも戻さないと、こりゃマジで赤点かも。
真結花にとって、とんだ災難日のようでしたね。
色々と気苦労が絶えないようですが、報われる日は来るのでしょうか?
次回につづく