#19:もっとレンアイを知るべしっ!
「真結花、今日は一緒に帰ろっ」
「ごめん、鮎美ちゃん。今日は、ちょっと図書館に寄ってから帰ろっかなって、思ってて」
「そうなの? どうしたわけ? 図書館だなんて。いったい、何の用事?」
「うん、ちょっと、試験勉強でもしようかなって。随分学校休んで、勉強遅れてるし」
「珍しいわねぇー、どうしちゃったの?」
「えっと、家だと、どうも身に入らないっていうか、勉強する気にならないのよねぇー」
「そう、じゃあ、仕方ないわね」
ふーん。真結花、なんかウソ付いてるわね。真結花って、ホント、昔っからわかり易いコだわ。ウソって付けないタイプだよね。あっ、今朝、喜多村くんをたきつけたのは正解? もしかして、真結花、喜多村くんと図書館で初デート? いつの間に? まっ、私も二人のお邪魔虫するようなことしたくないし、しっかりと、頑張ってきなさいよっ。
鮎美ちゃんって、やっぱ鋭いよねぇー。ウソって、気付いて疑ってたけど、見逃してくれたって感じ? 実は、図書館で調べ物したかったんだよねぇー。
「えっと、心理学関係のコーナーはっと、どこかな?」
受付嬢に聞いた方が早いよね。
「すみません、心理学関係の本ってどこですか?」
「はい、一番奥の列の棚から2番目の、ここです」
受付嬢はそう言って、配置図に指をさして教えてくれたので、さっそく目的の本を物色してみる。
「さてと、恋愛心理に関する本はっと」
うーん、結構沢山あるねぇー。よし、これっ。『人間における恋愛システムとは』?
とりあえず、これ、読んでみるか。
『恋愛とは、人間が他人に対して抱く情緒的で、かつ親密な関係を強く願い求めようとする感情であり、その感情に基づいた一連の恋慕に満ちた態度や行動を伴うものである』というのは、“恋愛”という言葉の一般的な定義であるが、人間も動物の一種であり、優秀な種を残したいという動物本来の“種の保存本能”に“恋愛”という方法を用いているのに過ぎないとも言える。(同性同士の恋愛については、ここでは取り上げないこととする)
しかし、この地球上に多数存在する人間という同種の中から最も優秀な種を選び出し、子孫を残すこということは、非常に困難な作業である。そこで、人間の進化過程において、種を保存するべき方法として生まれて来たのが“恋愛システム”である。このシステムは、他の動物には見られない、人間独特の種の保存システムとして、脳に加わった機能である。この“恋愛システム”に欠かせないのが、脳内麻薬の一種と呼ばれるドーパミン(快感を増幅する神経伝達物質)である。脊椎近くにある腹側被蓋野(A-10〈エー・テン〉とも呼ぶ)という原始的神経核から始まって、高度な人間らしさを司る前頭葉まで達している神経路があり、これらは、快感神経系と呼ばれている。この快感神経系にスイッチを入れる働きをするのがドーパミンであり、A-10神経系で作られている物質である。
この快感神経系に一度スイッチが入ると、脳は快感を感じ、身体の動きも活発となり、ユーフォリア(多幸感、ハイな感じ)を得るようになる。厄介なことに、このドーパミンを過剰に消費すると、幻覚や幻聴、妄想等を生じることもあり、精神分裂病によく似た症状が出てくる場合もある。このドーパミンは、覚醒剤と非常に似た構造を持ち、覚醒剤を使用した場合、ドーパミンが放出された時と同じようなユーフォリアを得ることになる。人が覚醒剤依存に陥った結果、精神分裂病によく似た症状が出るのも、ドーパミンの過剰消費と同じ原理であると言えよう。『恋は盲目』と言われるが、これは、脳内にドーパミンが放出されたことによる、“恋という麻薬”に脳が侵された結果なのである。
異性の好みを判断するのは、脳の奥深い部分にある扁桃体という部位であり、扁桃体が好みの異性を見分けると、ドーパミンが放出されるシステムとなっている。この扁桃体という部位は、感情の源でもあり、人間の恋愛感情や好き嫌いも、ここで判断していると言われている。
恋は、ある日突然、心に芽生えるものである。なぜ、その相手に恋をしたのか? とあなたが問われも、好きな相手が現れたから、としか答えようがないかもしれません。それは、あなたの扁桃体が判別している為です。
人間の恋愛感情や好き嫌いを決める出発点は、既に幼児期から始まっていると言われており、この時期に、親や周囲の人間から、どのような愛情を与えられるかが、その人の、その後の人間関係の形成に大きく関与してくるとの研究結果も出ている。それによれば、人間の脳は、幼児期に急激に発達し、誕生後、一年程経つと脳の体積も約倍近くまで増加する。そして、神経繊維がまるで枝のように次々と伸びていき、脳の基礎が出来上がる3~4歳までのこの時期が、恋愛感情や人の好き嫌い等、人間の感情形成にもっとも重要な時期であるとされている。
この重要な時期において、親の愛情に恵まれない子供達はどうなってしまうのか。例えば、母親が鬱病だった場合、赤ちゃんが笑わなくなる等、その後の子供の成長における感情表現にも、深刻な影響を与えかねない。幼児期に受けた愛情が、その人の成長において、恋愛の行方を左右することも考えられる。言いかえれば、恋愛に対してポジティブであるか、ネガティブであるか、ということである。
さて、前記で述べてきたドーパミンの放出は、恋愛開始から長くとも1~3年半程と見られ、それ以上は継続的に放出されないと言われている。つまり、恋愛には賞味期限が設定されている。
これは、ドーパミンが放出されている間に、男女間の生殖行為を活発化させ、種の保存を促進させる目的であると推測される。恋愛関係に陥り、付き合い始めたカップルや、結婚したカップルが、1~3年程で別れたり、離婚たりするケースが見受けれるのも、このドーパミンの作用が大きく関与しているのではないかとの学説もある。このドーパミンの放出期間を過ぎると、恋愛初期のようなドキドキ感や新鮮さは失われてしまい、この期間を乗り越えたカップルは、恋愛感情から愛着(傍に居てもらわないと困る相手)へと変わると、ある学者は唱えている。
近年、医学は目覚ましい進歩を遂げ、今まで不治の病とされてきた病気は、次々と新しい治療法が開拓されて来た。しかし、どんな名医にかかろうが、どんな薬を飲もうが、絶対に治療ができないとされる病気がある。それは、恋患いである。『惚れた病に薬なし』という諺もあるくらい、恋患いとは当人にとっては深刻な問題であって、心身のコントロールが非常に難しく、これこそ、不治の病と言えよう。
人間が恋をすると、脳が不安に陥ると言われている。これは、恋愛感情を持つことによって、脳内のセロトニンという安心感を作り出す物質が、通常の半分程度まで減少すると見られているからである。特に女性の場合においては、男性の半分程度しか脳内セロトニンがなく、恋愛をすることによって、ただでさえ男性より少ない脳内セロトニンが、更に少なくなる為、情緒不安定な状態に陥ってしまうと為だと言われている。人間が恋愛をすると、恋愛対象の異性を束縛したくなったり、その異性に対して嫉妬深くなったりするという現象も、この脳内セロトニンの減少が関与していると推測されている。従って、恋愛対象の異性に対して、今、何をしているのか? 浮気していないか? と常に気になってしまい、不安でしょうがないと感じたり、食事がのどを通らなかったり、常に一緒にいたいという強い欲求が出るのも、不安に陥れることによって、男女を結びつけようとする、人間の恋愛システムに仕組まれたプログラムであると思われる。
ここまでの話を簡単にまとめれば、人間は好みの異性を見分けると、脳からドーパミンが放出される。その結果、脳内では恋愛という麻薬に侵され、恋患いと呼ばれる不治の病が発病する。脳は、もうすぐ生殖が近いと判断を下し、恋愛対象相手と一緒にさせる為に精神的に不安な状態を作り、精神的な安定を求め、恋に落ちた男女を結び付けようとする。これが、人間の恋愛システムのメカニズムであると言えるのではないだろうか。
尚、ここまで述べてきた話は、私がこれまで調べてきた文献、学者等の研究結果や学説を元にして記述したものであり、記述内容の一部については、必ずしも明確な根拠や証拠があるわけではない、ということを付け加えておく。
「へぇー、そうなんだ? こんなこと、ガッコじゃあ教えてくんないよ。わたしって、やっぱ、女の子的には正常?」
今、ふと、思ったんだけどさぁー、“恋愛学”っていう学科があれば、みんな、喜んで勉強するんじゃないのかな? ガッコとかで、性教育とかはあるくせに、その前のプロセスで肝心な“恋愛”や“人間愛”については、ガッコじゃあ何も教えてくれないよね? それって、なんかおかしくないか?
子供を作るうんぬんの前に、何で人間として生まれて来たとか、何で人間として生きていくのとか? 明確な理由とか意味、目的、そうゆうこと、ちゃんと、子供に教えられる大人って、この世の中にいるのかな? そうゆうこと、子供にちゃんと教えられない大人が増えてるから、自殺って増えてるんじゃないの?
あっ、ちょと、思考が別の方向に脱線しちゃった。
もうそろそろ、帰ろうかと思い、本を返しに机から立ち上がろうとしたら、
「だぁ~れ~だぁ~」
いきなり、背後から知らない女の子に目隠しされた。
「へっ? わかんないよ、だれ?」
そう言うと、彼女は目隠しの手を外し、俺の顔を覗き込むと、
「うわぁー、ほんま、めっちゃ久しぶりやん、まゆん」
ウェービーボブで、かなり明るめの茶髪の、活発そうな感じの他校の女子高生が、俺の隣に座ってきた。背は、俺より少し高いくらい。
「ごめんなさい、だれですか?」
「えぇーっ、なんでぇーなぁ、つれへんなぁー。真綾やんかぁー、まゆ・まやコンビって言われた仲やんかぁー」
「まあやちゃん? ごめん、わたし、思い出せないの」
「そっかぁー、もう小学校高学年以来やからさかい、忘れてしもたん? それとも、うちの雰囲気、かわったん?」
「あっ、もしかして、少年サッカークラブの?」
アルバムの少年サッカークラブの集合写真に、俺以外に女の子が居たことを思い出し、たぶん、そうだと思った。
「やっと、うちのこと、思い出してくれたん?」
「うん、なんとなくね」
「うち、こんなところでまゆんと再会出来るやなんて、思うてへんかったわぁ」
この子って、関西人? だよね?
「今も、サッカーしてるの?」
「うん、モチロン。うち、将来、代表目指してるんやさかい」
「へぇー、スゴイね」
「なに他人事みたく言ってねん。まゆんも代表目指すって言ってたやん、忘れちゃったん?」
「ごめん、ちょっと、覚えてなくって」
「まあやー、そろそろ、帰るぞぉー」
向こうの机に座っていた、背の高い男の子から声がした。
「あっ、ごめん。うち、もうちょっと、まゆんと話したっかたんやけどなぁー。うちと、携帯番号と、メルアド交換してくれへん?」
「うん、いいよ」
そう言って携帯番号と、メルアドを交換した後、
「ねぇ、あの男の子って、まあやちゃんの彼氏?」
「そうやけど。まゆんには、カレシおれへんの?」
「えっと、男友達ならいるんだけど」
「やっぱ、まゆんにカレシおれへんねや? もったいないなぁー、まゆんにお似合いのめっちゃかっこいい男の子、紹介してあげよっかぁ?」
「まあやちゃん、気を使ってくれて、ありがとう。わたし、大丈夫だから」
「ふふんっ、さては、まゆん、今、好きな子でもおるん?」
「えっ?」
「だって、まゆんの顔に書いてあるんやもんっ」
「そうなの?」
「ははっ、まゆんって、昔と何も変わってないやんっ」
「もぉー、からかったわね?」
「だって、なに読んでるん、その本?」
「あっ、これは…」
「まゆん、今、恋愛で悩んでるん?」
「えっと、それは、その… この本、単なる興味本位で読んでただけよ」
「ほんま、なんも変わってないんやぁー、まゆんって。じゃあ、うち、もう帰るから、ほなねっ」
「うん、また」
「恋愛で悩んだら、うち、相談乗るさかい、いつでも、電話してやぁ~」
「ありがとう」
「ふぅーっ」
短時間だったから、なんとか話を繋ぐことができたけど、あれ以上話してたら、ボロが出ちゃってた。記憶の無いこと、いちいち彼女に説明しなきゃいけなくって、めんどくさいとこだったよ。それにしも、関西弁? インパクトあるコだったよね。
やっぱ、女の子って、ふつーに恋愛体質なのかなぁ? 今更、否定する気はないけどさぁー、そうゆう恋愛感情に心も体も支配されてしまうのって、恐ろしいような気がする。だって、恋患いって、重度の症状になると、他に何も手がつかなくなっちゃうってこと、あるんでしょ? あぁー、俺って、いったいどうしたいのだろ? ホント、よくわかんない。
未だに、自身の恋愛観に悩み続けている真結花。
彼女は、その答えを見つけ出すことが出来るのでしょうか?
次回につづく。