#18:気持ちは女の子?(後篇)
「あのさー、木下さん。今日の放課後、図書室で一緒に試験勉強、やらないかい?」
「えっ? いいの? 喜多村くんの、勉強の邪魔にならない?」
「大丈夫だよ」
「ホントに、いいの?」
「あぁ、かまわないさ。じゃあ、放課後、図書室でね」
「うん」
これって、もしかして、コ・ク・ハ・ク? ええっ、まっさかぁー。
「お待たせ、喜多村くん」
「来てくれて、ありがと。実は、勉強しようっていうのは口実なんだ。大事な話があってさ。ここじゃあ、ちょっと話辛いからさぁ、屋上の階段まで来てくれないかなぁ?」
「うん、別にいいよ」
ひと気がない所で大事な話って、やっぱ告白なのかな? どっ、どうしよう?
「ここなら、誰も来ないよね?」
「うん、そうね。ところで、大事な話ってなに? 喜多村くん」
「じゃあ、言うね。僕、木下さんのこと、好きになっちゃったんだ。この気持ち、もう抑えることができなくって」
「えっ?」
「ゴメン。急にこんなこと言って、迷惑だった? 僕のこと、真剣に考えてくれないかな?」
「ごっ、ごめんなさい。今は、そうゆうの、考えられなくって。別に、喜多村くんがキライってわけじゃないんだけど、もう少し、時間をもらえない?」
「今、ここで、答えをもらえないかな?」
「今、わたし、少し頭が混乱してて、どうしたらいいのか、自分でもわからなくって。どう答えたらいいのか…」
「もうダメっ! 僕、ガマン出来ないよ、木下さん」
喜多村くんに、ガッチリと両肩を掴まれてしまった。
「えっ! どうしたの? 急に…」
「ねぇ、キス、してもいい?」
「そんなこと、急に言わないでよぉー、喜多村くん。わたし、まだ、なにも答えてないよ? それに、まだ心の準備どころか、今、頭ん中、パニックっちゃってるのにぃー」
「ゴメン、自分でもこの気持ち、もう止められないんだ。目、つぶってよ、木下さん」
わっ、喜多村くんの顔、近づいてきたっ!
「もうぉー、ダメだってばぁー。喜多村くん、ヤメテぇー!」
俺は、必死で抵抗しようとしたが…
ガバっ。
「ふぅーっ、夢かっ。よかったぁー」
昨日、喜多村くんとあんなことがあったから、こんなヘンな夢、見たってこと? しっかし、あんな夢見るってことは、もしかして… 俺にそうゆう願望があるわけ?
うーん。冷静に考えてみると、女の子である以上、いずれ、そうゆうシチュエーションも出てくるわけで、避けられない問題なんだよなぁー。今、真剣に悩んでみたところで、答え出ないし、ホントにそん時にならなきゃ、どうすればいいのかなんて、わかんない。
「ところで、今、何時? って、まだ5時じゃん、寝よっ」
「ふぁーっ、ねむっ」
あんな夢みちゃったもんだから、結局、あの後中々寝付けなかった。
カチャ。
「あれっ、おねぇちゃん、今日は起きてたんだ?」
「うん、まあ、たまにはね」
「もしかして、寝られなかったの?」
「えっ? なんでわかったの? 麻弥」
「だって、少し目が赤いよ? あっ、恋患い、しちゃったからでしょ?」
「そっ、そんなことないよ」
「ウソっ、おねぇちゃんの表情、恋する乙女って感じだもん」
「えっ? そうなの?」
「うん。後で、鏡で確かめてみたら?」
麻弥に言われたことが気になり、洗面所で顔を洗った後、マジマジと自分の顔を見つめてみた。
「うーん。特に、何も変わってないと思うんだけどなぁー」
さては、麻弥、俺をからかっただけだな? ったく、麻弥の言葉を真に受ける俺って、ホント、単純バカだよね。この調子じゃあ、そのうち、イタイ目に遭うかも。麻弥だからいいものの、ちょっとは、人を疑うってことも、覚えなきゃ。
皆で朝食をとっていると、ママが突然切り出す。
「ねぇ、真結花、最近、学校で何かいい事でもあったの? 真結花が学校を休み出した頃から、少し元気が無さそうだったし、ママ、ずっと心配してたの」
「へっ?」
「だって、なんか朝から顔がニヤけてるわよ。それに、麻弥までニヤニヤしちゃって。二人共、いったいどうしちゃったの?」
「ママ、それは、ヒ・ミ・ツ。だよねぇ~、おねぇーちゃん?」
「うっ、うん」
「ふふっーん、そういうことね? ママ、うれしいわ。真結花って、奥手だったから心配してたのよね」
「わっ! もう即効でバレちゃったよ、おねぇちゃん。ママってやっぱ、鋭いっ!」
「だって、あなた達のママですもの」
「もぉー。麻弥が余計なひとこと、言うからでしょ? そんなの、誰だってわかるわよ。もう、ママの前で恥ずかしいじゃない」
「麻弥、その子、どんな子なの? 真結花の彼氏って? 鮎美ちゃんが言ってた、友田くん?」
「うぅうん、違うよ。喜多村くんっていうの。それはもう、麻弥が一目惚れしちゃうぐらい。似てるってわけじゃないけど、タイプ的には内田駿次ぽいかなぁー。背が高くて、爽やかなイケメンで、カッコ良くて、スゴク紳士的な人だったわ」
内田駿次って、何でまたその名前が出てくるわけ? 運命のイタズラってヤツなのか?
「そう、それは、ぜひママも一度会ってみたいわね。楽しみが出来たわ」
「もぉー、ママも麻弥も、彼氏じゃないって、今は、ただの友達だからね」
「おねぇちゃん、『今は』って言ったよね。じゃあ、彼氏候補には間違いないんだ?」
「えっ! それは、その… あの… 何ていうか… えっと…」
「あっ! おねぇちゃんの顔、スッゴク赤くなってる。カワイイ…」
「まあ、まあ、この話はそれくらいでお開きにして、早く支度しないと、学校遅れるわよ、二人共」
「はぁ~い、ママ。おねぇちゃんも、そうやって、いつまでも赤くなってないでさぁ、早く学校へ行く支度しなきゃ」
「うっ、うん」
いつものように、途中で麻弥と別れ、鮎美ちゃんと一緒に通学していると、
「ねぇ、真結花、何か良い事、あったわけ?」
「えっ? なんで?」
「だって、いつもと雰囲気が違って、顔がニヤけてるし、学校に行くのが何だか楽しそうなんだもん。それに、麻弥ちゃんまでニヤニヤしてたじゃない」
わっ! 鮎美ちゃんにまでママと同じこと、言われちゃった。どっ、どうしよう、黙っていた方がいいのかな?
「うん、ちょっとね」
どうせバレるだろうけど、今は適当に誤魔化しておく。
「んっ? ナニナニ、真結花。コソコソと、親友に、なに隠し事してるワケ?」
鮎美ちゃんが、“言いなさいよ!”とばかりに肘で突いてくる。
「うーん、今言うのはちょっと、恥ずかしいかなって」
「さては、はっはーん? あの真結花がねぇー、成長したわねぇー。ようやく、お目覚めになったって、ことかしら?」
鮎美ちゃんの言わんとすることはわかる、もう即効でバレてるしぃ。
「やっぱ、鮎美ちゃんには、お見通しってわけね。ほんと隠し事って、できないなぁー、わたしって」
「でっ、その愛しの相手は、いったい誰なわけ?」
いきなり、核心を付いてくる鮎美ちゃん。
「えっと、それは、その…」
のど元まで名前が出て来ていたが、思い留まって、言い淀んでしまった。
「どうせバレちゃうんだから、今のうちにゲロッてスッキリしようよ、ねっ?」
「ねぇ、鮎美ちゃんには、彼氏がいるの?」
「うん、もちろん。中学時代のテニス部の一つ年上の先輩で、望月海晴くんっていうの。私が中二のバレンタインデーに告ってからの付き合いだから、もうかれこれ、2年は付き合っているのかな?」
「へえっー、そうなんだ? 今は学校が違うの?」
「うん。じゃあ、はいっ! 私の彼氏の事、言ってあげたんだから、今度は真結花の番ね?」
「えっと、彼氏なんていう関係には程遠くて、その、ただ、気になる男の子っていうか…」
「もうー、じれったいわねぇー、ハッキリ言いなさいっ!」
「うん、喜多村泰介くんのことが、ちょっと、気になり出して…」
「ふぅーん、喜多村泰介くんかぁー、意外や意外、真結花って、結構見る目あるわね。あの子なら真結花を任せられると思うわ、割としっかりしているようだし。正直なところ、あの頼りなさげな友田くんと真結花がくっついたら、どうしょうかな? って思ってから。でっ、もう告ったわけ?」
「えっと、わたしにも、自分の気持ちがよくわかんなくて。今は、そうゆう気持ちにはなれないんだけど…」
「もぉー、そうやって指くわえて、じっと待ってるだけじゃあ、他のコに取られちゃうわよ! あの子、クラスでも女の子の間では結構人気あるんだからね!」
「えっ? そうなの?」
「ホント、真結花って、そうゆうことに疎いというか、純情というか… これは先手必勝だわっ!」
鮎美ちゃんが、何やら考え込んでいる。
「鮎美ちゃん? いったい、なに考えているの?」
「まぁ、私に任せてって。お節介は承知の上よ。私が動かないと真結花って、奥手でほんとダメなんだから。この恋、必ず実らせてあげるわ!」
あのぉー、そんなにハリきってもらわなくてもいいんですけど… 鮎美ちゃん。
「鮎美ちゃん? 実は、そのぉー、試験明けの日曜日に、もう会う約束はしちゃったんだけど」
「えっ! そうなの? 真結花してはやるじゃない、じゃあ、私の出る幕はなさそうね?」
「うん」
「私も真結花と喜多村くんのこと、陰ながら応援するから、悩んだり、困ったりしたら、いつでも相談するのよ」
「うん、ありがとう」
そう言って、ホントによかったのだろうか? まだ自分でも、自分の気持ちがよくわからないんだけど…
教室に入って早々、いきなり喜多村くんと目が合ってしまった。
「おはよう、木下さん」
「おっ、おはよう、喜多村くん」
うっ、明らかに喜多村くんのこと、意識しちゃってる。なに? このドキドキ感は? やっぱ、俺って“恋”しちゃってる、ワケ? うあぁーっ、自分で言ってて、めっちゃ恥ずかしいー。もう、恥ずかしすぎて、どこかに隠れたいって気分。
あっ、鮎美ちゃんが喜多村くんのところに…
「喜多村くん、ちょっとだけいい?」
「結城さん? どうかしたの?」
鮎美ちゃんが喜多村くんを連れて、教室を出て行ってしまった。
さっきは、影ながら応援するって言ってたのに… もう、早速お節介のようだけど。
「あのさぁー、喜多村くんって、真結花のこと、どう思っているの?」
「えっ? どうって?」
「だから、真結花のこと、本気で好きなのかってこと!」
「えっ! どうして結城さんがそのこと、知ってるの? 僕、友田以外には誰にも言ってないよ?」
「そんなの、真結花の様子を見ればわかるわよ。どうせ、まだ告ってないと思っていたわ。もう、グズグズしてんだから。真結花は喜多村くんの事が好きなのよ! ホント、鈍いわねぇー。真結花を見て、そんなこともわからないわけ? 男なら、ちゃちゃと、告っちゃいなさいよ!」
「えっ? 木下さんも、やっぱ僕のことが好きなの? もしかして、両想い? それは、僕も願ったり叶ったりだよ。実は、今度会う約束をした試験明けの日曜日にでも、告白しようって、心に決めてたから」
「そう、それならいいわ。でも、浮気や二股掛けたりして、真結花を泣かせるようなマネしたら、私が許さないからね!」
「そんなことしないって、僕って、こう見えても一途なんだから」
「じゃあ、試験明けの日曜日、ちゃんと、喜多村くんの方から告ってよ!」
「うん、わかってるって」
やったぁー。結城鮎美の鉄壁な守りを、僕は突破したぞ。後は、ゴールを決めるだけだ!
この決定的なチャンスにゴールを外したら、ボクってホント、バカ。絶対にバシッと決めてやるからな!
友田、お前にはホント悪いけど、恋愛もスポーツと同じで、勝負事だからな。これは譲れない。
「鮎美ちゃん? さっき、喜多村くんと、なに話してたの?」
「んっ? 余計なお節介って、思ってる? まあ、念押ししておいたから、頑張るのよ!」
「うっ、うん」
鮎美ちゃんってホント、行動力あるよ。今の彼氏にも自分から告っちゃうし、それに比べたら、わたしって、ほんとダメよだよね。
えっ!、今、心の中で自分のこと、一瞬、“俺”じゃなくて、自然と“わたし”って思っちゃった? これって、恋なんかしちゃったもんだから、やっぱ、心が女の子になってきてるんじゃないの? “俺”って、真結花の中で消えちゃう運命なのかな? そう思うと少し、不安ではあった。
とまどいつつも、女の子として、喜多村くんを意識するようになった真結花。
彼女は、心の中の“俺”と、どう折り合いをつけていくのでしょうか?
次回につづく。