#16:気持ちは女の子?(前篇)
昨日の美術の時間、押しの強い戸田先生に、半ばゴーインに美術部に入部させられたわけだけど、顔ぐらいは出しておいた方がいいかなって思い、放課後、挨拶がてらに美術部に寄ってみることにした。まっ、戸田先生は、俺の腕を買って美術部に誘ってくれたわけだし、挨拶ぐらいはしとかないとね。
ふつー、試験前1週間と試験期間の部活動は、原則自粛ってことらしいけど、運動部は直前の重要な試合、文化部は何か直前のイベントがある場合のみ、多少の活動が許されているらしい。
昨日の戸田先生の話によれば、今日、美術部は活動してるとのことだった。
鮎美ちゃんはテニス部所属だし、試験前で部活が休みってことで、珍しく? 勉強するからと言って早々に帰宅しちゃった。勉強するっていうのは、ホントかどうかはアヤシイけど。
杏菜ちゃんは、杏菜ちゃんで、相変わらずのゴーインにマイウェイだし、試験勉強なんて関係無いさ! っといった感じで、漫画・小説同好会(いちおう文化部の扱いらしい)のメンバー集会に行っちゃったし、美術部の肩書(幽霊部員らしい)を持つ智絵ちゃんと、美術部に入りたいと言ってた莉沙子ちゃんは、何か用事があるらしく、そそくさと先に帰ってしまった。
「ったく、みんな、つれないよねぇー。まっ、たまにはひとりも、いっか」
そんなひとりごとを呟きつつ、教室を出ようとすると、
「げっ、ヤバっ!」
向こうから、以前、俺に絡んで来た、少し不良っぽい感じの女の子が歩いて来るのが見えた。
そうだ! そこのトイレに駆け込んで、やり過ごせばいいじゃん。
そう思った俺は、彼女に気付かないフリをしつつ、トイレに逃げ込んだ。
「ふぅーっ」
個室に入ると、思わず安堵の溜息が出た。
ヤバかったぁー。こないだは、ワケもわからず、彼女を怒らせちゃった。今、彼女と顔を合わせるのはマズイよ。まだ怒ってたらイヤだし。ちょっと時間を見計らってからココ、出た方がいいよな。
ほんと、彼女のこと、すっかり忘れてた。自分のことで手一杯だったし、他人のこと、考えてる余裕もなかったんだ。今度彼女と出くわす前には、ちゃんと彼女のこと、調べとかなきゃ。
それにしても彼女、俺のこと、何か恨んでいる様子だったよね。後々のこと考えると、この問題も早いとこ片づけちゃって、スッキリさせておいた方が、精神的にもラクになるんだけど。
ただ、今日は用事もあることだし、関わるのもめんどくさいから、このまま、やり過ごして逃げちゃえ。別に、彼女が俺に何か危害を加えたり、イジメたりして来ているわけじゃないし、今、わざわざ時間を割いてまで、この問題に、足を突っ込む必要もないよね。
「あれっ?」
さっきトイレに入ったコって、真結花様、だよね?
そういえば真結花様って、最近、全然見かけなかったんだよねぇー。
どうしてたんだろ? ガッコ、暫く休んでた?
まぁ、そんなことはこの際、どうでもいいわっ。ふふっ、これは絶好のチャンス! 今日こそは、真結花様とちゃんと話し合って、仲直りしなきゃ。よしっ! 偶然を装って、トイレから真結花様が出て来たところ、背後から狙い撃ちよっ! うん、この作戦でいこっ!
もういっかな? そう思った俺は、トイレに後から入って来た他のコに、不審な行動に思われないようにトイレの水を流し、個室から出て手を洗った後、鏡の前で髪型を気にするフリをしつつ、できるだけ時間を稼いだ。そして、トイレから出た瞬間、
「真結花さん、待って!」
「えっ?」
俺は、驚きつつ、振り向くと、そこにはやり過ごしたはず! と思ってた例の彼女が駆け寄って来ていた。わっ、出たーっ! ってオバケじゃなんだから。大丈夫、気をしっかり持て、俺。
「この前のこと、ごめんなさい真結花さん。私、つい、キレたりしちゃって。もしよかったら、この後少しだけ、時間もらえないかなぁ? 真結花さんと、少しお話がしたいの」
「あぁ、こないだのこと? 気にしなくてもいいよ。わたしは大丈夫だから。ゴメン、ちょっと今、用事があって急いでいるから。その話はまた今度ってことで。じゃあねっ!」
そう彼女に一方的に告げると、俺は、猛ダッシュでその場を離れた。
「あっ、待ってくださ~い。真結花さ~ん」
俺は彼女の声をムシし、そのまま走り続けた。
「はぁー、はぁー」
どうやら、彼女の追撃をかわすことができたようだ。
自分でも、なぜだかよくわかないのだが、彼女がどうも苦手っていう意識が働く。
もしかしたら、彼女に対して、何かトラウマでもあるのかなぁー、俺って。
それにしても、彼女、この前とずいぶん態度が違ってたよね。ちょっと、拍子抜けしちゃった。
彼女のこと、そんなに、気にする程のことでもないのかなぁー。
「ああん、もうぉー、せっかくのチャンスだったのにぃー」
でも、いっか。真結花様、『気にしなくてもいいよ』って言ってたから、もしかして、少し許してもらえたのかな? 真結花様との関係修復に向けて、これは少し明るい兆しよねぇー。
ふふっ、今日は思わぬうれしい誤算だったけど、どのみち、あの作戦は実行するつもりだったし、次のステップへの前フリとしては、これでもいいかなっ。よしっ! 決めたっ! 試験明け、次の作戦実行よっ!
ガラッ。
美術部の部室を覗くと、たぶん部長なのかな? って思われた、メガネの似合う、少し真面目そうな感じの上級生っぽい男子生徒が、椅子に座った三つ編みの可愛らしい感じの女子生徒をモデルに、油絵を描いている最中だった。
「こんにちは、木下真結花といいます。美術部の見学に来ました」
「あぁ、戸田先生から聞いていた新入部員の人だね」
彼は絵を描く手を止めて、振り向いてそう言った。
「はい、そうです」
「あっ、僕は、二年生の沢村憲吾、モデルの子が、同じく二年生の横山千沙さん」
「はじめまして、よろしくおねがいします。沢村先輩、横山先輩」
「よろしく。歓迎するよ」
どうぞっていう風に手を差し出して、沢村先輩は、俺に部屋の奥に入るよう指示した。
「こちらこそ、よろしく。木下さん」
横山先輩は、ポーズを崩し、わざわざ椅子から立ち上がって挨拶してくれた。
「へぇー、沢村先輩って、やっぱ絵が上手なんですね」
「今度、美術館で行われる学生や一般を対象にした展覧会用の作品なんだ」
「そうなんですか、横山先輩は、絵を描かないの?」
「絵は私も描くんだけど、今は沢村君のモデルやってるの」
「もしかして、部員って、二人だけなんですか?」
「いや、試験前だし、原則、部活は自粛だからね。僕の場合、部活休んでると作品の出品締め切りに間に合いそうになくてね。それで、こうして横山さんにも協力してもらって、二人だけで細々と部活に出てるってわけさ。今は、三年生の先輩に二人、二年の僕達二人他にあと一人、一年生に二人の七人だったんだけど、今日、一年生の木下さんともう一人が入るって戸田先生に聞いてたから、全員で九人になるのかな」
「えっ? 意外と、少ないんですね」
そう言うと横山先輩は、
「そうなのよねぇー。本当は三年生の先輩と、二年生にも何人か居たんだけど、受験や就職に専念したいからって、退部しちゃったのよね。うちの学校って、進学校でもないんだけどねぇー。そもそも、うちの学校って、部活もそれほど活発じゃないし、文化部ならなおさらね」
「そうなんですか。それで戸田先生、勧誘が強引だったわけですね?」
「そうか、戸田先生ならそうだろうな。でも、絵は好きだから入部したんでしょ?」
「えぇ、まぁ。美術の時間に絵を描いてたら、楽しそうだなって思って」
「木下さん、だったら、さっそく私をモデルに絵を描いてみない?」
「えっ? いいんですか、沢村先輩と横山先輩のお邪魔して」
「えぇ、いいわよ。そこに紙と鉛筆、木炭はあるから」
あっ、しまった! 時間、完全に忘れてた。
そう、時間を忘れて絵を描くことに没頭してしまってた。
気が付くと、もう随分と日が落ちて、窓の外も薄暗くなり始めていた。
「沢村先輩、横山先輩、余り遅くなると親が心配するので、今日はこの辺で帰ります」
「あぁ、いいよ。基本的に時間は自由だから。いつ来ても、いつ帰ってもいいよ。木下さんの言うように、女の子は帰宅が遅いと親も心配するからね」
「それじゃあ、失礼します」
「またね、木下さん」
横山先輩は、椅子に座ったまま手を上げて挨拶を返してくれた。
沢村先輩と横山先輩かぁー。気さくで、いい人達だったな。それにしても、あの二人が真剣に見つめ合ってる姿を見てると、ちょっと恥ずかしかったな。試験前だし、いくらモデルだからって、ふつー、女の子があそこまで協力するものなのかなぁ。何となくイイ雰囲気だったし、お似合いな二人って感じ? あの二人、もしかしてデキてる? ちょっと、お邪魔虫だったかも。
おっと、そんなこと考えてないで、早く帰んなきゃ。ただでさえ、最近、色々とママに心配ばっか掛けているのに。帰宅が遅いと、また要らない心配掛けてしまうよ。
校庭に出ると、誰かが、グラウンドのゴールマウスに向かって、シュート練習している姿が目に入った。
あれっ? 誰だろう? こんな時間に。試験前なのに、運動部の部活はみんな、休みじゃないの?
あっ! もしかして、あれは喜多村泰祐くん?
へぇー、部活は休みなのに、こんな遅くまで一人でシュート練習なんかしてるんだ?
見た目は爽やかなイケメンなんだけど、結構、頑張り屋さんなんだ。
でも、なんでまた、制服のままで?
んっ? どうしたんだろう? 俺? なんだか急に胸が息苦しいような、締め付けられるような妙な感じが… 気のせい?
「木下さーん」
あっ! 見つかっちゃった。喜多村くん、こっちに向かってくるよ。
さっきから、何だかふわふわと妙な気分だったし、そのまま、帰ろうって思ってたのにぃ。
「木下さん、こんな遅くまでどうしたの?」
「えっと、今さっきまで部活の見学だったの」
「そういえば、木下さんって美術の時間、戸田先生に美術部に入らないかって、誘われていたよね」
「そう、いちおう、美術部に所属することになったんだけど、準美術部員って感じで、ずっとじゃないんだぁー」
「へぇー、そうなんだ?」
「喜多村くんは、遅くまで一人で自主練習なの? 部活はお休みなのに、しかも制服のままで?」
「あぁ、ホントはダメなんだけど、さっきまで、図書室で勉強しててさぁー、息抜きにこっそりとね。
それと、もうすぐ大会が近いし、レギュラー狙ってるから、ゴール感覚が鈍らないようにってね」
「一年生なのに、もうレギュラーってスゴイねっ!」
「いやぁ、まだレギュラー候補で、レギュラーってなわけじゃないんだけどね」
「でも、一年生なのに、スゴイと思う」
「そんなことないさ、サブでも入れたらラッキー! って思ってるから」
「ポジションってどこなの? 喜多村くんの」
「いちおう、フォワード扱いだけど、中盤も出来るよ」
「へぇーっ、今度、教えてもらおっかな?」
なっ、何に勝手に変なこと、口走っているわけ? 俺って。
「木下さんって、確か地元のサッカークラブでサッカーやってるんだって?」
「うん、そうなんだけど、あの事故以来、全く練習には行ってないの」
「そうなんだ? そうだ、ちょっとボール蹴ってみる?」
「うっ、うん」
あっ、またまた、何言ってんだか。俺ってホント、大丈夫か? 場の雰囲気に流されちゃってさぁ。
しかも、妙に、ワクワクしてるしぃ。いったい、どうしちゃったって、いうわけ?
「じゃあ、こっちに来て」
喜多村くんは、無意識なのだろうか? 俺の左手首を軽く掴むと、そのまま手を引いて、ゴールマウス前まで連れて来てくれた。
うわっ! 初めて男の子なんかに手を掴まれちゃったよ。でも、不思議と、ヤナ感じはしなかった。
どうしよう、なんかドキドキしてる。今日の俺って、やっぱおかしいのかな? ヤバいかも。
「そのスカートじゃあ、蹴りにくいかもしれないけど、軽くゴール向かって蹴ってみてよ」
喜多村くんはそう言うと、ペナルティーエリアにボールを置いてくれた。
俺は、右足で軽くぽんっと、ボールをすくい上げるように蹴ってみた。
ボールは綺麗な弧を描き、クロスバー(ゴールマウスの上側)に当たるか当たらないかのギリギリな感じでゴールに吸い込まれていった。これって、以前公園でボール蹴った感覚と同じだ…
「えっ? 凄ぉ―い、今のループシュート」
「えっ? 今の、凄いの?」
「うん、凄いよ、今のは難しいよ。クロスバーギリギリ狙うなんて、蹴る距離を正確に掴んでないとゴールに入らないもん」
「ホントにぃ?」
「あぁ、ホントだよ。少しづづ、リハビリ練習しながら、サッカークラブへ復帰してみたらどうだい?」
「うーん、今はまだちょっとねぇー。まだ、サッカークラブへの復帰の気持ちが全然準備出来てないというか、ちゃんと出来るのかなって、わたしの中では不安で…」
「そうなんだ? まぁ、あんな事故があったことだし、暫く休んでたしね。でも、もったいないなー、もし僕で良かったらサッカーのリハビリ練習に協力するよ、土日でよければ?」
「えっ? いいの? せっかくの土日なのに、なんだか悪いし」
こらぁーっ! また何を言ってるんだ、俺って… ホントに、どうかしてるよ。
心が、勝手に、そう言えって暴走してるよ。
「いいって、いいって、ちょうど土日の練習相手が欲しかったんだ」
「喜多村くんって、土日も練習してるの? スゴイ努力家だね」
「いやぁ、そんな事ないよ。土日の練習って言っても、部活のようなハードな練習しているわけじゃなくて、基礎的な体力作りのためのランニングとか、筋力トレーニングとか、公園で軽くボール蹴ったりとか、暇な時や空いている時間見つけて細々とやってるだけさ、中学生の頃から続けているから、もう日常生活のひとつみたいなものかな」
「へぇー、スゴイんだ? 喜多村くんって」
「そんなことないって、俺より努力しているヤツはいくらでもいるよ」
「友田くんも、そうなの?」
「あぁ。あいつも結構努力家かな? でも、基礎的な練習は余り好きじゃないみたいだけどさ」
「ふぅーん。見かけによらず、頑張ってんだ?」
「友田のこと、気になるの? 木下さんは」
「えっ? 何て言ったらいいのかな? えっと、事故前までは、友田君と普通に仲がよかったよって、鮎美ちゃんから聞いてたの。でも、わたしに以前の記憶が無かったり、事故後も二週間も学校休んだりして、最近は友田君とも何だか話す機会も無いし、疎遠みたいだからさぁ、何かムシしてるみたいで悪いかなって、思っちゃって」
「まぁ、友田もその辺は少し気にしているみたいだけど、木下さんに気を使って、遠慮しているんだと思うよ。木下さんも、色々と大変だったんだろう? 木下さんがそのことで余り気にすることはないさ。
木下さんが、サッカーに復帰したら、自然とサッカーの話題で、元のように仲好くなれるんじゃあないかな?」
「喜多村くん、色々と気に掛けてくれて、ありがとう」
「いやぁ、そんなことないさ。ところで、さっきのリハビリ練習のことなんだけど、今度の土曜日はどう?」
「えっと、今度の土曜日はちょっと別の予定が入っていて」
「そう、じゃあ、日曜日だったらいい?」
「でも、試験前だし、試験が終わった次の週ならいいよ」
しまった、ボクって、ちょっと焦り過ぎ。
「あぁ、それも、そうだよね。来週、試験があるのに、そんな事してる場合じゃないよね? じゃあ、来週の試験が終わったら、練習する日時連絡するから、メルアドと電話番号を交換しようよ。その前にちょっと待ってて、ボールだけ返してくるから」
「うん」
やったぁー! 木下さんのメルアドと電話番号ゲット! しかも、一緒に練習する約束まで取り付けた。友田よ、悪いけど、僕が先に一歩リードだからな! この偶然訪れた、絶好のチャンスを、見逃さない手はない。
あっちゃー、やっちゃった。
ちょっと、軽はずみな行動だった? 女の子が好きでもない男の子に、そう簡単に、メルアドと電話番号なんか教えちゃってもいいのかなぁー。
えっ? もしかして、俺って喜多村くんのことが好きなの? まっさかぁー。そんなこと、あるわけない。単なる男友達だよ。そう、だからメルアドと電話番号ぐらい、教えてもいいじゃん。何も取って食われるってわけじゃないんだし。
結局、喜多村くんとメルアドと電話番号を交換し、最近物騒だし、女の子を一人で帰すわけにはいかないということで、降りる駅が違うっていうのに、わざわざ自宅まで送ってもらうことになった。
どうやら、恋心に目覚め始めた様子の真結花。
彼女自身は、それに気付いているのでしょうか?
次回につづく。