#12:俺は、何者だ?
学校で倒れてしまった真結花。
この出来事の意味すること、そして、これからの真結花に与える影響とは…
学校で高熱を出して倒れた次の日、ママは俺を精神科に連れて行き、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された俺は、薬を処方されて帰宅した。
あの事故以降、俺の心の中では一度に色んな事があり過ぎて、心が休まる暇も無く、
知らず知らずのうちに、俺の心は破裂寸前の過度のストレスを抱え込んでいたらしい。
暫く自宅療養ということで、学校を休む事になってしまったが、いつまで休んだらいいのか?
お医者さんの判断に任せるしかないようだった。
でも、いつまでも学校を休んでいたら、授業には遅れるし、ママが言ってた
“うつ”や“引きこもり”に本当になっちゃうかも? そうゆう不安や恐怖が、俺を襲った。
ママは、俺の為に仕事を何日か休んだり、仕事を出来る限り早く切り上げたりしてる。
ママにそういった迷惑を掛けていることもストレスに感じ、俺を苦しめる一つの要因になってた。
俺なんて、誰の役にも立ってないし、こんなにも周りに迷惑を掛けて、
俺に、生きる理由や意味が、本当にあるのだろうか?
こうやって、今は生きているけど、あの事故で、一度は死んでいるのと同じこと。
体が変わったといえ、生きていることさえ奇跡なんだから。
だったら、このまま、“俺”なんて、消えて無くなっちゃっても誰も困らない。
そう思うことさえあった。
この、自分では、どうにも出来ない、もどかしい気持ちから逃れたい。
家の中に閉じこもっていると、そんなネガティブなことばかり考えるようになってしまった。
鮎美ちゃんが言ってたように、学校を休んでいると、
やっぱ、ロクでもないなって、つくづく思い知らされた。
一度、こういったネガティブな精神状態にはまり込むと、自分の力だけでは、中々抜け出せないんだ。
たぶん、“うつ” や “引きこもり”の始まりって、こういった出来事がきっかけなのかもしれない。
でも、幸いにも、俺の周りには、救いの手を差し伸べてくれる優しい人達がいて、
そういった人達の存在によって、“うつ” や “引きこもり”にならなくて済んだのかもしれない。
俺が学校を休んでいる間、授業に遅れないようにと、毎日学校帰りに鮎美ちゃんは、自分のノートのコピーを自宅まで届けてくれたり、麻弥や鮎美ちゃんは、学校での出来事を毎日話してくれたりと、常に話し相手になってくれて、俺が精神的に落ち込まないように、色々と気を使ってくれていた。
又、メールの返事をすっかり忘れていた、同じサッカークラブに所属する里子ちゃんからも、俺が音信不通な事を心配して連絡があり、今の俺の状況を説明すると、励ましの電話やメールをくれた。
俺は、この人達に、本当に感謝しなければならない。
元気をもらったり、色々と助けてもらってたりと、この人達からの一方通行の好意をもらってばかりで、その好意に対して、俺は、何も返してあげられなくて、もどかしくて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
いつか、何かの形で、恩返ししないといけないよね。
普通の人なら、何所かに出かけたりして、家族や友人達と楽しく過ごすはずのGWも、俺は自宅療養ってことで、気分転換に愛犬yukiと散歩に行く以外は、殆ど家の中でボケーと過ごすことになり、あっという間に過ぎてしまった。
あれから、何日経ったのだろうか?
夕方、気分を変えて、いつもと違うルートでyukiと散歩していると、
どこかで見覚えがあるような公園が見えてきた。
これって、もしかして、以前、夢の中に出てきた幼いまゆかとパパが、
サッカーして遊んでた公園じゃないのかな?
でも、ハッキリとは覚えていないし、違うような気もするけど…
公園に近付くと、小学生低学年と思われる数人の子供達がキャキャと叫びながらサッカーボールで楽しく遊んでいた。
なんか楽しそう。
思わず小走りで近づき、少し離れた場所からその子供達の様子を見ていると、その中に一人だけいる、髪の長い子に自然と目がいく。
その女の子が一人、男の子達の中に混じって、サッカーボールを追いかけている姿を見て、
どこかで見たような光景だなぁ~とぼんやり見つめていた。
すると、
「どこ蹴ってんだよ~」
一人の男の子がそう言った瞬間、サッカーボールがこっちに向かって転がって来た。
「あっ! そこのおねーちゃん、ボール取ってぇ~」
「うん、わかったー」
俺は、そう答えると、yukiのリードを引っ張って、リードを左手に持ち替えながら、yukiを自分の左側に寄せると、ボールを取りに来た男の子に向かって、転がって来たボールを右足ですくい上げるようにポンっと、軽く蹴った。
ボールはゆるやかな弧を描き、ボールを取りに来た男の子の胸にふわっと収まるように落ちていった。
男の子は、返ってきたボールを胸でトラップし、ボールを地面に落とすと、
「ありがとー、おねーちゃん。おねーちゃんって、キックが上手いんだね!」
そう言って、男の子は皆の所へ戻っていった。
今の、俺は全く意識せずに、ただボールを軽く蹴っただけなのに…
この体に、サッカーが染み付いているってことなのかな?
そんな事を考えつつ、公園を後にし、yukiと共に帰宅した。
帰宅後、俺は、以前から心の中でもやもやしていたことが急に気になりだして、
これから、前向きに生きる為にも、この際、気持ちをスッキリと整理させておく必要があると強く感じ、思い切って、ママに切り出してみた。
「ねぇ、ママ。もう随分と日が経ってしまって、今更なんだけど、事故でわたしを助けてくれた人のご遺族に、会わなくてもよかったの?」
「えっ? 何のこと? 真結花」
「えっ? だから、その、事故でわたしを助けてくれた人って、亡くなったんじゃないの?」
「それって、どういうことかしら?」
「ママ。あの事故って、わたしが、立ったまま居眠りしてて、駅のプラットホームから転落しそうになって、若い男性に助けられたんじゃないの?」
「えっ? いったい、何の話をしてるの? 真結花」
「どうゆうこと? ママ」
「どうゆうことって、真結花。それは、こっちが聞きたいことだわ。いったい、どうしちゃったの?」
「あの事故のこと、詳しく教えてくれない? ママ」
「ん~。これは、本当は、真結花には言いたくなかったの。事故直後、真結花の精神状態は不安定だったし、変な精神的ショックを受けないかと、凄く心配してたから。いつか、真結花の方から聞いてくるまで、言わないでおこうって、決めてたの。でも、今、こうやって、真結花の方から聞いてきたわけだから、仕方ないわね。これは、後から警察の方から聞いた話しなんだけど、あの事故は、電車から降りた真結花の背後から、急いでいた男性が体をぶつけたということらしいの。それで、真結花が勢いよく前に倒れたって。その男性は、倒れた真結花を無視して、そのまま人混みに紛れて改札口を出ていったってことなの。酷い話よね。ちょうど、帰宅ラッシュの時間帯で、駅も混雑してたから、事故の相手を特定するのは、難しいって言われたわ」
「えっ? そうなの?」
「ええ、そうよ。事故のショックで、変な夢でも見てたんじゃないの?」
「う~ん。思い出せないなぁ」
「もぉー、無理して思い出さなくてもいいわよ! 今、思い出しただけでも、ママにとって、腹の立つ出来事なの!」
ママの顔は、少し怒っていた。
「ごめんなさい、ママ。蒸し返すようなこと、言っちゃって」
「もう終わった話よ。これっきりにして、忘れましょう。真結花が、こうして無事だったことだし、ママは、それだけでも十分神様に感謝しているわ」
「うん、わかったわ、ママ。あの事故のことについては、もう言わないし、忘れることにするから」
これ以上、ママに変な心配を掛けるのも悪い。
でも、心の中のもやもやは、晴れるどころか、謎めいたまま、
益々霧の奥深くに入り込んだような感じだった。
今日は、早めに就寝したわけだけど、夕方、ママに聞いたことが、
どうしても気になってしまって、中々寝付けない。
俺はベッドの上で、両腕で頭を抱え、冷静に今まで得た情報を整理してみた。
まず、ママの話によれば、俺が事故に遭ったのが、帰宅ラッシュの時間帯だって?
ということは、17時から20時前後ってことになるのだろうか?
じゃあ、事故の発生時刻は、俺の記憶にあった、終電間際の深夜じゃない?
それと、入院していた時に俺が見たニュースは、別の駅で起こった、自殺未遂事故だった?
あの時の俺は、凄く気が動転していたし、冷静さを欠いていた。
だから、自分の事故の事だと思い込んでしまったのだろうか?
今思えば、駅名までハッキリと覚えていない。
そう考えれば、次に病院で聞いた、急患で運ばれた若い男性患者の話も、
これも全く別の事故ってこと? それらの偶然や勘違いが重なって、
それを、あたかも自分の出来事であったように、思い込んでしまった?
いずれにしても、事故の相手はどこの誰だか知らないけど、生きていたってこと。
そして、その、どこの誰だか分からないその男性が、杏菜ちゃんの言っていた、
ドラマの主人公と偶然同じ名前の “おがた ゆうや”で、この俺になるわけ?
う~ん。この俺の本名が、ドラマの主人公と同じっていうのは、余りにも出来過ぎた話しだ。
イマイチ、ぴーんっとこないし、説得力に欠けるよなぁ~。
それに、ママの言っていた事故発生状況と、俺の記憶の中での事故発生状況が全く食い違う。
この相違点は、いったい、どう説明すればいいんだ?
じゃあ、“俺”という存在は、いったい何?
だったら、別の角度で、こうは考えられないだろうか?
ママの言っていた事故発生状況が、事実としよう。
そして、俺の記憶の中にある、あの事故は、夢の中の出来事であって、現実に起こったものではない。
更に、俺に、そのドラマの主人公に関する記憶があって、事故のショックで記憶が混乱し、
自分のことを、“おがた ゆうや”であると、脳の記憶回路に上書きしてしまったとか。
そもそも、人の魂の入れ替わり現象なんて、現実的に考えられない。
それとも、ママの言っていることが、事実じゃなくて、何か嘘をついている?
何か、事故に関する重大な秘密を隠しているとか。
どこぞの名探偵のように、情報を整理し、推理したところで、
どれも、何の根拠も裏付けもない仮説なわで、
”俺”の正体を導き出すだけの、決定的なものではなかった。
結局のところ、ほぼ間違いないと思われるのが、俺が入院していた時に見たニュースや、
急患で運ばれた若い男性患者の話は、偶然と、俺の、ただの勘違いだってこと。
そして、以前として、“俺が何者なのか?”っていう疑問だけが残ってしまった。
ホント、漫画や小説みたいな、名探偵と呼ばれる人がこの世にいたら、ぜひ依頼して、
この難題を解決してもらいたよ。
こんな疑問を心に抱いたまま、俺は、この先も悶々としなければいけないのだろうか…
これからも、心と体がバラバラのままで、“真結花”として生きなきゃいけないなんて、
正直、もう疲れたよ。
もし、本当にこの俺の魂が、この体と別人だとしたら、この体、本当の持ち主に返すから、
もうこのまま、“俺”という存在なんて、この世から消して欲しい。
そう思いたいぐらい、気持ちが凹んでしまった。
「はぁーっ。考えるの、もうや~めぇ~。ほんと、考え過ぎて疲れた。もう寝る!」
一晩眠れば、きっと、気分も落ち着くさ。
今、グダグダ考えたところで、答えは何も見つからない。
とにかく、明日はもう少し、前向きな気持ちになりたい。
そう思いつつ、眠りについた。
自分が何者なのか悩み、酷く落ち込んでしまった様子の真結花。
このまま、真結花は、立ち直ることができるのでしょうか?
次回につづく。