その青いカケラを見つけられるなら
以前、空と海は同じ色だった。
今の海は、前よりも青い。
空は――
「ずっと雲の色しか見てねえしな」
ひとりごちて、ゴキリと首を鳴らす。
頭の上に広がっているのは、果てのない雲海。いつだって暗い、地の底のようなところを、ずっと独りで彷徨い歩いている。
日の光は空が雲に覆われてからというもの、とんとご無沙汰している。それでも海が青いままなのは、微生物が異常繁殖しているからだ。その海も大半が雲へと姿を変えたおかげで、今では陸地の方が広いらしい。……それを知ったのは何百時間前のことだったか。
世界がこうなったのは、何処かの国が戦争のさなかに「切り札」を振りかざした結果だが、今となってはどうでもいい。事実として世界は青い空を失った。気持ち悪いくらい色鮮やかな海も、灰だのなんだので覆われた陸だって前のままじゃない。きっとこのまま全てが死に絶えるのだろう。
あるいは、もう。
「やれやれ」
歩きながら、乾いた笑いがこぼれた。
死なずにいるのは運が悪かったとしか言いようがない。かと言って自ら死ぬ理由も見当たらないまま、ずっとこうしている。
ウンザリする。している。
小さく息をついた時、チカリと目の端で光が見えた。
「……ふん」
久しぶりの「生きている」反応に、むしろ不機嫌な声が漏れた。
心臓の位置にまっすぐ当てられているレーザーポインター。急所を狙うそれのおかげで、覚悟の必要もなく終わったかと思ったのに。
「……点滅信号……」
残念ながら、その光はこちらを射抜く為のしるべではなかったようだ。
言葉を示す不規則な明滅。古ぼけた意思疎通の手段だが、発している相手はこちらにそれが通用すると認識しているらしい。
「敵意は無いってか」
溜息をついて、その光の出どころに近づく。崩れた瓦礫の山から光は発されていた。
いわく、戦はなし崩しに終わっており、お互いがどの陣営に属していようがもはや関係は無い。自分の損傷は激しいが、まだもつだろう。もし手を貸してくれるなら、そちらに利する形で「役目」は果たせるだろう、と。
「ほぉん」
出してくれと懇願するその光を無視するのは簡単だったが、あまりにも――あまりにも、自己を主張する他者を見るのは久しぶりだったから。
もう一度息をついて、瓦礫の山を崩すことにした。
引っ張り出したのは、人の形をしたロボットだった。というより、元は人の形だったと言う方が正しい。
まだ戦争が遠かった時代に開発され、地味だが堅実に改良を重ねながら様々な所で採用されていった、モノアイ以外はのっぺらぼうな全身銀色のヒューマノイド。
「後は……どんだけ動いてられるか、か。まともに直せる技術者も設備も、もう見つかんねえだろうが……」
「もしかしてエンジニアだったりする? 教えなくても直せるなんてすごいね」
「これ以上のことは出来ねえよ。てかお前、なんで俺に点滅信号使ったんだよ。理解出来る保証なんてなかっただろ」
「方法がそれしかなかったからだよ」
「まあ、そうだろうがな」
発声機能は死んでいないと主張してきたので出来る範囲で調整はしたものの、まともに話せるようになったソレはやたらとけたたましかった。
このロボットは本来こんな話し方をする代物ではない。これでは仕事中に騒ぐだけのガキだ。とはいえ、こうなったのも理解出来る惨状ではある。頭の部分が大きく欠けていて中身の機器が剥き出し、腕も片方取れかけていて、挙句の果てに下半身も無いときた。
「よくもまあ、この状態で動いてられるもんだな。スリープモードだったのか?」
「うーん、機能が停止しそうで怖かったからずっと起きてたよ」
「眠ることも感情もねえくせに」
「そう言った方が人間には理解しやすい、違う?」
「はいはい」
人のように感じる心は持っていない、制限付きの「考える力」を与えられたヒトモドキ。とはいえユーモアをそれと認識して言えるくらいには、目の前のコレは高性能のようだ。
それでも無機物であることに変わりはなく、だから瓦礫に埋もれていようが全壊に近かろうが「生きて」いられたわけで。
そこまで考えて、大きく溜息が出たのも仕方がない。
「それで。ここも全滅したのか?」
「そうだね。シェルターの用意は万全だったんだけど」
「そうか。逃げ込む暇もなかったか」
まあ、あの時世界を飛び交ったミサイルは、逃げる時間だけじゃなく逃げ先も与えてはくれなかっただろうが。世界中の情報を見たわけではないから、地域差はあるだろう。自分のように生き残っている人間もどこかにはいるかもしれない。それでも、ここに来るまでに見たのは破壊し尽くされた残骸だけだった。
こうして生きているのは本当に奇跡だ。いや、そんなものじゃない。悪運……それも違う。
「時間はあったよ」
「あ?」
「シェルターに逃げ込む時間はあったよ。計算上は」
「……計算通りにいかなかっただけだろ」
「私は伝えたよ」
むくれたようにソイツは言った。
「そーかい」
「あ」
ロボットは不意に口をつぐんだ。その目の奥でチカチカと繰り返される明滅はどこかチープだった。
「……なんかレトロだな。まあ、中身見えてりゃこんなもんか」
「もしかして竜巻かな。遠くで大きな石みたいなのがピョンピョン空に飛んでるよ」
「こっからは見えてねえが……逃げる必要は?」
「判断は私の仕事じゃない」
「はあ」
なるほど。
「そりゃ死ぬわ」
「そういう作りだもん」
「自覚してるのに黙ってた……いや、いいわ」
言ったところで返ってくる言葉なんて分かりきっている。実のところ、さっきの台詞だって分かっていた。
プログラムされた以上のことをしでかさないように。おそらくこのロボットは自分で判断してもいい位置にいたわけではない。だから人間に判断を求めて情報だけを投げてくる。
「……よし」
なら、判断するのはこちらの仕事だ。
「自然現象だろうが別な理由だろうが、死ぬ可能性があるなら接触は避けたい。だから、出来るだけ遠ざかる。まだ間に合うよな?」
「うん」
「お前、その様子ならレーダーは生きてるな? せっかくだし連れてくが文句はあるか?」
「あなたはレーダーを持っていないの?」
「あいにく、俺のはとっくに役に立たなくなっててね」
デカいレーダーではあるが、扱いさえきちんとすれば役に立つ。……会話をしたのがもう何百時間ぶりか忘れていたのがおそらくデカい。
ロボットの腕を掴んで引き上げる。どうせ痛みなど感じない相手だ。垂れ下がる邪魔なコードを遠慮なく引きちぎり、ブラブラしていた片腕ももぎ取った。
「だから道案内を頼む。そもそも手助けしてくれる前提で助けたんだしな」
「分かった」
そう、会話が成り立つ相手なんて。
人間同士でそれが出来たのなら、こんな世界になりはしなかっただろうに。
焚き火なんてするのはいつぶりだろう。
「休憩する時はいつも火を焚くの?」
「別に。なんとなくしたくなったからしてるだけだ」
そう答えはしたし間違ってもいないが、浮かれているのもたぶん事実だ。こんな風に滅多にしないことをして――まるで完全に人間だった時のように、闇を遠ざける真似をして。
この雲の下では昼と夜の境は分かりにくい。それでも体内の時計はまだ正確に時を刻んでいるはずで。
「ふうん。習慣じゃないなら、無闇に見つかるようなことはしない方がいいよ。何がいるか分からないし」
「知ってる。けど、今はお前がいるからな。なんかあったら知らせろよ。それくらいは出来るだろ」
「うん」
少しでも長く生きるつもりなら、危険は避けるに限るのも確かだ。最初のうちはそれでも警戒していたのだが、コイツに会うまで自力で動いているものを目にしなかったのも事実で。
「おなかは空かないの?」
「食わないわけじゃねえが、機械の部分が多くてね。まだ必要ねえよ」
「スキャンさせてもらってもいい?」
「どーぞ。機密なんぞ意味ねえだろ、もう」
そう、ただの人間だったなら、この環境で今まで生きてはいない。生きていると言っていいのかと問われれば、生体部分が有ることをもってそう言って差し支えはないと思っている。その生体部分の栄養を補うために必要な食事は、1日に携帯用の栄養ブロック数個と水が少しで事足りる。
「そこまでしっかりしたサイボーグは製造されてなかったはずだけど。データの参照はもう出来ないけど実験体?」
「へえ。お前がいたのは軍の施設だったのか?」
「そうだよ。機密の漏洩を問われることはもうないから言うけど」
「言い切るなよ」
なんだかおかしくて、つい笑みをこぼしてしまった。
それでも、今の台詞はこのロボットが確実に壊れていることを意味していた。この手の奴は、管理者の許可がない限りは開示禁止事項を他所に漏らすことなどありえないのだから。
「言ったよね、生きてる何かがセンサーに引っかかることは長いことなかったって。この惑星にはどれだけの生き物が残ってるんだろうね。この国は壊滅ぽいけど、他のとこはどうなってるんだろ」
「さあな。似たようなもんだろうよ。あいにく脳みそも自前でね、都合よく過去の記録の参照は出来ねえし、ネットワークに繋ぐことも出来やしねえんだ。まだネットワーク自体が生きてんのかは知らねえが」
「そうだね。世界的な通信網は全部ぶつぎられたままだから、新しい情報は自分自身で取得するしかないよ」
「だよな」
小さく息をついて、手にしたカップを口に運ぶ。入っているのは目の前の焚き火で沸かした湯だ。舌自体は以前のままだが、カップを持つ手は機械のパーツで出来ている。こうしてスムーズに動かせるようになるためにどれだけ訓練したことか。
「お前は、自分とこが爆撃されてからどれだけ時間が経ったのか、正確に分かるのか?」
「どうだろ。正確かと言われるとちょっと分からないかな。記録が途切れてる部分があるから」
「そうか」
「あなたは? 1人になってからどれだけ経ったの?」
「俺は、自分で数えるのはだいぶ前にやめちまってんだ」
湯を口に含む。熱い水は喉を滑り落ちる間に冷却されて、リサイクルタンクに溜まる。幸いなことに、この身体はサバイバルに向いているのだ。むしろクソッタレだが。
「どうしてサイボーグになったの?」
「徴兵された後に、サイボーグ開発のモルモットに選ばれただけさ。そん時に色々と技術も習得させられたんでね、お前の発声機能を直せたのはそのおかげってとこだ」
「ふうん。その構造でもピンピンしてるところを見ると、無事に元気なサイボーグになったんだね」
「ふん」
鼻で笑う以外に何が出来るだろうか。
「俺はまだ未完成のサイボーグだよ。それでも、そのおかげで今も生きてんのは皮肉としか言えねえがな」
「でも、なんで外を歩いてるの? いくらサイボーグでも、この環境じゃ色々影響はあるでしょ? どこか無事なシェルター見つけて入ってたらいいのに」
「爆撃された時にシェルターにいたから生きてんだが」
「じゃあ、なんでそこから出てきたの?」
「…………」
本当にクソッタレだが。
「例のドンパチがあった時、俺は何度目かの強化手術が終わってシェルターの中で寝てたところだったんだ。麻酔が切れて目が覚めたら、外では全部終わってた。俺を担当してた研究員達は生き残ってたんで、しばらくはそこでなんとかやってはいたんだが……俺以外は普通の人間でね。分かるだろ?」
「みんな死んじゃったの?」
あの施設で生き残った実験体は自分だけ。国家予算で進められていたプロジェクトだったし、戦争中とはいえ物資はそれなりに蓄えられていた。だが、人間というものはそれだけでは生きられない。
良くも悪くも彼らは相応の技術と知識の持ち主で、だから自分達はもう無力だと知っていた。
自らの尊厳を守るために死に方を議論する連中についていけず、彼らを置いて外に出た。
だから今頃は。
「ああ。生き残ったのは俺だけさ。仕方がないから、そのままあてもなくうろついてる」
「誰か、探したい人とかいたりするの?」
「別に。探す相手なんてもういねえし、特に理由はねえよ。まあ、生きてる意味もねえっちゃねえが」
「じゃあ、なんで生きてるの?」
無邪気で残酷な問い。
「さあな。でも、死にたくはないんだ」
「生きる理由が無いのに生き続ける。理解出来ない」
「……じゃあ、どうしてお前は俺を見つけた時にサインを送ったんだ?」
「人間の役に立つために居るからだよ。人間を見つけたなら役目は果たさないとね」
「…………」
この壊れたロボットはあまりにもスムーズに会話が出来ているからつい忘れてしまうが、このやり取りに相手の「意思」は存在していない。ロボットの考えは自意識から生ずるのではなく、プログラムに従った結果だ。
人間のために作られたから人間のために働く。そのための存在。
「それくらいがいいんだろうな」
「何が?」
「だからさ。機械ってのは、お前みたいなのでいいんだよ。特に戦闘用はな」
「あなたは戦闘用の実験体だけど、機械でもないよね」
「そうなんだが。あのままだったらそう変わらねえモンになってたさ」
戦闘用のサイボーグ。ロボットでは行き届かない諸々を求められていたようだが、結局のところは殺して壊すのが役目だ。人間の兵士と変わらない――彼らが物理的に行動出来ない過酷な状況でそれをするためのモノ。
けれど、今はもう。
「……役目か。もしかしたらあるかもしれないから、生きてる。俺はな」
「そっか。私と同じなんだね。壊れるまでは動いてなきゃいけないんだ」
「たぶんな」
命令がなければ自壊不可能なロボットと違って、人は自分の意思で命を断てる。それでもそうすることなく、ちょっとの生身を機械で補ったまま生きているのは、ただ死にたくなかったからだ。
たぶん、それだけのことなんだろう。
旅は道連れ世は情け。
もっとも情けなんてものはないにしても。
「……1人でいるのも飽きちまったからな」
「私は話し相手にはならないよ」
「かまわねえよ」
十分話し相手になっているということが、この機械には理解出来ていないようだけれど。
「ねえ」
「ん?」
「ちょうど今、上にあるよ。情報源」
「へっ?」
その言葉に反射的に空を見上げたが、薄暗いままのそこにはただ雲が垂れ込めているだけだった。
「なんもねえが」
「そっか。あなたはネットワークに接続は出来ないんだもんね。動いてる人工衛星があるんだよ」
「は?」
「もう誰にも制御はされてないみたい。だから自然に繋がってたんだよね」
「…………」
軍事衛星。あの日飛び交ったミサイルの方向を導いたうちのひとつだろう。自らを隠すことには長けている存在だし、無事に残っている物があるのも不思議ではないが。
「今更……つか、見つけたところで意味はねえな。なんも出来ねえよ」
「うーん。それなりにデキルことは、ナにかアルんじゃないかな」
「っ」
ロボットの声の調子がおかしくなった。ずっと壊れたままの状態で持ち歩いているのだ、そろそろ動かなくなる時が近いのかもしれない。
「…………」
「うーん」
「……何かしたいのか? お前は」
「私は何モないけど」
ロボットは、欠けた頭の空洞から空を見つめていた。
「あなたは、知りたいコトはあル?」
「何が分かる?」
「何がしたいか分からないト答えられない」
もう一度空を見上げる。
倒すべき敵はもう現れない。爆弾を積んだ飛行機も、飛行機から降りてくる落下傘も、それらを繰る兵士達も。操り手の見えないミサイルも。
もはや空そのものが無くなったようなものなのだ。雲の切れ間すら、もうどこにも――
「…………」
……もしかしたら、そうでもない。
「……そうだな。この分厚い雲をどうにか出来ねえか?」
「さすがに無理だと思ウけど」
「全部じゃなくていい。俺は、ただ空を見たいだけなんだ」
ずっと見ていない青い空。あの分厚い雲に少しメスを入れたなら。
それは、本当にただの思い付きだった。
「うーん……。空の上に行くナラ出来ルかも?」
「近くに飛ばせる飛行機でもあんのか?」
「無いケド。衛星からの映像を見るのはありかも。あなたの身体なら、リンクするのも可能なはず」
「それだと宇宙から地上を眺めるだけだろ。そうじゃなくて、この地上から見たいんだ。空を」
宇宙から灰色の雲に覆われたこの星を見たところで、絶望しか感じないだろう。それに、宇宙で視線を巡らせたって宇宙の風景しか見ることは出来ない。
そんなものはどうでもいい。見たいのは、あの青い空なのだから。
「方法が無イわけじゃないケド」
ロボットの中でチカチカと点滅する光は、情報の樹の枝を辿っている証だ。
間に合わないかもしれない。だとしても。
「必要なら、俺を維持してるエネルギーを使ってかまわない。どうせ生きてたって仕方ないんだからな」
軽く胸を手で押さえる。
この身体を動かすためのエネルギーとして使われているのは、自爆すれば街ひとつが吹き飛ぶような代物だ。本来は兵装を直接繋げて使用するためのエネルギーでもあるが、自分以外の実験体にはまだ内蔵されてはいなかった。
「……この雲が、逆に効果あるかもね」
ロボットはしゃがれた声でそう言った。最近、ごくたまにコレはそういう声で話すようになってはいたが、さっきのような壊れた音声になったことはなかった。
「効果?」
「レーザー兵器を空に向かって撃つの。雲の向こうを攻撃するのが目的だったらお勧めはしないよ。こんなに厚い雲は障害にしかならないからね。でも、衝突時の衝撃波で雲が拡散する一瞬を作り出すことは出来るかも」
「その時に向こうが見えるのか?」
「人工のスモッグを作って、レーザー兵器の防御壁代わりにするなんてのもあったからね。今言ったのは、それを取り払うための方法でもあったから」
「……そうか」
地上からの対空レーザー兵器。空から降り注ぐ攻撃を迎え撃つための方法として当然用意されていたものだ。
予想以上の物量に負けたわけだが。
「晴れてると、レーザーだけが雲を突き抜けるかもしれない。でも、今の空にはもうそんな現象は起きないかも」
ロボットの声はまた張りのある声に戻りはしたが、いつまでもつか。
「じゃあ見つける必要があんのは、まともに発射出来るレーザー兵器か。各地に配備されてた据え付けのやつを見つけられるといいが」
「そうだね。それか艦載型かな」
「さすがに海の藻屑になってんじゃねえかな」
システム艦なんて、地上のものより先に潰されただろう。この国は陸よりも海の方が軍備が充実していて、だから真っ先に標的にされたはずだ。
「稼動出来るものが見つかったとしても、たぶんエネルギー源はあなたしかいないけど。大丈夫?」
「もちろん。どうやって探す?」
「軍事衛星って何のためにあると思ってる?」
「そりゃそうか」
とりあえず、はっきりした生きる理由が出来た。ついでに、このデカいレーダーを生かしておく理由もだ。
「ねえ」
「ん?」
「向こう。何かある」
「向こう?」
「あそこ」
自分が腕に抱えているほぼ全壊のロボットは、ぎこちない動きで片方しかない腕を動かし、そちらの方向を指さした。
そこに見える影に向かって歩く。
一度、いきなりの突風に見舞われてロボットがぶっ飛んでしまい慌てて後を追ったりなどしたが、幸いそれ以外にアクシデントは無かった。ただ、その時に少しばかりパーツが減ってから、ロボットは口数が少なくなったし抽象的な表現が多くなった。
「……見つけたな」
そこにあったのは壊れた対空レーザー砲だった。とはいえ、今まで見た中で一番まともな形だ。他のはぶっ飛んでただの残骸になっていた物しかなかったし。
「動きそうか?」
「どうだろ。どこからもエネルギーの補充をされてはいないし、充填しても漏れちゃうかもね」
「そんなの最初から分かってただろ」
しゃがみこんで状態を確認する。確かにだいぶ壊れてはいるが、自身に内蔵されている接続用コネクタを繋ぐことは出来そうだ。
漏電しようが一発撃てればそれでいい。自身に戻ってくるエネルギーのデカさなど知るか。
「……よし、使えそうだ。こいつに俺を食わせたとして、雲をとっ払ってその向こうを見ることが出来る確率は出せるか?」
「食わせるって?」
「あー、接続するってことだ。こいつをぶっ放すのに必要なエネルギーとして足りそうか?」
「保証は出来ないけど、やってみていいかもね。でも、それで終わるかも。あなた自身も」
生命維持に使っているエネルギーを全部回しても足りるかどうか。足りたとしても、十分な冷却が出来ないレーザー砲に直接触れることになる。その結果がどうなるかなんて、そんなのは最初から分かっている。
それでも、それをするためにここまで来た。
「それに、攻撃システムも機能してないよね。手動の発射ボタンもなさそう」
「基地だった場所は向こうで廃虚になってるしな。けど、俺ならシステムそのものになれるから問題ねえよ」
「そんな機能もあったんだね」
「なんとあったんだな。兵装を自在に動かすためには必要な機能だよ。敵からかっぱらったやつも含めてな」
これで何が変化するかというと、おそらく何も変わらない。こんな事で変わるくらいなら、とっくの昔に誰かがやっている。
どこかにそんな誰かが生き残っていたらの話だけれど。
「ま、いいさ。つーか、いい死にざまもらえそうだ」
「私も繋げて」
「ん?」
「より確率が上がる。それにレーダー役なら今までもしてたし、あなたも発射に集中出来た方がいいでしょ。照準は任せて」
「……いいのか?」
「人の役に立つのが私の役目。いいも悪いもない」
「それもそうか」
どのみち、そろそろ寿命がくるのは確かだろう。道連れにすることに罪悪感が必要ない相手だ。むしろありがたく思うとしよう。
「さてと」
ロボットを地面に下ろして作業を開始した。
まずロボットを繋げてから、自分でも存在を忘れていた頭や首のコネクタのコード、それから心臓になっていたエネルギータンクを順に繋げてレーザー兵器を起動する。
そんな感覚など生じないはずなのに、砲身が首をもたげると不思議と自分と一体化したように思えた。
「よし、なんとかいけそうだな。で、どこにぶっ放せばいい」
「ターゲットロックオン。照準渡すよ」
「おっと」
ハックされた視界がモニターと化した。今ほど、この身体がただの人間のままでなかったことに感謝したことはない。そうでなければこんなにスムーズな二人三脚は出来なかった。
同調した視界に見えるロックオンマークに合わせて砲身の位置を調整する。訓練では何度かやったことではあるが、そのたびに頭にノイズが走っていた。今も。
それでも、その痛みも気にならない。
「タイミングは」
「あなたに任せる。いつでもいいよ」
か細い声に、脳内で思い切り発射の指示を出した。
発熱する砲身から放たれる、エネルギーの塊。同じ熱量に襲われながら、モニター越しではなくなった視線でその先を凝視する。
小さな穴が、見えた。
「は」
とてつもなく澄んだ、青い穴。それはすぐに雲にかき消されてしまったけれど。
「悪くない」
もしもこの現象を目撃した人間が居たら、それこそ天変地異にしか見えないだろうが。少なくとも、自分は割と気に入った。
「なあ。こうやって雲を追い払う為に生きるってのもいいかもな」
返事は返ってこなかった。
「やれやれ」
先に役目を終えた鉄くずを、さてどうしようかと考えはしたものの、どうなるものでもないからそのままにしておくことにした。
「そうだな。ついでに、お前みたいに転がってる奴を拾い歩くのもいいか」
理由なんてのはたぶんそんなものでいいのだろう。思いながら、身を包む灼けるような熱に身を任せて目を閉じた。
久しぶりに訪れた快いまどろみに意識をゆだねて、眠りに沈んでいく。
きっと、いい死にざまだろう。
それでもどうせなら、仕事に行く明日のことを思ってうんざりしながら自宅のベッドに寝転んで眠りにつく方が、本当はずっと良かったけれど。
お読みいただきありがとうございます。
この話のネタを思いついたのは2年前で、それ以降ちょこちょこ手を加えてはいたものの、家族の介護やらでなかなかきちんと手を付けられなかった話です。ようやく書き上げられました。
短い話ですし死亡エンドですが、読んだ直後に何か感じてくださったなら嬉しいです。
※他には「ミッドナイトノベルズ」と「ムーンライトノベルズ」にそれぞれ完結済みの作品があります。
前者は今回のような世紀末な話だったりどちらも人が乗るタイプのロボットの話だったりするので、BLが大丈夫でしたら覗いてみていただけると嬉しいです。




