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夕刻、田舎の1人暮らしの老人宅へ、30歳の坂本四郎は車を走らせていた。
スマホのサポート業務だ。
サービス期間内なら(もちろん回数は限られるが)直接、操作方法の説明等に駆けつける。
といっても、ほとんどは電話のやり取りで済むのだが。
今回の75歳の三好鉄男の場合は、そうはいかない。
とにかく、直に説明しろと繰り返すのだ。
オペレーターが質問をしても、頑として状況を教えない。
というわけで、四郎の出動となったのである。
なかなか気性が荒く、要注意との指示を受けたので、ある程度の覚悟はしていた。
そこを上手く受け流し、丸く収めるのも四郎の仕事だ。
古い木造の一軒家に到着した。
鞄を持って、玄関のチャイムを鳴らす。
「おーう」
老人の返事がした。
戸が開き、ハゲ頭の鉄男が現れた。
やはり、不機嫌そうだ。
四郎が名乗ると「上がれ」と客間に案内された。
座卓の前に座る。
鉄男が奥から、スマホを持ってきた。
「どうされましたか?」
「ああ。見ようと思っても、何やら分からんもんが次々、出てきて、ちいとも使えやせん。あの、何じゃ。ハリウッド俳優みたいな…あれが入ったんじゃないか?」
「ハリウッド俳優?」
「そう。あの…何じゃ、ウイとか何とか」
「ああ! ウイルス! コンピューターウイルスですね!」
話が見えてきた。
スマホを預かり、チェックすれば、不正なアプリをインストールしてしまっている。
粛々と対応し、使えるようにした。
「終わりました」
スマホを受け取った鉄男が、眉間をしかめる。
「まだ分からん」
「え?」
四郎は戸惑った。
「まだ分からん」
「大丈夫です。もう、使えます」
「いい加減なことを言うな! こっちは、そっちの適当な商売のせいで毎晩、面倒なんじゃ!」
「毎晩? 面倒? す、済みません、おっしゃられていることがよく…」
「お前のところのスマホで、コンピューターウイルスが出た! それで、こっちは大変なんじゃ! わしはまだ、お前の言うことが信用できん!」
「信用できないとおっしゃられましても…」
四郎は、ほとほと困り果てた。
ややこしくなってきた。
「スマホは、もう使えますので」
「わしが言うとるのは、ウイルスの方じゃ! 本当に出んのか?」
「いえ、そちらについては」
四郎はセキュリティアプリと不正アプリのインストールについて説明しようとするが、鉄男はすぐに「出るのか? 出んのか?」と怒りだす。
これは、手間取りそうだ。
四郎がもう1度、いちから説明しようとした、その時。
庭の方から、複数の獣のような吼え声がした。
「え!?」
四郎が、ビクッとする。
「おい」
鉄男が四郎を、にらむ。
「話が違うぞ」
「え!? ええ?」
戸惑う四郎の耳に、再び獣声が聞こえた。
「あ、あの…今の声は?」
「そうじゃ」
鉄男が庭側のガラス戸を開ける。
夕陽は落ち、月明かりが、そこそこの広さの庭を照らしていた。
「自分で見てみろ」
鉄男に促され、ビクビクしつつ、庭を見た。
家の柵を乗り越え、複数の黒い人型のものが侵入してきた。
それは、闇そのものが獣になったような動きで、庭を這い回っている。
そして時々、先ほど四郎を驚かせた吼え声を上げるのだ。
闇の獣は次々と増え、今や10匹ほどになり、縁側に、にじり寄ってくる。




