☆不赦の隊陽☆
ある浜辺にやってきた。なぜなら今回の目的地である洞窟──正式には『泡実の新生海洞窟』というらしい──に入るためだ。
「……もう帰っていいよ。私たちだけで大丈夫」
私がそういうと、ヘーレはブンブンと首を横に振る。
「ウチが依頼した任務だよ!? 万一のときは身を挺してでも守らないと……!」
「えっと、戦えるの……?」
「もち!」
それなら、と同行をお願いする。
いまさら一人や二人護衛対象が増えても大した痛手じゃない。そう考えることにしよう。
「ここを潜るよ」
ヘーレは素早く修道服を脱ぐと、その下に着ていた水着になり、そのまま飛び込んだ。
マルは頬を赤らめて目をそらしておる。そして気が付いた。水着を持ってない。
いつかリゾート地に行った時に買ったはずだが、あれから身長も伸び、少なくとも着れるサイズじゃない。
「仕方ない……」
さすがに裸になるわけにもいかないし、服着たまま潜ってしまおう。
炎を反射して少し見える水面に飛び込む。少し硬い水の中で私の口の端から泡が溢れていく。
ヘーレの黒髪が水中で揺らめいて、神秘的に見える。
水から顔を出すが、おでこにへばりつく髪が鬱陶しくてすぐに水の中に戻る。
どぼん、と大きく波打つ水際をくぐり抜けてマニが私に抱きつく。
(冷たぁ〜い)
マニが私にそう魔力通信をしてきた。
真っ黒な水に彼女は何を思うのか。蒼き水の神様が。
内部は空気で満たされていた。びちゃびちゃの服を脱いでさっと着替える。
「久しぶりに泳いだ気がするわ! ウチ、修道女になってからというもの水着になる機会がなくてさ」
修道女は教会の私室の外で修道服以外を着ることは認められてないって聞いた気がする。
「すごい反響するね」
マルが小声でそういった。
マルよ、ビビるな、そして慌てるな。反響で敵にバレるとかそんなマヌケなことを"大英雄"がするはずがない。
「おいで、フィヤルナ」
私の言葉に呼応して目の前に堕霊が現れた。
「何、オリヴィア?」
彼女はぐっと私に顔を寄せて意地悪に笑った。
少し顔を退けながら、
「私たちに障壁を張ってほしいんだ」
「いいよ、それくらいなら。死夢 月魄屏」
黒き炎は光を吸い込む特性があるから隠密にはもってこいというわけだ。
それにしてもフィヤルナのスキルはいつ見ても映える。
魔力がこの屏風を無理やり通り抜けようとすると、その魔力が跳ね返され、属性の色の痕跡を残しながら消えていくからだ。
だが、その光景は内側にいる人にしか見えない。
「さあ行くよ」
そう言うとヘーレが鋭いチョップを叩き込んできた。
頭を押さえて振り向くと、
「どんなの仲間にしてんの!?」
わなわなと指先は震えているものの、その人差し指は私を確実に指していた。
「ボクのことぉ!? どんなのって失礼だなぁ。忠実なオリヴィアのトモダチだよぉ!?」
忠実なトモダチってなんだよ、そう思ったが口には出さないでおく。
「オリ、私も聞いてないよ!?」
ファーニンに後ろから肩を掴まれてグワングワンと揺らされる。
「言ってないからね……」
酔ってしまった私はへたり込んでそう呟く。
「説明して」
ファーニンは少し威圧的に催促してきた。しょうがなく、説明することにする。
「私は前居た大陸で英雄やってたんだけど、その途中、『妖器』を集めることになったの。それを集める共通の目的があった『悪魔女帝』が三人の使者を遣わしてくれてそれ以来って感じ」
少しごまかした部分もあるが、そんな嘘もついてないから許容範囲だろう。
「……チョットマッテ」
いきなりカタコトで静止してきたヘーレは俯いた視線をあげて私に固定した。
「こんなのが後2人もいるの!?」
「こんなのぉ!? ちょっとぉ、やっぱり失礼だよぉ!」
フィヤルナを指差しながら唾が飛ぶくらいの声量と速度で言ったヘーレに、フィヤルナは不満そうな顔をした。
「紹介したほうがいいならするよ」
私がそう言うと首がちぎれるんじゃないかっていうくらいの全力頷きを二人にされた。
「ファーニンには紹介したと思うけどね……。おいで、セレイア、サヴダシク」
私がそう喚ぶと二人の堕霊が現れた。
「こんにちは。ワタシはセレイア。オリちゃんから寵愛を受ける存在よ」
「こんばんは、じゃないんですか? まあいいです。どうせ姉様はそんなの気にしないでしょうし。わたくしはオリヴィア様にお使えしてます、サヴダシクといいます」
軽く挨拶をしたセレイアとは違って雅な礼をしたのはサヴダシクだ。
「……はあ。えっと……、こんにちは。ウチはヘーレ」
勢いを失ったヘーレは小さく頭を下げたあとそう言った。
「私はファーニン、よろしくね」
セレイアはファーニンを舐めるように見た後、小さく鼻を鳴らした。
「こら」
セレイアをコツンと叩いてやる。
「わたくし共もご一緒させていただきますね」
セレイアとフィヤルナはよくぞ言った、みたいな視線を発言したサヴダシクに向ける。
「……良いけど、この洞窟にいる人はみんな捕虜にするからね。あなたたちが期待しているような大乱闘にはならない」
そう言うと三姉妹は気の抜けた返事をしてきた。彼女たちが分かってるのか分かってないのか、私には分からない。
「じゃあ行くか」
私がそう言って洞窟の中を進んでいく。
私の隣で剣を構えるヘーレは緊張してるのか剣先が震えている。
「……なんで剣を構えないの? 持ってないの?」
「いや、別に並の敵が振る剣の速さくらいなら間に合うし、なんならスキルで間に合うし──」
「あー、もう! 全ッ然、分かってないっ! いい? 人の死因の9割は"油断"。検診を怠ったり、道路でろくに周りを確認しなかったり、自分ならできるって過大評価したり。そういうので人は死ぬの!!」
ものすごい剣幕で私を捲し立てたヘーレはゼエゼエしながら剣を出すことを催促してきた。
「そう言うので亡くなった信徒もいっぱいいるの。うちの島、診療所ないからうちの教会で診察もしてるけど病気の"進行"を甘く見た人が手遅れになることもある。うち、あなたに死んでほしくないの」
懇願するようなヘーレの視線は私に刺さった。目を逸らして、『黒鬼』を持つ。
ヘーレの反応は知らない。見たくなかったから。
暗い洞窟のなかで手探りで進んでいく。
真面目な顔をしたヘーレが、
「少し寒いね」
と、言ってきた。
「そうかな」
と私は返す。ヘーレは少しも剣を持つ力を緩めずに、
「あなたもしかして……」
と呟く。不穏な言い方に私は少しドキッとする。
「……触れられたくないなら触れない。ごめん」
ヘーレはそう謝ってきた。なんとなく気まずい雰囲気の中、壁面に打たれた釘に気が付いた。
「ストップ」
私の言葉に皆が動きをやめる。
「近い」
警戒をさらに強めそろそろと進む。
曲がり角から顔を出すとランプを囲って喋り合うカジュアルな服を着た男が数人いた。
「ねぇねぇ。なにしてるのぉ?」
勝手に出ていったのはフィヤルナだった。
静止することなどできるわけがない。もう敵の目の前で語りかけてるんだから。
「っ!? てきしゅ───」
「あーあ、しゃべるからぁ」
ふわふわの毛で出来た扇子を優美に扱い一周で敵を殺した。
「フィヤルナ、オリヴィア様から殺さぬように、とのご命令を忘れたのですか?」
サヴダシクが凄むと、フィヤルナは私の背後に隠れる。
「……次からは殺さないでね」
私は死体に歩み寄って指先で突付く。
「うぃ」
私の隣で、私と同様に屈み込んでそう言った。私は死体をスキルで飲み込む。正確に言えばスキルを奪取した。
スキルを解析していけばその大元となるスキルを持った天使と堕霊を特定できる。
私はずっと探しているヒトがいる。いつか親に言われたあのヒトのことを。
「ふん!」
力のこもった声で私の意識は引っ張り出される。
ヘーレの剣と敵の剣が交差して激しい攻防を続けていた。
「ごめん!」
私は敵に浅い傷口を与える。
「大丈夫……だよ」
ヘーレは出来た隙で致命傷を与える。教会に心身を捧げている人とは思えない滑らかな動きで。
「で……? なんで、この島に来たの?」
私がそう聞くと、怯えた軍人は洞窟の壁に寄りかかっていて、傷口を押さえながら、
「太陽よ、再び我らを照らし給え!」
といきなり叫んだ。
ぐらりと身体が崩れて地面に横たわる。傷口に添えられた手のひらが力を失って地面に落ちる。
「……自決用魔法……?」
軍人を揺さぶっても反応はない。こんな呪文を初めてみた。
静まり返って、葬式みたいになった空気感を最初に破ったのはヘーレだった。
「はぇっ!? 何やってんの!?」
倒れた死体を私が回収しているとそう言われた。
「何って……、葬送……? こうすれば彼の命の証拠を残せる」
私がそう言うとヘーレはよく分かんない、と言った。説明したほうがいいか、と思ったが、今はやめておこう。
「人を……取り込むのって辛くないの……?」
そう言われて考える。慣れてしまったこの景色もいつか終わるのかも知れない。
そうなればいい。この返り血を幾度も忘れた外套を手放す日を私はずっと待っているのだから。
「そうだね」
考えることもなく出した言葉は冷たくて、すぐに後悔が押し寄せる。
「私も鍛えたら強くなれるかな?」
顎に手を当てて彼女はそう言った。子供みたいな考え方をするヘーレに少し罪悪感が晴れる。
「なれるよ、きっと。私だってここまで強くなれたんだから」
そう微笑んでみせるとヘーレは満面の笑みを見せた。あまりに眩しくて吃ってしまった。
「行こうか」
言葉に詰まっているのを感じたのかマニがそう言ってくれた。
私はうん、とだけ言って洞窟の中を進んでいく。
やたらと生活感のある空間に出た。
そこに置かれた机には洞窟の地図と、泡実島の地図が乱雑に置かれている。
「オリこれ持って帰る?」
ファーニンに聞かれたから、頷くと彼女は地図を持ってきた。
それをスキルで吸い込んで解析してみる。頭のなかにマップが広がる。
「これ、調査書」
突き出されたそれを受け取ると、大きなハンコの印と、小さな文字が羅列されていた。
『フール諸島調査書:不赦の隊陽
そっちで勝手にまとめなおしてくれるらしいから適当に。
フールは兵力が足りてない。率直に言うと弱い。たぶん勝てる。
ただ最近現れた自称英雄が鬱陶しいかも。
そう言えば開戦宣言はどうだ? 発表の日時はそろそろだったはずだが。あれ、なんなら過ぎてない?
前回送った地図の印の場所に軍拠点を置ける。泡は金ですぐ割れるな。
ぴーえす
あとで毛布送って。俺ら太陽の子には寒くてしゃーないわ』
不穏な文章は軽く書かれていてソル帝国の闇を感じる。
「開戦……宣言……!?」
なかでも特に異質さを放つその言葉にファーニンは反応をした。
戦争か。経験済みだが、今回も勝てるだろうか。
でも、変に帝国と敵対して帝国に入国できなかったら困るな。
「早く行こう」
慌ただしい私たちはさっさと引き返すことにしたのだった。
だからずっとそうありたかったんです──失墜した泡 アーワン




