☆いたはずのもう一人☆
大きな扉は私を感知して勝手に開く。私に命名権があるとするとこれは『勝手ドア』だ。略して『カチド』。
悪くない。
だが、自分のネーミングセンスに感動していたら柱にぶつかってしまった。
いや今絶対柱が動いた。そもそも、ドアを動かす技巧があるのなら柱を歩行者に当てる仕組みくらいあっても不思議ではない。
そんなことを悶々と考えているとマニの笑い声に釣られてマリたちもクスクス笑い始めた。何か言わないとと思い慌てて口を動かす。
「つまり、これがスーパーたる由縁だよね」
としどろもどろに言った。
あまりに意味がわからなかったのかファーニンが顔をしかめた。
「……まあいいや。今後は気をつけてね」
腰に手を当てため息混じりにそういった。
悔しい、みんなにバカにされたぞ。
「こっちが食料売り場ね」
ファーニンが指を差しながら案内してくれる。食器売り場をするりと通り抜けると規則的に並べられた棚に野菜がずらりと並んでいた。
畑なのか!? ハサミを取り出したほうが良いか!?
「欲しいのがあったらこん中に入れて」
渡されたかごは軽くて丈夫な素材だった。聞いてみると"音かご"というらしい。所有するお金を自動消費で購入できるそうだ。
かごの中にキノコを突っ込む。すると手持ちのお金が使われ、決済されたようだ。とても便利だ。
「これいい!?」
マニがお菓子を持ってきた。そして上目遣いで頼んできた。
ポップな文字で『グミ』とデザインされたソレはマニの心を一瞬で射止めたらしい。
「しゃーなし、ね。いいよ」
許可してあげると小声で、やった、といってかごに優しくおいて行った。
次は何を持ってくるのやら。
なんか、ファーニンが何を買うか気になってきた。すぐにファーニンの魔力を感知して近づく。
「オリヴィアちゃんは何を買うの?」
後ろからそろそろと近づいていたというのに気づかれてしまった。
両手に商品を持ってどちらがいいか選んでいるようだ。ファーニンが戻そうとした商品を奪って自分のかごに突っ込む。
「欲張りなのね。それに相当お金持ちでしょ」
そういうファーニンは全く私の方を見ようとはしない。
「私、英雄なの。だから稼ぎはめちゃくちゃ良かった」
ファーニンはゆっくり振り向いて、
「えい、ゆう?」
と少女のように呟いた。枯れかけの花みたいに。
その次の瞬間、ぽす、と音を立てて商品が落ちた。
ファーニンの鼓動が聞こえて来そうなくらいの静寂。
「っ……」
いきなり瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
なんとなく抱きしめるのがいい気がして彼女の頭を私の肩に置かせる。
触っていいのか少し悩んだあと、背もたれを使っていたことを思い出して彼女の背中に腕を回す。
薄い膜は簡単に私のを取り込む。冷たくて、湿ってて。
こんなに細かったのか、と言うくらい頼りない体のラインがファーニンの胴に巻き付けた腕越しに伝わって来る。
痛いくらいに彼女のつらさが伝わってくる。
マリは私を見た途端察したのか、それとも持ってきた商品を見られたくなかったのか、こっそりキノコの下に何かを突っ込んでいった。
アイツやりやがったぞ。私がすぐに動けないからって。
「ごめんねぇ……、オリヴィアちゃん……」
「いいよ、別に」
気に障るようなことを言ったのかもしれない。できる限り『英雄』という言葉は避けなきゃいけないのかも。
でも、こんなに幼かっただろうか。もしかしたらトラウマを呼び起こしてしまったかもしれない。
そうなったら悪者は完全に私だ。
「私を……捨てないで……」
彼女の涙という秘密を知ってしまった以上、私も彼女に秘密を握らせたほうがいいのかもしれない。そう思って彼女の右頬にキスをした。
「秘密ね。だから、私はあなたを捨てたりしない」
人差し指をファーニンの口に当ててそう囁く。
私よりも背が高い彼女は私のおでこにキスをしてもう一度強く抱きしめられた。
「ふふ、二人だけの秘密ね……」
浮かべた笑みは私の胸をあっという間に占領して離さなかった。
スーパーを出て、フーニル内にあるギルドについた。
「こんにちは〜! ギルドへようこそ!」
気丈に振る舞うファーニンはギルドの受付に向かい任務を選び始めた。
私もファーニンの横に入り込んで覗く。あまりいいものがない。う〜ん、と悩んでいると背中をちょんと突かれた。
振り向くとヴェレーノがいた。
「あれ、どう?」
指を指したのは壁にデカデカとぶら下げられた"討伐願い"だった。文字は擦れて見えないがきっと難しいのだろう。
「ねぇ、あれって受け付けられる?」
「え、あれですか!? あ、えっと、確認してきます!!」
あたふたと裏の方まで行った。
ファーニンもびっくりしたみたいだ。でも、言いたいことを全部飲み込んで黙っていた。
まあ受けるとは決まってない。もしかしたら受付期間を超過している可能性だってあるし、飾りかもしれない。
「出来るようですが……死亡時死体の回収、挑戦期間中の怪我の補償、リタイア時の後遺症などの責任をギルドは一切持ちませんがよろしいでしょうか?」
「いいよ、怪我しなきゃ良いんでしょ?」
負けるわけがないと思っているからそのとおりに言った。
「……これは契約書です。サインと同時に勝利、もしくはリタイア宣言まで契約は続きます」
躊躇わずにサインをする。すると白い光が弾けて小指の付け根を一周するように一本線が入った。分かりやすい。
その後諸々の話を聞かされ、弱点なども教えられた。別にいらないけど。
そして、班員全員2週間分のヴァルメシをもらって出てきた。
ファーニンの提案である近くの広場──石に『フーニル公園』と書いてあった──でご飯を食べるという話になった。
「ん〜、じゃあ昼はこれ食べようか」
私が伸びをしながらそう言うとファーニンは諦めたように頷いた。
「良いんじゃない?」
マニたちも興味があるようなのでファーニンも一つ手に取った。手慣れた動作で封を切る。
開けると三角形の不思議なパッケージの中に、茶色のかけらが大量に入っていた。
ファーニンはそれを一気に口に含んで水で流し込んでいた。
だがやはり好奇心には抗えず、一口そのまま食べてみる。
ザクッなどという食感の面白さはなく、味は少ししょっぱい。なのに口の中の水分を丸ごと奪い去っていった。
これは水いりますわ。
他の仲間たちも同じミスをして顔が引き攣っている。
この体験を忘れるためにも早めに夕食を作ろうと固く誓った。
淡い泡が水面から止まらなくなった。
頃合いを見計らってキノコを突っ込む。
キノコにも火が通ったのを確認してファーニンの指示通り火を消す直前に"みそ"を溶かす。
一気に香りが立って食欲を唆られる。
まだメインに使えるほどこの調味料に詳しくないから今回はスープに使うくらいが丁度いいだろう。
スープの液面を覗き込むと後ろからファーニンが現れた。
アレからやけにファーニンの距離が近い。ボディタッチがやたらと増えた。
「オリヴィアちゃん。味見してもいい?」
拒否されるとは到底思ってないらしく、小皿を片手にそう聞いてきた。
まあ拒否する理由もないから、小皿に少しだけ垂らしてあげる。彼女はそれを口に運ぶ。
あつ、と呟いたあと、
「おいしぃ〜! やっぱり上手……!」
そう言われて胸を撫でおろす。
「今夜も楽しみにしててね。買った食材を使うから」
今夜のメインは"魚"だ。
捌いた魚は臭みがなく、使いやすそうだった。
手順としては皮に切れ込みを入れ、樹の実を半分に切り、あとはスキルで貝を適当に処理するだけでいい。
オリーブオイルと魚と貝の調子を見ながらいいタイミングで──私は買えないからファーニンに買ってもらった──ワインをぶっ込んで、まだ入れていなかった樹の実などを配置する。あとは蓋をして待つだけだ。
ということで調理はあらかじめ終わっていていい感じになったフライパンの蓋を開ける。
いい匂いをまとった蒸気が鼻腔をくすぐる。できた、フール産のバブルフィッシュという魚を使った『バブルフィッシュのアクアパッツァ』だ。
あとはパンをサクサクになるまでトーストすればディナーは完成だ。
「よかったね、早めにキャンプできる場所見つけられて」
「うん」
マニの声がテントの中から聞こえた。それに相槌を打つ。
どうしても"最後に食べたものはヴァルメシ"という状況を早く脱したかった。
まあ口にする必要もないから言わないけど。
「ちなみにヴァルメシもあそこまで不味くないんだよ、本来。ギルド用に特別卸してるから栄養とカロリー優先でああなったの。ギルドだと甘いほうが苦手な人も多いからね」
ファーニンはそう言った。道理で、だ。
「まあいいよ、夕食はちゃんとおいしいはず」
私はスキルでフライパンをテーブルの上まで運ぶ。
一応魔法空間で同じサイズの3倍を同時に調理できるのだが、そうなると重たくなる。だから安くなっていたのを見つけて買ったというわけだ。
やはり知らない文明というのはワクワクするものだ。
しまっておいたお皿やフォークを指パッチンで出す。
ファーニンはすでに自分のお皿にアクアパッツァを盛っている。
スープを皆に配れば完成だ。
「できたよ~」
呼ぶと泥だらけのマリたちが現れた。『神ノ恵技 掃除屋』で汚れを落とす。
少し注意して、ちゃんと反省してくれたから許して席に座らせる。
「オリ、たべていい!?」
座るなり、両手にフォークを持ち、斬新なスタイルで食事を我慢している。
マルは早速食べてるし。
「じゃあ食べましょう」
私がそう言うと一斉に料理に手が伸びる。
一気に頬張ったマルが熱かったのか目を赤くして舌を出した。
ソレが面白くてこの場が笑いに包まれた。
「見たらわかるでしょ、熱いの」
マリがマルの頭を叩く。マルも恥ずかしそうにはにかんだ。
「この"みそ汁"おいしいよ、姉ちゃんはやっぱすごいや」
マニにそう言われて私は照れる。
他愛のない会話をその後もした。
その中で、少し寂しく思った。もう1人いたはずなのにって。




