☆フール諸島国上陸☆
雪のように冷たい浜辺。私の頬に優しく爪が当たる。屈んだ神様の髪の毛が肌に当たりくすぐったい。
私は神様に話しかける。
「……ついた?」
神様の顔が綻ぶ。そして、
「うん!」
と元気よく神様は言った。なんとかして体を起こしてあたりを見回す。
アレ、なんで浜辺にいるんだっけ。
「もー、カオスの力で来たんじゃない」
神様が指を振りながら私に説明している間、黒髪の女性が私の顔を覗き込んでいる。
神様の名前はマニューバ。マニと呼ばれている。黒髪の女性はセレイア。堕霊の一人だ。
「あぁ……そうだっけ?」
狼の獣人の姉弟であるマリとマルは猫の獣人であるヴェレーノを浜辺で追いかけっこしている。
対照的なのは浜辺に座るザキルだ。機械の彼女は静かに水平線の先の陸を眺めている。
他の仲間たちは私の呼びかけがあるまで外に出てこない。
「セレイア」
名前を呼ぶと髪を揺らしながら駆け寄り、私の肌に触れ、私の中に戻ってきてくれた。
「マリたちー! 森の中に入ろう!!」
そう呼ぶと彼女たちは走る方向を私の方に変える。そのまま抱きついて来たがそれを軽く躱し背中を優しく叩く。
「もう簡単には抱きつかせないよ〜」
にやりと笑ってそう言ってやる。
ぷっくり頬を膨らませたマリはトボトボと私についてくる。その姿がなんだか可笑しくて吹き出す。
賑やかな大英雄団は森に向かって歩み出すのだった。
慌ただしく森の中を駆けている少女。それを見てしまった以上助けざるを得ない。
泡の攻撃を避け、貝殻を斬る。手に馴染んだ片刃剣はすんなりと貝の化け物を倒した。
「で……? どうし──」
私の言葉を遮るように少女が目を見開く。
「島兵じゃない!? なぜそんな武器を!!?」
なんそれ。みんなも同じ気持ちなのか、私の後ろで顔を見合わせているようだ。
その感想が表情に出ていたのか少女は落ち着きを取り戻した。
「あ、外国の方なの……? えっと……お助けいただきありがとうございます。フール国民のファーニンです」
優しく笑った彼女は背中に膜が見える。自己紹介なら私から行こう。
「オリヴィアよ。流浪の冒険者をしている。気軽に"オリ"と呼んでちょうだい」
私の自己紹介が終わると、マニが前に出てきて自分の胸に手を当てる。
「マニューバ。オリヴィアの妹なの」
「私はマリ、オリちゃんの親友」
マリは私に今度こそ抱きついてきた。彼女なりのアピールなのだろう。
頭を撫でながら他の仲間の自己紹介を待つ。
「俺はヴェレーノ」
「僕はマルだよ。マリは僕の姉なの」
「あたしはザキル。マニのトモダチだよ」
各々の自己紹介がすみ、少女と左手で握手をする。だらりと下がった右腕はまるで生気を感じない。
だが、初対面で触れるのも違う気がしてその質問を飲み込んだ。
ファーニンの案内で防衛大使館ギルドにやってきた。
町行く人は泡を背中にくっつけている。流行りなのかもしれない。
「はぁ!? 泡貝を一太刀で!?」
絶叫が建物の外まで聞こえ、一瞬歩を止めた人もいたが次の瞬間には何事もなかったように進み始める。
ブーンと言う音がして"馬のいない馬車"が通り過ぎていった。
驚いてそれを追いかける。私のダッシュよりは遅いものの普通の人がこれほどのスピードを出せるとは。
いや、普通じゃないのかもしれない。特殊な訓練を受けた人だけが使えるのかもしれないもんな。
「お姉ちゃん、ファーニンさんが探してたよ……」
"馬のいない馬車"は途絶えてしまい、悲しさを胸にマニに従って"ギルド"に戻ることにした。
ギルドに入ると涼しい風が頬を撫でた。
スキルを使っている人は見当たらず、それどころか風に魔力を感じない。
「オリヴィアさん迷子になっちゃったかと思った……」
ファーニンがそう呟いている。
私は実年齢で言うと17歳だ。……まあ空白の三年間はあるが。
だから、迷子になるわけがないのだ。
「確かに心配だよね」
「おっとマニさん?」
私が眉をひそめるよりもよっぽど早く、マニは指を折りながら勢いよく話し始める。
「え、最近だって、森の中で走り回って帰り道がわからなくなったり、『エンペレースに呼び出されたから行ってくる!』とか言ってその帰りに昼寝したり、あとは城の探索の時に"王命されるくらい偉くなったんだよ!"とか言ってテンションマックスだったのにマッピングし忘れて自分のいるところがわからなくなったり、それに───」
「まだあるの……!?」
私は噤んでいた口を開く。いやおかしい、私は頼れるリーダーなはずである。
「むしろここからが本番だよ!」
「えっと、マニューバさん……」
ファーニンが口を挟んでくれた! いいヤツだ、間違いない。
「あとで教えてください」
ファーニンがマニューバに近づいてそう耳打ちしたように聞こえた。あれ、話と違くないか?
「任せてよ、いくらでもネタはあるよ」
手で大きな丸を描いているマニに私は苦笑いするしかない。
「あ、えっと、忘れてました。えっとギルドのプレートを見せてもらってもいいですか?」
プレート……、なんだかわからないがとりあえず黒色のバッジを差し出す。
「えっと……乗り換え中でしたか?」
え、どういうことだ?
元々いた世界ではギルドが発行する色別のランク分け制度で、ランクが上がるごとにバッジを更新していた。
いざこざを片付けたあと私たちは晴れて最高ランク、『黑位』に達したのだ。
「っと……、たぶん……?」
「ならば、この国で一応昇級試験をしてもよろしいでしょうか?」
やってきたのは受付嬢である。
挑発するような視線にムッとしたのか、飛び出したのは、セレイアの妹にあたる堕霊のサヴダシクだ。
「オリヴィア様が信用できないと言うならやってきますよ。オリヴィア様はとてもお強いのですから」
まくし立てるように言うと、皆が固まった。
「サ……、サタン!? 御伽噺じゃないの……!?」
お、これは利用できるかも。
「そういうことだから、場所教えてよ」
私は堂々とそう言う。
「ユホーレです。武器、スキルは……」
「大丈夫。こう見えて私強いんだ」
自信満々に私たちはその場所、『ユホーレ』に向かうのだった。
地図の持ち方を間違っていたみたいだ。
そそくさと地図の上下を反対にして、みんなの方を向く。幸い仲間に現地民は居ないからごまかせる。
「なるほどね……?」
おけおけおけ。まあまあまあ何とかなるでしょう。
いや、だって今までなんとかしてきたし。待って、そこまでいつものことではないよ。たまーにやっちゃう事くらいあるわけですよ。
だから、私がおっちょこちょいとかそういうことではなくて、ごく自然なミスだよ。水に流していこう。
なんか言われたらこれで行こう。
「ねぇ、オリ?」
ビクッとした。身体に電流が走ったかと思ったよ。
振り返ってマリに小さく手を振る。
「そろそろ着く?」
やばい、弁明を考えなくては……。
「──えっと、地図の縮尺がこっちのほうが大ざっぱで、思ってたよりも時間かかりそう……です」
視線が痛い。これはマズイですよ。
「縮尺って……同じじゃない?」
「はうっ!?」
私の肩に手を置いて覗き込んだのはマニだった。反射的に地図を閉じてしまった。
「道に迷ったならそう言えば……?」
それは私のメンツに影を落とすことになるぞ。
「あたしやってみたい。代わって!」
助け舟来た!! ザキルさん、あなたは間違いなく女神様だ。
一旦何も言わずに地図を渡し、マリたちの横に並んで歩き始める。
先頭を歩いていたときは気づいていなかったが、マリたち結構うろちょろしている。
マリは道端の花を見つけるたびに足を止め目を輝かせたり、マルは鹿の角を見つけて振りまわしたり、ヴェレーノは木の洞を見つけるたびに走り寄ったり。
その度に私が駆け寄って注意を引き、先を行くザキルとマニに追いつこうとするがその間にもう一人いなくなっている。その度に私の手の中は物で溢れていく。
そんな道中もいつの間にか終わりを迎え、ついに任務地、『ユホーレ』についた。
美しい浜辺はやけに暗く、この世界が闇にのまれてしまっていることを鮮明に表しているようだ。
「さあ、この辺に居るはずらしいよ……」
ザキルは手をかざして辺りを見渡す。
「見っけ」
マニが最初に見つけ、青い片刃剣でカニの甲羅に一閃する。
小屋くらいのサイズのカニだが大したことはなさそうだ。
「神ノ恵技 掃除屋」
手から噴き出した暴風は一瞬でカニの甲羅を斬り裂いた。ふむ、こちらの世界でもスキルは問題ないみたい。
一応、カニの死体をスキルでしまい込んで持ち帰ることにする。
「大したことなかったね。帰る方が大変そうだよ」
そういうとマニは鞘に片刃剣を仕舞いながら、
「まあ帰るだけならスキルで帰れるよ。ね、ザキル」
と言った。
「うん、あ、でも探索するならもう少し後でもいいよ」
ザキルはスキルで作ったゲートを閉ざしたままそういった。だが、枠の維持だけでも相当の魔力を消耗するはずだ。
「大丈夫だよ、帰ろう」
そう言うと頷いたザキルはヴォンという音を立てて転移門を作ってくれた。
一度現地に赴く必要はあるが格段に楽になった。まあ、歩いても良いんだけどね。
ギルドの中に入ったとき、あまりに早い帰還に驚かれるかと思ったが全くそんなことはなかった。
「カニの死体はどこに置いてきましたか?」
そう聞かれて、カニを吐き出す。重い音を立てて建物を揺らした。
「えっ……!?」
ファーニンが目をひん剥いている。
「どう? 甲羅は使いもんにならないかもだけど、少なくとも身は食えるよ」
「あ……あの無理難題を!?」
「なんそれ。あ、2次試験みたいなこと? いいよ、カニ弱すぎて話にならないから」
無理難題ってことはやはり『黑位』相応の試練があるのだろう。
しかし、ザワザワすることすらないのが怖い。
「失礼いたしました! あまりにオリヴィア様がお幼く見えましたので」
む? なんて失礼なギルドマスターだ。どこが幼いのやら。
成長的には14歳だけど、精神年齢はちゃんとしているだろう。地図は知らんけど。
「何でもいいよ、身を少し分けて、それ以外は全部お金にしてほしい。あの貝は食べられそうになかったし」
出発する前に大量の食べ物は持ってきたのだが、この国の海鮮を食べるというのもいい体験だろう。
どう調理するのがおいしいのか思案を巡らせる。
「か……貝?」
貝ならスープにしてもよかったのだが、カニとなると茹でるか?
「私が襲われてるところを助けてくれたんですよ」
あー、持ってきた魚といっしょに素揚げしようか? あまりにカニの知識ないし、レシピ買いに行くのもアリかも。
「脅威個体ってことか!?」
ずっと喋るじゃん、こいつ。自分が誇ってることを持ち上げられるのは気持ちがいいけど、どうでもいいことを引きづらないでほしいな。
これは一発言っておこうか。
「うるさいなぁ。献立考えてるんだから邪魔しないでよ」
「失礼いたしました」
そういうとファーニンが寄ってきて、
「こんだて……?」
と聞いてきた。ここは、私が誇っているところだ。
「うん、そうだよ。料理担当は私なの」
料理は上手いぞ。スキル補正のおかげでそもそも美味しくなるのだが、戦争が終わってこっちに来るまでの間、素の技量も上げたんだから。
さあ、さっきよりも褒めると良い!
「あんな強者を引き連れるリーダーなのに……」
「ヌク、それは失礼すぎるよ」
ファーニンが受付嬢を注意した。ヌクっていうのか。
「あっ、失礼しました!」
謝るなら、と謝罪を受け入れる。この世界では料理人の枠が冒険者団にあるのかもしれない。
料理に関してはずっと馬鹿にされてきたし今更なんとも思わない。
「ねぇ、オリヴィアさん」
「ん、なに?」
ファーニンに右肩を突かれて振り返る。
少しの沈黙を飲み込んだように決心して、
「えっと、ついてってもいいかな。オリヴィアさんの料理食べてみたくて」
と言われる。別に私はどっちでもよくて後ろを向くが皆も同じ気持ちのようだ。
まあ、現地民はいるに越したことないし、なんと言っても地図を任せられるのは大きい。
「いいよ!」
そういうと緊張して固まっていたファーニンの表情が一気に華やいだ。
そして、愉快な旅が始まった。
今日から毎週日曜日の0時に投稿予定です。ぜひ、オリヴィア一行の壮絶な旅をお楽しみください!!




