☆平和の終わり☆
エレベーターで登り部屋の鍵を開けて入る。話が終わるまで待っていたらしい2人と合流したから部屋の中はおそらくマニ1人だろう。
綺麗にまとまった4つのベッドの1つにぽつんとマニが座っていた。思ったよりもずっと哀愁をまとっていて面白い。
私が部屋に入ると気が付いたマニが、
「おそい!」
と文句を言いながら私に勢いよく飛びついてきた。
「あんたが早いんだよ」
私がそう反論すると、マニは私に、
「寂しいの! 何もすることないの!」
「わかった、わかった!」
私はしがみつくマニごとベッドに倒れる。
ようやくほどけた腕は少し細くて、でもしっかりしていた。今でもなぜマニがギルドに加入したのか分からない。
「テレビでも観ていればよいのではないか?」
氷茉はテレビとやらの正面のベッドに腰掛けた。
「そう言えばまだフールテレビ局は無いのだったな。だが、ルナトの番組は見れるぞ」
次の瞬間、真っ黒な画面がいきなり色とりどりに光る。
「業務用しかまだ売ってないからうちはまだ買えてないのよね」
ファーニンがそう言った。
道理で今までの生活で見たことがないわけだ。
ルナトの番組では進行役が海浮家について語っている。
曰く今年の祭りは混雑が予想されるため会場を3つ用意するとのことと、賞金も上げること。
だが、その番組が気に入らなかったのか氷茉が番組を切り替える。
次の番組もルナトの物だった。
内容は『鬼』に関する心霊系のものだった。そのうち、話は『月失高原の秘廟』伝説に移っていく。
だが、その時ルームサービスの到着を告げる音が聞こえ、テレビの視聴を中断する。
「失礼いたします。廊下にワゴンを置いておくのでそこに返却をお願いします」
部屋に置かれた机に4セットのお夜食が置かれた。
「わかりました、ありがとうございます!」
私はお礼を言ってホテリエを帰す。
早速鼻をくすぐる良い香りで料理に手を出す。
私とマニは紅茶セットにしたが、ファーニンはワインセット、氷茉は芋酒セットとやらにしていた。
セットの中心になるドリンクに合う様にそれぞれ内容が変わるらしい。
「みて! チョコレートケーキ!!」
水の人形にお茶を注がせながら紅茶セットの中身を覗き込んだマニが楽しそうに笑う。
私も空けてみると少し内容は同じだった。お品書きによると、『ロット小麦のスコーン』と、『ツアチャーのオレンジ』、『灰卵鶏のエッグサンドウィッチ』、最後に『ホイップ家のクリームを使ったチョコレートケーキ』。
ファーニンのセットは、『甘構原のガトーショコラ』、『ギルドのレーズンサンド』、『迫眼果実のドライフルーツのチーズテリーヌ』らしい。よく分からないがどれもそんなに甘くないそうだ。
氷茉のセットはスイーツ系ではなくガッツリ食事系だった。『ルナト豚の角煮』、『ヘセクのさつま揚げ』、『武士魚の叩き』だ。
ファーニンは席に着くと、『ギルド農業区産ワイン 熟成10年』と書かれたワインボトルから少しだけワイングラスに注いだ。
「さすがは眠洋家が管理しているだけあるな。酒に詳しい」
氷茉は『ルナト産 月流蒸留酒』と書かれた芋酒にお湯を加え、そして口に含む。
「うむ、やはり旨いな」
次に箸を持ち、豚肉を掴む。垂れた髪の毛を耳にかけて口に運んだ。
喋り方に似合わず、とても可憐な食べ方だった。
「お主らは食わぬのか? それとも欲しいのか?」
「うん、欲しい!」
マニが氷茉の言葉に食いつく。
「ふふ、可愛いやつめ。良かろう、ほれ、口を開けてみよ」
氷茉は肉をマニの口に入れてあげている。
「ん! 美味しい! そうだ、姉ちゃんも貰ったら、再現できるんじゃない?」
「マニ、勝手に──」
私が注意するために口を開けたときに肉を突っ込まれた。
面白い食感と、甘じょっぱい味付けがとても美味しい。まだ残ってるオークの肉なら近いものが作れるかも。
前買った醤油と、砂糖、料理酒とかでオーク肉を煮込めば。でも煮込み時間だけは想像がつかない。
「ふふ、ずいぶん気に入ったようだな。我も再現を楽しみにしとるぞ! 良い酒の肴になるじゃろうて!」
少し火照ってきた氷茉はぐい〜っと残った酒を飲んだ。
なんだか、ファーニンのも気になってきた。
「オリ、食べたいんでしょう?」
「……ばれちゃった? 一口ちょうだい」
ファーニンはフォークでガトーショコラを持ち上げて少し静止する。だが、すぐに私の方を向いて差し出してきた。
私はそれに食いつく。
ほろ苦いチョコレートと、しっとりした生地がよく合う。
ファーニンも酒に酔ったのか少し耳が赤い。
「あ、私も欲しい!」
「我にもその『がとーしょこら』とやらを一欠片とワインを少しくれ。この『武士魚の叩き』を一つと芋酒を少しやろう!」
部屋のコップを二つ持ってきた氷茉は芋酒を入れファーニンに差し出した。
ファーニンはそれを両方受け取り、もう一方のグラスにワインを注いだ。
かくして私たちの上品な夜食はお菓子交換パーティに移り変わっていくのだった。
疲れていたのか、いつの間にか朝になっていた。
丁寧にかけられた布団の中で、私にひっついて寝るマニ。
昨日のお菓子パーティの後の記憶が本当にない。
「……おね……ちゃん……」
何かの夢を見ているようだ。
幸せそうにむにゃむにゃ言ってる。
昨日のパーティの痕跡は綺麗に消えている。私じゃないなら誰がやってくれたんだろう。
私はマニを起こさないようにベッドから出て、少し伸びをする。
洗面所に行くと、氷茉は楽しげに鼻歌を歌いながら風呂に浸かっているようだった。突然、
「そこに居るのはオリヴィアか?」
「そうだよ」
何か忘れ物だろうか。
ずっとお風呂を楽しみにしていたようだし、ルーティーンみたいなものがあるのかもしれない。
「まだ入っておらぬのだろう? どうじゃ、ともに入らぬか!」
これは完全に酔っ払ってるわ。
一晩経って酔いが覚めてるはずなのに。だが、昨日は風呂に入ってない気がする。
「つべこべ言わずに入るが良いぞ」
そう言われて仕方なく服を脱ぎ始める。
「ふふ、本当に入るのか。姉妹そろって面白いやつらだな」
アンタのせいだろう。
私は平常を装って浴室に入る。
湯気に満ちた神秘の空間に、氷色の髪を垂らした氷茉が居た。
「背中を流してやろう。ルナトには『裸の付き合い』という言葉がある」
豪快にシャンプーを手に乗せ、その反面優しい手つきで私の髪を洗う氷茉。
「氷茉は早起きなんだね」
私がそう言うと、
「ルナトには『早起きは三文の徳』という言葉もあるからな。まあ、ずっと暗い故、朝かどうかは気分の話だがな!」
寝起きのテンションではない氷茉に、
「人の髪を洗うのに慣れてるの?」
と聞いてみる。あまりに気持ちいいから、気になったのだ。
「主様のお背中をよく流していたからな。そのたびに申し訳なさそうな顔をするからいつか辞めてしまったが。ふふ、お主は随分人に触られるのが好きらしい」
氷茉は桶を取り、湯を掬う。
白く濁った熱い湯がシャンプーの泡を流していく。
「ここは入浴剤も良いな。『薫衣草の香り』らしい」
ホテルのアメニティにあったと言う入浴剤とやらは確かにいい匂いがする。
「……おぬし、鬼は信じるか?」
氷茉はボディタオルにボディソープを付け、泡立てながらそう聞いてきた。
鬼、というのは昨日の心霊番組にも出てきたな。
「我が故郷、ルナトには鬼の伝説がある。そして、鬼とは"悪魔"であるという」
柔らかいタオルが私の背中を撫でるように動く。
「鬼は廟に住まうらしい」
私の腕を掴んで持ち上げ、脇まで洗ってくれる。少し、くすぐったい。
だけど、親に洗ってもらえたならこんな感じだったのだろうか。
それなら今経験できてよかった。
「爪は鬼の象徴だ。鬼は、艶やかな爪で優しい。悪魔は優しいんだ」
力が入ったのかちょっと痛い。
でも、私は気にしない。
「分かんないけど、堕霊は優しいよ。だから鬼も優しいと思う」
いつの間にか洗い終わっていたらしく、再びお湯をかけられる。
私の返答を聞いて、わずかに黙り、
「ふふ、お主はやはり可愛い。言ってほしいことを、温かい言葉で言う。ほれ、入るが良い。もしいつか、ルナトに行くならば主様に会ってほしい。そして救ってやってくれ」
と言った。私は促されるまま湯船に浸かり、
「一緒に来てよ、マニもあんたに懐いてるし心強い」
そう誘ってみると、
「お主は危険因子故に監視するのはありだな。"どんな封印でも解く"、そんな奴を一番近くで観察できるのだから」
「よく分かんないけど、そうだよ」
危険因子とは失礼な気がするが、まあ、ぎりぎり間違ってもいない。
「……お主、妹を起こしたのか」
「ん〜、起こしてないよ」
温かいお湯にほぐされるような気持ちだ。ふわふわの思考は氷茉の言葉をろくに理解しなかった。
「お姉ちゃん、入るね!」
ガチャッという音ともにすっぽんぽんのマニがいきなりドアを開けてきた。
びっくりし過ぎてお湯を飲み込む。
「え、なんで一緒に入ってるの!?」
私は咳が落ち着いてから、
「なんで入ってきたの?」
と聞く。
「だって独り言を言ってるから、茶化そうと思って」
「ふふ、いい性格をしとるな。どれ、せっかくだ。お主も洗ってやろう」
「良いの!? へへ、髪の毛洗うのって面倒くさいんだよね」
だから私についてくるのか。
氷茉はマニの髪を洗い始めた。
「ふむ、随分手入れされているな。オリは大切に洗っておったようだ。自分の髪の毛は適当に洗っていたようだがな」
まるで花園にいるようだ。
そよ風みたいなマニの呟く声が湯気に隠れて消える。
「ふふ、神様は案外情に弱いのだな」
それはバカにするわけではない、それこそ、情に満ちた騎士の声色だった。
風呂を出るとファーニンは起きていた。
「気持ちよかった?」
そう聞いてきたのだから、三人で入っていたのは知ってたはずだ。
なんで来なかったの、と聞こうとして止める。裸を見られたくない人もいるからな。
「うん、とてもね」
それにしても上手だったな。危うく寝るところだった。
「……えっと、トイレ行く? 私少し長いんだけど」
ファーニンは恥ずかしそうにそう言った。何も言わずに行けばいいのに。
「良いよ、廊下にもあったはずだし、なんなら隣の部屋はギャチたちだし」
そう言うとファーニンは安心したのかトイレに入り、鍵をかけた。
コト、という小さな硬い音が聞こえた。
なんで私は音を聞いているんだ、と嫌気が差しベッドに戻る。
柔らかいベッドが今はただ心地よかった。
ファーニンがトイレから出てきて談笑し、氷茉とマニが風呂から上がってきて盛り上がる。
いつの間にか朝食の時間になっていたから、また会場に向かう。
私たちが一番遅かったらしく、既にみんな待っていた。
「ごめんごめん、先に入っていればよかったのに」
「英雄さまが待とうと言ったからな。しゃあなしだぜ、相棒」
ギャチがそう言ってくれた。
「……ってか何で"相棒"なの?」
「いいじゃねぇかよ。あんたは一応命の恩人だからな。俺ぁ尽くすべき人には尽くすぜ」
男というのはみな、こういう性格なのだろうか。
「困らせる気はなかったんだがな」
もしかしたら、私は困った顔をしていたのかもしれない。
「……ううん。困ってなんかいない。でもね、私は友達が好きなの。だから、相棒でもいいけど命の恩人なのはキライ。そのためにこの場を用意することを頼んだんだから」
私が真剣にそう言うと、ギャチは吹き出してから、
「分かった、分かったよ。そうする。そのほうが相棒は落ち着くんだろ」
と言ってくれた。だから私は、
「それでよろしい」
と返す。
すぐに会場に着き、席に座る。
同じテーブルにはマニと、ゲーロイそしてリートが座った。
「よう、オリ。マジで宴会を開かせるとはな!」
「当たり前よ。彼らの負い目もなくなるし、接しやすいでしょ」
私は料理を取りに向かう。リートがついてきた。
「昨日とはラインナップが違うのね」
「飽きないな。お、コレとか美味しそうだぞ」
トングをとって『フライドチキン』を一つつまんだリート。
確かにいい匂いがする。私も一つもらおう。
「お、こいつもいいな!」
次のは『唐揚げ』と、『ヤンニョムチキン』だ。それを五個ずつとったリートは私のお皿にも勝手に五つずつ乗せてきた。
「無理やり──」
「はっはっは! 嬢ちゃんには笑顔が似合うぞ!!」
「はぁ、それって、シャウムからの受け売り?」
そう言うとリートは吃驚したように少し固まってから、
「はっはっは! そうだ、あからさますぎたようだな!!」
五月蝿い笑い声に、だが少し頬がゆるむ。
「どうだ。こっちも美味いぞ、きっとな!!」
次は『トマトパスタ』を乗せてきた。
「自分にも乗せてるの?」
「ん? もちろんだ。おらはどうにもお節介が好きでな!」
「それは知ってるよ。まあいいや、じゃあアンタに任せる」
私はリートのセンスに任せることにした。
「はっはっは! 任せるが良い、泥舟に乗った気でな!」
「頼むから沈まない泥舟にしてね」
リートはそこから、『炒飯』、『ルナト豚キムチ炒め』『たこ焼き』それに『チョコレートドーナツ』、『バニラアイス』。
随分重たくなった容器たちを零さないように机のうえに置く。
だが、飲み物を持ってきていないことに気がつき、飲み物を取ってくる。選ばれたのは紅茶と、牛乳。
そう言えば唯一『ちち』から教わったのは紅茶の飲み方だったっけ。
牛乳が先か、紅茶が先か、忘れてしまったから同時に入れることにしてる。その方が紅茶好きなマニが文句を言わないからだ。
「ねぇ、オリヴィアさん。見ない服だけど、出身は?」
驚いて咳き込み、トマトパスタが左鼻から飛び出る。
「……私? 私はステージって国だよ」
鼻をかみながらそう言う。
「へぇ……。それで思い出した。実験の神、マニュリカの娘なんだって?」
今度は両鼻から麺が飛び出してきた。
なんとか取り繕え。こんなのハッタリか、マニのせいだ。
「面白い冗談だね。吹き出しちゃったよ。ん、でも聞き覚えがある気がする。……あぁ、そうだ、マニみたいなんだ」
私がそう言うと、
「ふーん、妹のことはわかってるんだね」
ゲーロイはそう微笑みながら言う。
彼が食べているのは『夏野菜サラダ』だ。シャクシャクという小気味いい咀嚼が聞こえる。
「何、私の話?」
マニは『フルーツタルト』を何個か持ってきた。
「神の話」
「なるほどね。水神、ウンディーネ様に何用?」
偉そうにマニはふんぞり返る。
「ははっ、本物みたいだ」
彼はピザを食べながらそう笑う。
マニも釣られて笑っている。ずいぶん仲が良いようだ。
「おいおい、おらも会話に混ぜてくれよな!」
大きい肉の塊を噛みちぎるリート。
「じゃあ、とっておきを」
私は不敵に笑う。そして、続ける。
「次もまたここにいる人皆が集まるような事件が起こる。私はそれに接触しようと思ってる」
そう言うと、
「それは……」
リートが少し静かになった。私は甘辛いチキンを口に放り込む。
「革命派だッ……」
"だ"と口にした瞬間舌を噛んだ。痛い。
「そんなのに接触するのか。おらも手伝おうか?」
察したのか声を落としてくれた。
「いいの……? じゃあまた声かける」
そうして、私は新たな傷口とともに、楽しい打ち上げの終わりを惜しむのだった。
作物に大切な体を捧ぐ必要があるわけないじゃない──逃ぐ者 ヨルメ
子を持った途端に分からないという親は自分勝手だ──瞳を離さぬ子 シアル




