8 『黒騎士の来訪』
レイシュヴィーゼが再び眠りにおちた頃、学院の一室で、ミラはラクト、アカツキ、ベルと共にビステルと黒い軍服に身を包んだ二人の男たちと対面していた。
軍服の彼らは、王都の警護を主な仕事としている。
担当分野はその色で明確にされており、地方勤めは緑色、王族の誉れ高い近衛部隊の証は白色となっている。
「聞きたいことがあンだってよー。答えてやれや。」
ぶっきらぼうにそう告げられると、なぜか机を挟んで向かえに腰かける二人の軍服の男たちの片方が微妙な顔をした。
どうやら面識のあるビステルに、ある程度の前置きをしてもらう手筈だったようだ。
右側に座る男が苦笑しながらも口を開く。二十代後半ほどの柔和そうな顔立ちの男だ。
「………私たちは王都警護第一分隊の者だ。今日は先日のことについて詳しく事情を伺いにきた。」
彼らの目的を薄々気づいていたミラだが、改めてそう問われると、例えようのない恐怖にさっと青ざめた。
もうしないはずのあの死臭が周囲に満ちるような錯覚に陥る。
「おまえ、ンなとこに配属されてたのかー。」
緊迫した空気を一瞬で粉々に砕いたビステルは、ふて腐れたように頬杖をついた。
それとほぼ同時に、もう二十歳を少し過ぎたくらいの男が机を割らんばかりの勢いで立ち上がった。
恐ろしいことに、彼の手に握られた剣は真っ直ぐにビステルの喉に向けられている。
「無礼者!!こちらは王都警護第一分隊隊長、即ち王都警護黒騎士団の団長で在らせられるフェルゼ隊長ぞ!!!」
血液が逆流したように真っ赤になった顔で、今にも喉を掻き斬るような勢いがビステルに注がれた。しかし当の本人は意にも介さない様子で、にやにやと笑みを称えているだけだった。
「止めよマートス。」
「…隊長!!しかし……ッ!」
「この学院は私の母校である。そのような場所で剣を抜く許可を与えた覚えは無いぞ。」
「くっ!私としたことが…!申し訳ありませんでした!!」
「アッハハ!おぉい!愉快だなーァ。」
「…ビステル殿も、あまり煽られますな。この者はまだ若い故、血の気が多くてかないませぬ。」
大人達の上下関係が垣間見えたような気がして、ミラは小さく笑みをこぼした。肩にのし掛かっていたものが、すっと軽くなったような気がした。
「俺たちは、ただ核を捜していただけです。そしたら急に、あの化け物が現れて…一体、あれは何だったんすか!」
痺れを切らしたように声を張り上げたのはベルであった。横顔からは恐怖の色が拭いきれていないのが分かる。彼もまた、異形の生物を前に震えを隠しながら挑んだ一人であった。
彼はあの後、少数の生徒と関わりを持ったのだが、自分たちのように命の懸かった修羅場を潜り抜けたような素振りは一切無かった。
詳しく話を聞いたところ、暗闇のなかに放り込まれて戸惑いはしたが、間もなく空間制御魔法は解かれ、各々の担当経論と対面したという。
同じ場所にいたというのに、どうして自分たちだけがあんな目に会ったのか。
一度は自ら刃を向けてしまったリーゼと、あの視界を維持してくれていたリスティ
は無事なのか。
ここで彼の疑問と苛立ちは膨れあがったのだが、緘口令を出したビステルとコンタクトをとろうにも、不慣れな学院ということもあってなかなか思うようにはいかなかった。
やっと詳細を知れるチャンスが訪れたのだ。
自分たちの身にいったい何が起こったのか。あれは何だったのか。緘口令まで持ち出すほどの出来事だったのか。
知りたい、という彼の欲求は高まっていた。
いっぽう、フェルゼは不快感を抱くことはせず、逆に当然の主張だとベルの言葉を受け止めた。小さく頷いてから、真摯に少年たちの目を見る。
「ひとまず、そちらの知っていることを話してはくれないだろうか。」
「…ミラ。おまえが見たことを話せ。こいつらは、おまえらの身に起きたことを知りてーらしい。」
指名を受けたミラは驚きの色を見せたが、脳裏によぎったレイシュヴィーゼとリスティーユの姿が彼女に勇気をくれた。
「………ええ。」
意を決したように頷いたミラは、後方で起こった出来事を克明に語り始めたのであった。