6 『爆発』
2010・06・25改稿しました。
先手を打つべく異形の生物に飛び込む三人。
唯一の視界を保持する役割を担ったリスティは、あまりの恐ろしさに震えと汗が止まらなかった。
遠くから見ても分かるほどの異様なオーラ。
ヒトでも動物でもない形容し難い容姿もさることながら、その『物体』を取り巻く空気はひどく淀んでいて、近づくだけでも気が遠くなるほどのものだ。
少し離れたこの場所から観察するだけでも悪寒が背中を駆け上がるというのに、直接戦闘をしている三人が何ともないはずがない。
心配すらしたものの、彼にはその足を進めるほどの魔力と集中力と勇気を持ち合わせてはいなかった。
悔しい。
でも、それ以上にリスティはこれまで感じたことのないほど大きな不安と恐怖だけで頭がいっぱいだった。
あの凶悪な鉤爪が、いつ自分に届くか分からない。身をひたすほどの怯えが黒い大蛇のように巻きつき、締め上げる。
「リスティ、大丈夫。前の三人を信じて。」
いつの間にかきつく握られた右拳の上に、レイシュヴィーゼの手が重なる。
「そおよー。守られるなんて癪だけど、あたし達は魔法使いなんだから今は仕方がない。できること、やらなくちゃねー。」
同じく左拳にはミラの温もり。
二人とて恐ろしい状況に立たされているというのに、横顔に不安な要素は見当たらない。
リスティは先程の自分をひどく恥じた。
今の彼の実力では、光を灯しながら別の魔法を発動させることはできない。
…できないが、この視界を保持できるのは自分だけ。
一度見失いかけた己を取り戻した彼の瞳に、再び光が宿る。
両手から流れてくる微量の魔力には、リスティを奮い立たせるには充分な勇気が含まれていた。
前線の戦局は切迫していた。
剣にも劣らない鉤爪は、少年たちの腕力を遥かに超えるそれで容赦なく後ろへ追いやっていく。
熟練したわけではない荒削りの剣術で戦おうとすれば、当然苦しいものとなる。
しかし、退くこともこの先への道を譲ることも決して許さないという三人の揺るぎない思いが、なんとか鉤爪と刃を交える勇気を支えていた。
激しい攻防のなか、リスティが照らす空間が保たれる時間はあまりに少ない。
暗闇に戻ってしまえば勝機は、ない。
額に汗を滲ませながら、想像される最悪の結末を振り払うかのように、三人は果敢にも戦い続ける。
「視界がもたない!俺とアカツキが両の爪を止める!!その間にお前が詰めろ!」
ベルの返答を待たずに、ラクトはアカツキと息を揃えて左右から飛びかかる。二人はこれまで以上の気迫で、異形のものへ体当たりさながらに剣を押し付けた。
爪と剣が触れた瞬間、何度目かの痺れが腕を襲ったが、二人とも容易には退かない。
脳裏にレイシュヴィーゼと、ミラ、それにリスティーユの姿が映る。
自分の背後には彼らがいる。
ここで刺し違える覚悟が無ければ、きっと彼らの元に凶爪が及ぶであろう。
規格外の腕力に耐えているために、腕だけでなく、上半身が小刻みに震える。
金属がこすれる耳障りな音が途切れ途切れに小さな悲鳴のように続き、必死の形相のアカツキとラクトは体の軋む音を聞きながらもただ思い爪撃を防ぐ。
動きを封じられた異形の生物を目指してベルも駆ける。
その過程で幾度も光を弾かせながら。
「おらァアーーー!!!」
剣を大きく振り上げて、渾身の一撃を撃ち込む。
硬い皮膚を突き破ると、その先は面白いように刃が進んでいった。
内臓を押し斬っていく未知の感覚に、ベルは吐き気を必死に抑え込んだ。
早くこの不愉快な感覚から解放されたい。中ごろまで突き刺さった剣を引き抜いてしまいたい。
けれど。
剣の道をゆくためにこの学院にきた。命を奪うという行為も、いつかは破らねばならない壁のひとつだ。
ベルは更に力を込めて奥へ、奥へと柄を押し込む。
その瞬間、目の前の生物の口元が歪な曲線を描いた。
至近距離にいたベルだけがその変化に気づいていたが、声を上げるほどの時間的猶予はない。
そして、誰も予想できなかった事態が発生する。
体を貫ききったその瞬間、異形の生物は何の前触れもなく肉片を撒き散らかしながら爆発した。
や、ばい。
反射的に剣を引っ込めて退避しようとした時には全てが遅かった。同時に辺りは再び暗闇に覆われ、程なくして血肉の臭いが充満した。