21 『鬼の勘―出会いについて』
「おぉーい、てめェら。逃げてばっかじゃ鍛練にならねェぞーおォ。」
死ぬ!俺はたぶん今日ここで死ぬ!!必死の思いで剣をかわす俺の心中などお構い無しに、先生はどこからか持ってきた座り心地の良さそうな椅子にふんぞり返ってにやついていた。
いけない。気を抜いていると確実に斬られる。
一旦距離をとった相手との間合いを測りながら、俺はもう何度目かの突きを試みた。しかし刃は簡単に押さえつけられ、自分の力では振り上げることすらできなくなってしまう。
仕方がなく剣を置いたまま後退すると、容赦ない蹴りが腹に食い込む。そのまま仰向けに転がった正午過ぎ。早朝から続いている斬り合いは正面突破を失敗した昨日と同じメンバーで、しかし状況だけが異なるなかで再現されていた。
どうして俺をはじめベルとラクトがなぜ守衛に二度目の斬り合いを挑むことになったのか。
その理由は、昨晩、魔法使い二人が消えた後の先生の提案…というか教唆が原因だった。
―――てめェらもよォ、いくら便利だからって魔法使いに頼りきってちゃあ男が廃るよなァ…強くなんねェとなァ?―――
その言葉に触発された俺たちは夜に話し合い、ビステル先生に指導を仰ぐことしした。
そして早朝。話を聞いた先生は俺たちを呼び出すと、いきなり守衛の前に突き出した。
絶対にこいつらを外に出すな、と念をおして。
「おい、アカツキィ。」
なにか武器になるようなものはないかと辺りを伺っていたところ、先生が座ったまま手招きをしているのが見えた。どうせくだらない用事か絡みだろうと検討をつけながら寄ってみると、痛いほどぎゅっと手を握られた。
しかしここで声を上げたら何か負けた気がするので唇を噛み締めて我慢する。
からかわれるのは嫌いだ。
「ふーん。へぇ。やっぱりな…おめーに剣は向いてない。違いねェ。」
「は?」
先生はぼそぼそと何かを呟きながら宙に数式のようなものを描く。何もないはずの空間に浮遊する文字の羅列は先生の指先に従って掛け合わされたり組み合わされたりしていく。
そんな様子をぼぅっと眺めながら、たった今聞いた言葉を反復する。
剣に向いてない。
騎士にはなれないということか?うわ、まじかよ。何もこんな時に言わなくてもいいのに。
「アカツキ。」
呼ばれて顔を向けると、額に指を…突っ込まれた。
「えっ、えぇっ!?先生、何して…あれ、痛くない?」
なにやら指はぐにゃぐにゃと動き回っているのだが、見た目がグロいだけで、頭のなかを掻き回されているなんていう味わいたくもない感覚は感じない。
ぶつぶつ何かを呟きながら作業を続ける先生を前に口を挟めるわけがなく、後頭部を固定されたままじっと耐えていると急に鋭い痛みが頭の奥で疼いた。
「っ、先生!」
痛い、痛い、痛い!頭が割れそうなほどの激痛に思わず身体を丸めようとするが、しっかりと捕まれた後頭部のせいで肩だけが上がった。
「ち…っ。つうか、強引に解除できたら世話ねえよな。はあ。…お前、何が起こっても熱くなりすぎンなよ。いいな。」
解除、という言葉にひっかかりながら、とりあえず騎士になるなと言われなかっただけ良かったと胸を撫で下ろす。
それから先生は何を思ったか、以前に自身が精製した部分のあるピアスに手を翳す。すると、淡い光の後に見慣れた片刃の武器が現れた。
刀だ。
故郷でお目にかかったきりだった独特の懐かしいかたち。剣とは違う、片刃で細身の武器は蘇我色の鞘に収められている。宙に浮いたそれを手にとってみると、まるでずっと愛用してきたような馴染み具合に驚く。
「先生、これは?この刀も先生が精製したんすか?」
ゆっくりと抜刀すると、鏡のように己を写し出す鈍く美しい刀身が姿を現した。
「お前の大事なものを生かしも殺しもする業物だ。銘を…『真守』。」
にやりと笑う先生は、乱暴に俺の頭を揺さぶる。相変わらず限度を知らない行動は、俺が先生の腹を柄で突くまで続いた。
「コレの使い方なんざ身体に染み込んでンだろ。」
まるで俺の過去を、生い立ちを知り尽くしているかのような口振りに、思わず先生を凝視する。しかし、伺った目の奥にある感情を読むことなどできるはずもなく、珍しく真顔な先生の口から続く言葉を待った。
「『鬼』であることを負い目にするな。てめーが鬼であることは変わり無い事実だがそれ以前に、だ。―暁(夜明け)の名を冠する者。―それが、お前だ。」
『あかつき…、暁…。私の、夜明け…』
先生の眼差しが、先生とはちっとも似ていない誰かと重なった気がした。鬼である以前に俺はアカツキなのだと諭す先生は、俺が返す言葉を探している間にいつものニヤニヤ笑いに戻っている。
そのまま俺から外された視線は、未だ守衛に立ち向かうベルとラクトに向けられた。やはり突破はむずかしいらしい。気を取り直して真守をぎゅっと握る。
俺は、俺。
今まで独りきりで守ってきた俺自身を、先生が認めてくれているのだと思うと力が湧いてきた。
引き抜いた刀身が太陽の光を反射してきらきら光る。
斬り拓いてくれるか、真守。ミラへの道を。
年齢にしては大人びた容姿に不釣り合いなほど、いつだって不器用に皆の身を案じてくれたミラ。
歓迎会では果てしなく死に近い瞬間を潜り抜けられる要となってくれた。
あの時、ミラがいなければ全員命はなかっただろう。
あの暗闇のなか、偶然リスティと道を共にすることがなければ視界もないまま襲われて犬死にだった。
もしもリーゼ達と合流できていなかったら、魔獣に抗えることもなく、万が一にも止めを刺せたとしてもあの最後の爆発で木っ端微塵だったに違いない。
出会うべくして出会ったのだと思う。だから、『一扇』は誰ひとりとして欠けてはいけない。それは思いというよりは、もっと別のなにか、俺が知る言葉のなかで当て嵌めるとしたら『直感』だった。
俺の勘はよく当たる。そして俺は俺の勘を信じている。
ミラが自分の意思と関係なく離れたのだとしたら、それは何としてでも阻止しなければならない。そのために、学院を守ってくれている守衛には悪いが、何としても一旦学院を脱出しなければならないのだ。
守衛は既に俺と対峙するように待ち構えている。俺は顔の横に刀を構えて、相手の懐に向かって走り出した。