番外編 『青い花』
あいつらをジャングル(あっち)に送ってから三日経った。
昨日、夢魔の長の命で去ったミラ以外の奴らをそろそろ戻してやらないと、と思いながら、まじないを使うのが億劫でなかなか行動に移せないでいた。
元気でやってんのかな、あいつら。
もし食糧を確保するような実力すら無くても、たった三日じゃ飢餓で死ぬことはない。獰猛な獣がいるような場所じゃないし、よっぽどの間抜けじゃなかったら大怪我も無いはずだ。
…変な木の実食べて腹でも壊してたら傑作だな。
なぜかベルが腹を抱えている様子を想像したら、笑いが込み上げてきた。あー。俺ンなかでベルはこういうポジションか。
続いてそんなベルを心配そうにのぞきこむリーゼ。とセットでウィグルが出現。俺の妄想のなかでも、ウィグルは咎めるような視線を向け、華やかな容姿を持ちながらもリーゼの影に徹している。おお、こわっ。
アカツキは大爆笑。ミラは高笑い。ラクトは呆れたようにため息をつく。こいつら、思いやりとか遠慮が無さすぎるな。
一人おろおろするリスティの慌てっぷりからは、凄まじい精度と範囲を誇る探索魔法の使い手だということを感じない。微塵も。ギャップすげェよ。
「あー。もう、こんな時間か。」
ふと空を見上げると、こっちの気も知らずに照りつける太陽が真上から光を向けていた。
…寄り道してから呼び戻そう。
一人でそう決めると、あいつらをジャングルへ送った要領のまじないで道を開き、俺はある場所へと向かった。
辺り一面に咲き乱れる青い花。
根を張ったが最後、永遠に枯れることのない珍しい品種が、この崖の上を埋め尽くすほど自生している。
目下には海が広がり、潮風と花の混ざった独特な香りが鼻腔をくすぐる。不快感は無い。むしろ良く知ったそれは、俺にとっての精神安定剤の役割を果たしていた。ここに立てば、自分が地の果てにいるという酔狂な錯覚を覚える。
「いつかは、あいつらもここに連れて来てやっかなァ…。」
口に出しただけで、ベルのはしゃぐ様が浮かぶ。…また、ベルか。
しかし花なら女性陣―と言っても二人だが―が手離しで喜ぶかもしれない。ミラのリアクションは何となく想像できるが、未だ壁を作ったままのリーゼの硬い表情が綻ぶのを見てみたい。
いくら乱雑に扱っても手折れない花にそっと手を添える。
この花弁は、いったいいつから花開いていたのだろう。
散ることを許されず、ただ悠久を咲き続けることは苦しみなのか、それとも喜びなのか。はたまた全く別の感情か。尋ねれば十人十色の答えが返ってきそうだが、あいつらに聞いたら何と言うだろう。まあ、その話も、とりあえずは呼び戻さないと始まらないか。
重たい腰を上げて、今さらその存在に気づいた。この小さな花畑を覆う、薄くて繊細で難解な結界の存在に。
自然環境に極力影響を与えないように精密に張られたそれに、よく見知った魔力を感じた。
「…お前かァ………。」
俺は無意識の内に既存の結界の上から新たなものを張ろうとするが、直前でやめた。
代わりにポケットから青い魔鉱石を取りだし、足元に広がる花を細部まで想像しながら手を翳す。
一瞬、淡い光を纏ったそれは、次の瞬間には花と瓜二つの精巧な彫り物と化した。
「俺ァ、ほんっと天才だなァ。」
よく見なければ本物と区別のつかないような傑作を、群生するなかに紛れ込ませる。これで、ぱっと見では分からない。
しかし、生花が纏う、海の色を吸いとって凝縮したような青さは、年々、ほんの少しずつ深みを増していく。 当然、石の花はそうはいかない。現時点での状態で在り続けるのだから。
いつか気が遠くなるほど先の未来においては、ただ一輪だけ異色の浮いた存在になってしまうことだろう。
「悪いな。」
呟いてから背を向ける。
それでも、あの偽物にだって意味はある。
あいつがこの場所を人知れず守っているのなら、俺は俺が俺のままで在るサインを残さなきゃいけない。
そうだ。あいつらを連れてきた時にでも、仲間はずれの花を探させてみよう。授業とか訓練とか名目を付ければ、きっと馬鹿みたいに真剣に取り組むだろうから。地道に草の根かき分けにゃならん野郎共を除いて、一番に見つけるのは…リスティか?
一度、思い切り背伸びをしながら肺いっぱいに空気を取り込む。塩気と爽やかな甘い香りが身体中に染み渡っていく。目を閉じて、開けた。
いい加減、迎えに行かねェと。
まじないで道を開いてから、そこに足を踏み入れる前に振り返る。
青い地面。幾年過ぎても決して終わらない青の連鎖は、いつか誰かが手を加えるまで終わりなく続いていくのだろう。
俺の花の存在が与えた変化は、あまりに小さくて、その役目を果たさない。というか、俺は逆にこの場所の変化を望んでいるわけじゃあない。只でさえ目まぐるしく容貌を変えていく世の中や人生なんだから、たった一つくらい不変があったって罰は当たらないだろ。たぶん。
ほんとの帰り際、試しにじっと目を凝らしてみる。石の花がどれかなんて、さっぱり分からなかった。
俺ァ、ほんっと天才だなァ。