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きみに、  作者: むんく
学院編.Ⅰ
20/25

番外編 『ウィグルのお留守番』

 ファウストの住人たちの留守を守るウィグルは、黙々と屋敷の掃除に励んでいた。

 人がおらずとも埃はたまる。

 だだっ広いメルト家でレイシュヴィーゼと二人きりで生活してきた彼は、その事をよく知っていた。


 昨日、ビステルさんによって飛ばされた六人が自動的に(・・・・)戻るまであと三日。

 それまでは、彼らが自力で出口を見つけない限りダンジョンから抜け出すことはできない。らしい。

 昔からまじないと称して奇怪な現象を起こしてきた経歴から、今回のものも魔法とはまた違う類の術なのだろう。

 生憎、私にはそれを攻略する手段がない為、お嬢様を連れ出すことは不可能だ。

 従者というポジションでいながら、こうも頻繁に主の元から離れることになるとは。

 はぁ。

「おぉーい、ウィグル。なァにため息ついてんだァ。…コレか?」

「違います。」

 悪のりする隙を与えずに即答し、不自然にそそり立つビステルさんの小指をきっちり折り畳む。

 いったいこの人はどこから入ってきたんだ。

 神出鬼没の元・上司はいつものようにニヤニヤと不快な笑みを浮かべて部屋中を見渡している。

 探し物だろうか、と気になりはしたが、あえて何も言わなかった。下手に関われば、面倒なことに巻き込まれるに決まっている。

 わざと視界に入るようにうろうろするビステルさんを極力意識しないように掃除を続けると、今度は大げさに声を上げ始めた。

「おっかしいなァ~。」

「…。」

「どーこやったんだっけなァ~!」

「……。」

「あーれーっ!?」


「……どうしたんですか。」


 耳元で叫ばれたら聞こえないふりをするわけにはいかなかった。

 不愉快すぎる。

 苛立ちに負けて無視を止めた私を、ビステルさんは勝ち誇ったような目で見る。

 屈辱だ。

「いやァ、さっき『復隊願』の書類貰ったんだが、どっかいっちまったみてェでなァ…」

「!…復隊…なさるんですか?」

 ビステルさんは退役軍人ということで学院で教鞭をとっているようだが、まだまだ現役を退くような易い人物ではない。

 剣を持たせれば国でもトップクラスの実力者で、過去にはある王族の専従騎士まで務めた経験もある。

 そんな彼が退いた理由を歓迎会でそれとなく聞いてはみたが、いつものようにのらりくらりとかわされてしまった。

 人望も篤かった彼が復隊ともなれば、騎士団が湧くことに違いない。

「あ、見っけ。てことで、てめー、証人。ここにサイン。」

「私も一応、退役した身なんですが…有効なんですか?」

「おー。」

 ウィグル・フリー。

 サインを終えると、ビステルさんは即座に書類を畳んで懐に忍ばせた。

 あまりの早業だが、期限が近い等の理由で急いでいるのだろうと解釈した。嬉々とした様子を見るに、本人も待ちに待った復隊なのだろう。

 しかし、お嬢様がたの担当はどうするつもりなのか。

 彼の性格上、中途半端に責任を放棄するようなことはあり得ない。

 だとすれば、少なくとも残りの五年と少しの期間は教諭を続けることになる。


 …ちょっと待て。


 確か、復隊の申請は勤務復帰の二年前までだったはず。

 したがって今、書類を準備する必要はない。ましてや要らない書類を急いで提出なんてわけがあるか?

「…ビステルさん。」

 考えれば考えるほどぼろぼろとこぼれてくる矛盾点を問いただそうと振り返った先に人影は、ない。

 …やられた!









「おら。確認しろよ。」

 学院の敷地外に立つアピルの木の下で、ビステルは懐から取り出した書類を男に突きだした。

 男は数枚の紙を慎重に黙読すると、小さく頷く。


「取引成立だ。…分かってるったァ思うが、他言無用。ばらせば一族諸とも命はないと思え。」


 冷たい風が男の頬を撫でる。

 暖かいこの季節に不釣り合いな温度は、自然物でないことを明確に表していた。

 研ぎ澄まされた刃物のような視線を真っ直ぐ受け止める。

 ビステルの放つ圧倒的な威圧感に耐えうるほどの精神力を持つ男だったが、内心では底冷えするほどの畏怖を抱いていた。

 存在のみで他を圧倒するほどの力を持ちながら、この学院で教諭という立場に甘んじている騎士。欲がないと言ってしまえばそこまでなのだが、鋭い瞳の奥底にはどうにも何かが潜んでいるような気がしてならないのだ。

 いつの間にか煙のように姿を消したビステルがいた方向を見据えてから、男は一連の思考を無かったことにして愛馬に跨がった。

 手綱を引かれたユニコーンは一度前足を高く蹴り上げると、二歩目には空中を闊歩する。

 黒い騎士の制服を着たフェルゼは、端整な顔を引き締めて王都へ向かって翔けて行った。

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