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きみに、  作者: むんく
学院編.Ⅰ
14/25

13 『抱えるもの1』

 リスティーユはジャングルのなかを歩き回っていた。

 周囲には熱帯林が生い茂り、吸い込む空気は湿度が高くてあまり気持ちのよものではない。彼は目を閉じて、探査魔法を発動する。

 すると、死角ゼロの視界が脳裏に展開するなかで、見知った大柄の友が同じく当てもなく徘徊しているのが確認できた。

 艶のある藍色の髪に、妖しげに光を反射する切れ長の三日月。

 アカツキの傷だらけの顔は、彼に対してのイメージを一瞬で悪い方に決定付けてしまうことが多いが、本来の面倒見の良さを知るリスティーユには、ファウストの良き母というなんとも優しげな喩えで認知されている。

 額から滴る汗を腕で拭い、辺りを警戒するようにぐるりと見回してから、アカツキの元へ向かうべく、その場を立ち去った。

―――――――――

 普段は靡かせている肩下ほどの髪は、後ろで一つに結わいた。絡み付くような湿気と気温からくる不快感を、少しでも和らげるためであった。

 移動の為、前を行く背中に続くが、足場の悪さで遅れがちになってしまう。

 高い頻度でこちらを振り返るラクトと、転びそうになるたびに後ろから支えてくれるベル。

二人とも気にかけてくれているのは分かるが、そんな心配をかける自分が情けなかった。


「リーゼ、そこ気をつけろ。木にトゲが生えてる。」

「リーゼ、危ねぇからそっちの方から行けよ。」

「ありがとう。平気よ。」

 本当は、さっきから何度も躓いたおかげで足の至るところが痛むし、鋭利な断面の細い草に何回も腕を傷つけられた。

 しかし、それら全て些細なことだ。

 今は何よりも、ビステルによって放り込まれたこのジャングルから抜け出す方法を模索することが先決なのだから。





 ―――――時刻を遡ること四時間。

 いよいよ扇での授業が始まるとあって、レイシュヴィーゼら六名は期待半分、不安半分でファウストの談話室に集合していた。

 ここフールヴィエル学院の一年生達は、まるまる二年を扇のメンバーで過ごすことになっている。

 そこには少人数であるという利点を生かして、徹底した基礎力を培わせる狙いがあった。

 三年生に進級すると校舎での座学が始まり、そこでは扇を解体して実力や能力別に指導を受ける。そうして切磋琢磨しながら更に上級生となり、最終学年になる頃には引く手あまたの人材へと成長するのだ。

 レイシュヴィーゼらの一扇は、入学試験トップ組としてファウストと呼ばれる屋敷で生活することを許された、謂わばエリート集団であった。

 一扇が現れる世代は少ない。

 あの歓迎会で魔法の仕掛けに気付き、核まで辿り着くのには相当の実力と知識と運が伴うからだ。

 あまりのハードルの高さに何十年も空席が続くこともあったという。

 その中で貴重な一扇は例外なく非凡な才能を持ち、国の重要なポジションにつくことも多い。

 そんな事情から、必然的に上級生達の注目の的となっている彼女らだったが、当の本人たちの耳には入っていない。それも代々続く一扇への学院からの配慮であった。

「よーぉう。ウィグルとは仲良くやってっかァ?」

「ビステル先生!」

 見慣れない満面の笑みを浮かべたビステルがいつの間にかそこにいた。

 言っては悪いが、あまりにも凶悪なそれに、付き合いの浅い彼らでさえ不吉なものを感じる。

 ウィグルに至っては、さり気無くレイシュヴィーゼの背後で目を光らせる始末だ。


「てめーら、ジャングル行ってこぉい。」


 青い瞬きが六人の視界いっぱいに広がる。


「ウィグルっ!!」

「お嬢様っ!?」

 咄嗟に伸ばした手も空を切り、渦のようなものに巻き込まれた子供たちは為す術ももなく深みに引きずり込まれていく。

「出口は一応作っといたが…頃合い見て呼び戻すからなァ!死ぬなよー!!」

 意識が途切れる寸前、全員の耳に楽しげなビステルの声が響いていた。





 すっかり日も暮れた頃、レイシュヴィーゼを始めとする三人は、大木の空洞のなかで座り込んでいた。

 探索魔法で手頃な場所を探してみたところ、様々な観点から見て最も安全そうな場所を選んだのだ。

 そして三人で話し合った結果、今夜はここで一晩過ごし、明日からの行動を練ることになった。

 外では、焚き火がぱちぱちと音を立てながら光を放っている。

 いつ訪れるとも知れない窮地に備えて、レイシュヴィーゼの魔力を温存するために用意されたものだった。

 いくら昼間が蒸し暑くても、夜は一変して冷える。

 この急激な気温の変化に慣れない体では、対応が追い付かずに体調を崩す危険性がある。逸早くそのことに気づいた二人はすぐに行動に移った。

 器用に石を研いて斧の刃を作り、摩擦の力で火を起こしたラクト。

 即席の斧を使って自ら集めた木材を割り、薪を確保したのはベルだった。

 そうして快適になった、焚き火の温い風が吹き込む狭い空間で、三人はそれぞれ向かい合って座っていた。

「私の探索魔法の精度じゃ限界があって、力の及ぶ範囲がリスティよりずっと狭いの。…ごめんなさい。」

 役に立てなくて。


「そんなことはない。」

「そんなことねえよ。」


 見事に合致した二人の声に、レイシュヴィーゼは思わず吹き出した。

「息、ぴったりね。」

 意中の人の笑顔を真っ正面から受け止めたベルとラクトはほぼ同時にあらぬ方へ目を游がす。

 再び息の揃った行動を見せた二人に、レイシュヴィーゼはまた笑った。

「…方法はともかく、はぐれた皆と合流するべきだろうな。」

 場の空気を取り繕うように発言したラクトの意見に反論はなかった。

「でも、どうやって?リスティが俺たちを見つけるのを、ここで待つってか?」

 彼の探索魔法は、確かに優れている。

 使用時、通常は人として認識できるだけなのだが、リスティの場合は人の容姿まで詳細に特定することができる。

 魔力の量ではレイシュヴィーゼとそれほど変わらないが、術士にもそれぞれ得意分野が存在するのだ。

 彼の探索魔法の精度は並外れた高さを誇っていた。

「そうね。最低、三日間は動かないで様子を見ましょう。下手に動いて行き違いにでもなったら大変よ。」

 明日からの行動が決まったところで、ベルは寝ずの番をするために外へ出た。歓迎会での辛い経験が、彼らの成長に必要な警戒心を養ったのだ。

 いつ何が起こるか分からない。

 浅い眠りに落ちた二人を外から眺めるベルの黄金の髪が、満天の星空の下で一際眩しく光った。

 夜はゆっくりと更けていく。

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