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きみに、  作者: むんく
学院編.Ⅰ
12/25

11 『再会とおまじない』

 朝日が昇った。

 朝露に降り注ぐ光はきらきらと輝き、国で最も美しいとされる森林はその神秘のオーラを増している。

 そんな大自然の中央に建つ古城は、建国と同時に多くの学生達を雨風から守り、学びの場を提供してきた。

 選び抜かれた才ある子供たちは六年間の大半の思い出をこの場所で積み重ね、卒業後もそこで得た友人を生涯の友として王国の一員となるべく巣立っていく。

 今年も数十人ほどの新入生が真新しい羊皮紙の名簿に名を連ね、代々引き継がれてゆくそれはほんの僅かに厚みを増した。




 入学式から五日。大多数の生徒たちは例年通りに歓迎会を終え、浮き足立った入学式から落ち着く時期に入った。


 しかしレイシュヴィーゼら六人が揃って顔を合わせるのは今日が初めてだった。

 彼らにとっては悪夢のような『歓迎会』の終結後、魔力切れの状態で運ばれたリスティは、充分な休息と流動食をはじめとした大量の食料をその細い体に流しこむことで次の日には上半身を起こせるまでに回復した。

 固形物を食べられるようになった当日に彼の胃袋に収まった食事の量は成人男性の平均的な夕食四十七人前に達し、外見からおおよその見当をつけていた学院のシェフ達を青ざめさせたという。

 三日間眠り続けていたレイシュヴィーゼも献身的なウィグルの介抱で徐々に回復。

 今ではすっかり元気になって、共に窮地を潜り抜けた友人達との再会を喜んでいた。



 フールヴィエル学院はクラス制というわけでなく、入学時の歓迎会で自然に形成されていく二名から六名ほどの生徒で『扇』と呼ばれるグループを組んで六年間を過ごす。

 最初から大きな災難に見舞われた彼らが属することになった扇の発足は、他と比べて出遅れてしまった。

 しかしそのことを杞憂する者は誰ひとりおらず、皆が心から再会と無事を喜んでいた。

「よーおォ。揃ったな」

 レイシュヴィーゼ達の前に現れたのは人相の悪い銀髪の男だった。見覚えの無い男に彼女はうん?と首を傾げる。

 それもそのはず、この男性があの場に駆けつけた時には彼女は既に気を失っていた。

 更に、その後も、従者であるウィグルがあらゆる手段を用いて面会を片っ端から謝絶していた為、事情聴取に訪れた黒騎士、親しい友人であるミラまでもが今日まで彼女と面会することがかなわなかったのだ。


「ビステルだ。おまえらの担当な。二人とも、すっかり回復したじゃねえか。」


 口を吊り上げてニカッと笑う彼は、襟足の銀髪を尻尾のようにまとめている。

 目は強烈なつり目であり、お世辞にも穏やかとはいえないが、レイシュヴィーゼとリスティーユは怖いという印象はもたなかった。


「今回のことでリーゼとリスティがぶっ倒れた時の対処法はバッチリだなァ、野郎共。もしもン時は死ぬ気で寝床と食糧確保が最重要項目だ。」


「僕らは良いとして、ミラはどうするんですか?」

「あたしも食べ物よー。甘いもの限定だけどねぇ。」

 再び魔力を使いきることを前提とした会話は止まらない。

 しかし危機的状況に陥ることを冗談として持ち出せるまでに落ち着いた状況に、レイシュヴィーゼは肩の力を抜いた。

 入学式の出来事が嘘のような穏やかな時間。

 張りつめていた緊張の糸が今になってようやく緩んだ。

「あーあァ、忘れてた。誓い立てっぞ誓い。」


「誓い?」

 聞き返したラクトに同意するようにビステルを見れば、彼は逆に不思議がるように片眉を上げた。


「言ってなかったかァ?校則だ、校則。」

 ビステルはせっせと親指ほどの銀塊を全員に配った。

 まじまじと凝視してみると冷んやりしたそれからは、得体の知れない魔力が垂れ流されている。

 おそらく魔法鉱物の一種だろう。

「…んーぅん、決めた。『アナシア・ネミア、【ケテナジス】』。」

 ビステルの呟きと同時に銀は眩い光を帯びながら形を変えた。

 両耳から後頭部にかけて違和感を感じて手探りで確かめてみると指先に優しい冷たさがしみる。細かい形状は確認できないが、恐らくヘッドドレスの一種だろう。

「魔法?」

「いンや、まじない。」

 ビステルはレイシュヴィーゼの腕をとって引き寄せると、今しがた完成したばかりのヘッドドレスを様々な角度から満足げに観察した。


「我ながらいい感じに生成できたじゃねェか。てめェら、気に入ったろ。」


 彼の瞳の軌跡を追うように目をやると、それぞれの体には形こそ違えど鈍く煌めく装飾品があった。

 ミラの首にはチョーカー、ラクトの人差し指にはリング、リスティの手首にはブレスレット、アカツキの耳には赤い石をあしらったピアス、ベルの二の腕にはアームリング。

 緻密に加工が施された銀細工は、どれも目の肥えた貴婦人たちでさえもうっとりしてしまいそうな美しさである。

「先生、なんで急にこんな…、」

 耳にかかる新たな重みを確かめるように触れながら、アカツキは難しい顔をして先生に尋ねた。


「校則だっつの。誓いを立てた。それは俺からの祝福だ。せめて卒業するまでは身に付けとけよ。」


「えー?何よそれぇ!いつの間に立てたのよおー!!」

「今だ、今。『ケテナジス』を破んじゃねェぞ。…そうだ、『ファウスト』には慣れたか。」

「宿舎のことー?」

 レイシュヴィーゼを除く五人は、現在、学院の敷地内にある『一扇』専用の『ファウスト』という一つの屋敷で共同生活をしている。

 各『扇』に割り当てられた建物には、生活に必要な風呂場や台所などは勿論、共同スペースも数多く備わっている。朝食と夕食は原則こちらで摂ることになっており、学院の外に出ることが許されない生徒たちのために、食糧保管庫には魔法で新鮮な野菜などが毎日補充されていた。

「それから今日から俺の代わりに講師がファウストを監督してくれる。仲良くしてやれよーォお。」

「講師だぁ!?他の扇は担当が住み込みじゃんかよ!なんで俺らだけ…」

「俺は忙しいんだァ。講師っつても素人じゃねェから安心しな。」

「意味わかんねぇし!」

「そう吠えるなよ、ベル。先生にも事情があるんだろ。」

「うっせえ!」

 たしなめるラクトを乱暴に押し退けて、一向に引く気配のないベルは尚も食い下がろうとするが、ビステルがある場所にちらっと目配せした途端にピシャリと大人しくなった。

 ふて腐れた様子ではあるが、どうやら落ち着いたらしい。

 ミラを除く二人の魔法使いはほっと息をついた。

「今日は解散だ。一日休んで、明日からは本格的に始めるからなァ。準備しとけや。」

 意味ありげな視線をベルに向けてから、ビステルは鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌にその場を後にした。

 ぞろぞろとファウストへ戻る道中で、ラクトはこっそりとベルに耳打ちした。


「分かりやすいな、おまえ。」


 次の瞬間には耳を真っ赤にし、口をぱくぱくと開閉したベルは、その経緯と理由を知らない皆の笑いを誘ったという。

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