10 『奇襲の顛末』
王立フールヴィエル学院。王都を囲む広大な森を挟んで隣接する人里離れた由緒ある学舎の一角のある部屋は、沈黙に包まれていた。
三日前の出来事を克明に語ったミラはそれきり口を開くことは無いし、少年たちも様々な形でショックを受けて放心状態のまま。
各々が無我夢中で潜り抜けた死線の全貌は、まだ幼い彼らにはあまりに受け入れがたいものであった。
「…俺の可愛い教え子たちへの尋問はそれで終わりか?」
暫く沈黙した後に、ビステルは射抜くような鋭い眼差しを黒騎士達に向ける。まるで反論は許さないとでも言うように。
軍の上層部でも通用しそうな威圧的な雰囲気に、若く血の気の多いマートスは震え上がった。
ただ者じゃ、ない。この畳み掛けるような圧倒的な存在感。自身の上司であり黒騎士の長であるフェルゼと対等以上の態度。
双方の点から彼が自分よりも強い生物であるということを本能で理解できた。
「えぇ。結構です。」
冷や汗を流すマートスの代わりにフェルゼは穏やかに頷いた。
「話してくれてありがとう。次は私たちが得た情報と…、私が独自に導きだした仮説を話そう。」
精神的な疲れの色が濃い子供たちを労うように一人一人と視線を交えると、彼は次のように語った。
入学式当日。
フールヴィエル学院の伝統行事である歓迎会が例年通り催された。
『扇』を形成させる役目を持つこの会は、魔法や剣などに優れた子供たちが集結する数少ない機会であると同時に、保護者、教論と新入生を隔離するという形をとる為に経験の浅い有望な器が危険に晒される場でもあった。
現に数十年前、隣国と緊迫した情勢が続くなかで国内の一部の過激派が陣営に生徒達を取り込もうと目論み、誘拐未遂に終わったことがある。
優秀な講師陣の機転もあって事なきを得たのだが、それ以降『歓迎会』の警備は厳重なものとするのが慣例となっていた。
空間操作魔法の周りには幾重にもなる高等結界を張り、内部の異変にも備えて視覚伝達魔法がかけられた暗闇の世界は、保護者の控え室と教諭達の元に随時映し出される。異変があればすぐに教論が対処できるシステムとなっていた。
数日前も徹底した管理のもとで行われていたはずの歓迎会であったが、内部に設置された核の映像を監視していた係の一人が不自然な点に気づき詳しく探ったところ、なんとその空間だけが巧妙に別の空間と入れ替えられていた。
報告を受けた学院側は直ちに歓迎会を中止し、新入生たちを避難させたが、核周辺に張られた特殊な結界だけはすぐに破ることができなかった。
混乱を避けるためにその非常事態を知らされた一部の教諭たちが手をこまねいていたところ、異変に気づいたある保護者の協力によって力ずくで結界を破壊するに至ったのだ。
「君たちが遭遇した『魔獣』を放った犯人は現在調査中だ。ただ一つ確かなのは、君たちの命は何者かに狙われているということなんだ。心当たりがなくても、じゅうぶん気をつけてほしい。」
ビステルは言葉を失った子供たちの背後で目を細めた。
厄介すぎて笑える。
メンバーのバックボーンやら経歴やらで一筋縄ではいかないと承知していたが、『魔獣』まで出てきたとなると相当ややこしい問題になるじゃねえか。
全教員や力ある保護者に協力を求めなかった点など迅速に対処しなかった学院側に憤りをおぼえるが、同僚の教諭陣とて無能ではない。
そもそも魔法使いとしてフールヴィエルで教鞭を振るう時点で大抵の結界なら一瞬で解除できるほどの高位の実力者なのは衆知の事実である。
そんな彼らを翻弄するように細工された結界と放たれた魔獣。
捉え様によっては王国へ挑戦状を叩きつけたも同然の行為であり、明らかな王制への反逆だ。
もしもこれを封切りに何かが動き始めたのだとしたら…。いつの間にか暗い未来しか浮かばなくなってしまったビステルは舌打ちした。
「今日は解散だ。各自割り当てられた部屋に戻れ。この件に関しては他言無用。いいなァ?」
誰一人として言葉を発することなく去って行こうとする背中のひとつが不意に止まる。
アカツキだった。
「なあ、先生。リスティやリーゼは大丈夫なんだよな?」
「おーぉう。たらふく飯食って寝りゃァすぐピンピンして戻るだろうよ。」
安息するように目を細めたアカツキを最後に、子供たちは静かにその場を後にした。