9 『最悪の未来』
化け物との戦闘に三人を送り出した魔法使い達だったが、遠目でも分かる劣勢に頭を抱えていた。
加勢しようにも、辺り一帯を照らし続けるリスティは集中しなければいけない為、この場から動くことはできない。
ミラ自身が残り、リーゼだけをあちらへ応援に行かせたりしたら、こちらの守りが手薄になるのが明らかだった。
だから今は気休め程度の能力上昇魔法を片っ端から味方に放っているわけだが、まだまだ未熟な彼女らにできることなど限られている。
なら多少のリスクを犯しても、リーゼにあちらに向かってもらったほうがいいかもしれない。
レイシュヴィーゼが攻撃魔法も取得していることをミラは知っていた。再会から間もなく彼女との会話で得た情報であった。
あの時は、自分にはそれが不適だと決めつけて稽古しようとしなかった日々を何となく悔いた。
しかしその思いは心からの後悔に姿を変えてミラの胸のなかで大きく渦巻く。
―――大切な友人を決して危険に晒したいわけではないが、前線に出て役に立つのは攻守共に優れたリーゼのほうだ。
…それにもしこちらに鉤爪が伸びてきたら、あたしがどんな方法を使ってでもリスティーユを守ればいい。
ミラは彼と繋がっていた手を見つめてから、ぎゅっと握りしめた。
「ミラ。わたし前線に出るわ。…リスティをお願い。」
持ち出そうとしていた話題を急に振られて、ミラは驚くが、すぐに頷いた。
「こっちは任せて。気をつけてね、リーゼ。」
走り去っていく背中を見送りながらも、ミラは微々たる効果をもたらす魔法を放ち続ける。
皮膚硬化、神経研磨、重力解放、治癒回復。元々少ないレパートリーから戦闘向けの魔法を選んで味方に放つのはさほど難しい作業ではなかったが、底無しの魔力を持つわけでないミラの額には疲労から汗が流れ出してきていた。
一瞬苦しげに伏せられた瞼の裏に赤い閃光が迸る。頭が割れそうな耳鳴りが始まり、見た覚えのない光景が脳に直接介入した。
―――異形のモノの左右の鉤爪と押し合うラクトとアカツキ。
拮抗した状況が続くが、二人とも歯を食い縛って耐え続けている。
一方、大きく湾曲した鉤爪は今にも少年たちの喉を掻き切らんと震え、その背後には仕留め損なったときの保険として密やかに確実に異形の生物との距離を詰めているレイシュヴィーゼ。
彼女は緊張した面持ちでありながらも、ミラと同じように黙々と三人に身体強化系の魔法を放ち続ける。
空気が動く。
無防備になった胴体目掛けて駆け出したベルが剣を突き刺したその瞬間、化け物を構成していた肉片が弾けて、弾丸のように辺りに飛散した。
至近距離にいた三人はもちろん、あまりのスピードに対処しきれなかったレイシュヴィーゼをも凶弾の的に成り果ててゆく。投げ出された手足。勢いよく飛び散ったおびただしい量の血飛沫―――。
まるで自分の目を通して『視た』ような映像に衝撃を受けながらも、我にかえったミラはひたすら力の限り叫んだ。
「リーゼ!!離れてぇっ!爆発するわーッ!!!!」
レイシュヴィーゼは一瞬だけ振り返り、切羽詰まったように三人に向かって手を翳す。
手のひらに寒色系の光の粒が渦巻いたと思えばたちまち手元から消え去り、前線を守るラクトとアカツキ、更に化け物を貫いたベルまでが彼女から放たれた光に取り囲まれた。
同時にレイシュヴィーゼが片膝を付く。
彼女は三人にかけた守りの魔法が原因で急激に魔力が消耗し、自力で立つ気力さえ失ってしまったのだ。
今にも崩れてしまいそうな後ろ姿を前にミラの脳裏には先ほど『視えた』光景がよみがえる。
弾け飛んだ肉片によって無惨な姿となった彼女の残骸。
赤い染みがつき、ばらばらに散らばる四肢。誰の物ともはっきりしない内臓の欠片…。
悪夢のような映像を振り切り、ミラは必死に回避策を練る。
リスティはこの場を照らすために全神経を集中させているから助力はあおげない。
彼の横顔は苦しげに歪められていて、リーゼと同じく魔力の限界が近いことを示していた。
あたしがリーゼを守るしかない!
たとえ不完全な魔法壁とて、生来密度の濃い魔力を持つミラならば形どることさえできれば有効性が期待できる。
リーゼの背中を見つめた。
ベルの一件では安全性の高い魔法をミラにあてがい、今も自ら果敢に前線へ飛び込んで行った細くて頼りない背中。
決意の理由はそれだけで充分だった。
ベルが異形の生物に剣を突き刺すのと同時に、ミラはリーゼを囲うように魔法壁を生成した。
直後に爆風が押し寄せる。
顔を腕で被ったところを強引に引っ張られて、勢いが死にきらずに後方に転んだ。
必死になって体を起こすと、風を遮るように立つリスティが真っ青になりながらも前方に手を翳している。彼もまた魔法壁を造り出したようだった。
しかしすぐにその身体は大きく横に揺れ、持ち直すことなくそのまま地に近づいてゆく。
「リスティッ!!リーゼッ!!」
青白い肌。閉じられたままの瞼にミラの背筋が凍る。まさか―――!
今考えられる最悪の展開。深い絶望に陥る彼女は、我を取り戻してただ一人駆け寄ってきたアカツキに必死にすがった。
「アカツキぃっ、どうしよう…っ、二人とも目を開けないの………っ!!