黒点
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その年の夏は酷暑だった。毎年都市の暑さが尋常ではないことが決まってニュースになることに慣れていた人々も、焼けるような暑さに、昼夜を問わず冷房を稼働させた。
暑い夏に飛び込んできたニュースは、黒いシミのような太陽の黒点活動が活発になっているという各国の天文台の観察の報告だった。11年周期で個数の増減を繰り返す太陽の黒点は、垂直の強い磁場がガスの対流を妨げ、周囲より低い温度だが、それでも中心部は4000℃の高温と観察されている。
黒点の活発な活動は太陽のフレアの発生も活発にした。竜の舌のように太陽表面から突き出たフレアは太陽エネルギーの爆発現象で紫外線やX線、ガンマ線などの放射線、磁力線を放出する。このときの高エネルギー粒子、荷電した陽子や電子は光速に近い速度で宇宙空間に放出され、地球にも降り注ぐ。
高エネルギー粒子は、地球の地表から60キロ以上の上空に存在する電離層と衝突したときに、これを撹乱し、いわゆる磁気嵐をひきおこす。
ニュースが伝えたのは、その磁気嵐による地球全体の障害が深刻になるという予想だった。予想どおり、まず、電波障害が発生した。テレビ・ラジオの放送が断続的になり、携帯電話も不能になった。深刻だったのは地磁気の変動が誘導電流による過剰な電流を送電網に流し、変圧器に負荷を与えて突然大規模な停電を発生させたことである。電車は止まった。街の信号機は消え、道路はあちこちで渋滞した。家庭のエアコンは停止した。それでも自家発電設備のある公共施設や病院では、電源が切り替わったが、高度な医療機器に頼るICUの患者や透析患者、保育器の新生児の命を危険にさらした。
また電力の喪失は食品の流通を支えるコールドチェーンシステムを崩壊させ、近代的都市に居住する人々を飢餓のアフリカのような食料不足の混乱に陥れた。
航空路では飛行中の定期便の旅客機のグラスコクピットのディスプレイの表示が消えた。GPSから位置情報を受け取れなくなった航空機どうしの空中衝突が何件か発生した。
人々は先の見えない不安に焦燥感を抱いた。
この混乱に対処するために世界の首脳は、磁気嵐に対する防護機能を備えた軍用の通信システムを使って連絡を取り合った。
会議がもたれた。大国の大統領は言った。
「このような地球規模での危機に遭遇したことは、史上初めてです。私たちは今こそ協力しあって、この困難を乗り越えなくてはなりません。その為には我が国はあらゆる人員と資材を提供する覚悟です」
欧州のある国の大統領は応えた。
「貴国のその申し出は心強いかぎりです。我が国も必要な協力をおしむものではありません。貴国を中心にインフラの立て直しのために軍の災害救援組織を編成していただければ、我が国の国防軍もその指揮下に加わります」
こうして急遽、軍隊を始めとするあらゆる組織が事態に対処するために動きだした。
一週間がたった。欧州の各地で敬虔な信徒たちが教会で祈りを捧げていた頃、その祈りが天に通じたのか、奇跡的に観測されていた黒点の活動に落ち着きが見られるようになった。磁気嵐のピークが過ぎたと、専門家は判断した。時間限定だったがテレビ・ラジオの放送が復活し、各国の被害状況を伝え始めた。軍の輸送機が拠点となった空港に物資の輸送を始めた。
東京のある家庭では、産まれたばかりの子供を抱いた母親が我が子に配給のミルクを飲ませていた。その脇で、若い父親が手回し式発電機のついた携帯ラジオのハンドルを回して、選局すると、スピーカーから流れるジャズに耳を傾けていた。電力事情は破損した機器を交換し、徐々に回復していた。
街は、もう少しで生き返るところだった。
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