第71話 9月2日(土)
図書館司書の記録 午前
土曜日の図書館。子供たちで賑わっている。
いや、「賑わう」は正しくない。人は多いが、物音一つしない。
みんな、同じような本を読んでいる。動物の本、月の本、そして...古い町の記録。
カウンターに、一人の女の子が本を返しに来た。
「ありがとう」
名前を聞かなくても、誰だかわかる。なぜだろう。
本を受け取ると、前に借りた子の匂いが残っている。
匂いで、個人を識別できるようになっている自分に気づく。
商店街の様子 午後
魚屋・海老原の視点
土曜日は書き入れ時。
朝から客が絶えない。みんな同じものを買っていく。
「鯖2尾」「鰯1パック」「鮭の切り身3枚」
注文を聞く前に、準備ができている。なぜかわかるのだ。
隣の元肉屋(今は魚も扱う)の田中が言う。
「不思議だよな。客の顔を見ただけで、何が欲しいかわかる」
「言葉、いらないね」
二人で笑う。でも、その笑い声が、少し高い。人間の笑い声としては。
パン屋の店主の視点
菓子パンが全く売れなくなった。
代わりに、食パンばかり。それも、何も入っていないもの。
「これ、どうやって食べるんですか?」
新しいバイトの子(隣町から)が聞く。
「魚を挟むんだって」
「魚を...パンに?」
「最近の流行りよ」
そう答えながら、いつからこれが普通になったのか思い出せない。
でも、確かに美味しいのだ。焼いた魚をパンに挟むのは。




