第70話 9月1日(金)始業式
・用務員・小林の視点 朝7時30分
いつもより早く学校に来た。始業式の準備のためだ。
昇降口を開けると、すでに子供たちが並んでいた。
時計を見る。7時35分。登校時間は8時からのはずだ。
「早いね」
声をかけても、返事はない。ただ、全員がこちらを向いて、小さく頷く。
そして、また前を向く。整然と、一列に並んで。
誰が指示したわけでもないのに。
・栗田周平の母親の視点 朝7時45分
周平を学校まで送っていく。
「頑張ってね」 「うん」
短い会話。でも、それで十分。言いたいことは、目を見ればわかる。
学校の前で、他の保護者たちと会う。
みんな、同じような表情をしている。子供を見送る顔というより、何かを待っている顔。
「2学期ですね」 「そうですね」
会話はそれだけ。でも、全員が同じことを考えているのがわかる。
9月から、何かが変わる。
・教頭・山本の視点 朝8時
職員朝礼。
「おはようございます」
全教員が、完璧に声を揃えて挨拶する。練習したわけでもないのに。
始業式の段取りを確認するが、誰も質問しない。
みんな、わかっている。何をすべきか、どう動くべきか。
新任の宮田先生だけが、少し戸惑った顔をしている。
でも、すぐに馴染むだろう。この町の空気に、この学校のリズムに。
・始業式 体育館 児童の視点(5年生男子) 朝8時30分
体育館に入る。
みんな、決められた場所に座る。誰も迷わない。
夏休み前と、何かが違う。
いや、みんなは同じだ。でも、もっと「一緒」になった気がする。
隣の子と目が合う。言葉はいらない。「久しぶり」「元気だった?」全部、目で伝わる。
校長先生が話し始める。でも、言葉はあまり頭に入ってこない。
代わりに、みんなの気持ちが伝わってくる。
「学校、楽しみ」
「みんなに会えて嬉しい」
「一緒がいい」
・養護教諭・山田の視点
壇上から子供たちを見る。
整然としている。82名全員が、同じ姿勢で座っている。
瞬きのタイミングまで揃っているように見える。
そして、目。
みんなの目が、少し変わった。夏休み前より、瞳が大きくなったような。光の反射の仕方も違う。
健康状態は良好。むしろ良すぎる。
でも、これは健康と呼べるのだろうか。
・新任教諭・宮田理恵の視点
初めての始業式。
東京の学校とは、雰囲気が全く違う。
静かすぎる。でも、それが不自然ではなく、むしろ自然に感じる。
子供たちの視線を感じる。値踏みされているような、でも歓迎されているような。
「仲間になれるかな」
そんな問いかけを感じる。
なれる、と思った。いや、なりたいと思った。
この一体感の中に、入りたいと。




