第68話 8月31日(木)
・栗田周平の視点 深夜
夏休み最後の夜。
窓の外を見る。月は見えないけれど、その存在を感じる。
明日から学校。みんなに会える。
でも、「みんな」って誰だろう?
クラスメイト? それとも...
公園の猫たちの顔が浮かぶ。あの黒猫、あの三毛猫、あのトラ猫。
彼らも「みんな」な気がする。
境界が曖昧になっている。人と猫の。個と集団の。
でも、それが自然に感じる。
・山田さくらの母親の視点 深夜
さくらを寝かしつけた。
「明日から学校だね」
「うん。楽しみ」
「みんなに会えるね」
「みんな、変わってるかな」
「どんな風に?」
「もっと... 一緒になってるかな」
子供の言葉の意味が、完全にはわからない。でも、なんとなく理解できる。
私も感じている。この一ヶ月で、何かが変わったことを。
それは、さくらだけじゃない。私も、夫も、町全体も。
ゆっくりと、でも確実に、何かに向かって進んでいる。
・町の記録(公的なものではない、誰かの走り書き)
8月が終わる。
猫:推定80匹以上 行動の同期:顕著 住民の変化:緩やかに進行中
でも、誰も困っていない。 むしろ、幸福度は上昇している。
9月から、本格的な変化が始まる予感。 いや、予感ではない。確信。
みんなで一緒に。 新しい段階へ。
(筆跡が、最後の方で乱れている。まるで、書いている途中で手の形が変わったかのように)
・深夜の定点観測カメラ(町が設置した防犯カメラ)
8月31日 23時59分
中央公園のカメラが捉えた映像。
猫たちが集まっている。100匹近く。 そして、人影も。子供たち、大人たち。
全員が空を見上げている。月のない空を。
そして、日付が変わる瞬間...
全員が一斉に立ち上がった(猫も人も)。
東の方角を向いて、動き始める。
整然と、静かに、確かな目的を持って。
9月が、始まる。




