第65話 8月28日(月)
・町の電器屋の視点 午前
修理の依頼が増えている。
「テレビの音が聞こえづらい」「高い音が耳障り」
でも、機械に異常はない。正常に動作している。
むしろ、客の聴覚が... いや、そんなはずはない。
でも、確かに俺も最近、高い音がよく聞こえる。虫の羽音とか、普段は気にならない音が。
そして、猫の鳴き声が、前より複雑に聞こえる。「にゃー」じゃなくて、もっと... 意味のある音に。
・栗田家の夕食時 夕方
「今日も魚?」
父が聞くが、文句ではない。むしろ、嬉しそう。
「鮭の塩焼きよ」
母が答える。
食卓に着く。誰も「いただきます」と言わない。でも、全員が同じタイミングで箸を取る。
食事中、会話はない。でも、静かじゃない。
何か、別の次元でコミュニケーションを取っているような。
目と目で。小さな仕草で。呼吸のリズムで。
これが、家族の新しい形なのかもしれない。
・宮田理恵の最後の東京での日記 夜
明日、祢古町に引っ越す。
荷造りをしながら、不思議な期待感に包まれている。
採用面接の時、校長先生が言った言葉が忘れられない。
「この町は、特別なんです」
どう特別なのかは説明されなかった。でも、なぜか納得した。
最近、夢を見る。月の光に包まれた小さな町。静かで、調和に満ちた場所。
そこで、私を待っている何かがある。
いや、私を呼んでいる何かが。




