第57話 8月20日(日)
・宮田理恵の観察記録 朝
祢古小学校への赴任を前に、町を歩いて回っている。
朝6時、散歩に出た。
公園で、異様な光景を目にした。猫が...30匹はいるだろうか。きれいな円を描いて座っている。
そして、その周りに子供たちも。彼らも円形に座っている。猫の円の外側に、人間の円。
誰も話さない。ただ、じっと東の方角を見ている。
近づこうとしたが、足が止まった。
邪魔をしてはいけない、という直感。いや、もっと深い何か。仲間に入れない、という感覚。
まだ、私は部外者なのだ。
・山田恵美の個人記録 朝6時
恐ろしいことが起きた。いや、もう始まっているのかもしれない。
今朝、洗面所で顔を洗おうとして、鏡を見た。一瞬、自分の顔じゃないと思った。
瞳が、縦長だった。猫の目だった。
思わず声を上げた。「きゃっ」そう叫んだつもりだった。
でも、聞こえたのは、「にゃっ」
慌ててもう一度鏡を見ると、いつもの私の顔。でも、恐怖で手が震えている。
いや、違う。震えているのは、恐怖のためじゃない。嬉しさのためだ。
なぜ、嬉しいと感じたのか。それが一番恐ろしい。
鏡を布で覆った。もう見たくない。見たら、次は戻らないかもしれない。
・郵便配達員の視点 午前
朝の配達で気づいたこと。
どの家のポストも、チラシで溢れている。誰も取りに来ていない。
お盆明けだから、まだ帰省中なのかと思ったが、家には人の気配がある。カーテンの隙間から、人影が見える。
ただ、誰も外に出てこない。
配達中、猫によく会う。以前より増えた。そして、みんな同じ方向を向いている。北東の方角。
俺も、つい同じ方向を見てしまう。何があるんだろう、あっちに。
・栗田周平の父親の視点 夕方
最近、家族の様子がおかしい。
いや、おかしいという表現は正しくない。むしろ、調和が取れすぎている。
朝食の時間、誰も言わないのに全員が同じタイミングで席に着く。
食事中、会話は少ない。でも、不思議と何を考えているかわかる。
妻と目が合う。息子と目が合う。それだけで、十分。
会社に行くのが、少し億劫になってきた。この調和の中にいたい。
でも、それではいけない。まだ、人間としての責任がある。
...まだ?




