第34話 7月28日(金)
・朝4時 一斉覚醒
もはや目覚ましは必要ない。 町中が、4時ちょうどに目を覚ます。
カーテンが開く音、 ドアが開く音、 足音。
すべてが、町中で同時に響く。 まるで、巨大なオーケストラの序曲のように。
・朝5時 栗田周平の最後の観察
『観察日記 8日目』
猫が30匹を超えた。 もう正確に数えられない。 次々と新しい猫が加わり、すぐに群れに溶け込んでいく。
そして、衝撃的な発見。 見覚えのある首輪を見つけた。
「ポチ」 隣の山田さんちの犬の首輪。 でも、つけているのは茶トラの猫。
まさか... いや、きっとそうだ。 ポチは、猫になったんだ。
信じられない。 でも、なぜか納得してしまう。 これが「自然」なことのように感じる。
・朝10時 プール最終日
プール開放最終日。 60人以上の子供たちが集まった。
もはや、通常の遊泳ではない。 全員でプールの中に円を作り、 手を繋いで、 ゆっくりと回り始める。
時計回りに、一定の速度で。 水面に、巨大な渦ができる。
監視員たちも、止める気が起きない。 むしろ、自分たちも加わりたくなる。 実際、一人の保護者が服のまま入水した。
誰も驚かない。 当然のこととして受け入れる。
・午後 祭りの最終準備
明日の祭りに向けて、最終準備が進む。
やぐらの位置、 提灯の配置、 屋台の場所。
すべてが、月を中心に設計されている。
・2時間目 続き 猫の話
「なぜ猫は夜によく活動するか、分かる人?」 渡辺教諭が続けて質問する。
また全員の手が挙がる。 保護者たちは顔を見合わせる。 いつから、こんなに積極的になったのか。
「目の構造が違うから」
「暗いところでも見える」
「瞳孔が大きくなる」
「月の光でも十分」
最後の答えに、教室の空気が変わる。 月の光でも十分...確かにそうだが、なぜその答えが?
保護者の一人が、自分の子供を見つめる。 息子の瞳が、一瞬金色に光ったような... いや、きっと光の加減だ。
・2時間目 さらに続き
「猫の集団行動について、知っていることは?」 渡辺教諭の質問に、子供たちは身を乗り出す。
「集会をする」
「同じ時間に集まる」
「縄張りを共有することもある」
「月の満ち欠けと関係がある」
最後の答えに、渡辺教諭も戸惑う。 「月の満ち欠けと?」 「はい、満月の夜は特に集まります」
クラス全員が頷いている。 まるで、実際に見たことがあるかのように。
保護者たちの中にも、頷いている人がいる。 なぜ頷いているのか、本人たちも分からないまま。
・3時間目 全校音楽
体育館に移動する廊下。 各クラスの移動の仕方が、異様に整然としている。
足音が統一され、 列の間隔が一定で、 曲がり角でも乱れない。
保護者たちは、その光景に見とれる。 「すごい統率力ね」 「軍隊みたい」 でも、それは命令されたものではない。 自然に、本能的に、統一されている。
・全校音楽 合唱
「夏の思い出」を全校で歌う。 ピアノの前奏が始まる。
全員が同時に息を吸う音が、体育館に響く。 スーッという音が、一つだけ。
そして歌が始まる。 「夏が来れば思い出す〜」
300人以上の声が、完璧に重なる。 音程、リズム、息継ぎのタイミング。 すべてが一致している。
保護者たちは鳥肌を立てながら聞いている。 美しい。 恐ろしいほどに美しい。
・合唱 続き
2番に入ると、歌詞が微妙に変わり始める。 「遥かな尾瀬」が「遥かな月」に。 「水芭蕉の花」が「月明かりの花」に。
最初は数人だけだったが、 次第に全員がその歌詞で歌い始める。
教師たちは止めようとしない。 いや、止められない。 だって、その方が自然に聞こえるから。
保護者たちも、違和感を覚えながらも、 なぜか納得してしまう。 確かに、月の方がふさわしい気がする。
・参観後の廊下
「すごかったわね」 保護者たちが口々に言う。
「うちの子、あんなに上手に歌えたかしら」 「みんな息が合ってて」 「プロみたいだった」
でも、感嘆の中に不安も混じる。 あれは、本当に自分の子供だったのか。 個性はどこに行ったのか。
「でも、幸せそうだったわ」 誰かがつぶやく。 「ええ、本当に」 みんなが頷く。
そう、子供たちは幸せそうだった。 一体感の中で、安心しきっている表情だった。
・保健室の引き出しから発見されたメモ
養護教諭 山田恵美
今日、異常な出来事があった。でも、報告書には書けない。
保健室で昼寝をしていた1年生3名。疲れたというので、ベッドで休ませていた。
13時10分頃、3人が同時に寝言を発した。「にゃー」完全に同じタイミング、同じ音程で。
そして、3人とも同じ姿勢で寝ていた。体を丸めて、まるで猫のように。
起こすと、普通の子供たちに戻った。「先生、いい夢見た」「どんな夢?」「...忘れちゃった」
報告書には「特記事項なし」と記載した。でも、この記録だけは残しておく。何かが、始まっている。




