第28話 7月21日(金)夏休み初日
・朝5時45分 栗田周平の部屋
目覚まし時計は6時にセットしてある。 でも、周平は5時45分に目が覚めた。 きっかり、5時45分。
カーテンを開けると、まだ薄暗い。 でも、東の空がうっすらと明るくなり始めている。
着替えながら、窓の外を見続ける。 何かを待っているような、 何かに呼ばれているような感覚。
・朝5時55分 家を出る
「こんな時間にどこ行くの?」 母親が寝ぼけ眼で聞く。
「公園」 「朝ごはんは?」 「あとで」
母親は止めようとして、やめた。 なぜなら、自分も外に出たくなったから。 息子の後を追うように、支度を始める。
・朝6時 中央公園
公園に着くと、すでに猫たちがいた。 15匹。 いつもと同じ場所に、いつもと同じ配置で。
近づいても逃げない。 周平を、仲間として認識しているかのよう。
猫たちの真ん中に座ってみる。 地面は朝露で湿っているが、気にならない。 むしろ、心地いい。
・朝6時5分 観察開始
『観察日記 1日目』 周平はノートを取り出す。
猫の数:15匹
種類:黒3、三毛4、トラ3、白2、サビ2、グレー1
全員、北東を向いている
音無神社の方向(地図で確認済み)
猫たちは、石像のように動かない。 でも、死んでいるわけではない。 呼吸に合わせて、体が微かに上下している。
そして気づく。 15匹の呼吸が、完全にシンクロしている。
・朝6時15分 変化
突然、猫たちが動き始めた。 といっても、バラバラにではない。 全員が同時に立ち上がり、同時に向きを変えた。
今度は南西を向いている。 そして、また座る。 さっきと同じ姿勢で。
周平も、つられて向きを変える。 なぜか、猫たちと同じ方向を向きたくなる。
南西には何があるだろう? 特に目立つものはない。 でも、何かを感じる。
・朝6時30分 人が増える
「あら、周平君」 声をかけられて振り返ると、同級生の母親だった。 その後ろに、同級生の姿も。
「早いですね」 「ええ、なんとなく...」
気がつくと、公園に人が増えている。 子供も大人も、みんな同じような表情で。 期待と、安堵と、帰属感の混じった表情。
・朝6時45分 輪の形成
いつの間にか、人々は猫たちの周りに輪を作っていた。 誰が指示したわけでもないのに、 きれいな円形に並んでいる。
内側に猫、外側に人間。 二重の円。
そして、みんな同じ方向を向いている。 南西。 何かを待っているかのように。
・朝7時 解散
誰かが立ち上がる。 すると、波紋のように他の人も立ち上がる。 猫たちも、伸びをして歩き始める。
挨拶もなく、みんな散っていく。 でも、明日もここに来ることは、全員が理解している。
家に帰る道すがら、周平は考える。 なぜ、みんな同じ時間に集まるのか。 なぜ、同じ方向を向くのか。
でも、理由なんてどうでもいい気もする。 ただ、心地よかった。 みんなと一緒にいることが。




