第23話 7月16日(日)
・早朝5時 祢古町の夜明け
まだ薄暗い時間。 でも、町のあちこちで電気がつき始める。
カーテンが開く音。 それが、町中で同時に響く。 まるで、誰かが合図を出したかのように。
各家庭で、同じような会話が交わされる。 「もう起きたの?」 「うん、目が覚めた」 「私も」 「俺も」
家族全員が、同じ時刻に目覚める。 そして、全員が窓辺に立つ。 東の空を見つめながら。
・朝6時 ラジオ体操
中央公園は、すでに人でいっぱいだ。 昨日より、さらに人数が増えている。 100人は超えているだろうか。
子供、大人、老人。 年齢に関係なく、みんな同じ表情で集まっている。 期待と、安心と、帰属意識の混じった表情。
体操が始まる前、全員が東を向く。 そして、深呼吸を3回。 誰も指示していないのに、回数まで同じ。
・朝6時30分 体操後
体操が終わっても、人々は帰らない。 公園の中央に向かって、円を作り始める。
最初は小さな円。 それが二重、三重と広がっていく。 中心には、例の猫たちがいる。
人々は、ただ静かに座っている。 言葉は交わさない。 でも、確実に何かを共有している。
通りかかった部外者が、その光景を見て立ち止まる。 異様な光景のはずなのに、 なぜか自分も加わりたくなる。
・午後2時 夏祭りの準備開始
中央公園で、夏祭りの準備が始まる。 やぐらを組む大人たちの動きが、妙に息が合っている。
「そっち持って」 「はい」 指示を出す前に、相手が動き始める。 まるで、考えが読めているかのように。
柱を立てる人、 紐を結ぶ人、 板を渡す人。 全員が最適なタイミングで動く。
「今年は早いね」 誰かが言う。 確かに、例年の半分の時間で骨組みが完成した。
・午後2時30分 やぐらの位置
「もう少し東に寄せようか」 実行委員長が提案する。
「そうですね」 「月がよく見える位置に」 「ちょうど真上に来る角度で」
誰も月の話をしていないのに、 なぜその言葉が出てきたのか。 でも、全員が納得している。
測ってみると、やぐらの中心が、 公園の中心から東に3メートルずれている。 でも、それが「正しい」位置だと、みんな感じている。
・午後3時 提灯の取り付け
提灯を吊るす作業が始まる。 赤、白、黄色の提灯が、風に揺れる。
「この配置で」 実行委員が設計図を見せる。 でも、作業する人たちは図を見ない。 すでに、どこに何を吊るすか分かっているかのように。
結果的に、提灯の配置は例年と違っていた。 円形に、渦巻き状に配置されている。 上から見ると、巨大な月のような模様に。
・午後4時 屋台の配置決め
「焼き鳥はここ」 「たこ焼きはこっち」 「金魚すくいは...」
屋台の配置を決めていく。 しかし、ある偏りが生まれている。
魚介類の屋台が中心部に集まり、 肉類の屋台が外側に追いやられている。
「イカ焼きはもっと中央でもいいんじゃない?」 「そうね、子供たちも好きだし」 「最近、特に人気だから」
誰も意識していないが、 配置は子供たちの嗜好を反映している。 いや、町全体の嗜好を。




