第13話 7月5日(水)
・図書室 午前10時
司書の田村が、朝一番の返却本を整理している。 昨日借りられた本が、もう返却されている。
『月の満ち欠け』 パラパラとページをめくると、あるページで手が止まる。 月齢カレンダーのページ。 7月29日のところに、鉛筆で薄く印がついている。
次の本、『ねこ図鑑』 これにも同じページに折り目。 猫の瞳孔の変化を説明したページだ。
3冊目、『夜の生き物』 また同じ。夜行性動物の目の構造のページ。
「変ね...」 田村は首を傾げる。
・図書室 午前10時30分
貸出カードを確認する。 これらの本を借りた子供たちは、学年もクラスもバラバラ。 1年生の根岸かおり、3年生の田中みお、5年生の栗田周平...
接点がないはずの子供たちが、 なぜ同じ本を選び、 同じページに興味を持ち、 同じ日付に印をつけるのか。
「偶然かしら」 でも、偶然にしては...
新たに返却された本を確認する。 『動物の集団行動』 ページを開くと、やはり特定のページに折り目。 群れで行動する動物たちの写真。 そこにも、7月29日という走り書きが。
・図書室 午前11時
「おはようございます」 5年生の女の子が3人、連れ立って入ってきた。
「何か探してる?」 「月の本、ありますか?」 3人が同時に答える。 声が重なって、一つの声のように聞こえる。
田村は月のコーナーに案内する。 3人は迷わず同じ本に手を伸ばした。 『月と生き物』
「あ、ごめん」 「ううん、どうぞ」 「でも...」
譲り合っているが、3人とも同じ本が欲しいらしい。 結局、3人で一緒に読むことにしたようだ。
席に着いた3人を見ていて、田村は気づく。 ページをめくるタイミングが完全に同じ。 まるで、誰かが「はい、次」と合図しているかのように。
・3年2組 朝の会
「今日の日直は田中さんです」 担任が告げる前に、田中みおが立ち上がっていた。
「あら、もう分かってたの?」 「...はい」
田中さんは少し戸惑ったような表情。 自分でも、なぜ分かったのか説明できないらしい。
クラスメートたちは、当然のように受け入れている。 むしろ、「知ってた」という雰囲気すらある。
・3年2組 朝の会(続き)
「では、今日の予定を...」 担任が言いかけると、クラス全員が日程表の方を向いた。 まだ何も言っていないのに。
そして、数人の生徒が同時につぶやく。 「体育が楽しみ」 「図工もあるね」 「給食は魚かな」
確かに今日の予定はその通り。 でも、なぜみんな知っているのか。 日程表は、教室の後ろに小さく貼ってあるだけなのに。
「みんな、よく覚えてるね」 担任が言うと、子供たちは顔を見合わせた。 覚えているというより、「分かる」という感覚らしい。
・4年生 音楽室
田村教諭がピアノの前に座る。 「今日は『たなばたさま』を練習しましょう」
楽譜を配る前に、子供たちが歌い始めた。 「ささのはさらさら〜」
最初は普通だった。 でも、2番に入ると歌詞が変わり始める。
「ささのはさらさら」が「つきのはさらさら」に。 「のきばにゆれる」が「みんなでゆれる」に。
一人が間違えたのではない。 クラスの半数以上が、同じように歌詞を変えている。 しかも、変え方が全員同じ。
・音楽室(続き)
「あら、歌詞が違うわよ」 田村教諭が優しく注意する。
子供たちは顔を見合わせる。 「あれ?」 「違った?」 困惑の表情。
でも、田村教諭自身も違和感を覚える。 なぜか「つきのはさらさら」の方が正しいような気がしてしまう。 メロディーにも合っているし、今の季節にも...
「まあ、いいか」 思わずつぶやいてしまう。
子供たちの歌声は美しい。 30人の声が完全に調和している。 音程も、リズムも、息継ぎのタイミングまで同じ。
まるで、一人の子供が歌っているかのような一体感。 美しいけれど、どこか不自然な...




