第11話 7月3日(月)
・朝7時55分 職員室への廊下
教職員たちが、それぞれの場所から職員室に向かっている。 用務員の小林は、その光景を見て首を傾げた。
玄関から来る教頭。 駐車場から来る5年担任の渡辺。 トイレから出てきた3年担任の吉田。
全員の歩調が同じだ。 右足、左足のリズムが完全に一致している。 しかも、廊下の角を曲がるタイミングまで揃っている。
まるで、見えない指揮者がいるかのように。
・朝8時 職員室の入り口
「おはようございます」 ドアが開き、教職員たちが次々と入ってくる。
その声が重なる。 5人、6人、7人... 全員の「おはようございます」が、一つの声のように響く。 音程も、長さも、イントネーションも同じ。
小林は鳥肌が立った。 練習したわけでもないのに、なぜこんなに揃うのか。
・朝8時5分 職員朝礼
「おはようございます」 田中校長が挨拶すると、また全員の声が完璧に重なる。
小林が報告を始める。 「あの、今朝、校庭に変な跡がありまして」
デジカメの画像をテレビ画面に映す。 校庭の真ん中に、直径5メートルほどの円形の跡。 草が、ぐるりと円を描くように倒れている。
「何でしょうね、これ」 教頭が首を傾げる。 他の教員たちも画面を見つめる。 そして、全員が同じタイミングで首を右に傾げた。 角度まで同じ。
・2時間目 2年1組の算数
黒板に問題が書かれる。 「7×6=」
担任の鈴木教諭が子供たちを見回す。 全員が同時に鉛筆を手に取った。 カツン、という音が一つだけ教室に響く。
そして書き始める。 カツカツカツ... 鉛筆の音が完全にシンクロしている。 まるで一人が書いているかのよう。
「できた人?」 全員の手が同時に挙がる。 肘の角度、手の高さ、すべて同じ。
・2時間目(続き) 答え合わせ
「では、山田さん」 「43です」 「...43?」
7×6は42のはずだ。 でも山田さんは自信満々に43と答えた。
「他の人は?」 確認すると、クラス30人中25人が43と書いている。 全員、同じ間違い。
「なぜ43だと思ったの?」 鈴木教諭が優しく聞く。
「わからない」 「でも、43って感じがした」 「うん、43だと思った」
子供たちが口々に言う。 その説明できない確信が、クラス全体で共有されている。
・2時間目(さらに続き) 奇妙な一致
残りの5人は正解の42と書いていた。 でも、その5人の表情が曇っている。
「本当は43って書きたかった」 一人がぽつりと言う。 「でも、計算したら42だったから」 「うん、ぼくも43って感じたけど」
鈴木教諭は困惑する。 なぜ全員が43を「感じた」のか。 そして、なぜ自分も一瞬、43が正しいような気がしたのか。
・給食時間 12時25分 放送
「これから給食をいただきます」 放送委員の声が校内に響く。
各教室から「いただきます」の声。 その声が、校舎全体で一つの声になる。 まるで練習した合唱のように。
1年生も6年生も、音程が同じ。 リズムも同じ。 82クラス分の声が、完璧に調和している。
職員室で弁当を食べていた小林は、箸を止めた。 この統一感は、もはや偶然では説明できない。
・給食時間 12時30分 2年1組
今日のメニューは鯖の味噌煮。 子供たちは嬉しそうに食べ始める。
箸の動きを見ていて、担任の鈴木教諭は気づいた。 全員が同じ順番で食べている。
魚から一口。 ご飯を一口。 味噌汁を一口。 また魚。
そのリズムが、30人全員で一致している。 噛む回数まで同じように見える。
・給食時間 12時40分 牛乳の異変
食事が進む中、一つだけ手つかずのものがある。 牛乳だ。
「牛乳、飲まないの?」 鈴木教諭が聞く。
子供たちが顔を見合わせる。 「なんとなく...」 「今日はいらない」 「うん、いらない」
30人中28人が、牛乳に手をつけていない。 残りの2人も、一口飲んだだけで止めている。
「でも、カルシウムが...」 教諭が言いかけて、自分も今朝から牛乳を飲んでいないことに気づいた。 なぜか、飲みたくないのだ。




