☆神々の裏話①
お読みいただきありがとうございます。
『神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました』の本編を読んでいただいていることが前提の内容となっていますので、ご了承ください。
時系列としては第2章が終わった後、第3章に入る前の頃です(まだリーリアが聖威師だと公表されていない時期)。
《フレイム、フレイム!》
芯の通った声が脳裏に響き、フレイムは瞬きした。
《姉上、どうしました?》
《至高神様がお越しになられたわ》
弾んだ声音で返された言葉に、驚きが込み上げる。同時に嬉しさと喜びも。至高神たちは、全ての神々から思慕され敬愛される。地上や地下世界などで一般的に知られている至高神は、日神、月神、闇神、死神の四種だ。
《早く戻っていらっしゃいな! 至高神様がお還りになられたら、また地上に降りれば良いわ》
現在のフレイムは特別降臨中なので、特例として継続的な降臨が可能だ。一時的に天界に戻っても、インターバルを開けずすぐに地上に再降臨することができる。
《分かりました、すぐ戻ります》
至高神が来ているならば、会いに行かない選択肢はない。いそいそと変化を解き、神威を解放する。
『フレイム、還るぞ!』
『行こう、焔神様!』
この場に転移して来たラミルファとフロースが、やはり浮かれた様子で急かす。どちらも悪神と水神の一族から、至高神の訪いを報されのだろう。
三神そろって大急ぎで天界に昇ると、神々が集まっていた。その中心にいるのは、虹を帯びた翠色の神威を纏う青年神と、同じく虹色がかった緋色の神威を発する女神。地上に君臨するミレニアム帝国と神千皇国の初代皇帝たちであり、兄妹神にして夫婦神だ。
『ラウティル様、峰嶺様!』
ラミルファが弾んだ声を上げ、二神を囲んでいた神々がニコニコして道を開けてくれた。
『お還り、ラミルファ、フレイム、フロース』
『三神とも変わりなくしていましたか』
金髪碧眼の青年神・翠月神ラウティルが唇を綻ばせ、黒髪黒目の女神・緋日神峰嶺も眦を下げる。至高神は同族しか愛さない。その『同族』の定義には、広義では神全体が含まれる。
ゆえに、四大高位神以下の神々に対して、確かな情を抱いて接する。至高神から最下位の神まで、全ての神が大きな一つの家族と認識されるからだ。
ただし、狭義の意味での同族にも食い込むのは、色持ちの神だけだ。有色の高位神は至高神にとって真なる同胞となる。
『地上に留まる聖威師たちがいないのは残念だが、そなたらに会えたから良しとしよう』
『新しき我らが同胞は、アマーリエとリーリアと言ったかしら。とても良い子たちだと聞いているわ。早く会いたいこと』
翠月神と緋日神が、よしよしとフレイムたちを撫でてくれる。いったんはフレイムたちに場所を譲った神々が、再び二神を取り巻いた。
『今日はそなたらと話がしたく、超天より降りた』
翠月神が優しく言い、隣に佇む緋日神は淡く微笑んでいる。至高神が坐す超天に行けるのは、色持ちの神だけだ。通常の神は辿り着けないないため、こうして至高神の方から来てもらうしかない。広い範囲では超天も天界や天に含んで解釈されるが、細分すれば別の領域なのだ。
『どのようなお話でしょうか?』
さっそく聞いたのは地神だ。
『未来が変わった――そういう話だよ』
抽象的な返しに、神々が一斉にキョトンと瞬きした。謎めいた笑みを刷いた翠月神が続ける。
『三千年と少し前、私と緋日神が初代皇帝として地上に降臨していた頃。私は様々な予知をした』
『翠月神様の予知能力は折り紙付きであられましたね』
風神が懐かしむように言う。この世界における神は、基本的には完璧で万能な存在だ。しかし、同格以上の神が関与する事柄においては、その完全無欠性が崩れる場合がある。判断を間違える、迷い悩む、過去視や未来視を誤る、できないことが発生する、などだ。
当時の翠月神は、ミレニアム帝国の初代皇帝・翠月帝として君臨しており、最初期の天威師でもあった。神格を抑えている以上、いくら天威師でも予知を外すことはある。だが翠月帝の場合、非常に高い精度で未来を見通し、それらが外れたことはほぼ無かった。
『そうでもない。かつて行った私の未来視が、ここに来て複数回外れた。それにより未来が変わった。そのことを、そなたらにも伝えておこうと思ったのだ』
翠月神が静かに言う。
『現在地上にいる天威師に、黇の子と藍の子、朱の子と紅の子がいるであろう』
神々が一斉に頷いた。
黇死皇秀峰、藍闇皇高嶺、朱月皇后月香、紅日皇后日香のことだ。
『私が視た未来では……黇の子と紅の子が愛し合い、夫婦となっていた。その未来がいつであるかまでは視えず、三千年も先とは思っておらなんだが。あの子たちは、特別に人と地上に肩入れする異端の天威師。その二柱の間に生まれた御子神が、膠着した現状を動かす鍵になるはずであった』
『神々が人間に対しての情を大きく目減りさせ、怒りを天威師が宥めている……その現状のことですよ』
緋日神が補足した。およそ三千年以上前、帝国と皇国が創建されるきっかけになった出来事がある。その際に抱いた人間たちへの怒りを、天の神々はまだ鎮め切っていない。
『上手く行けば、その御子神が行った大規模な神鎮めがきっかけで、そなたらの怒りは大幅に和らいでいた』
天の神々の怒りを解くことは、人間が己の力で自ずとやり遂げねばならないことになっている。そのため、御子神の神鎮めはあくまで間接的なきっかけに過ぎないという。
それでも、神々の機嫌がグンと良くなったことが突破口となり、人間たちも神への尊崇と畏敬の念を向け続けたことで、結果的には長く続いた事態を打開することになっていたそうだ。
『その御子神が生まれる前後に誕生する聖威師は、特別な聖威師ばかりであった。最高神の境地に届き得る選ばれし神の心を射止め、自らも高位神となった愛し子たちが次々に顕現するのだ。御子神の世で大きく動く事態に対応できるよう、聖威師を含めた神々側も、無意識の領域で調整と準備を進めておったのだろう』
フレイムはハッと息を呑んだ。現在の聖威師たちは皆、選ばれし神の寵を受けている。このような事態は前代未聞に近いと、天界でも話題になっていた。
『だが、黇の子と紅の子は未来視とは異なる行動をした。添い遂げる相手として互いを選ばなんだ。別の相手と愛し合ったのだ。これにより、予知で視た御子神は誕生しなくなった。これが一つ目の予知外しだ』
それでも、特別な聖威師たちは未来視のまま顕現した。選ばれた神も愛し子たちも、互いに出会い共に在ることを選んだのだ。至高神の御子神が生まれなかろうが関係なく、自分たちの意思で互いを掴み取った。
『また、私はもう一つ未来を視ていた。何らかの事情で御子神が顕現しなかった場合だ。その場合、現状はひとまず膠着状態のまま維持されていた。結果を見れば、現実はそちらの道をいったことになる』
翠月神が静かに続ける。かつて視た未来を想起するかのように、どこか遠くに向けられた双眸。
『だが、そうなれば地上は滅びていた。そちらの未来に進んだ場合、四大高位神の神器が地上の不手際で暴走する。それも複数の場所で幾つも同時にだ』
その発端は、史上初となる神使選定の開催だった。昇天した霊威師、つまり人間の神官がどの神に仕えるかの割り振りは四大高位神が行う。だが、人間嫌いの神々は、以前より霊威師が自分の元に配属されることを厭っていた。彼らを窘める神々も加わり、銘々が自分たちの希望を口に出していたのだ。
そういった状況が三千年あまり続いた結果、業を煮やした四大高位神は、ならば自分の神使は自分で決めよと告げる。人間を疎む神々も、まだマシと思う者を選定してみるか、いなければ精霊などを選んで神官は選ばなければ良いと。それにより神使選定が行われたことで、功を焦った属国の神官が最高神の神器に手を出し、暴走させてしまう。
『神や神の意向が関わっているわけではなく、下界の落ち度による暴走のため、天威師は動けぬ。特別な聖威師たちが対応するも、幾多もの最高神の神器を同時並行で相手取るのは厳しく、次々と昇天する。最後は全員が力尽き、地上は滅びていた』
そこまで話し、翠月神は苦笑した。狼神、フレイム、そしてラミルファを順繰りに見つめて言う。
『だが、その未来も変わった。紅碧の子が……フルードが顕現したからだよ』
思いもよらない言葉に、フレイムは瞬きした。紅碧の気を持つのは、自身の弟フルード・セイン・レシス。
『セインが……それはどういうことですかな?』
首を傾げた狼神が問う。うん、と頷き、翠の至高神は説明を再開した。
『私が視た未来の中に、フルードはおらなんだ。いや、いたことはいたが聖威師にはなっておらなんだ。本来の運命を辿っておったからな』
フレイムは瞠目した。フルードが本来辿るはずだった、苦しみと悲しみと痛みしかない絶望の未来。それを変えたのは狼神とフレイムであり、そうなるよう導いたのはラミルファだ。
『予知の中のフルードは、両親と貴族からの虐待拷問地獄の末に孤独死し、死後は悪神の使役となり生き餌として酷使され、愛し合う仲睦まじい神々を見ながら、自身は誰にも愛されず、無限の絶望の中を生きていた。そして、それは不変かつ永劫に続く末路だった』
知っている。かつてその未来自体を神炎で燃やし尽くし、フルードを救った一柱がフレイムなのだから。改めて聞くだけで胸が悪くなる末路。かけがえのない弟がそのような目に遭うなど、許容できるはずがない。
『だが、こちらも未来が変わる。フルードはラミルファに見出され、その導きで狼神に見初められ、聖威師となったことでフレイムとの接点ができた。そしてフレイムから神器を授かったことで、四大高位神の神器暴走に対応できるようになったのだ』
そして、緋日神と共に遠い目になり、神々には聞こえないように念話でこっそり囁き合う。
《焔の神器は至高神の間でも有名ですものね。全方向に振り切れ過ぎて、もはや意味不明だと》
《ああ、アホみたいにぶっ飛びまくった存在だ。最高峰の神の全てを完全複写した化け物だぞ》
しかも、所有者たるフルードの守護とその幸福のためであれば、文字通り何でも行う怪物だ。
普通はそんなとんでもないブツなど創らない。フレイムが、際限という概念を持たない兄馬鹿であるために生じた事態だ。咳払いした翠月神が、何食わぬ顔で話を再開した。
『コホン……焔の神器をもってすれば、四大高位神の神器と真っ向から打ち合える。これにより、地上が滅びる未来が変わったのだ』
少し前、ある神官の愚行により、帝国の属国たるエイリスト王国で四大高位神の神器が二つ暴走した。それがかつての予知で視えた未来だったのだという。
『先日エイリスト王国が暴走させた、風神と地神の神器。聖威師たちが鎮静化を試みるものの、共鳴する形で他の国々にある四大高位神の神器までも続々と暴れ出してしまい、対処し切れなくなる。これが本来の流れであった。だが実際に起こってみれば、予知にはおらなんだフルードが聖威師として立っており、焔の神器で見事に早期収拾を付けた』
属国の神器より格上となる、帝国にある四大高位神の神器を持ち出し、焔の神器の力を借りてそれらを複数同時に使いこなし、属国の神器暴走を早々に完封したのだ。トンデモ神器の加護が無ければ不可能な芸当であった。
ともあれ、初動が迅速かつ完璧だったため、後続で共鳴して狂う予定だった他国の神器の暴走は起こらなかった。結果、地上と人類は滅びることなく存続した。
『そして、私が視た未来では、紅葉の子……アマーリエも聖威師になっておらなんだ』
ありがとうございました。
終盤に言われている「エイリスト王国が暴走させた風神と地神の神器をフルードが鎮静化した話」は、神様に嫌われた神官の第1章78話に出て来ます。