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短編・中編置き場  作者: 土広 真丘
邪神が見る夢
5/10

☆邪神が見る夢⑤

お読みいただきありがとうございます。

邪神が見る夢の本編、最終話です。

 色白の指を伸ばして額をつついてやると、フルードは照れ臭そうに頰をかいて笑った。


『これからはうんと幸せになれ。たくさんたくさん幸福になるんだ。収まり切らず溢れ出すほどの幸福に包まれて、幸せになるがいい――セイン』

『はい、ラミ様。あの、今度一緒にティータイムをして下さいませんか? お兄様にマナーを教わっているので、実践してみたいのです』

『ふふ、付き合ってやってもいい。せいぜい茶を淹れる腕を磨いておくことだ』


 もったいぶるように答えながら、その時を心待ちにする。

 あらゆる茶葉をそろえ、菓子もたっぷり用意しよう。軽食を兼ねた食事を準備しても良い。丸パンではなくもっともっと上等なパンを作ってあげよう。

 バゲットにカンパーニュ、クロワッサンにデニッシュ、リュスティック、サンドウィッチ……具材は何が良いだろう。バター、ジャム、野菜に果実、蜂蜜、チーズ。


 一瞬で多種多様なパンを想起するラミルファに、フルードはにっこりと頷いた。


『頑張ります』


 そしてそれ以降、修行に関して上手くいかないところや伸び悩んでいるところができると、念話や手紙で相談して来るようになった。なので、ラミルファも同様の手段で助言してやった。フルードが眠っている時を見計らい、夢の中で稽古を付けてやったこともある。


 直接フレイムの領域に行って指導しなかったのは、フレイムと顔を合わせれば喧嘩になり、修行が後回しになってしまうと思ったからだ。フレイムは当然ラミルファの行動に気付いていたが、フルードは色々な神から教えを授かった方が良いと公認していた。その辺りを冷静に判断するのはさすがだ。


 そしてフルードは無事に修行を終えた。その後、生き別れの兄アリステルと邂逅するというサプライズがあったものの、狼神とフレイムの尽力で精神を立て直して地上へと戻っていった。


 ちなみに、アリステルは悪神が一、鬼神の愛し子だ。奇跡の聖威師であり彼自身も悪神であり、ラミルファにとって弟分に当たる可愛い可愛い身内である。フルードとは正反対の、混濁し切った双眸を持つため、悪神が主神になるに相応しい。本人も己が悪神に見初められたことを誇りに思っている。


 アリステルならば、フルードと違って悪神と密接な関係にあることを公表しても良いだろう。そもそも寵を与えているのが悪神であるのだから。もちろん、ラミルファはアリステルにもしっかり稽古を付けてやった。

 そっくり同じ顔をした、眼差しだけは正反対の兄弟。そのどちらもがラミルファにとってとても大切な存在だった。


 ◆◆◆


 フルードが地上に戻った後も、時間はどんどんと過ぎていく。ラミルファは天界で変わらぬ日々を過ごしていた。

 時には悪神の基準でとんでもなく汚らしい気を持つ少女に勧請される災難に遭ったり、勘で色々なことを察知したりしながらも、年月を送り――ある若い娘を愛し子にしようと思った。なお、この場合の愛し子は、奇跡の聖威師ではなく生き餌の方だ。


 悪神基準では美しい気を持つ娘、ミリエーナ・レフィー・サード。属国テスオラ王国の神官府で神官をしていた。彼女と周囲を観察しているうちに、史上初となる神使選定が始まり、生き餌は父親の出向終了に伴いミレニアム帝国の神官府に転属することになった。


 現在は立派な大神官となっているフルードは、神官府総本山の頂にいる。悪神の生き餌として選ばれる者がいれば、確実にその者を庇うだろう。救うために尽力するに違いない。


 だが、それならそれで面白い。お手並み拝見といこう。よりにもよってラミルファが生き餌を見付け出したと知れば、あの子はどう反応してどう対応するだろうか。

 一人の神官として対処しようとするか、あるいは密かに連絡を取り、包翼の神の情けに縋ろうとするか。


 ふふ、と笑みが漏れる。フルードがどんな選択をしたとしても、ラミルファの大切な珠であることは変わらない。表面上は神と聖威師として相対したとしても、内心では常にフルードへの想いが溢れている。


 だが、そのことと生き餌を得る権利はまた別だ。宝玉は宝玉、愛し子は愛し子。両者は別個である。生き餌を含めた愛し子を得ることは、神の正当な権利。それは遠慮なく行使させてもらう。


 だから今回は、内心に渦巻く想いをあえて押し隠し、一邪神としてフルードの前に顕れてみよう。そうすれば、あの子はどんな目を向けてくれるのだろうか。


 ラミルファは生き餌と仮誓約を結び、星降の儀の本祭に降臨した。フルードを含めた聖威師たちを少しだけ神威で威圧してみたりもした。儀式の場には狼神を筆頭とする主神たちがおり、聖威師たちの安全は確保されていたので、少しくらい遊んでも良いかと思ったのだ。加えて、フルードに関していえば、その内に無敵の異次元神器もある。


 翌日の後祭でもフレイムが登場したため、フルードの心身は保証されたも同然だった。あのフレイムが、かけがえのない弟を危険に晒すはずがない。だから、ところどころで無茶を重ねるフルードに冷や冷やさせられる場面はありつつも、遊びを愉しむことができた。


 結論からいえば、フルードは一貫して冷静だった。

 ――ミリエーナが悪神と仮誓約を結んでしまったことを知っても、その悪神がラミルファだと知っても、ラミルファが降臨し対面しても、愚かな神官の神託廃棄が明らかになっても、ラミルファが怒りを発しても。終始落ち着いて対応していた。包珠の繋がりに頼り、ラミルファに対して露骨に個を出すことはしなかった。


 表面上は大神官としての姿を崩さないまま――重要なところでは、ラミルファがこちらを傷付けないと承知した上でその身を投げ出し、宝玉の特権を暗黙のうちに行使していた。

 ラミルファと自分の間にある絆を、目の前の邪神を、心の底から信じているからこそできる、絶妙なやり方だ。相手との距離感を読み誤れば愚かな自滅技になるが、上手くハマれば凄まじい威力を発揮する。フルードは、見事に後者としてその手法をやり抜いた。


 まったく、あんな厄介な方法を教えたのは誰だ。フレイムだろうか。いや、後で聞いたところ、フレイムも同じ方法で譲歩させられたと言って苦笑いしていた。

 ならば教えたのは他の神だ。一体誰だろう。フルードの指導には幾多の神が関わっていた。ラミルファを始め、フレイム、狼神、火神、煉神、灼神、運命神、その他たくさんの神々が手塩にかけてフルードを育て上げた。


 ああそうだ、とても多くの者たちがフルードを守るために動き、フルードを愛した。今も愛している。あの子は皆に愛されている。

 ――だからフルードは必ず幸せになる。狼神とフレイムと規格外神器と、そして自分が、何が何でも幸福にしてみせる。


 絶対にフルードを守り抜く。そう決めた。そう誓った。あの子のためなら何でもしよう。あの子の頼みならば全て応えよう。あの子がその手の平を差し出すならば、自分はその上で踊り、フルードが望むステップを踏んであげよう。


『セイン。僕を頼れ。僕を呼べ。――僕を使え』


 照覧祭とやらが始まる前、ガルーンが聖威師になった報を受け、動転したフルードが交信して来た時には、そう囁いた。


『君が望むならば、幾らでも利用されてあげようとも。この僕を手足にできる栄誉と安堵に浸るが良い。不安など全て忘れろ』


 おずおずと泣き顔を上げた宝玉を天から見守りながら、本来の口調で優しく断言する。


『私はいつ如何なる時でもそなたの味方だ』


 その瞬間、フルードは目に見えて恐怖を薄らがせた。


『…………僕を守って下さい、ラミ様』

『父神から特別降臨の承諾を取り、可能な限り早く降りる。明日の朝までにはそなたの元に行く』

『信じています。約束ですよ』

『我が神性に置いて誓おう。我が掌中の珠よ』


 この子のためならば何だってしよう、己が全てをもって。何故なら、この子はラミルファの宝玉で、ラミルファはこの子の包翼神だから。今までも今もこれからも、ずっとずっと。


 ◆◆◆


 ラミルファには夢がある。遥か先の未来で、昇天したフルードとアリステルを己の領域に招き、皆で共に茶を飲むことだ。フルードとアリステルの間には、現時点では深い溝がある。兄弟で思考や価値観があまりに違いすぎるがゆえに。

 だが、今後じっくりと時をかければ、いつかは分かり合える。その時が来たら、三名そろってのんびりと茶菓を手に話をしたい。


 決して外れない自分の直感が告げる。大丈夫だと。

 今はまだ時期でなくとも、この荒唐無稽な夢はいつかきっと本物になる――


 ◆◆◆


 パンと肉が焼ける匂いに、たっぷりのバターと少量の砂糖が混じった卵の香りが漂っている。


「――い。おい! 起きろコラ、ボンクラ従者が!」


 抗議の声と共に風が唸る。こちらに向かう攻撃を察知し、目を閉じたままヒョイと手をかざして受け止めた。


「何だ、うるさいなぁ」


 ラミルファの頭を小突こうとしていた拳を止められたフレイムが、残念そうに鼻を鳴らす。


「ちっ、受けやがったか」

「ふふ」


 笑いながら、ラミルファはゆっくりと目を開いた。


 その心に宿す誓いと夢を、しっかりと抱いたままで。

ありがとうございました。

最後のシーンは、神様に嫌われた神官の第2章、4話に繋がります。

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