☆邪神が見る夢④
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フレイムならばきっと上手くやってくれる。最下級の精霊上がりという異例の経歴であるがゆえに、弱い者の痛みと苦しみを本当の意味で理解し、その心に寄り添い、かつ選ばれし神として無双の神威を有し、そしてフルードと酷似した気質を持つフレイム。彼ならば、確実にフルードを助けられる。
結果は期待通りだった。フルードはフレイムの懐の最奥に入れてもらうことができた。待ち受けていた絶望の未来は焼き尽くされて希望だけが残り、フレイムと兄弟の契りまで結び、もう一柱のフレイムを宿す規格外神器まで授かった。
これで大丈夫だ。ラミルファは心から安堵した。
狼神。フレイム。第二のフレイムとも言える異次元神器。この三者にしっかりと囲われたフルードは、安全・未来・立場共に全て盤石だ。
悪神であるラミルファがしゃしゃり出る必要もなくなったため、神官たちに余計な波風を立たせてフルードの立場を悪くしてしまう懸念も消えた。
今後、フルードに有事が生じた際は、狼神とフレイムと規格外神器が動く。自分は極力表には出ずにいよう。
そう考え、フルードとは必要最低限しか接触しなかった。フルードも成長に応じてその辺りの事情は理解したようで、無理に連絡を取ろうとはして来なかった。それでも、互いの間に結ばれた絆は些かも薄れることなく在り続けていた。
なお、狼神はラミルファとフルードが関わりを持っていたことに最初から気付いていた。当然だ。フルードを狼神の愛し子に勧めたのはラミルファで、本誓約の時にも裏でゴタゴタしていたのだから。ラミルファの方も、おそらく気付かれていると察し、狼神に全てを話した。主神となった狼神に断りもなく包珠の契りを結び、事後報告になってしまった詫びも含めて。
神同士の契りは当事者同士の合意があれば可能で、主神の承諾は必須ではないが、それでも筋として事前に話を通しておくことが多い。後にフルードと兄弟の契りを結ぶこととなるフレイムも、あらかじめ狼神にその意向を伝えて納得してもらっていた。セインが賛同するならば良いでしょう、と。
『まさかそのような経緯があったとは。いやはや、あなたには大きな借りができましたなぁ。あなたの尽力で、私は愛し子を得ることができたのですから。包珠の契りのことはお気になさらず』
『いいエ、借りガあるのは僕ノ方です。アの子を見初メて下さり、ありがトうござイました』
事情を説明した際は、ご機嫌で尻尾を振る狼神とそんな会話をした。この神は、怒らせさえしなければ非常に大らかな性格なのだ。そう、怒らせさえしなければ。
一方のフレイムもフレイムで、当時のフルードの実力で天界まで縁の糸を届かせられたことに疑問を抱き、密かに調べていた。そしてラミルファの力の残滓を探り当て、どういうことかと念話で連絡して来たので、経緯と真相を全て話した。
どうせいつかは分かることであるし、フルードは既にフレイムの〝特別〟になっている。ここで全てを暴露したところで、見捨てられることは有り得ない。
事実を知ったフレイムは欠片も怒らなかった。それどころか礼を言われた。
『そうだったのか。お前のことはいけ好かないが、おかげでかけがえのない弟と巡り会えたんだ。そこは感謝するぜ。お前がセインの味方ならそれで良い』
この時、フレイムと直接会うことはなかったが、念話で会話した際に言われた言葉だ。
『ふフ、それハこちらの台詞ダよ。あの子ヲ救ってクれたこトには礼を言ウ』
狼神ともフレイムとも、この件に関しては互いに貸し借り無しということで話が付いた。
ラミルファとフルードが包珠の契りを結んでいることを知っているのは、地上では天威師と聖威師、その他は主任神官や国王などごく一部のみだ。
天界では狼神が話したため、神々は全員が知っているが、フルードの透明な魂ならばさもありなんと納得されている。なお、神々も、ラミルファとフルードの関係についてはなるべく地上の者には言い触らさないよう協力してくれている。
フルード自身も、ラミルファが裏で動いていたことを知っている。義理堅い狼神とお節介焼きのフレイムが伝えたからだ。伝えなくて良いと言ったのだが、どうせいつかは分かる、の一点張りだった。
『ラミ様、ありがとうございます。あなたのおかげで僕は救われました』
わざわざラミルファの領域までやって来たフルードは、何度も礼を言っていた。その当時はフレイムの下で修行をしており、天界にいた頃だったため、狼神とフレイムの許可を得てやって来たらしい。こちらが邪神だと分かってもまるで気にしていない。
なお、ラミとはラミルファの愛称だ。包珠の契約時、その呼称で呼ぶことを許していた。ルファという愛称もあるが、こちらは運命神の呼び名と被るので使う者は少ない。
『僕が勝手にしたことだ。恩に着る必要はない』
答えるラミルファは、骸骨の姿ではない。サラリとした白髪に灰緑色の双眸を持つ人間型になっている。歳の頃は13歳から14歳ほど。髪と瞳の色は、自身の三番目の兄を参考にして設定した。
『僕は親切だから、君と近い姿になってあげたよ』と嘯くと、フルードは『おそろいですね』と言ってとても嬉しそうに笑っていた。ああそうだ、本当はこの子とおそろいになりたくて、この姿を取ったのだ。
『大事なことを話しておこう。君には僕をラミと呼ぶ許可を与えたが、君が聖威師でいる間は、僕たちの関係を知らない者がいる所でその呼び方をしてはいけない』
そう言い聞かせると、フルードは寂しそうな顔をしながらも頷いた。
『分かりました。あの……ラミ様も、どうか僕のことをセインとお呼び下さい。事情を知っている人しかいない時だけで良いですから』
僕が昇天したら愛称も秘め名も呼び放題になりますから、我慢するのは今だけですね、と微笑む姿がいじらしい。愛し子にはできなかったが、包珠の契りを結ぶ形でそれに等しい繋がりを築いておいて良かった。
……実を言えば、ちゃっかり兄弟の契りを結んで不動の絆を構築したフレイムに、内心では嫉妬していた。そうか兄弟という手もあったか、アイツ上手くやりやがって、と。だが、それはフレイムも同様らしい。互いに同じことを思っていた。
『僕の人生は、今までハズレくじの連続でした。これからもそうなるはずだったところを、一度だけラミ様という大当たりを引き当てた。それで全てが変わったんです。あなたがお力添え下さったおかげで、僕は狼神様とお兄様のご加護をいただけ、未来を切り開くことができました』
万感の思いで述べるフルードには悪いが、その台詞を聞いて爆笑してしまった。
『この僕を当たりくじ扱いするとは。そんな天然は君くらいだ』
ありがとうございました。