☆悪神兄の追憶 疫神編⑤
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――弱い。弱すぎ。超弱々
覚醒時のプレウォーミングアップで、力を抑え全く本気を出さない葬邪神たちに対し、疫神は一刀両断にそう評価した。そのことを言っているのだと察し、頷く。
『ああ、あれ。ほんとのこと、言っただけ。弱い、弱い。誰もかれも、何もかも、全部弱すぎ。例外、アレクとハルアくらい。ああ、つまらない』
神々は現在、世界に合わせて力の大半を抑えることが常態になっているという。だから、疫神とも滅多に遊んでくれないのだと。
ならば、世界の中に遊びがいのあるものはないかと思い、天界に還って来てから方々まで視た。次元、宇宙、星々はそれぞれ無数にあり、それら全ての中身を隈なく俯瞰したのだ。時間流も超え、過去・現在・未来を問わず全てのものを遠視した。同格以上の同胞が関与している事象に限っては把握し切れていないが、それ以外は全てだ。
だが、疫神の相手になるものなど皆無だった。
世界は色々なものがあった。何らかの超常能力が存在する世界、科学文明が発達した世界、剣と魔法の世界、動物たちの世界、生物がいない世界など、本当に多種多様だった。
中には神という概念がない世界や、疫神たちの基準では神使程度の力しか持たない存在が神として扱われている世界も数多あった。後者の一つに、守護する国の民に天恵を授けているところがあった。男には宝石、女には花の形で天恵を授け、魔物や魔王と争いを繰り広げていた。
そういった世界も含め、とにかく森羅万象をあまねく視たのだが……疫神の遊び相手をこなせるものは皆無だった。何しろ、色持ちの神は正真正銘の絶対存在だ。全ての次元宇宙と、あらゆる真理法則に事象概念をことごとく超越する、真正の絶対者。
そんな有色の神の一柱である疫神にとって、遠視した全てのものが塵未満に過ぎなかった。自分の相手には到底ならないどころか、興味を持つ間でもない。その気にならなくても、全部瞬殺で思うままにしてしまえる。結局、疫神と相対できる程の力を持つものは、同胞たる色持ちの神々しかいなかった。
『ほんと、超絶つまらない』
ボヤいていると、ラミルファは淡い微笑みを浮かべた。涙を零す寸前のような、頼りない笑み。
『僕は、面と向かって弱いと言われたことがありませんでした。むしろ、本当は強いと言われ続けて来ました。世界に合わせて力を抑えているだけ、加減しているだけ、大人しいだけ、温厚なだけ。本当は強い。そう評価されて来た。一の兄上には幾度も言われました。僕はその気になれば、自分に匹敵する神なのだと。事実、それは正しいのだと思います』
ですが、と、俯いた末弟が、疫神の肩に顔を埋めた。
『ですが……それでも、それでも僕は、皆が思うほど強くない。荒神の気迫をほんの少し出しただけの鬼神様や怨神様と相対しただけで、内心では泣きそうになるのです。本当に強い者なら、そんな状態にならないはず』
僕は皆が言うよりずっとずっと弱いのです、と、掠れた囁きが漏れる。そして、そろりと疫神の背に腕を回して来た。肩に温かい感覚が走る。ああ、この子は泣いているのだと悟った。
『怖い、怖い、怖い。こわい……こわいよぉ』
絞り出されたのは、今まで出したくても出せなかった、誰にも見せられなかった、悲痛な慟哭。皆が自分を認め、真の強者と評価し、信頼しているからこそ、言えなかった。打ち明けられなかった。ずっとずっと平気な振りをして来た。
だが、疫神を相手にして、ようやく告白することができた。お前は弱いと一蹴してくれた次兄の前でならば、弱者らしく泣き言も弱音も吐けるからだ。
『そうか。怖いか。ずっと、怖かったか……』
疫神は腕に力を入れるが、幼児形態のままでは長さが足ず、しっかり抱えてやれない。ふむと考え、一瞬で青年姿に転身する。腕の中ですすり泣く末弟は、驚くほどちんまりとして弱々しかった。少し力を入れるだけで潰れてしまいそうだ。
『ラミルファ――我の愛しい弟。お前はこんなにも小さくか弱い。これからは我がお前を守ってやろう。アレクがまた鞭を持ち出す時があらば、こうして庇ってやる。お前に苛烈な神威が届かんよう、我の気で中和する』
大事な弟が顔を上げた。頰からは未だ涙が流れ落ちている。
『……僕のことは、近しい身内は皆、ラミと呼んでくれます。……二の兄上も……』
愛称を呼んで良いという許可に、内心躍り上がりたくなったが、辛うじて自制した。さすがの自分でも、ここでダンスを始めるほど空気が読めなくはない。
『そうか、ありがとう。では、ラミ。アイとセラの相手は我が引き受ける。こちらは受け身となり、粛々と二神の気を発散させることに注力し、暴れんようにすればアレクも文句は言うまい。お前はもう荒事などせずとも良い』
ありがとうございました。
神様に嫌われた神官の第3章66話・67話で葬邪神がほんの少しだけイラッとした時、対峙していたラミルファは実はものすごく怖かったのをアマーリエのために頑張っていました。




