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短編・中編置き場  作者: 土広 真丘
神々の裏話
10/19

☆神々の裏話④

お読みいただきありがとうございます。

神々の裏話、最終話です。

ここで書き切れなかったことも多く、「実はこうだった」的な裏側の設定はまだまだあるので、そのうち公開できればと思います。

 フレイムとラミルファは同時に身を反転させ、そちらに顔を向ける。フルードの主神が、ピョンピョンと尻尾を振っていた。


『狼神様!? ビックリした……近くにいるなら気配を出しましょうよ!』

『これは狼神様。驚くので隠れんぼはしないでくれませんかね』


 胸を押さえて言うフレイムに続き、ラミルファも苦笑いする。登場時の台詞から考えると、狼神はたった今転移して来たのではなく、少し前から自分たちの会話を聞いていたのだろう。それを瞬時に察しての返しだった。


『ふふふ、これは失礼』


 澄まし顔で受け流し、狼神はしなやかな動作と共に前脚を踏み出す。


『短時間だけでしたが、あなた方の気がほんの僅かに高ぶったので、念のため様子を見に来ました。葬邪神様は、あなた方がじゃれているのだろうと言っていましたが』

『あ、はい。ちょこっと運動してただけっす』

『フレイムと仲良く遊んでいたのですよ』


 闘気、戦意を出していたといっても、お遊びの範疇でしかない。フレイムとラミルファが真面目にそれらを出すことは滅多にない。


『ならばよろしい。私たちは特異な神。今回程度であれば問題ありませんが、出力の調整はご留意を。それより、お話を少し聞かせていただきました』


 狼神はあっさりと話を変えた。おそらくこちらが本題なのだろう。


『セインに対するお二方の見解は正しいと思います。しかし、あの子も変わって来ておりますからな。あなた方の知らない面を持ちつつある』


 それもまた楽しいのですよと告げ、狼神は悪戯めいた声で笑った。


『お二方を始め、あの子の妻子も、他の聖威師たちも、神々も、皆が全力であの子を愛してくれています。もちろん私も。絶え間なく注がれ続けた愛情の渦が、あの子の奥に眠っていた感情を揺り起した。……何なら、今から確かめてみますかな?』


 ◆◆◆


『セイン』

「ハルア様!」


 何の前触れもなく目の前に顕現した狼神に、フルードは顔を綻ばせた。慣れた様子で駆け寄る。


「どうなさったのですか?」

『お前の顔が見たくなった』


 フカフカの尾を愛し子に巻き付け、目を細める狼神。

 ここはフルードの自邸だ。聖威師は個人単位で住居を用意されるため、妻子は同居していない。彼らには彼らの邸が別にある。加えて、邸の使用人は生きた人間ではなく形代ばかりだ。

 ゆえに人目を憚ることなく狼神に甘えられる。


『セイン、庭に出て話そう』

「はい」


 誘いに頷き、邸の庭に出る。咲き誇る草花を眺め、しばし楽しく歓談した後、タイミングを見計らった狼神が口火を切った。


『時にセイン。お前も随分と感情が豊かになったものだ。この前見ていて安心したぞ』

「この前……いつのことでしょうか?」


 緑の中に腰を下ろしたフルードの前に頭を差し出し、撫でてもらっている狼神がご機嫌で言う。


『星降の儀の時だ。本祭だけでなく後祭の日も、私はお前を視ておった』

「そうでしたか。……ですが、あの日私は感情を露わにしましたでしょうか?」

『いいや、しておらぬよ。だが、私はお前の主神だ。お前の魂が見える。ゆえに気付いた。お前、心の中でこっそりヤキモチを妬いただろう』


 その瞬間、フルードが僅かに目を見開いた。光を反射する海面のように輝く透明な青が、気まずさを帯びて揺れる。


「……そのようなことはありません。ハルア様の気のせいです」


 発された返事は小さな声だった。


『セイン、私の目はごまかせんよ』


 狼神が含み笑いを漏らした。その眼差しはとても優しい。


『お前は、サード家の姉妹……アマーリエとミリエーナに、ヤキモチを妬いた』


 狼神に言われ、気配を消して庭園の植え込みに隠れていたラミルファとフレイムが、同時に瞬きして顔を見合わせた。どういうことか分からず、仲良く首を捻る。


『だが、それを言えるはずがない。アマーリエはお前にとって守るべき神官であるし、ミリエーナに至っては悪神の生き餌にされかかっていた中でのことだからな。そんな中で、見当はずれの羨望など表に出せるわけがない』


 フルードは無言だ。どこかしょんぼりとした様子で、肩を落としている。


『だからお前は、自分の感情を無かった事にした。……しかしな、セイン。一度己の中に宿った想いも、それを抱いた事実も、決して消えぬ。その感情を抱くことが見当違いだとか、的外れであるとかは横に置いておいて――アマーリエとミリエーナが羨ましいと思ったのだろう』

「………………はい」


 数瞬黙り込んだ後に、ポツンと肯定の返事が紡がれた。


「アマーリエはお兄様から輝くような笑顔を向けられていて、ミリエーナはラミ様からとても優しい言葉をかけられていましたから。良いなぁと思ってしまったのです」


 言いがかりも甚だしいことだ。誰に笑顔を向けようがフレイムの自由であり、アマーリエと築いて来た絆の結果だ。部外者のフルードがどうこう思うことではない。

 ラミルファにしても、あの時は生き餌を相手に完全に遊んでいた。向けていた甘い言葉も慈悲深い眼差しも、全て嘘。それが分かっているのに、表面上だけを見て羨ましがるなど論外だ。


 だが、頭では理解しているのに――それでも、どうしても羨ましいと思ってしまった。

 彼女たちのことが憎いわけではない。特にアマーリエに関しては好意的な気持ちを抱いている。その上で羨んでしまった。親を取られたと思い込んだお兄ちゃんが、大好きな妹に対して少しだけヤキモチを妬いてしまうように。


『本当は、お前も焔神様と邪神様に甘えたかったのだろう』

「…………そうです」


 ラミルファが口元を抑え、バタンと地面に伏せた。支えようとしたフレイムも一緒に倒れる。フルードが可愛すぎて、二柱そろって悶絶しただけだ。


「今はもう大丈夫なのですが」


 嫉妬の芽がちょっぴり顔を覗かせた直後、アマーリエがフレイムの愛し子になった。それにより、焔の神器が完成したから。自分のフレイムを得たフルードは、その瞬間からアマーリエにヤキモチを妬かなくなった。なお、ミリエーナはとうにラミルファから捨てられているため、問題外だ。


『ふぅむ。私にとっても喜ばしいことだ、セイン。少しずつ、少しずつだが、お前に我欲が芽生えかけている。己の大切な者や周囲だけでなく、自分自身も幸せになりたいと思い始めているようだ。良きことである』


 見当違いの羨望を外に露出させ、アマーリエとミリエーナに理不尽にぶつけていれば、全く良くなかったが。自分の内側で上手く感情を制御できたのであれば、問題はない。心の中でならば、何に対してどう思おうが各々の自由だ。心までは束縛も強制もできない。


 狼神に読まれてしまったのは、彼がフルードの主神という立場にあり、かつあの場でフルードのみを注視していたからだ。フレイムとラミルファは、互いとアマーリエにも注意を割いていたが、狼神はフルードに集中して意識を注いでいたために気が付いた。


 もしもフレイムとラミルファが、フルードに絞って注視していれば、彼らも気付いていただろう。


『とはいえ、お前のそれはまだ萌芽だ。芽が伸び枝葉を付け、実を結び花を咲かせるのは、お前が天界に還ってからになるはずだ』


 狼神がフルードの前の地面に腹を付けて身を横たえた。


『聖威師も天威師も、本来いるべきではない地上に在る間は、絶えず葛藤と苦しみを抱えている。死して昇天することでしか、救われる方法はない。お前の中で目覚めつつある欲が覚醒するのは、天に昇り真の救いを得た後となる』

「僕はこの地上で楽しいことや嬉しいこともたくさん経験しています。辛いことばかりではありません」

『その認識は正しいだろう。だが、神格を解放し、あるべき姿であるべき場所へ還った時、初めて理解する。下界にいた頃の自分は、懊悩と苦痛に塗れていたのだと』


 地上での暮らしは、聖威師と天威師には苦痛でしかない。神格を持つ存在は、本来下界にいるべきではないからだ。あるべき形を外れた歪な状態は、必ずどこかに負担がかかる。

 空色がかった灰銀の双方が、己の愛し子に注がれる。正面から見つめ返す青は、煌めく光を放って透き通っていた。


「ここはその下界です。でも僕は今、ハルア様といられてとても幸せです。地上にいらっしゃったお兄様やラミ様とお話をしている時も。苦痛など感じていません」

『セインは焔神様と邪神様のことが本当に好きだな』


 私も妬けてしまう、と嘯いた狼神に頭を擦り付けられ、フルードは柔らかな毛並みをモフりながら微笑んだ。


「お二方のことは心からお慕いしております」


 純粋な笑顔に魂を撃ち抜かれ、フレイムとラミルファは昇天寸前になっている。それを察した狼神が小さく笑った。


『……よし決めた、あの子は今すぐ天界に連れ帰る』


 瀕死の状態で痙攣していたラミルファが、気を取り直してヨロヨロと起き上がった。よっこらせと億劫そうに黒剣を召喚するのを、同じく気合いで復活したフレイムが慌てて止める。


『ちょっと待て、何する気だ?』

『ぱぱっと絶命させるに決まっているだろう。死んだと理解する間も無く一瞬で終わらせるから大丈夫』


 全然大丈夫ではないことをのたまう表情は、悪神とは思えぬほどに爽やかだ。

 ラミルファの強さはフレイムと互角だ。神に還ったフルードでも及ばない。神格を抑制している現状ではなおのこと。勝負どころか比較にもならないだろう。

 黒い刃を撫で、邪神が陶然とした眼差しで言った。


『昇天させた後は、僕の神域に抱え込んでしまおう。誰の目にも触れさせない。我が傍に侍らせていつまでも愛でるのだよ』


 先ほどのフルードがよほど可愛かったのだろう。自分は悪神だからと、ずっと日陰役に徹して来た遠慮が吹っ飛び、主神である狼神に対する気配りすら消え失せている。


『なし崩しに自分だけで独占しようとすんな! 狼神様と俺もいるだろ! セインが可愛いすぎて理性がやられたのか?』

『ああ、そうだったな。君はどうでも良いが、狼神様はあの子の主神だ。尊重しなくては』

『いや俺のことも慮れよ、セインの兄だぞ!』

『はっ、何が兄だ。ちゃっかり兄弟の契りを結ぶとは……上手くやりやがって』

『それはこっちの台詞だけどな。お前だってシレッと包珠の契りを結んだだろ』


 瞬く間に剣呑な雰囲気になった二神の間に、のんびりとした場違いな声が割って入った。


「やっぱり、お兄様とラミ様。お越しになられていたのですね」


 フレイムとラミルファがガバッと振り向くと、気配に気付いたらしいフルードが覗き込んでいる。後ろで呆れ顔をした狼神が、何しとるんですかあなた方、と言わんばかりに首を振っていた。


『よぉ、邪魔してるぜ』

『やぁセイン』


 瞬時に闘気を消したフレイムが片手を上げ、黒剣を背後に隠したラミルファも微笑む。


「こんな所にいらっしゃらず、中にお入り下さい」


 庭の植え込みの陰に潜むという、明らかに不審な行為をしていたことを疑問にも思わず、フルードは真っさらな笑みで大好きな二神を招き入れた。


 無防備に背を向けて邸内へ先導するフルードの後ろ姿に、ラミルファがじっと視線を送った。掌中に握ったままの黒剣が鈍く輝く。フレイムは無言で邪神の手を抑えた。短く念話を飛ばす。


《駄目だ》


 薄く唇を綻ばせたラミルファは、長い睫毛を伏せて一度目を閉じ、黒剣を消した。


《分かっているよ。最初から本気ではなかった》

《そうだろうな。お前がセインの意思を無視して強行突破するはずがねえ》


 仮に本気だったなら、焔の神器がこうして大人しくしているはずがない。フルードの幸せと意思を守るためだけに動くあのトチ狂った神器が、今現在もラミルファを警戒する素振りを見せず、大人しくしている。それが答えだ。


 なお、涼しい顔で尻尾を振っている狼神の思惑は分からない。底が読めない神なのだ。


「今日はとても美味しい紅茶があるのです」


 トコトコ歩いていたフルードが、クルリと振り返って笑う。三神が一斉に慈愛に満ちた眼差しを返した。


「この前、折良く希少な茶葉が入荷していました。皆様と一緒に飲みたくて、少し奮発して買いました」


 自分の物は最低限しか用立てず、他者のために使ってしまうフルードが、珍しく嗜好品を買った。我欲が芽生えかけている、という狼神の見立てはおそらく正しい。


『そこまで言うなら飲んであげよう』


 上機嫌に言うラミルファは、フルードが淹れた茶ならば、熱すぎようが温すぎようが薄すぎようが渋すぎようが、美味いと言って飲み干すだろう。


『では私も茶会仕様にならねばな』


 応じた狼神が軽やかに身を翻すと、人型を取った。堂々たる巨狼の姿とは裏腹に、線の細い優美な肢体。ふわふわした灰銀の長髪に、同じ色の瞳。長い睫毛が芳醇な色香を放っている。

 ほっそりとした両の手の指を謎にワキワキさせているのは、フルードを撫で回したくて仕方がないからだろう。フレイムと、おそらくラミルファもそうだ。


 未だ萌芽したばかりの感情。それを大切に慈しんでいこうと誓う。いずれ天界に還った後で、小さな芽が大樹となって綺麗な花を咲かせられるように。


 もっとねだって良い。欲しいものと望みを全て羅列し、両手を広げて待っていれば良い。自分たちがそれを与えてあげるから。


 いつか来る未来への布石として、これからはもっともっとフルードを甘やかそう。そう決めながら――フレイムは、狼神とラミルファと共に、優しくフルードを見つめ続けた。

ありがとうございました。

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