獣王
街中の電気屋のショーウインドーからは、テレビ中継画面が流れていた。
「犬の気持ち? そんなの理解出来んのかよ?」
「さぁな、でもこのマーキュリーって霊媒師、ケッコー本当だって有名だぜ」
数人の男達が足を止め、画面に見入っている。
それは動物番組。売れ筋アイドルと、その愛犬を呼んでの、トーク番組だ。
そして動物の言葉を理解するという人物を介し、愛犬の気持ちを伝えるものだ。
画面に映るのは、五十代程のケバい女性キャスターと、二十歳の清純派アイドル。
その愛犬らしい中型犬と、動物と話せるという霊媒師だった。
女性キャスターが、開始の合図を送る。その合図で、二十歳の清純派アイドルが、愛犬の首筋を撫で始めた。
「この女って、カローラだよな。純情派でかわいいよな」
「…………そうか、なんかぶりっ子して、裏じゃ結構派手そうだけど」
男達が見つめる中、キャスターの指示で、霊媒師が愛犬の頭に右手をかざした。
「…………」
霊媒師の表情が、苦痛に歪む。言いがたいなにかを感じたらしい。
「……どうしました? なにか問題でも?」
「……虐待を受けていますね……」
そしてそのひと言で、場が沈黙に包まれる。
「虐待? なんだよそれ」
「さぁな、だけどこのテレビって生番組だろ?」
同じく男達にも理解不能だ。
「この子はいつも虐げられて生きています。『部屋を散らかす』とか、『言うことを聞きなさい』とか、ことある毎に、制裁を加えられている」
それでも霊媒師は冷静だ。
「ちょっとあんた! なにを証拠に!」
堪らず立ち上がり、鬼のような形相を見せるアイドル。
霊媒師がその表情を、上目遣いで見据えた。
「……あなた、この子を空腹にして、卑猥なことをしてますね? 恥部になにかを塗って、それを与えている」
そしてその台詞が、アイドルの顔から、光を奪う。
「動物の心は正直です。自分の欲求の、趣くままに飼いならされ、虐待を受けて。それでも逃げることは出来ない。この子は心から、あなたを恨んでいるのです」
霊媒師と、愛犬の覚めたような視線が突き刺さる。
確かに霊媒師の言う通り、恨みの籠もる深い視線だ。
「言わないで、ラスカル……」
霊媒師の台詞を裏付けるように、アイドルが泣きながら崩れ落ちた。
「馬鹿、一旦カメラを止めろ!」
「生放送だぞ! どうにかしろ!」
そして逼迫したような叫びに続き、画面が切り替わった。
「嘘、だろ? あのカローラちゃんの愛犬が、バター犬?」
「……ウケるんだけど」
有り得ぬ事態に、男達は呆然と佇むしかなかったのだ。
この世界は知的生命体によって成り立っている。
知的生命体とは、つまり人間のことだ。
時代を謳歌し、高度文明を誇り、我が物顔で生きている。
だがそれは、人間単体で成り立つ世界ではない。
多くのパートナー達が共存し、成り立つ世界なのだ。
……それを感じない限り、来たるべき世界は、恐怖に広がるだろう。