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ネクストワールド  作者: 成瀬ケン
第一章
8/30

獣王



 街中の電気屋のショーウインドーからは、テレビ中継画面が流れていた。



「犬の気持ち? そんなの理解出来んのかよ?」


「さぁな、でもこのマーキュリーって霊媒師、ケッコー本当だって有名だぜ」


 数人の男達が足を止め、画面に見入っている。



 それは動物番組。売れ筋アイドルと、その愛犬を呼んでの、トーク番組だ。


 そして動物の言葉を理解するという人物を介し、愛犬の気持ちを伝えるものだ。



 画面に映るのは、五十代程のケバい女性キャスターと、二十歳の清純派アイドル。

 その愛犬らしい中型犬と、動物と話せるという霊媒師だった。



 女性キャスターが、開始の合図を送る。その合図で、二十歳の清純派アイドルが、愛犬の首筋を撫で始めた。



「この女って、カローラだよな。純情派でかわいいよな」


「…………そうか、なんかぶりっ子して、裏じゃ結構派手そうだけど」


 男達が見つめる中、キャスターの指示で、霊媒師が愛犬の頭に右手をかざした。


「…………」

 霊媒師の表情が、苦痛に歪む。言いがたいなにかを感じたらしい。


「……どうしました? なにか問題でも?」


「……虐待を受けていますね……」


 そしてそのひと言で、場が沈黙に包まれる。



「虐待? なんだよそれ」

「さぁな、だけどこのテレビって生番組だろ?」

 同じく男達にも理解不能だ。



「この子はいつも虐げられて生きています。『部屋を散らかす』とか、『言うことを聞きなさい』とか、ことある毎に、制裁を加えられている」

 それでも霊媒師は冷静だ。


「ちょっとあんた! なにを証拠に!」

 堪らず立ち上がり、鬼のような形相を見せるアイドル。


 霊媒師がその表情を、上目遣いで見据えた。


「……あなた、この子を空腹にして、卑猥なことをしてますね? 恥部になにかを塗って、それを与えている」


 そしてその台詞が、アイドルの顔から、光を奪う。



「動物の心は正直です。自分の欲求の、趣くままに飼いならされ、虐待を受けて。それでも逃げることは出来ない。この子は心から、あなたを恨んでいるのです」

 霊媒師と、愛犬の覚めたような視線が突き刺さる。


 確かに霊媒師の言う通り、恨みの籠もる深い視線だ。



「言わないで、ラスカル……」

 霊媒師の台詞を裏付けるように、アイドルが泣きながら崩れ落ちた。



「馬鹿、一旦カメラを止めろ!」


「生放送だぞ! どうにかしろ!」


 そして逼迫したような叫びに続き、画面が切り替わった。



「嘘、だろ? あのカローラちゃんの愛犬が、バター犬?」


「……ウケるんだけど」


 有り得ぬ事態に、男達は呆然と佇むしかなかったのだ。




 この世界は知的生命体によって成り立っている。


 知的生命体とは、つまり人間のことだ。

 時代を謳歌し、高度文明を誇り、我が物顔で生きている。



 だがそれは、人間単体で成り立つ世界ではない。

 多くのパートナー達が共存し、成り立つ世界なのだ。


 ……それを感じない限り、来たるべき世界は、恐怖に広がるだろう。



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