文明が無ければ、平和になる
こうしてアパートに帰った智。
布団に潜り込んで寝ようとするが、熱帯夜のせいで寝入ることが出来なかった。
風は皆無、ムンムンと籠もる熱気、額や背中から大量の汗が噴き出る。
時折パトカーのサイレンや、バイクのエキゾーストが響き、耳にこびり付く。
寝ようと思う程に、壁に掛けられた時計のコチコチとした音まで、気になっていた。
「ダメだ。…………酒でも飲むか」
堪らずシーツを捲り上げ、冷蔵庫まで移動する。
そして缶ビールを取り出した。
缶ビールの冷たさが、握った手を介して伝わってくる。プルタブを開放し、一気に喉に流し込んだ。
こうして束の間の涼を取った智、乱雑な室内を見回す。
その日は満月の夜だった。外は青白い光に包み込まれていて、室内まで仄暗く照らしている。
何気なしにテレビの電源を入れた。
次々にチャンネルを変えるが、殆どは深夜のお笑い番組。今の心境じゃ、興味をそそられなかった。
「夢と理想か」
そして智、漠然とパソコンに視線を向ける。
明日香に話をしたことで、彼自身も登録してみようとする気になったのだ。
万が一当選して、彼女にプレゼントすれば、自分の株も上がるだろう。
明日香のあの時の話にもも、少しだけ興味を惹かれていた。
こうしてテレビの電源を消し、パソコンから登録することにしたのだ。
「夢か……」
漠然と呟き、文字を打ち込む智。
打ち込んだ文字は『強くなること』。
それは昔から感じていたことだった。強くなるといっても、力とか、精神力とかではない、誰かを守り抜く、些細な強さだ。
優柔不断で、テキトーが本分の彼だが、本音ではそんな強さを求めていた。
そして理想の未来は、『文明のない、平和な世界』。
少しだけ世間に皮肉を籠めた文章だった。
文明なんて、理不尽な世界さえなければ、誰もが平等で平和な世界といえるだろうから……